63. 『狢の穴に火を放つ』
加速をもってしても、やはりステラの動きに対してラインは先手を取ることが出来なかった。
複雑に織り交ぜられたフェイントを潜り抜けながら、ラインはステラの剣を受け止める。
激しく響く衝撃音。それはまるで帝国での一戦を想起させるものだった。しかし、唯一異なる点が存在する。
「それは……!」
ステラがその手に持っているのは、ラインと同じ白いブレードだった。同一の素材では相手の武器を破壊することができない。ラインはステラのブレードを横に弾く。
「便利だよね、これ。普段使わないようにしてるんだけど、君相手だったら関係ないからさ」
ステラはブレードが弾かれても尚、姿勢を大きくは崩していない。そして、弾くことは出来ても弾き飛ばすことは出来なかった。しかし、そこで生じた僅かな隙。ラインはその一点を突くようにブレードを振るい──ステラのもう片方の手に握られている物を見てすぐさま引き戻した。
ラインの手元で再び火花が散る。
ステラの手には、もう一振りのブレードが握られていた。
「二本目!?」
「かっこいいでしょ。真似してもいいよ」
手数が二倍。加速が既に終了しているラインは、致命傷になり得る損傷のみを避けることしかできない。しかし、ステラは片手でブレードを扱っている為か、一本のブレードの威力ではラインの防御を上回れなくなっていた。
僅かな活路はあるが、それでも直撃は必殺になり得る。
両手が塞がっている以上、破機弾は不意打ちとして出てくることはないだろうが、もう一度あれを撃ち込まれれば、今度こそラインは機能停止に陥る。
「前回はこんだけ戦えなかったけど、結構動けるんだね。でも……あぁ、破機弾を警戒してるの? もう気にしなくていいよ、この前撃ったのが最後の一発だから」
ステラはそう言うが、ラインの中でその可能性を完全に排除することもできない。長期の戦闘はいずれにせよ危険であることに変わりはない。
「加速……実行ッ!!」
僅かな冷却期間を置いての加速再使用。"ライン"による承認の無い、電脳に直結した命令は実行が僅かに速い。ラインはブレードを掻い潜りながら、ステラに向かってブレードを突き出す。
「好きだね、それ」
帝国で見た光景が焼き直しされる。ステラの体を、ブレードがすり抜けていく。……否、そう見えるように体を逸らしている。
ラインはブレードを横に払う動きへと変えた。突然の変化にステラも驚きの表情を浮かべる。
「おぉっとっ!」
ステラはブレードを二本平行にしてラインの攻撃を受け止めた。ラインは腕の出力を上げていくが、ステラの防御を押し返せない。やはり出力に差があるのだ。
──排熱機構展開
「ODS、起動ッ!!」
ラインの前腕装甲がスライドする。大気が歪む程の熱を吐き出しながら、ラインはブレードを押し付けた。ステラのブレードが少しずつ押され出す。
視界に映る10秒の制限時間が、刻一刻と減っていく。
ナノマシンの稼働率引き上げによりもたらされる規格外の出力がステラに向けられる。ステラも全力で押し返しているが、ラインがブレードを押す速度が上回る。
ステラの横腹をブレードが抉らんと迫る。
ラインは加速化された視界の中、ステラを見た。
……何故、まだ笑っている?
