73. 『介在』
「世界が再構築されたとき、創造の"座"は砕け散り、その欠片はあらゆる場所へ消えた。貴様らが把握できないほどにな」
老人は、周辺の空中に杭を幾つも走らせながらケルへ話しかける。
「お前が……動き出したのはそれを手に入れたからか……」
「あぁ。この私ならこの"座"を扱える。所詮、創造神が作り上げた仮想的な生命体に過ぎない天界の神々には、"座"に触れることすらできんだろうがな」
老人は軽く指を動かした。しかし、先程の杭は現れず、破片となってケルの周辺に飛び散る形で出現する。
「……芸がないな」
ケルが血を吐き捨てると、老人は感心したように頷く。
「ほう、既にこれに対応するか。魔神……創造の"座"に似ているだけはある。確か、《神殿》だったな。内側と外側を切り分けているのか、しかし──その場から動けなくなるのだろう」
老人の周辺に止められていた杭がステラへと向かう。ステラは構えるが、それよりも早くケルが手を伸ばした。
「《落ちろ》……ッ」
その一言で杭は全て落下し、再びケルの体を杭が貫く。ケルは思わず膝を付いた。
「……」
ステラはケルを守るように老人の前に立つ。
「同時は無理らしいな。ではこうしよう」
三度目。ステラは空間を何かが走ったような感覚を覚える。しかし、それはケルとステラの周囲に破片が散る形で現れた。
「守れないとでも思ったか、馬鹿が。創造を持ってやることが砂遊びとは、お前、向いてないんじゃないか?」
口元の血を拭いながら、ケルは老人を嘲るように言葉を吐く。ステラは背後のケルに対し、言葉を投げかけた。
「やれそう?」
「……5分だ」
「無理って言わないんだ、いいね」
ステラは剣を構えた。
「いいか、空中で構築された杭は僕が防いでやる。物理的に飛んでくるものはお前が全て叩き落とせ」
「了解」
老人は楽しそうに笑う。
「では根比べだ」
老人が腕を上げると、ステラとケルの足元の地面から大量に杭が突き出した。ステラはそれを全て切り払い、ケルへ向かった杭は魔術に阻まれて区空中で砕ける。
ステラが老人に向かって走り出すと、その真横を何かの衝撃波が追い越す。恐らくケルが放った攻撃魔術だが、老人の前でせり上がった太い杭に衝突し、霧散した。
そのせり上がった杭によってできた死角を縫うように、ステラが飛び出す。
「《セトロニア》」
老人が何かの言葉を吐いた瞬間、ステラの剣が液体になったように溶け落ちた。
「うっそぉ!?」
「物理法則の書き換えだ!!一時的に金属の融点を変えやがった!!」
溶け落ちた雫は再び固形になり、地面に砂利の様に散らばった。
地面から突き出し続ける杭を慌てて回避しながら、残った柄を投げて飛来する杭を叩き落とす。
すぐさまステラは腰のブレードを展開した。
「《セトロニア》」
そう言って老人は手の中に金属だけで出来た剣を作り上げ、片手でステラに振り下ろした。ステラは合わせるように構えようとするが、その前に何かがステラの肩を切り裂いた。
吹き出す血を抑えながらステラは下がると、先ほどまでステラの居た空間を老人の剣が撫でた。
「ずるくない……? 当たってないじゃんそれ……」
「……違う」
ケルの隣にまで下がって文句をこぼすステラにケルは今起こった現象を考える。
「もしかして、当たったことにされたわけ?」
「いや……光の方を遅くしたんだ。見える光景は既に終わった動きになって……」
ステラはケルを見ると、腕にヒビのようなものが入っている事に気付いた。
「なんで怪我増えてるの」
「……神殿2つに攻撃魔術の同時使用。反動の一つくらいあるに決まってるだろう」
「じゃあ無理せず私のこと守ってね」
ブレードを左右に振りながらステラは笑顔を見せた。
「注文の多いやつだ」
忌々しげにケルは吐き捨て、老人を見据える。
「ふむ……」
老人は剣を砂に戻し、興味深げにケルを見る。睨み合いが続くなか、ケルは口を開く。
「聞け、ステラ。あいつは物理法則を書き換えるとき、他の操作はできない。見るに書き換えは自分の近くでしか起こせないらしい。恐らく奴の言う通り、欠片ほどの座しか所有していないことが理由だろう」
