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β-Type3/MOD  作者: Stairs
MECHANISM
75/77

75. 『蜘蛛の脚先』

「いい練習になった。これは礼だ」




 拾った剣をステラの背に突き刺した老人は感情も見せないまま見下ろしていた。



 ステラはゆっくりと首を上げ、老人に視線を合わせる。


「まだ壊れないか。β型にしては動きが素早い……しかしγ型にお前のような機体は無いはずだが……まぁいい」



 口内には循環ポンプの故障によって逆流した液体があふれ出し、老人の足元を濡らす。

 老人はそれを気にする様子も見せず、倒れ伏すケルの方へ向かおうとするが、小さく零したステラの一言でその足が止まる。



「リー、ネア……」


「何?」



 背中のあたりが高熱で揺らいでいるのが見えた。瞬間、聞こえたその名前と何かの予兆を察知し、素早く下がる。


「ODS、開始」


 ステラは体から生える杭を掴み、そのまま握り潰すと共に老人へ迫る。それが苦し紛れの突撃であると理解した老人は、静かに手を伸ばす。


「……ッ!?」


 ステラから少し離れた所に杭が出現する。正確になり始めていた照準が乱れていることに老人は気付く。


 老人に肉薄したステラは、腰の方に手を伸ばしている。それは抜刀に近い構え。しかしその剣はステラ自身に突き刺さっていることはステラも分かっている筈だった。



「《セトロニア》!!」


 老人がとったのは先ほどと同様の手段。空気の粘性を水と同等にするという改変。しかし、ステラの周囲が変わった様子は無い。


「──『NEphila(蜘蛛の脚)』」


 老人はその短い時間で、照準が乱れているのではなく、照準を合わせるために必要な情報が増加しているのだと理解した。


 ステラの手にはいつの間にか剣が握られている。それは金属ではない。それは石ではない。木ではない。ただ、光の無い、何か。


 あるいは、立体の影。


 それは、老人を切り裂いた。


 血を流しながら、老人はこれまで見せなかった速度で下がる。その両足は、まるで獣のように変化していた。


 散弾の様に老人の背後から放たれる杭。しかしそれは全てステラが剣を振るうことで弾き落される。


「む……!?」


 先ほどは違う、洗練された動き。ただ速いだけではない。技術があり、力があり、速度がある。全てを持った強者の剣。


 とった距離も、僅かな時間稼ぎにしかならなかった。それを察した老人はステラに向かって駆け出した。両足だけではなく、両腕すら獣の様に変化し、その姿はまるで狼に近い。


 その指先からは鋭い爪が覗き、地面を引き裂きながらステラに迫る。そして、叩きつけるように腕を振るった。


 ステラは直撃の寸前、さらに身を屈める。爪が己の頭上を過ぎていくのを感じてから、影色の剣を頭上に向けて突き出し、老人を貫いた。


 苦悶の声を上げ、姿勢を崩す老人を、今度はステラがそのまま押し倒して地面に縫い付ける。ステラの周辺で幾つもの杭が突き立った。


「ぐ……ッ、なんだ、その剣は……!」


 照準が乱れるだけではない、切られた箇所の存在そのものが揺らいでいるような感覚。

 老人は混乱する思考を何とか制御しながら次の手を考え、合間に杭を放つ。


 苦し紛れに放った杭。

 老人の思惑通り、否──それは思いに反しステラに直撃した。


「やはりそれはお前自身に対する干渉を困難にしているだけだ!!!」


 続けて幾つもの杭がステラを打ち付ける。皮膚を引き裂き、内部の部品を散らしながらステラは動かず、老人を縫い留め続ける。


「知っているよ、賢神。この剣のことは私が一番良く知っている」


 老人はステラを見る。その顔は口角が吊り上がり、懐かしいものを見るようにこちらを見ていた。


「貴様、まさか、リーネ……ッ」


 老人がそう言いかけたとき、ステラの体ががくりと僅かに落ちる。満身創痍の機体、ナノマシンによる高速修復すらも行わない捨て身の突撃を行うために使用したODSは、想定時間よりもはるかに短い時間で終了したのだ。


 ステラの口から蒸気が排出される。老人は大きく笑った。


「時間切れか!!」


 老人の影が徐々に大きくなる。その姿は殆ど獣に戻りかけていた。ステラは残った力で抑え続けているが、老人が体を起こす力に押し負け始めている。


 その頭を握り潰そうと、老人は手を伸ばす。そして、尚も同じ表情で見るステラに、老人は違和感を覚えた。


「あぁ、だがこれでいい」


 何かに気が付いた老人は周囲を見る。ステラと老人を囲むように、金属の円のようなものが配置されていた。こんなものは今までなかったはず。そう考える老人だが、すぐに気が付いた。




 ODSが短かったのはナノマシンで機体を直さなかったからだ。

 

 何故?

