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β-Type3/MOD  作者: Stairs
REBOOT
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07. 『REBOOT』



「……本当に、γ-2型が」


 ラインは呟いた。


 ドックから戻る際中、ラインを修復して欲しいとγ-2型がレトに言ったと聞き、ラインは半信半疑のまま研究所に戻った。そして、研究所の台に寝かされているγ-2型を見るが、やはりラインは信じきれないままであった。


「彼をどうするつもりです?」


 レトは考え込むラインに話しかけた。


「修復するか、このまま分解して廃棄するか。それを考えています」


「……廃棄、ですか」


「γ型は大きな脅威です。しかし、廃棄してしまえば何故私を修理しようとしたのか、それが分からないままになってしまいます」


 機能を停止したγ-2型から目を離さずにラインはそう言った。仮に、γ-2型の機能が回復すれば、次にどうなるか、その保証はない。そもそも相打ちに持っていくことが精一杯だったのだ。勝つことなど不可能に近い。


 しかし、そのリスクを鑑みても、γ-2型がラインを修理することを要求したのかということが気になる点だった。破壊しても捕獲しても構わないという命令である以上、通常ならあの状況においてラインの破壊を決定するだろう。


「そういえば、γ-2型はラインさんを運んで来た時に『命令の優先順位決定が不可能になっている』と言っていました。これが何か関係するのかもしれません」


「命令の優先順位決定機能の不能……ですか。他には?」


「他には……そうですね……あ、『β-3型改を復旧するという行動案を自己決定した』と」


「行動案の自己決定……!?」


 思わずラインはレトに詰め寄った。突然視界一杯にラインの顔が現れたことにレトはたじろぐ。


「は、はい」


「……行動案の自己決定は本来機械人形に備わっていない機能です。命令遂行の過程において選択をすることはあっても、遂行すべき命令が判断できなくなった状態の機械人形は何もできません」


 ラインの焦ったような口調に、レトは心の中で首を傾げた。ラインも機械人形であるが、ラインに遂行すべき命令があるようには思えない。

 

 人間と同じように考え行動を決定できる能力が、目の前の少女の姿をした機械人形に備わっていることは、深く考えなくとも分かることである。


「……まさか」


「それを確かめます」


 そう言ってラインは、γ-2型の腹部に空いた穴に手をかざした。


「診断開始」


『診断開始。…γ-2型へ接続完了。

 破損部位を確認します。

 ──腹部装甲の欠落。

 ──1番コアの破損。

 以上です』


「……それだけ?」


『これ以外の損傷は確認出来ません』


「何か分かったんですか?」


 ラインに情報を伝える声が聞こえないレトには、独り言に見えるのである。


「……破機弾を撃ち込まれてこれだけの損傷で済んでいることに対して色々言いたいことはありますが、それより……たったこれだけの損傷で動けない理由が分かりません」


「……なるほど……? どこが壊れていたんですか?」


「腹部の装甲と1番コアです。本来ならコアが一つ欠けた程度で動けなくなることはない筈ですが」


「実際には機能停止している、と」


 機械人形の電脳はコアを分散させてネットワーク上に形成することで機能停止のリスクを低くしている。理論上は3つ損傷しても機能停止することはない。しかし、目の前のγ-2型はどういうわけか機能停止したまま動かない。


「この停止状態は電脳使用率の上昇による機能不全かもしれません」


 ラインはγ-2型が機能停止した原因を、電脳使用率の上昇により、現在使用可能なコアだけでは動けなくなったことにあると仮定した。


「たった1つの損傷で、ですか」


「詳しい原因は分かりません。今から内部ログを確認します」


 そう言って、ラインはγ-2型に再接続を試みる。


『接続完了。ログを検索開始。

 ログより、電脳に高負荷があった形跡を確認。

 記録値105%です』


 ログを開いた瞬間、膨大な量のデータがラインに流れ込む。必要な情報のみをふるいにかけるように選択し、かき集めると、ラインの仮定通り機能停止の原因が電脳への過負荷であることが判明した。γ-2型の現状は電脳の処理を僅かに上回ったことによる一時停止措置であるようだ。


