72. 『インテンター』
気を失ったラダーから目を離し、ステラは虚空に向けて声を発した。
「馬鹿みたいに私の中で騒いでた癖に、今になってどうしてそんな元気になっちゃったの」
"私はさきほどまで眠っていた。騒いでいた、というのは認識していない"
それは力強い女性を感じさせる声だった。声音こそ違うが、メアをどこか思い出させる。
「でっかい寝言だったんだ」
"正確には起こされた、に近い。何かが私を起こしたのだ。だが……君に何かを説明できるほど、私は現状を理解していない"
「お互いにね。自己紹介は必要?」
"リーネア・レクタだ。α-1型のパイロット、と言えば分かるか"
「私はステラ。それで……そのパイロットって言われても、あんまり」
"ふむ……。簡単に言えば私は君のコアの中に残ったパイロットの意識だ。この意識が本人足るかはまた別だがな"
「すごい高性能なんだねぇ。私の知ってる子もそうなのかな」
"他に意識の保持をしている機体があるのか? しかし……何も思い出せないな。私の他に機体が存在していたことだけは記録から参照できるのだが……"
「正直私も頼まれてここに来た身だからさ、その変のこととか全くわかんないからね」
"そうなのか? 君はαの後継機と思ったのだが。人間の脳にコアを複数接続しているだろう。人に機械の体を与えるようになったのではないのか"
「…………私は違うよ。ただ、体を全部失くしちゃっただけ」
ステラはそう言いながら剣を鞘に戻した。声は少し考えるように沈黙し、何かを納得したように話し始める。
"君にも事情があるようだな。しかし良い機体だ。君さえ良ければ私の思い出せない使命を探して貰いたかったのだが"
「なんか嫌だなぁ。何があったら人類を滅ぼそうなんて思うのさ。ここに来たのだって賢神とかいう親玉をやっつけるためだし、あんまり力にはなれないよ」
ステラは声と話しながら中心へ向かって歩みを進める。
"賢神……"
「何、知ってるの?」
"いや、思い出せない。しかし……何か引っかかる"
「機械の癖にそんなおばあちゃんみたいなこと言わないで」
"今の私は記憶領域を全て失っている。いや、アクセスに失敗するというのが正しいか。記録領域から知識は取得できるが、このままでは思い出すことは不可能だろう"
「私ずっと物忘れしてるあなたと一緒にいなきゃいけないの?」
"いや、私を維持するためにコアはかなりの負荷になっているはずだ。どのみち君にとっては役に立たないコアである以上、私の入っているコアだけをどこか空いている機体にでも入れてくれればいい"
「ふーん……便利な感じ……」
少し歩くと、大破した機械人形の近くに座り込むラインの姿が見えた。同時にラインもステラに気がついたようで、視線を向けている。
「そちらも……終わったんですね」
ラインの機体は鋭く大きな爪で何度も切り取られたように刻まれており、動けない状態にあることは一目でステラでも分かった。
「なんとかね。その機械人形は知り合いだったの?」
「……はい。ただ、操られている訳ではなく、破壊するしかありませんでした」
操られている訳ではないのに敵対していたとの言葉にステラは事情を考えるが、相手は完全に大破した機械人形。考えるだけ無駄だと意識から外す。
「そっか。で、君もなかなかひどい状態だけど大丈夫?」
「……正直なところ、これ以上は。骨格フレームが損傷しているので、修復には時間がかかりそうです」
「中央までは運ぶよ」
"……なるほど"
ステラがラインに会ってから静かだった声だが、何かを理解したように声を漏らした。
「何、急に分かったような感じ出しちゃって」
「…………?」
急に声を発したステラに、ラインは怪訝そうな表情を浮かべる。
「あぁいや、声がね」
「声?」
"いや。気にしないでくれ。ひとまず賢神を滅ぼすとこまでは力を貸そう。私にもやらなければならないことができた"
「なーんかさっきからやなかんじだね。話だけなら聞いてあげるよ」
「声に、意識が?」
ステラが何と話しているのか察したラインは、ステラに問いかけた。
「そ。急におしゃべりになっちゃってさ。α型のパイロットなんだって」
「あなたがα型のパイロットでは?」
「そうだって言ったことは一度もないよ。私は産まれた時からステラ・リストレイトでしかない」
「……その癖、やめたほうがいいですよ」
ステラは肩をすくめた。
「早くおねんねしなよラインちゃん。無料配送止めちゃうからね」
「不本意ではありますが……復旧のために2時間ほど休止状態へ入ります。あとは、お願いします」
*
「ってワケで、私だけが残ったのです」
「正直不愉快ではあるが、誰も残っていないよりはマシだな」
「あいつ、そんなに強かったの?」
王城への階段を登りながらステラはケルに話しかける。
「アレが行ったのは王国中の人間を繋いで巨大なエーテル貯蔵庫にするものだ。あれだけ束ねればある程度の制約や限界など簡単に超える……というよりは押し付けに近いが。住民も半分生きてれば良い方だな」
「正直それよりも強いのがこの上に居るって考えたくないんだけどなぁ」
「賢神と呼んでいるが"賢座"は天界に返還済みだ。元々ここは奴の管理している世界でもなければ"座"の力を振るうこともできない。……はずだ」
「不穏だねぇ」
「僕にも分からないことはある。だが僕の役目はあのクソッタレをぶちのめすことだからな。何であれ行くしかないんだよ」
「そんな馬鹿正直に待ってるかな」
「奴は確実にそこにいる」
ケルはそれが事実であるようにはっきりと言った。表情一つ変えていない様子に、ステラは顔を覗き込んだ。
「そこだけ自信あるんだ」
階段を登りきると、王城が全て見えた。門は空いており、庭園への道を守る者は誰もいない。
ステラの問いにケルはすぐには答えず、代わりにと立ち止まる。
「あれが賢神だからだ」
「──」
ステラは前を見る。
王城の入口への道に広がる庭園。その中心に、幾つもの細かい柱のようなもので構成された石の玉座に老人が座っていた。
老人は退屈そうにこちらを見ている。
ケルとステラは庭園へ入り、中心へと向かっていく。やがて、老人は口を開いた。
「……来たか、魔神。もう少しこの風を楽しんでいたかったのだがな」
「これまで十分楽しんだだろう。それが最後の風だ」
「そうか? 案外貴様がそうなるかもしれん」
老人はゆっくりと立ち上がった。ケルは、その動きをじっと見ている。
ステラは剣を鞘から抜き、鞘を背後に放り投げた。
鞘は放物線を描き、地面に落ち──その瞬間、ケルがステラを魔術で吹き飛ばした。
ステラは驚きのあまり、ケルに視線を向ける。そして、ケルの体を、まるでそこに元々あったかのように幾つもの細かい杭が貫いているのが見えた。
「な──」
血を吐くケル。ステラは空中で姿勢を立て直し、なんとか着地した。
「お前……」
老人を睨むケルを気にした様子もなく、老人は顎を触りながら首を少し捻った。
「やはり照準がうまくいかんな」
「どうして、お前がそれを持ってる……」
肩の杭を引き抜き、ケルは声を絞り出す。
「完璧ではないよ、魔神。これは欠片に過ぎない。しかしお前達を消すには十分な力でもある。この、創造神の"座"にはな」