 

 ナノマシンを機体修復に割り当てる余裕が無かったからだ。

 

 何故?



 ──この円を作るために。



 しかし、


「こんな金属の円があったとして、今のお前に何ができる!!」


 吠える老人だが、その金属の円が光を放ち始める。それに何か嫌なものを感じた老人はステラを動かそうとするが、体に何故か力が入り難い。




 まるで縛られているような──



「──《六つ、存在しないもの》」


「は……」


 詠唱が響く。咄嗟に声の方向を見る。

 そこには、片腕の無くなった袖を風に靡かせながらケルが立っていた。



「《それを以って縛るもの、拘束し、叫び、打ち付けるもの》」


「貴様、どこでそれをッ────」


 慌てたように藻掻く、大狼と化した老人。


「お前がどこから来たのか僕達が知らないとでも思ったのか、別世界の獣、"湿地(フェン)に棲む者"。逃げ込んだお前を受け入れた天界を裏切り、何の関係の無いこの世界を終末に導いた害獣め」


 ステラの手から、影色の剣がするりと宙に溶ける。そして目の前に、まるで光だけを固めたような剣が形作られていく。それを、ステラは両手で握る。刃先は、老人の心臓へ。


「私をそんなもので殺せると思ったか! 貴様らのような"座"を持つだけの生命体と私を同列に見るなよ、この私は──」


 ケルは、冷たい目で老人を見る。


「お前を封印する」


 ステラが剣を振り下ろす。光が四方に飛び、老人を縛っていく。同時に発生した衝撃にステラは吹き飛ばされ、ケルの近くまで転がった。


「そうか、封印するかッ!! いいだろう、そのちっぽけな魔術が、この私をどれだけ縛り続けていられるか見ものだな……!!」


 そう言いながら老人は光の繭に閉じ込められ、宙に鎖のようなもので拘束された。


 静寂が訪れる。


 ステラはゆっくりと体を起こした。ケルがこちらを見ている。先に口を開いたのはケルだった。


「無責任だと笑うか」


 そう言ったケルに、ステラは笑う。


「いいや、これでいい」


 その言葉で、ケルは目の前の存在を理解する。


「鉄屑……」


 その名を呼ばれたステラは、気にした様子も見せずケルを見つめ返す。


「……長い間。人にとっても、神にとっても十分に長い間を、お前は人類を見守っていてくれたのだな」


「いい。僕が勝手に望んだことでもあるからな」


 ケルは少し笑った。


「素直じゃないやつだ」


 そう言ってステラも笑う。それを見て、ケルは問いかける。


「ステラは? 死んだのか」


「いいや、一度同期して再分岐させた。だからこんな風に私が前に出ることだってできるってわけ」


 急にリーネアからステラに表情を切り替えたのを見て、ケルは心底嫌そうな表情を浮かべる。


「しぶとい奴だな」


「なに、嬉しいくせに」


「馬鹿言え」


 しかしその言葉に反し、ケルは笑ってもいた。そして、ステラは残ったケルの腕が崩れ始めていることに気が付く。


「……もう限界?」


 その言葉にケルは己の手を見て、頷いた。


「"座"の返還が始まった。じきに他の誰かが天界に戻った"座"を引き継ぐだろう。しかし、お前も限界に見えるが」


 ケルが指摘するステラの体は傷のない箇所の方が少なく、穴の開いた箇所から見える内部からは火花が何度も散っている。


「まぁね」


 ステラは肩を竦めた。


「封印は奴の言った通り、一時的なものだ。天界から別の神が降りてきてあの繭ごと処理するだろう」


「丸投げってやつだ」


「仕方ないだろう。よくやった方だと思うが」


 疲れたようにそう言ったケルにステラは頷いた。


「そうだね。じゃ、リーネアに体渡すよ。楽しんで」


「……あぁ。お前も、ありがとう」


「お、素直」


「黙れ」


 ケルが手を払うような動作をすると、ステラの表情が変わった。それがリーネアのものであると、ケルはすぐに察する。


「私達の戦いも、ようやく終わったか」


「まぁ、僕らの手で終わりにできなかったのは心残りがあるな。でも最後にあんたに会えて良かったよ。それだけは……」