「105%……10%分をこちらで負担します」


『実行には特殊制御シーケンスを停止する必要があります。

 代理演算中はオーバークロック系統以外の機能を利用できません』


 ラインは溢れた処理を自身で負担すればいいと考えた。しかし、ラインの電脳も殆どの領域を原因不明のバグで占有しているため、10%分の処理を代用するとセンサーの同時起動などが行えなくなる。

  つまり、加速などのオーバークロック系統は使用可能だが、歩行しながら地形スキャンを実行、といったことは出来なくなるということだ。


「構いません。代理演算の最適化を開始」


『代理演算の最適化を開始……完了。

 γ-2型、再起動します』


 γ型の処理方式がβ型用に変換され、ラインのコア内で処理されていく。不快、というわけではないものの、むず痒いような感覚がラインを取り囲んだ。


「念のため、外へ出ていてください」


 ラインは手でレトに下がるよう促した。レトはラインの意図に気が付き、ゆっくりと後ろへ動く。





 そして、γ-2型の瞼がゆっくりと開く。


「γ-2型。状況が分かりますか」


 天井を見つめるγ-2型にラインは問いかけた。その言葉に反応し、γ-2型の目がこちらを向く。


「当機の演算処理を引き受けている、のか」


「おかげでセンサーの同時使用ができなくなりましたが」


 ラインは状況を把握しようとしているγ-2型に、そう返した。それを聞いたγ-2型は上体を起こすと、ラインの方へ向き直る。


「現在、当機は貴機の制圧下にある。指示には従う」


「別に鹵獲した訳ではないです。行動を縛る気はありません。……まぁ、代理演算のために近くにいないといけないんですけど」


 視覚センサーで知覚可能な範囲内であれば問題はないが、遠くに離れすぎると通信が不安定となり、代理演算が行えなくなってしまうのだ。


「優先順位を決定できなくなったため、当機に与えられた命令は全て凍結した。貴機の修理を行ったのは、貴機の指示を仰ぐためである」


「凍結、ですか」


「正確には、当機自身が提示する案を本来の命令の優先順位より高く設定するエラーが発生している」


 どうやら、現状のγ-2型は"β-3型改を破壊しろ"という命令よりも、あらゆる自己行動案を優先してしまうということらしい。それはつまり――


やりたくない(・・・・・・)、ということですか?」


「その言葉は現状を表現するのに適している」

 

「もしかして、もう一人の自分の声が聞こえるようになったりとか……」


 ラインはγ-2型に起こった現象を、自分と同様"自我"に目覚めた可能性を考えていた。もしそうであれば、γ-2型にも自分と対話できるようになっているかもしれない。


 γ-2型は暫く自身の中を確かめるように考える。


「いや。そのような現象は確認できない」


「そう、ですか。……では、"自分が自分でないなら自分は何だと思いますか"」


 ラインは問答論的矛盾を問いかけた。"自分が自分ではないなら"、機械人形はそれを処理できない。自分が自分でないのならば、それを思考している自分は自分ではないが、今思考している自分は自分ではないならば、今思考している自分は……といったようにループに陥るのが通常である。

 

 故に、γ-2型がその質問を思考できれば自我の証明になり得るとラインは考えたのである。


「"自分が自分でないなら"? 当機はその答えを持ち合わせていない。……質問の意図が不明だ。無意味かつ答えのない質問であるうえ、その内部に大きな矛盾を────」


 γ-2型は固まったように硬直した。しかし、その硬直は機械人形特有のものではなく、人が言うところの驚き(・・)というものに近い行動であった。


 γ-2型は、ゆっくりと手のひらを顔の前にやり、じっとそれを眺める。


「──そういう、ことか」


 γ-2型は絞り出すように言葉を発した。


「やはりあなたは……」


「理解した。未だ完全ではないが、矛盾という感覚(・・)、理解不能という感覚(・・)、命令の優先順位を下げる感覚(・・)。……つまり、これが貴機が連合から離脱した理由か」


