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1.3.拉致


 肌の出ている場所に冷たい感触が伝わってくる。

 それを認識した瞬間、意識がはっきりして倒れたまま目だけを開けた。


 暫く動かず、目だけで周囲を確認していく。

 見た所全く知らない場所であるという事は容易にわかったが、ここに来た経緯を一切思い出せない。

 明らかに知らない壁。

 このように汚い部屋などなかなかお目にかかれるものではなかった。


 今度は上体を起こして周囲を確認してみる。

 床や壁はコンクリートで作られているようだが、長い年月が立っている様で随分汚れていた。

 そこは牢の様な場所の様で、目の前には鉄格子が鎮座している。

 それ以外には何もない様だ。


 突然置かれた状況に声を出しそうになったが、それを必死に手で押さえる。

 こうなった以上、攫われたと考えるのが一般的だ。

 最後の記憶を思い出せ。

 目を瞑って頭をトントンと叩きながら、最後に見た光景を記憶の引き出しの中から探していく。


「確か……転んで……目の前が真っ白になって……」

「この状況で声を出さないのは利口だね」

「!? ……」


 後ろから声を掛けられて心臓が跳ね上がる。

 ゆっくりとした動作で声のした方向を向くと、そこには一人の男性が胡坐をかいて座っていた。

 詰まらなさそうに煙草をふかす様は、どうもこの状況に慣れ親しんでいるのか、それとも諦めているのか。


 硬そうな灰色のジャケットを着ている彼の目は鋭い。

 若い様に見えるが、もしかすると年は万巳より少し上だという印象を受ける。

 後ろで束ねた長い髪の毛は男性にしては珍しい。

 そしてその隣には、棒が入っている袋が置かれていた。

 何が入っているかは分からなかったが、彼はそれを大切そうに抱えてからこちらに歩みを寄せてくる。


梶原乱馬(かじわららんま)だ。多分境遇は同じ……拉致監禁されたと考えな」

「え、っと……万巳千春(よろずみちはる)です……。な、何か知っているんですか?」

「さて……ね。俺も良く分からない。歩いてたら目の前が真っ白になって、気が付いたらここにいた。君は?」

「私も、大体同じです。此処が何処かってのは……」

「流石にわからないね」


 梶原は首を振りながらそう答える。

 彼も被害者なのだから、分からない事しかないのは当然である。


「まぁ、これで動ける」

「え?」

「君を担いで出るのは厳しそうだからね。起きるのを待ってたんだ」

「あ、ああ……そうですか……。ていうかやけに冷静ですね。何でですか?」

「似たような経験があるからさ。そこで質問。俺たちはこれから何をしたらいい?」

「……」


 突然質問をされて、言葉が詰まる。

 この状況で何かできることがあるのだろうかと考え、周囲を確認してみるが何もないので何かをしようとしてもできないのが現状だ。

 電話でもかけてみるか?

 だが荷物は既に無く、持っていた鞄は手元にない。


 しかし梶原は何故武器になる様な棒を持っているのだろうか。

 自分との違いに少し疑心感が湧いてしまう。


 少し間をおいてしまった為、彼は答えが出ないのだろうと思ったのか、すぐにその答えを教えてくれる。


「ここから出ることだろう?」

「……いや、それはそうですけど……どうやって?」


 そうしたいのは山々なのだ。

 だがその手段がない。

 持ち物に何かあればよいとは思ったのだが、カバンもなければ持ち物も全て没収されている。

 何もないこの牢の中で現地調達などできるはずもなく、脱出する手段などないに等しいと感じられた。


 だが彼は何かしらの考えを持って発言しているようだった。

 自信が無ければここまで堂々とは出来ないだろう。

 梶原は一つ頷いて、万巳を指さした。


「ブラしてるだろ? その針金を鍵開けに使用する」

「……」


 普通であれば顔面に拳をめり込ませていただろうが、今は非常事態である。

 とりあえず冷ややかな目で睨むだけにとどめておいた。


 彼は鍵開けができる様なので、何か固い物があればこの施錠は解除できるとのことだ。

 一体何の職に就いているのかと気になって聞いてみれば、私立探偵をしているとの事。

 事件を解決する側の人間が被害者になってどうするんだと心の中で盛大なツッコミを入れた後、服の下に腕を潜り込ませてブラジャーを外す。

 梶原には見せないようにして、中に入っている針金を摘出した。


 力任せに取ろうと思えば簡単に取れたが、硬い物だったので少し手が痛む。

 渋々と言った様子でその針金を梶原に渡す。


「梶原さんってデリカシーないんですか」

「こんな時にそんなもの必要かね。ま、すぐに実行に移す君も君だけどね」

「うぐっ……」


 これなら恥じらいの一つや二つ見せるべきだったかと思ったが、今の万巳は梶原に良い印象を一切持てていなかった。


「出会ってそうそうここまで酷い人初めてですよ。てか何で女性ものの下着のこと知ってるんですか」

「……ごめんけど、普通に傷つく。あと下着のことについては知識の範疇だよ。知っている事が多ければ解決できることは増えるからね」

「まぁ、そう言う事にしておきます」


 会話をしている内に鍵が開いたようだ。

 ギィー……という音がして鉄格子の一部が開く。

 言うだけあって実力はしっかりしている様だ。


 梶原は隣に置いた棒の入った袋を持って、外に出る。

 それに続いて万巳も出た。


「こういう施設は鍵が多い。この針金はもう少し持っていても良いだろうか」

「好きにしてください」

「言い方に棘があるな……。悪気はなかったんだよ」

「脱出した後に聞きます」

「分かった」


 簡単な会話を終え、梶原を先頭に出口を探す。

 暗い廊下に掛けられていた燭台を持ち、そのまま歩いていった。


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