1.12.八樫屋万
「雇ってあげなよぉ」
「!?」
小さな男の子だ。
目だけでギョロリとそちらを睨む。
「貴様……時間止めてんじゃねぇぞ。猟犬が来るだろうが」
「大丈夫。今は君の精神を一時的に切り離して時間の進みを極限までに低下させている状態。時間が止まって見えるだけで本当はミクロ単位で動いているよ」
ケタケタと笑いながら、男の子は軽い足取りで机の上に上る。
笑顔は絶えないが、その裏には腹黒さを隠しているように思えた。
「で、何の用だ」
「用って訳でもないんだけどね。この子を君の側に置いてもらいたいんだ」
「理由は」
「面白いからに決まってる。彼女……いい所の巫女さんだからね」
「……何を言っているんだ? こいつが神社の娘だとでもいうのか?」
「フエヘヘッ。そんなちゃちなもんじゃない。でも君が彼女を放置して手放せば……近い将来後悔することになるよ」
「それは貴様が仕組むからだろう……!」
「うんにゃ、こればかりは僕からは手を出せない事なんだ。ていうか人間が勝手にすることだからね。まぁそれを見て楽しむのもありだから、僕は強制はしない。君の自由だ」
その言葉は何処まで信じて良い物なのだろうか。
これが分からない事には判断をしかねる。
だが時間がないのも事実。
ここで彼女を切れば、自分の知らないところでまた怪異に見舞われることになるだろう。
それがこいつのやり方だ。
一つとして信用できることなどはないが、彼がやると言ったら必ず事件は起きる。
「どっちも面白そうだしねぇ……! エヘヘッ、フハハッヘヘッハヘヘッ」
そう言い残し、消え入るようにしていなくなった。
それと同時に時間の流れが戻ったようで、丁度万巳が頭を上げて様子をうかがっている所が目に入る。
何処まで信用していいか分からない存在。
だがあの言い方は、自分が対処できないさまを見るのが楽しみだという様に捉えることが出来た。
思い通りには、させたくない。
「はぁ~~……。わかった。お前を雇おう」
「おぇ!? ほ、本当ですか!?」
「二度言わせない」
「やぁったぁあああ!!」
両手を放して喜んでいる彼女だったが、八樫としての心境は複雑だ。
してやられたような、そんな感じがしてならない。
まぁ、実際に助手は欲しいと思っていた。
こうなればもうポジティブな方向に捉えて行った方が、心労は少なくて済むだろう。
彼女が何ができるかは置いておいて、とりあえずは普通の仕事を適当に回していくことにする。
そんな考えを巡らせている中、梶原が何かを思案しているようだった。
「どうした?」
「あ、いや。ちょっと面白い事を思いつきまして」
「面白い事?」
「ほら、八樫さんって、怪異事件を相手にするときは自分の事を八樫屋って名乗るじゃないですか」
「ああ。自己満足の為だけどな」
「万巳さんにも何かあったほうがいいのではと思いまして、万という名前がぽっと浮かびましてね」
何を訳の分からないことをしているのだと思ったが、万巳はその話を真剣に聞いている。
そこまで重要な名前ではないのだが。
「じゃあ私は、あの時みたいな状況に出会った場合、万って名前にすればいいんですか?」
「ま、八樫さんの言葉を借りるなら、自分を変えたい場合にだけどね」
「貰いますねそれ! なんかかっこいい!」
「そんな時なんて、そうそうねぇよ」
あれは非常に稀な状況だ。
閉じ込められるなど普通はない。
普通はこうした街中で起きることが大半だ。
それにもいろいろあるが、あそこまで恐怖を狩り立てる物は中々見る事は出来ないだろう。
だというのに、万巳は嬉々としてそれを受け取っている。
あの恐ろしい経験をもう忘れてしまったのかと思ったが、そうではないらしい。
では何が彼女を動かしているのか。
ここで仕事をするとそう言った事件に関わる可能性が高くなるとは思わなかったのだろうか。
それを八樫が知ることではないが、純粋な疑問として心の奥に残る。
「八樫さん! この探偵事務所、八樫屋万探偵事務所に名前変えましょう!」
「しねぇよ!!」
「長いですねぇ~……」
妙な奴が増えてしまったと、やはり後悔することになった八樫なのだった。
第一章はこれにて終了となります。
第二章は10月の頭から投稿開始とさせていただきます!
お楽しみに!