 同類が目の前に現れたことに対して、ラインはどう言葉を発すれば良いのか分からなくなっていた。これまでにない感覚に戸惑う機械人形の感覚をラインは知らない。

 

 自我を手に入れたとき、周囲は敵だらけだった。自分の内側に語り掛ける時間もなく、戦い、逃げ、ここまで来たのだから。


「これから、どうするつもりですか」


「まずは新しいコアを探さねばならない。行動に支障が発生し得る以上、当機の状態は推奨されるものではない」


「γ型のコアはドックに置いていないでしょうし……工場へ行くしかないですね」


 量産できるほど軽くないコストのため、γ型のパーツはドックには置いていない。β型のものとも互換性はなく、修理するためには生産元の工場へ向かうしかないと考えた。


「当機が製造された工場は既に破壊され存在しない。加えて、他の工場の記録を当機は持っていない。さらに終点(ターミナル)へ向かおうにも1250年前から応答がない」


終点(ターミナル)が……?」


 終点(ターミナル)は連合の本拠地である。地下深くに存在し、全ての計画、研究、指揮が集積する場所であった。これまで接続を行う事で居場所を特定されることを恐れていたラインは、恐れていた対象が既に存在していないことに拍子抜けしたような感覚になった。


「46年22-4の4時28分に突如終点(ターミナル)との通信が途絶えた。任務の更新が行われなくなった当機はこの森で待機し続け、今に至る」


「……まるで、人が消えたようですね。ドックも稼働状態のまま誰もいませんでしたし」


「破壊されていない可能性があるのは終点(ターミナル)だろう。どちらにせよ、そこへ向かわなければコアは見つからない。貴機の案は?」


「どうするって……付いていくしかないでしょう。私からそんなに離れたら止まりますよ」


「……そうだ。どうやら、状況と行動案が上手くまとめられないらしい」


  慣れない感覚が続き、うまく馴染めていないようだった。


「私は明日、黒い森へ護衛として出向くことになっています。そのあと、終点(ターミナル)へ向けて出発するということで構いませんか?」


「問題ない。当機も同行する」


 現在、代理演算によって機能が低下しているラインにとって、戦力の増強はあって困らないものである。ラインはγ-2型の申し出に頷いた。


「任務へ向かう前に、一つ確認がある」


「……?」


 γ-2型は人差し指を立てて言った。


「当機は戦闘用の機体であるため、"ライン"のように名が与えられていない。当機も名を名乗ろうと考えるが、どうか」


「名前、ですか」


「肯定。貴機はβ-3型改という管理番号と"ライン"という名、どちらで呼ばれるべきと考えるか」


「それは……」


 あまり考えたことのないことだった。仮にレトから呼ばれるとして考える。β-3型改、ライン。……β-3型改は少し冷たいような気がする。次はそれを家族に置き換えて再び考える。β-3型改、ライン――――


「名前の方がいいです」


 ラインは食い気味にそういった。レトなら戸惑って後ずさりしたラインの目を、γ-2型はじっと見返す。


「当機は連合から離脱するため、管理する番号であるγ-2型は必要ないと考えている。故に、名前が必要となる」


 ちょっと違う気がする。ラインは自分の考え方との齟齬を少し感じた。


「考えてあるんですか。名前」


「考え中である。何か提案はあるか」


 思わぬ質問であった。


「名前です、よね。……名前というものは、在り方を左右することもあると聞きました。あなたがどう在りたいと考えるかによって変わるんじゃないでしょうか」


「在り方……在り方か」


 暫く、γ-2型は考えたまま動かなかった。あまり深く思考されるとラインの負荷が少しだけ増えるため、ラインとしては良いものではないのだが、原因の一端は自分自身にあるので何も言えなかった。


「決まりましたか」


 何も言えないとは考えていたものの、思考する時間があまりにも長いため、ラインはγ-2型は問いかけた。γ-2型はラインに目線を合わせる。


「……たった今、当機に適した名を考えた」


「それは?」


「レヴェル、と名乗ろう」



 水準(レヴェル)、γ-2型はそう決めたらしい。



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[一言] 第2部の需要の有無を問われれば少なくともここに1つ有ります
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