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β-Type3/MOD  作者: Stairs
MECHANISM
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74. 『夢先』

「君の名前を聞かせてくれないか」


 男は体を丸くして、少女に顔の高さを合わせた。

 少女は俯いたまま答える。


「……ステラ」


「ようこそステラ。私はアールム・リストレイト。これから君の保護者になる者だ。よろしく頼む」


 差し出された大きな手を、ステラはそっと握った。長らく感じたことのない人の温度。ステラは己の手が焼き付いてしまうのではないかと思ったが、その前に男の方から手を放し、目の前の建物に入るように促した。


 ステラは男に促されるまま建物に入ると、その中は何かの……機械人形の部品で一面が満たされていた。いくつかの部品はγ型にもβ型にも使われていないようなもので、恐らくはこの時代で新しく作り出されたものだった。


「気になるか」


「……うん」


「これは昔、はるか昔に動いていた機械だ。どうしてこの時代にその技術が残っていないのかは分からないが、私の仕事はこの技術を超えていくことなのだ」


「……」


 ステラは黙って機械人形を観察する。生きている人間の時間を止めて、それを入れ物にしてしまったようだと、ステラは思った。

 その際に覚えた恐怖を察知したアールムは、ステラの頭にそっと手を置いた。


「怖いか。だが悪い技術じゃない。例えば手を失った人がいるとしよう。この技術を解析したおかげで、その人は機械だが再び手を手に入れることができた。歩けなかった人も歩けるようになった」


「……そう」


「私はそれが喜ばしいと思っている。そして、いつかステラが笑えるようになってくれれば、それも喜ばしいことだ。私のこれは面白いものではないから、ステラを笑わせることはできないだろうがね」


 己の頭を撫でる手を、ステラは悪くないと思っていた。この手は、ステラに殴ることも、首を絞めることもない。ただ、そうなったとしてもステラにとってもはや何かを感じることはないだろう。

 しかしそれでも、ステラはこの手を悪くないと思っていた。


「……」


 ステラは半分になった機械人形を、じっと見続けていた。




 *




「……ネア、リーネア!」


 その()()()()甲高い声で目を覚ます。


「あぁ、今の夢……そうか、寝ていたのか……」


「聞いたわよ、あの計画に志願したって」


 リーネアは目の前の女にまるで初めて見るような目を向けた。


「計画……?」


 声も何故か自分のものではない気がした。凛とした声が困惑した音を発する。


「寝ぼけてるの? 生体連結型兵器計画のパイロット!」


「生体連結……あぁ、そうだった。体を機械に入れ替える……」


 リーネアが起き上がると、女は頭を抱えながら近くの椅子に座った。


「どうしてあんな計画に……一度生身の体を捨てたらもう戻れないのよ。どれだけ脳を保持できるかも……いや、保持できなくなったらどうなるかのデータも取れてない。コアはまだ開発途中で人の脳が無いと動かせない欠陥品………」


「でもパイロット候補は私の他に3人いるんだろう。どんな基準で選ばれたかはわからないが、その中の1人はまだ幼い女の子だ。そうだろう、ええと……」


 リーネアは女の名前が口から出ず、視線を彷徨わせた後、女の胸元に下げられたネームプレートを見つけた。


 "テミス・バールデア"


 懐かしい気もするが、初めて見るような気もした。


「だからと言ってあなたが自ら志願することはないじゃない……」


「しかし私も基準を満たしているそうだ。……それに、私の目的を果たすためにこの命を賭けるべき瞬間だと思ったんだよ」


 テミスは顔を歪ませてリーネアを見た。


「……世界を初期化するってアレ、やっぱりあきらめてなかったんだ」


「生身では敵の本拠地へ進むことは叶わないだろう。大きな力がいる。神と呼ばれる存在に近付くには、自身も人の器を超えていかなければ」


「そのために、もっと他に方法があるかもしれないじゃない……」


「現状、大きな力を手にするには賢神の眷属になる必要がある。しかし眷属になればこの目的は筒抜けになる。でも、この計画は大きな力を手にしつつも眷属になることを回避できるんだ」