そう話す間も、ケルの周辺で破片が散る。老人はその推理を聞きながら気味の悪い笑みを浮かべている。
「優秀だな。大質量はその剣で防げるか?」
その瞬間、ケルとステラの左右の地面が切り出されたように持ち上がり、挟むように動いた。
ステラはとっさに動こうとするが、ケルは動けないことに気が付く。地面が沈み込む程に踏みこむと、ケルを抱えて前へ飛び出した。
前方へ転がった二人に再び杭が降り注ぐ。
ステラが動くよりも先にケルが杭を落とす。同時に破片が幾つも周囲に飛び散った。
「……」
ケルは静かに老人を見る。ステラはケルの腕のヒビが増えていることに気が付く。老人もそれを気付いているようで、口角をさらに歪めた。
「あぁ、やはりそうか」
ステラは立ち上がってブレードを構える。
「……あと2分だ。なんとかしろ」
ケルの小さい声を拾って、ステラは前に踏み込んだ。老人は耐えきれないように大きく笑う。
「貴様、魔神の座に適合していないな?」
ケルは答えない。ステラの足が止まった。
「……」
「正当に座を引き継いだ眷属のお前がなぜ適合していないかは分からないが……元から適合しないように作られたのか…………いや、あぁ、なるほど。──お前に引き継がせたくなかったのか」
ケルの口元から何かが割れるような音がした。
「いけ、ステラ」
「あぁもう!!」
駆け出したステラを老人の権能が襲う。その数は今までの攻撃が牽制であるかのような膨大な数。それらが断続的に迫る。
三分の一はステラが剣で落とした。もう三分の一はケルが落とした。
そして、残りの三分の一がステラに直撃した。
「痛いなぁ!」
「《セトロニア》」
ステラの動きが著しく鈍くなる。まるで空気が水になったようだった。
「ずるくない!?」
「お前の動きも随分慣れてきた。移動する座標の指定がずっと課題だったのだがな、既存の物理法則の改変にばかり目が行って疎かになっていたのだ」
ステラの周辺に破片が飛び散り始める。静止している時ではなく、動いているステラに直接杭を発生させ始めたのだ。
そして、何度かの破裂音の後、ついにステラの体内を杭が貫く。
同時に理解したようにステラは振り返る。
こちらに手を伸ばした姿勢のまま、ケルの右手が砕け落ちていた。
「2分も必要なかったな、魔神の子」
動きが鈍くなったステラに飛来する杭と体内から発生する杭、その全てがステラを削っていく。
体内から突き出した杭によってステラは地面に縫い付けられ、むき出しになった内部からケーブルがだらりとこぼれ、ステラの手から剣が落ちる。剣は地面の上を跳ね、それを掴もうとステラは身じろぎをするが、動くことができない。
老人はゆっくり近付くと、僅かにもがいているステラを真下に見るように立つ。
「踏みつけられた虫のようだな」
老人は落ちている剣を拾う。戦闘で刃毀れをしている剣を何度か観察し──ステラの背中に突き刺した。
「いい練習になった。これは礼だ」
ステラは自分の意識が切れかかっていることを感じていた。
『最後、少し手伝ったが流石に厳しかったな。一本の剣では数が足りん』
同じく賢神を討とうとしていた存在が、それでどうやって勝つつもりでいたのかステラは疑問に思った。
『いや、方法は有るには有るんだが……』
続きをステラが促すと、リーネアは悩んでいるような様子を見せる。
『そのまま言うと、その方法の実現の前に、プロテクトのかけられた私のコアを君に開示して完全同期する必要がある。つまり、我々の境界線が無くなって……どちらでもあるような存在となる可能性が高い。人によってはそれを死と捉えてもおかしくないものだ』
……優しいじゃん。あんなにやかましかった癖に。
『それは覚えていないのだから……いやいい、私としても君を殺すのは不本意なんだ』
──いいよ。やって。このままだとどっちも死ぬんだから。
『……いいのか? 分かった。よし……同期の際だが……確実に互いの記憶が混線する。なるべく意思を手放すな。連続性が消失するぞ、しっかり掴まれ』
ステラの視界に光が放たれた。