 ケルの言葉に、ステラ……リーネアは首を振った。


「お前には分かっているだろう。私は記憶だけの存在に過ぎない。ステラ・リストレイトの魂を核に再現された人格だ。お前が鉄屑と呼ぶ私は、私では……」


「……それでも、僕はあんたにまた会いたかったんだ」


「私もそうだ。だが……私はもうすぐステラ・リストレイトの人格に呑まれ、再び眠るだろう。もっとも、この機体の状態からして特に意味もないことだがな」


 ケルは悲しそうにリーネアを見る。


「名前を教えてくれないか。自己紹介もできていなかっただろう、僕らは」


 リーネアの口角が上がる。


「あぁ、そうだな」


 リーネアは手を差し出した。ケルは、崩れかけの腕でその手を握り返す。

 こうして握手を交わすのに、随分と長い時間が必要だった。



「リーネア・レクタだ」


「……ケル」


 姿も声も、ステラのまま。しかし、その向こう側に、剣を携えて鎧を着た女性の姿を見た気がした。



「ケル、いつかまた会おう。私の友人」



 そう言ってリーネアは崩れ落ちた。わずかに身じろぎをして、ケルを見る。すでに、リーネアは眠ったのだと分かった。


「おわった……?」


 ステラはケルを見上げてそう言った。その声は細く、機体の限界も近いことを示していた。


 視線を合わせるようにケルも座り込んだ。その体は、既に半分近くが崩壊している。


「終わった。僕の方が早そうだな」


「まぁ私はこれ以上バラバラにはならないんで……」


「最後までやかましい女だな」


「静かよりは、いいでしょ」


 ケルは何も答えなかった。


「……────────」


「最後くらい嘘でもそうって言ってもいいじゃんか……」


「──違う」


 ケルの様子が、一転、ひどく青ざめたものになっていることにステラは気が付いた。


「……どうしたの?」


「天界が……天界が、この世界の接続を……完全に切ろうとしている」


「え……?」


 焦ったようにケルは空を見る。


「何してる!? 賢神は倒せてないんだぞ!? あいつは他世界を単独で移動できる存在で、今取り逃がせばどこかでまた同じことが起こると分からないのか!?!?」


「えぇ……そういう感じ……」


「この世界を切ったって他の世界との接続が切れる訳じゃない……! 天界の奴ら、僕が負けたと思って逃げやがった!!」


 ケルは怒りに拳を地面に叩きつけた。


 その拳は砕け、宙に消えていく。


「どれだけ犠牲を払ったと思ってるッ!! ふざけるな!!」


「……」


「無駄死にだ、全部。……もう一度同じことが起こったとき、天界は勝てない。次は、皆死ぬ……!」


 絶望に打ちひしがれるケルに、ステラは這いずるように近付いていく。そして、うずくまるケルを抱きしめる。


「……大丈夫」


「大丈夫なもんか!! 賢神は分かっていたんだ、創造神を失って怖気づいている天界が逃げ出すことも、時間が自身の勝利を保証することもッ!!!」


「ケル」


「………………ステラ」


「私に任せて」


 グズグズになって崩れていくケルが、ステラを見る。その言葉が真実であるのか、それとも嘘なのか。ケルには確かめる時間が残されていない。


 まっすぐ見つめるステラの目。


 ただ、信じなければならないと、思った。


「……あぁ、頼む……ステラ。僕たちの、リーネアの、みんなの犠牲を……任せる、全部、任せるから……」


「……うん。安心して、ケル」


 ケルはステラに手を伸ばすような仕草をする。ステラは、ケルが消えて無くなるまで、そばに居続けた。










 やがて一人になった空間に、這いずる音だけが響いた。





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― 新着の感想 ―
ラスボス?に相応しい意地汚さだな
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