「襲撃にあって死んだ研究者の話でしょ。体の半分が吹き飛んで、機械化でなんとか延命したけど眷属の特権の知識の引き出しができなくなってそのまま本人も死んだってやつ」


「あぁ。眷属には人、あるいは生命体と認識される何らかの基準がある。そして、どうやら減った肉体を肉以外で補えばその基準を満たせなくなるらしい。パイロットは脳以外機械化する故に、眷属にはなれないはずだ」


 そう語るリーネアに、テミスは呆れて項垂れる。


「……考え直すことは?」


「ない」


「そうでしょうね。さすがは()()()()。麗しき騎士様は決めたことを絶対曲げないのね」


「似たようなものだろう。プライドだけで眷属化を拒否している君も」


「…………」


 テミスは無言で立ち上がると扉へ向かって歩き出した。扉に手をかける寸前に足を止め、背後のリーネアに話しかける。


「手術はいつ?」


「5日後だ」


「……そう」


「止めるつもりか?」


「止めない。けど……その代わり、パイロットへの手術は私がする」


 リーネアは目を丸くした。


「いいのか?」


「……いいよ。良くはないけど、私にも私の目的がある。そのために十年以上あなたに付き合ってきたんだから」


「そういえば、君の目的とやらは教えてもらっていなかったな」


「秘密。ただ……あなたの死後にそれは分かることになるわね」


「死んだら分からないだろう」


 テミスはおかしそうに吹き出しながらドアを開けて去っていった。




 *




「アールム! ただいま!」


「ステラ、工房は走ると危ないからな。もう帰ったのか? 今日は早かったな」


 走って工房へ降りてきたステラを、アールムは笑って迎える。


「今日は試験の日!」


「もうそんな時期か。もうじき卒業だが……ステラは卒業後の仕事は決めたのか?」


 少し小さくなったアールムに迫る背丈になったステラは、工房の椅子に深く座り込み、腕と足を組んで考える様子を見せた。


「うーん。私何やっても勉強は平均的で……本当はアールムの仕事も引き継げたらよかったんだけどね……」


「気にするな。私としてはお前が笑っていてさえくれればそれでいいのだから。だが……私の仕事の補佐という手もあるぞ? 私が引退しても別の工房で補佐の仕事くらいなら続けられるだろう」


「あんまり細かい作業はちょっと……」


 少しひきつって笑うステラに、アールムは片手をひらりと振った。


「そうだろうな」


「どうしよう、私が輝いてるのって護身術の授業くらいだよ……」


「軍人か。向いてなさそうだな。上官を殴って家に戻ってきそうだ」


「それを想像できるからいけないんだって……」


 唸って伸びをするステラを見て笑いながら、アールムは作業を続ける。その作業場に、見慣れぬ物体があることにステラは気が付いた。


「そんなのあったっけ?」


「ん? これか? これはな……裏のルートで回っていたいわくつきの部品だ。値段は家が3つは建つくらいするから壊すなよ」


 後ろからのぞき込んでいたステラは一歩後ろに下がった。


「うぇぇ、やめてよそんな高いもの近くに置かないでよ。これ、なんの部品なの?」


「他言無用だぞ。……これはあのリドルラドに祭られている機械人形のコアだ。3年前に盗んだ者が処刑されたという話は聞いたことがあるだろう。長いこと行方不明になっていたが、ついに市場に出てきたのだよ」


