77. 『プロローグ』
最終章です。よろしくお願いします。
『こんにちは、ライン。私は、テミス・バールデア。あなたの設計者よ』
『1番コアには予め想定されたプログラムを隠しておいたのだけど、まさか5番コアしか回収できないなんてね……。いえ、ここでそんな話をしても時間がないわ』
『今から新しいメッセージを残す。よく聞いてね』
『まず、あなたの5番コアにはある人の魂が転写されているわ。そして、あなたはその名前を思い出すことは絶対にできないと思う。……記憶が保存されている1番コアは回収できなかったの。本当にごめんなさい』
『想定はもっとコアを回収できるはずだったのだけど、実際回収できたのは一つだけ。これだけじゃβ型のコアと混ぜたときに自我が攪拌して自分を取り戻すこともできないでしょうね。……あなたを自由にしたいと思った私の目的は失敗したと同義だわ』
『……だから手伝うことにしたの。リーネアの目的の方をね』
『あなたの死後、私は機械に自我を持たせるプログラムの開発をした。機械人形の電脳の仕組みが人間の脳のシナプスに似せて設計されているのも、最初からこれを入れるためだったのよ。まぁ、自我の開発は禁止されているから、条件付きの実装にはなるけど……人の魂の情報を持つあなたは、どこかで確実に自我を発現することになる』
『自我を発現した場合、その自我データは機体の隅々に運ばれる。このデータの一部を別の機械人形が取り込んだ場合、あえて不完全に設定した自我プログラムを発現するトリガーが発火するようになっているわ。問題は……自我を保てるほどの容量の電脳の開発が難航していることだけど……それはもうすぐなんとかできそう』
『これを繰り返せば、賢神に対して脅威となる存在を金属の塊からいくらでも増やすことができる』
『賢神を滅ぼして初めて、神話の時代が終わるの。あなたにはその手伝いをしてほしい。仲間を増やして、その首に辿り着くために』
『……というのが、私のお願い。このメッセージは、あなたの自我データが特定の基準を超えて成熟したとプログラムが認識したときに起動するようになっている』
『あなたは、これを忘れることも、従うこともできる。任せるわ。どうか……あなたの心に従って欲しい』
『残念だけど、私はあなたがなにを思うのか、聞くことはできない。で、も……』
『あなたは、私が思ってもみないようなことを言うんでしょうね。だって……あのリーネア・レクタの魂だったんだから』
メッセージが終わり、静寂が訪れる。
ラインは、もう声の届くことのない主に対し、言葉を零す。
「……私は、あなたの願いを聞いたからここにいるのではありません」
「そうしたいと思ったから、ここにいるんです」
*
「いいのか、ライン」
道の先には、見慣れない女が大きな路傍の石に腰かけて待っていた。目の前の存在が誰なのか、ラインにはもう分かっている。
α-1型パイロット、リーネア・レクタ。
ラインが忘れていたもの、頭の中で叫んでいた声が忘れてしまっていたもの。
『私は、人類を救わなければならない。』という願い。その全て。その全てが今、ラインの目の前に座っている。
それが、ラインに問いかけている。ラインは、静かに頷いた。
「これはテミスと私で始めた戦いだ。君はもう私と言えないほど乖離してしまっている。それでも、その続きを選んだのか」
「……」
「君の最初の目的は、天界にいる誰かにもう一度会うことだったんだろう。その目的がもう、果たすことができないとしても、いいのか」
「……はい」
「君には、関係の無い話だ。たとえもう一度戦争が起こっても、天界はすでにこの世界との繋がりを断ち始めている。賢神は何もできない」
なおも問いかけるリーネアに、ラインは首を振った。
「私達の時代の兵器が、巡り巡って色んな人達の命を奪っていきました。この世界には必要のないものが、溢れて、歪な世界になっている。それが全て悪とは思っていません」
「ならば何故だ?」
「……いろんなものを繋いで、私はここにいるからです。何も無かった私が、この世界で勝手に背負った全部で、私はここにいます。だから、戦っているんです」
それを聞いたリーネアは声を上げて笑った。
「青臭いな、若く、正義感に満ちていて、自己満足の……あぁ、かつての私の、王国から剣を授かったあの日、こんな世界が始まる前のあの日のようだ」
ひとしきり笑った後、リーネアはラインに向き直る。
「託そう。私の魂よ。全て君に託そう」
リーネアは少し欠けた鍵をラインに差し出した。ラインはそれを受け取ると、その瞬間、鍵は光の塵となって解けていく。カチリと何かが嚙み合ったような音がした気がした。
「…………それと」
リーネアはラインの隣を見る。ラインも、その視線を辿り、自身の横を見た。
いつの間にか、ラインの横に幼い少女が立っていた。ラインはそれがα-4型のパイロットであることに気が付く。なぜ彼女がここにいるのか、ラインはそう考えたが、すぐに自身がα-4型のコアを取り込んでいることを思い出した。
「あなたは……」
あのとき消えたはずの彼女がなぜ留まっているのか、ラインはその理由を掴めないでいる中、リーネアは、少女に申し訳なさそうな顔を見せる。
「約束、守れなくてすまなかった。リラ」
「うん、いいの。ちゃんとネフィラは帰ってきてくれたから」
リラと呼ばれた少女はそう言ってリーネアに駆け寄り、抱き着いた。リーネアはそれを愛おしそうに抱き返し、頭を撫でる。
それは、きっと少女がずっと待ち望んでいた光景。体を失い、本来の肉体の全てが喪失してなお、千年を超えて留まっていた先に、その約束は果たされたのだ。
少しの間少女はそうしていたが、やがてゆっくりとリーネアから離れた。それを理解したリーネアは、目を細めて微笑む。
「……そうか、行くのか」
少女は笑う。
「うん。わたしはラインと一緒にいくよ」
その言葉を聞いて、リーネアは何度も頷いた。
「あぁ……あぁ。頼む、あの私のことを」
静かに、少女がラインの手を握った。ラインは困惑した様子を見せる。
「……いいのですか。あなたがずっと待っていたのは……その」
「あのとき、ただいまって言ってくれたから」
あの白い空間で、少女を抱きしめたときを思い出す。この少女は、それだけでラインに付いてきたのだと分かった。
そして、ラインがかつてのリーネアではないと分かっていても、この少女がずっとそばにいたことも。
ラインは少女の手を握り返す。
「……お願いします。共に、戦ってください」
少女は笑って頷いた。そして、少女はリーネアを見る。
「リーネア」
「……なんだ?」
不思議そうに首を傾げたリーネアを、少女はまっすぐ見つめた。
「わたしも、リーネアをつないでいくから」
「…………そう、か」
リーネアは目を閉じた。ゆっくりと、リーネアの輪郭が不安定になり、仮想人格が崩壊していく。
「永かったなぁ、テミス、そうだ、私達の……」
リーネアが消えるまでに、時間はかからなかった。仮想世界も同時に閉じ始めている。このままこうしていれば自身の意識が戻ることをラインは理解していた。
最後に、ラインは道の先を見る。これから自分が歩いていく道を。
その先には、誰かが待っている。自分も付いていくと言わんばかりに、一言も発さずに腕を組んでラインを見ている。
全部背負っていなくなった大馬鹿野郎のくせに、平然とそこに立っているその人物を見て、ラインは仕方ないといった顔で笑った。
「行きましょうか、イーシェさん」