4.3.他の観光客
外の様子は八樫に任せ、万巳は中の様子をできる範囲で探って行くことにする。
まずは簡易マップを見てこの旅館の大まかな間取りを把握していく。
玄関から数メートルは直線の廊下が続き、T字の曲がり角に二階へと続く階段がある。
その左右から男湯、女湯、家族湯へと行くことのできる道があり、その先に温泉があるようだ。
階段の前は吹き抜けになっており二階部分が見て取れる。
間取りが広く取られており、椅子や飲み物を買う為の自販機が何個か並んでいた。
アイスなども買えるようだ。
T字の左側は男子部屋、右は家族部屋、二階が女子部屋。
大きな会場もあるようだが、何に使うのだろうか。
後分かるのはトイレや事務所の位置……。
言ってしまえば、客が利用する場所しか記載がない。
後はどれくらいのお客が来ているかが分かれば良いのだが……。
「あ、玄関行ってみよう」
玄関には靴を入れる為の靴箱が配置されてあった。
そこに万巳も靴を入れているので、鍵の差さっていない靴箱を数えてみれば何人のお客さんが居るかが分かるはずだ。
戻って見てみると、鍵が抜かれている靴箱が何個かあった。
大きなものと小さなものに分かれており、小さいものは従業員が使用している様だ。
小さい靴箱は五つの鍵が抜かれている。
大きな靴箱は七つの鍵が抜かれていた。
お客は自分たちを抜いて五人いるようだ。
今回重要なのは従業員の方だ。
一人は芦野という若い男性なので、残り四人いる計算になる。
出来れば顔だけでも見てみたいのだが……。
「いや~来ましたねぇ来ましたねぇ! 久しぶりのお休みですよ虚化さん!」
「ああ、うん。そうだねぇ……」
「あれ? 嬉しくないんですか?」
「んー……まぁ僕にとっては休みじゃないしねぇ」
「ちょっと虚化さん、今のはそう言うあれじゃないですか」
「ああ、ごめん。そう言う事ね」
「もう……」
元気のよさそうな明るい声色をした若い男性と、少し元気のなさそうな落ち着いた声を持つ男性。
どちらも年齢としては同じに見えるが、落ち着きのある男性の方が若干年上なのだろう。
「おっ、可愛い女の子ですよ虚化さん」
「あのねぇ……竿宇治君? そう言うのは本人の聞こえない音量で言うもんだよ?」
「それはすいませんね。なんせ職業柄こうして言った方が女性受けが良いもんで」
「そりゃそうかもしれないけど……」
彼としては失礼にあたるのではないかと言っているのだろうが、自分を指さしながら言われているので、実際悪い気はしない。
褒められているのだからそれも普通だ。
竿宇治と呼ばれた男性は、チャラいとは少し違う性格のようだ。
人当たりが良いという表現が一番良いだろうか。
人懐っこい性格なのかもしれない。
若々しい顔立ちに笑顔が絶えない。
彼はフード付きの緑色のコートを着ており、フードと袖には茶色の毛が付けられていて温かそうだ。
若い男の人が好きそうな金具の付けられたかっこいい服である。
一方虚化と呼ばれた男性は、まだ年齢的には若いにもかかわらず髪の毛には若干の白髪が混じっている。
そう言う人もいると聞いたことはあったが、本当に見るのはこれが初めてだ。
若干鋭い目つきは彼の目が少しばかり細いからそう思うだけだろうか?
とは言え狐の様な細い目ではない。
彼はカッターシャツの襟を立てており、その上に黒いカーディガンを羽織っている。
耳に多くのピアスをしている所だけが少し浮きたっているように見えるが、それ以外を除けば普通の男性だ。
しかしこれだけのピアスを付けれる職場など、万巳の知りゆる知識の中にはなかなかない。
小説かや漫画家か何かだろうか?
「どうもこんにちは、お姉さん。お姉さんもここの温泉を堪能しに来たんですか?」
「あ、はい。まぁそんな所です」
「へぇ……。でしたらですね……」
彼はポケットの中に手を潜り込ませ、早い動きでメモとペンを取り出した。
すぐにメモをとれる体勢を取り、万巳にズイッと顔を近づけてくる。
「僕は竿宇治誠と言います。記者をやっていまして、この温泉旅館に来る方々に取材をしている次第なんです。あ、こっちのは先輩の虚化雲仙って人です」
「先輩をこっちって」
「ははははっ。面白い人たちですね。私は万巳千春と言います。記者さんという事は、この温泉旅館を取材しに来たんですよね?」
「そうなります。女将から許可は得ていますので問題なしです! まぁ取材対象に拒まれなければの話ですけどね」
竿宇治は笑顔のままそう言った。
なんとも良い性格の好青年である。
だが、彼のこの性格と既に許可を得ているという取材は、こちらとしても何か使えるかもしれない。
できるだけ仲良くしておいた方がよさそうだ。
利用するのは少し気が引けてしまうが、こちらも仕事なのでその辺は妥協する。
「あ、取材受けてもらうって事でいいですか?」
「構いませんよ」
できるだけ怪しまれないようにしたいので、ここは素直に提案に乗っておく。
会話をしていれば、向こうから何か零してくれるかもしれないからだ。
竿宇治は笑顔でお礼を言ってから、まず第一の質問を投げかけた。
「ご職業、なんです?」
やけに強調しながら、そう尋ねて来た。
少しびくりとしたが、彼はまだ何も知らないはずだ。
記者というのは全員がこういう感じの人なのだろうかと思いながら、首を小さく振って顔の緊張をほぐす。
「大したものじゃないですよ。普通の会社員です。長休が取れたのでこうして来たんです」
「むぅ、そうですか。鳥取から来られたんですか?」
「岡山からですね」
「今日来られたので?」
「はい」
「ああ、でしたら帰り際くらいにまたお話をさせてください。この旅館の感想を聞きたいので」
それくらいなら、ということで万巳はそれに承諾する。
だが聞かれていてばかりでは面白くない。
こちらも何か聞いてみようと思うが、いざ聞いてみようと思うと、何を聞いたらいいのか分からなくなった。
これは経験だなと思いながら、今回は何かを聞くのを諦めて整理してから聞き直すことにする。
こういうのは八樫と相談してからの方が良いだろう。
今は変なボロを出さない様にだけ注意することにする。
「竿宇治」
「え? あ、そうでした。すいませんね万巳さん。僕たちちょっと外見て回らないといけないので、失礼しますね」
「ああ、そうですか。分かりました。取材頑張ってくださいね」
「はい! ご協力感謝します~」
二人はそう言って、靴を履いて宿の外に出て行ってしまった。
それを見届けた後、また旅館を捜索するべく来た道を戻って行った。
「虚化さん」
「なんだ?」
「彼女嘘ついてますよ? 気を付けてくださいね」
「それはお互い様だろうに……」
「ああ、確かに」