「大丈夫? グレインヴァニアの人に殺されない?」


「殺されはしないだろうが、返せとは言われるだろうな。だから内緒だ」


 いくつもの線が接続されたコアを不敵な笑みで眺めるアールムを引いた目で見ながら、ステラもコアを観察する。

 今まで見たコアとは大きさも見た目も色も異なる。


「何か分かったの?」


「まだほとんど分からん。今分かっているのは既存のコアよりも性能が低いということだ」


「高いのに駄目ってことじゃん」


「まぁこのままならな。だがもうひとつ、このコアには人体に関する情報が異様に多い。もしかすると、人の補助に適したコアなのかもしれないぞ」


 血のような色をしているコアを眺めながら、ステラはふーん、と声を零した。


「じゃあ今新しく作ってる機械人形には使えないかもしれないってこと?」


「うーむ、或いは、といったところだ。仮に使えなかったとしても、義手や義足など、応用の効く分野は多いからな。購入にかかった金額など優に賄えるだろう」


 アールムは楽しそうに笑い、ステラもそれを見て笑った。








 *








「へぇ、ついに人の体すら捨てたか」


 リーネアは、視覚センサーを動かして足元の存在を注視する。


「神の眷属か」


 リーネアの前に立っているのは、少年の姿をした存在。それが人間でないことは、機械の体になったリーネアにもすぐに分かった。


「いいや。少し前に"座"を引き継いだ。神の列に加わったばかりの新神さ」


「敵の前で悠長にしていていいのか? 私がどれだけの神を滅ぼしたかはお前も知っているだろう」


 それでも少年は表情を変えることなく、しかし不機嫌そうな様子を見せる顔のまま、リーネアに相対する。


「知りたかったんだ。()()()()()()


 リーネアの関節が軋んだようにわずかに動いた。遠くで何かが爆ぜる音が響いている。どこかで同胞と神が殺しあっている音だ。


「敵が何か。人が仕掛けた権利を取り戻すことを謳う戦争、それはそちらも分かっているはずだ。それでも、君は敵が何かを問うのか」


「そうだ。僕らは何と戦っているのか、僕の父は何に殺されたのか。僕はずっと考えていた。前線に出る許可が出なかったせいで、入ってくる情報は全て誰かを通したものだ。だから知りたかった。僕が復讐するべきなのは誰なのかを」


 リーネアは脚を折りたたんで視覚センサーの位置を下げる。


「何が知りたい」


「お前の目的を」


 間髪入れずに言葉を放った少年に、リーネアは存在しない息を呑んだ。そして、目の前の少年以外、他の誰にも聞こえないような音量でスピーカーを鳴らす。その内容は、友人であるテミス以外知らないリーネアの悲願。


「……私の目的は人を眷属にし、拐かし、この戦争を始めた賢神を討つこと。そして、創造神の力で眷属となってしまった人々を開放することだ」


 それを聞いた少年は納得したように頷いた。


「賢神、なるほど、そうか……。だがもう一つの目的、人々の開放というのは、つまり……」


「世界の初期化、再編だ。──私は世界を滅ぼして、世界を救う」


 少年は大きく地面に座った。


「あっはは! あんたが創造の"座"を手に入れるってことか?」


「いいや、だがいずれそうなる。天界と繋がる世界の一つにひしめいている存在が全て天界の敵。それはお前たちにとっても不都合なはずだ。賢神が言うにはだが……この世界の管理者である天界は、すでにこの世界から目が離せないらしい。これを管理状態に戻すには初期化だと私は考えた」


「あぁ、いい考えだ。確かに初期化はされるだろう。──それが()()()()()()()


「何?」


「この世界は天界の管理外世界だ。勝手に門をぶち開けて勝手に攻め込んできた蛮族に過ぎないんだよ」


「……まさか、奴はそこまで私達に嘘を」


「でも、考えは悪くない。そして、あながち間違いでもない」


 少年は地面に石で天界とこの世界を示す円を描き、それを太い線で繋いだ。


「あんたらは何度も天界への門を開き、この世界との繋がりを作り続けただろう。管理外世界のこの世界は、いずれ天界にとって無関係な世界ではなくなる。繋がりが強くなりすぎるからな」


「つまり……いつか初期化は為されると?」


 少年は両手を上げる。


「さあね。可能性は無いわけじゃない、ってところだな」


「それが聞けただけでも十分だ」


 リーネアが頷くと、少年は黙り込んだ。


「……」


「どうした?」


「僕もこの戦争は馬鹿げていると思っている。お互いに必要のない血が流れている今を、僕は不快に思っている」


「……そうだな」


「だが僕にはそれを止める力がない。僕の父は僕を"座"に適合しないように作っていた。無理に引き継ぎは行ったが、父亡き今、その理由は分からないまま」


 少年は顔を伏せた。


「それは簡単なことだ」


 リーネアのその言葉に、少年に顔を上げた。戸惑いを見せるその表情は年相応の子供の様だった。


「お前にこんな馬鹿げたことで死んでほしくないと思っていたからだ。その"座"がいつかお前を殺してしまわないように、お前の父はお前をそう作ったのだろう」


「あの、父が?」


「どの父かは分からないが、お前のその思考はお前の父がそう思っていたからこそのものだと、私は思うが」


「……そうか」


「そろそろ私は戻らなければ。ここに居ることを怪しまれてしまうからな」


 そう言ってリーネアはゆっくりと機体を起こす。再び、少年を見下ろす形となり、少年は楽しそうにリーネアを見上げる。


「やっぱり、会いに来て良かった。また会えるといいんだが……」


 少年のその言葉に、リーネアは少し低い声で唸る。


「それは、わからない。私はきっと、あと何度かの戦いで破壊されるだろう。劣勢が続く中で、この前線は落ちる」


 少年は悲しげに俯いた。


「……そうか。もう少し早くあんたと会えていればな」


「私もだ。私にとっても有意義な時間だった。出会う場所が異なれば、私たちは良き友人になれただろうに」


 残念そうにそう言ったリーネアに、少年は首を振った。


「今からでもなれるさ。僕らはもう友人だ」


「…………あぁ、そうだな。また会おう、友よ」


 リーネアは機械の脚先を少年へ差し出した。少年はそれを握り返すと、ゆっくり頷いた。


「あんたのことは、何て呼べばいい?」


 リーネアは言葉に詰まった。α-1型、ネフィラとしての名と、人であったリーネア・レクタの名。二つの名前がチラつき、すぐに答えは出せなかった。



「……次会うときに伝えよう。それまで私のことは()()とでも呼べ」




 *




「アールム、ただいま」


「おお、ステラ。無事だったか」


 煤をコートから払いながら、ステラは手を振る。その腰には剣が下げられていた。


「この辺りもそろそろ危ないかもしれない。少し先に魔術の着弾跡があった」


「参ったものだ。グレインヴァニアは余程機械人形の研究をするエイカフが憎いと見える。この工房も移さねばならんな」


 作業の手を止めてアールムはため息を吐いた。机の上には血のような色をしたあのコアが置かれている。


「その研究も進んだ?」


「おお、進んでいるぞ。やはり私の見立ては正しかったのだ。これは本来人体と接続することを想定されているコアで、いわば外付けの補助脳のようなものだな。しかしどう活かすかまでは……軍事転用なら強化外骨格ということも考えられるが機械人形を作って前に出した方が安上がりだからな」


 ステラは饒舌に話すアールムに苦笑いをした。


「自作の機械人形の方は?」


「納得いかなくて全部作り直しているところだ。骨格フレームの強度に中々納得がいかなかったが、もうじき完成するぞ」


「へぇ、見せてよ」


「見せん」


 ステラが手を差し出した要求を、アールムはそっぽを向いて突っぱねた。


「なんでよ」


「恥ずかしいからだ」


「恥ずかしい……?」


 怪訝そうなステラに、アールムは咳ばらいをする。


「んんッ、いずれ分かる」


「なーにそれ……変なの」


 ステラがかちゃかちゃと腰の剣を動かして遊びだすと、今度はアールムがステラに問いを投げた。


「自警団はどうだ」


「かなり大変。半分軍みたいな扱いだから物資の軽い支給はあるけど、この辺まで手厚い補給は来ないからね。昨日はグレインヴァニアの新型兵器が使われて2人死んだよ」


「……そうか。なぁ、ステラ、ひとつ提案なんだが」


 佇まいを直すような様子でアールムはまごついている。ステラは首を傾げた。


「なに?」


「さっきも話した通り、もうじき機械人形が完成する。そしたら……私はこの工房を捨てて引退するつもりだ。もう私も歳だからな。工房を移動する機会も重なって丁度良いと思っている」


「そう……」


 ステラは少し思いを巡らせ、納得して頷いた。


「それでな、次の──」


 アールムが言葉を続けようとした瞬間、ステラは剣を引き抜いた。同時に、天井を何か手のひらほどの球体の影が突き抜けて落ちる。


 ステラはそれを床に落ちる前に切り捨てた。複雑な形をした金属塊が真っ二つになって床に転がる。同時に、周辺から爆発音が鈍くいくつも鳴り響いた。


爆礫(ばくれき)……!?」


「……落ちてきたのか、なんだこれは」


 観察しながらも、アールムは金属塊から距離を取る。


「魔術が刻まれた爆弾だよ。投石器でかなり遠くから飛ばしてきて、地面に落ちると起爆して鉄片をまき散らす。一発当たっても致命傷、昨日死んだ2人もこれで……いや、そんなことより、なんでここまで降ってきた? まさか前線が下がった……!?」


「……完成は間に合わんか」


「すぐに移動しよう。アールム、外を見てくる」


 そう言ってステラは外に出る。半分地下にある工房にはあまり音が響いてこなかったが、外はこれまでの景色とは大きく変わっていた。


 あちこちから火の手が上がり、人が走り回っている。同時に、倒れて動かない人、辛うじて息のある人、泣き叫ぶ声。それらが町中に練り込まれていた。


「最悪……」


 ステラはアールムを呼びに行き、すぐに荷物をまとめなおした。


「……コアだけでも持っていくか。売れば生活資金にはなるだろう」


 そう言ってアールムはコアをポケットにしまうと、ステラとともに外に出る。そして、町の様子を見て嘆きながらも脱出を急ぐ。


「あ、あの!」


 急いでいる2人に並ぶように少女が走って声をかけた。ステラは周囲を見て顔をしかめる。


「もしかしてはぐれたの?」


「はい……でも先に避難しようと思って……やっぱりこれって危ないですか?」


「かなりね。付いておいで、行先は同じだから」


 ステラが手招きすると、少女は2人と同じ速度に合わせて小走りになる。


「よかったです。どこに逃げたらいいかわからなくって……」


 少女が安堵の表情を浮かべながらそう話す。その時、再び何かを察知したステラが足を止める。


「また落ちてくる! 走って!」


 ステラは剣を抜くと、再び金属塊を切り裂く。周辺から断続的に爆発音が上がる。


 再び金属塊が降ってくるまで、僅か数秒だった。そして、その金属塊が、少女の足元に落ちる。それに気が付いたアールムが少女の手を強く引き、距離を少しでも離す。



 その間に、ステラが入った。



 至近距離の爆発に、土煙が跳ねる。その中を、最初に這い出たのはステラだった。全身にいくつも穴を空けられながらも、彼女には息があった。

 周辺を確認する、アールムが身じろぎをしているが、いくつか当たったかもしれない。少女は無事らしい。


「あ、あ……」


 震える少女を見て、ステラは力を振り絞り立ち上がると、少女の手を引いて起こす。


「行きなさい。まっすぐ」


「一緒に……」


「私はここまで。助けてやったんだから最後まで生き抜きなよ」


 弱い力でステラは少女の背中を叩く。少女は頷き、何度も振り返りながら駆け出して行った。


 ステラは地面に倒れ込む。


「アールム、生きてる……?」


「なんとかな。一発食らったが致命傷ではなさそうだ……。直撃はこのコアが逸らしたらしい。持っていくものだな……」


「そりゃ……よかった」


 アールムはゆっくりと横腹を抑えながらも立ち上がる。そして、倒れ伏すステラを見てしまった。


「ステラ……」


 思わず零れたその声に、ステラは血を吐きながらせき込む。


「ごめんね、うまく、いかなかった」


「……気にするな」


 アールムは己の出血箇所をコートで縛ると、ステラを抱きかかえる。


「軽いな」


「今減量に成功したとこ……」


「馬鹿が」


 アールムは体を引き摺りながらも工房の方へ足を進めていく。


「……もう、助からないよ。血が上がってきてるから内臓やられてるし……多分頭にも……少し穴空いてる」


「……そうか」


「あとそろそろ意識もふわふわしてきた」


「……そうか」


「ねぇ、私でよかった?」


「……あぁ」


「あんまり恩返しできなかったなぁ」


「気にするな。私は、お前が笑っていてくれさえいればそれでいい」


「そっかぁ……じゃあ笑ってなきゃね……」


「あぁ」


「ねぇ」


「何だ」


「楽しかったよ」


「…………私もだ」



 アールムがそう返したときには、既にステラは息をしていなかった。

 だらりと重くなったように感じるステラの体を、工房に戻ったアールムはそっと大きな机の上に寝かせた。


「……」


 縛った横腹を見てみると、出血が止まっている様子はなかった。ここが病院の真ん中であれば助かったかもしれないなとアールムは思う。


 隣にかけられている白い布を取る。そこに置かれているのは、作りかけの機械人形。そして、その顔はステラに少し似ていた。

 ポケットからコアを取り出し、その機械人形の横に置く。


 これから自分が何をしようとしているのかはよく分かっている。既にほとんど完成していた機械人形の頭に、アールムは触れた。




「私は、お前が生きて、笑ってさえいてくれれば、それだけでいい」




 床に血の滴が、落ちた。





 *

















『──想定外の手段によるプロテクト解除を検知。本来なら……死んだあなたを開放してあげたかったのだけど、このメッセージが聞こえているということは死んだあなたのコアを誰かが再利用したということかしら』



 どこか混乱する中、周囲を見るが、どこまでも深い黒だけが広がっていた。情報が頭の中でいくつも弾け、混ざり、過ぎていく。どちらが、何がいつまで自分なのかが分からなくなる。


 目の前にいるはずのテミスの顔は認識できない。圧縮を行いすぎた画像のように、立体がぼやけてしまっていた。


 ぼんやりとした輪郭のテミスは語る。


『このメッセージは私の目的が失敗したときのために残してある。具体的には1番コアと5番コアの2つが揃っていないことが条件ね。えっと、どんな状況かはわからないけど、圧縮データによる情報の開示だから時間はもう少しあるわよ。まずは私の目的について話す。約束だものね』



 テミスはどこからともなく出現したパイプ椅子に腰かけた。



『あなたが死んだら、あなたの魂はコアに転写して記憶凍結処理を行った後にβ型として再利用する予定だった。もちろん、私自ら設計した特殊な機体よ。量産予定のモデルなんか一捻りなんだからね』



 胸元に下がっている名札を指で揺らしながら、話を続ける。



『少し技術的な話になるけど、記憶の保存は1番コア、魂の転写は5番コアに対して重点的に行われるの。1番コアに記録してあるこのメッセージを聞いているあなたは、僅かな魂の情報と凍結された大量の記憶を持った存在として正常に動作できていないかもしれないかもしれないわね……』


 少し言葉を詰まらせたが、テミスは首をわずかに振って向き直る。



『……私ね、あなたには普通に生きて欲しかったの。でも、あなたはそれを聞いてはくれないだろうから……だから、死んだあとにもう一度新しく生き直して欲しかった』


 表情はやはり見えないが、悲しい顔をしていることは分かった。



『コアに刻まれたあなたの悲願は、きっと魂のないあなたを苦しめるでしょうね。だからこのメッセージは"記憶消去プログラム"も兼ねているわ』


 彼女はゆっくりと手を差し出した。



『私の手を取れば、あなたを苦しめる記憶は全て消える。そして、新しいあなただけの人生が始まるの』



 それが彼女の望みなのだとわかるほど、その声は明るい。しかし、同時に、その声には影があった。


『でも』


 そして、彼女は笑う。



『もし、あなたがまだ為すべきことが残っていると言うのなら──』







『────思い出して』





 その手を──────

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