「──ODS、開始」
「……な、」
金属が擦れるような音がした。
次の瞬間、一気にラインの腕が押し戻される。限界を超えた状態に積み重なる大きな負荷に、フレーム自体が変形を始めた。
「好きじゃないんだよね、これ。背中の排熱で服が焦げちゃうからさ」
完全に押し戻されたと思った束の間、ステラは既に両手のブレードを振り上げていた。
「あと三分ほど、頑張ってね」
視界の表示は、残り3秒を示している。
咄嗟にラインはブレードを横にする。次に訪れる衝撃。それはレヴェルとの戦闘時に匹敵する程の威力だった。
γ型にも等しい出力が三分継続する、ステラはそう言ったらしい。しかし、ラインにはその意味を理解する時間もなかった。
拮抗すらできない。ラインは腕が損傷しないようにブレードを傾けて衝撃を逸らすことが限界。逸れたブレードの軌道がラインを再び捉えるまでに一秒も必要なかった。
振り下ろしを凌いだラインにブレードの横凪ぎが突き刺さる。何とかブレードを腕との間に置き、盾として扱うことで切断は回避したが、関節が完全に損傷した。
衝撃を受け止めきれなかったラインは、そのまま壁に吹き飛ばされ、突き破る。
屋内にまで飛ばされたラインは肩の修復を行いながらも何とか立ち上がった。この建物には誰も住んでいないらしく、全体的に埃を被っている。
立ち上がると同時にラインのODSが終了した。β型としての通常出力まで落ちたラインは床に落ちているブレードを拾うと、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるステラの前に、待ち構えるように立つ。
「それ、もう終わっちゃったんだ。残念」
「どう、ですかね。……実はまだ使えるかもしれませんよ」
「無理じゃない? だってさ、その体って元々あれを使う想定じゃないんでしょ?」
聞いただけなんだけど、とステラは付け加えた。
「……」
「今回は結構楽しめたよ。こっちも何回か危なかったし」
そう言ってステラは片方のブレードを閉じると、腰の鞘へ仕舞った。屋内での二刀は扱い難いと判断したのだろうか。どちらにせよ、ラインにできることは少ない。
「……その機体、連合の物ではありませんね」
二度ステラと刃を交えたラインはステラの機体性能について違和感を覚えていた。機械人形はα、β、γを冠する3つの型しか存在しない。そして、これまでの戦闘データからステラの性能がβとγの間にあることをラインは出力から算出していた。
「そうだね。これは私だけの、私のための体なんだ」
ラインの問いかけに対し、ステラは嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、ラインは胸元の結晶を握りしめる。手の人工皮膚がODSによって喪失したラインには、その暖かさを感じることはできない。
「β型の初期ロットの一部はγ型のためのプロトタイプでした。……βとγの間の機体の製造は計画にすらありません。つまり……この時代で製造された機体以外考えられないんです」
戦闘用の機械兵も存在するが、あれはβ型の骨格をベースに戦闘用の機能のみを搭載したに過ぎず、やはりβ型の枠から大きくは出ない。
「そうだよ。中々いい作りでしょ?」
「……そうですね」
この時代にβ型を上回る機体を製造する技術が存在していたことに、ラインは驚きと、絶望を感じていた。ステラに撤退されれば、万全の状態に修理されて戻ってくるということである。
それを感じ取ったのか、ステラは寂しそうに笑う。
「安心していいよ。……もう、この体を作れる人はいないから」
「もう、いない?」
「話は終わり。ここからは私の人生の全てで、私だけのもの。私が死ぬとしても、誰かにそれを語ることは無いよ」
ラインはブレードを強く握りしめる。
「それと。さっきは気持ち悪いとか言っちゃってごめんね。多分、私と同じだったからさ」
「……同じ、ですか」
「"私は、全ての人類を殺さなければならない"。同じだよ。私を動かすものと、君を動かすものは。それだけのために私は生きてる。……あぁ、そうだ、会話で稼働時間を減らそうとしてたんだと思うけど、別に限界値の制限を外しただけで動かしてない間は待機状態にできるよ」
ステラはブレードを後ろに引くように構える。いつの間にか小さくなっていた排熱の音が徐々に大きくなっていく。
「じゃあ、もう一回最初から三分間やろっか」
ラインはブレードの切っ先を床に降ろしたままステラを見る。
「ここで、止めます」
ラインの言葉にステラは益々嬉しそうに笑う。だがその目は、ラインを超えるべき敵として見てはいない。
「嬉しいね。でも、私を救ってくれるのは君じゃないよ」
排熱の音が一定を保った瞬間、ステラはラインの視覚センサーの精度が追いつかない程の速度でラインの目の前に現れた。ODSを使用したラインの機体は、本来姿勢を保つのが精一杯の状態である。故に、加速はこれ以上使用できない。それでも、ラインはブレードを振るうステラから目を離さなかった。
その手に、誰かが触れている。
「──《剣、炎》」
ステラのブレードに、亜音速の衝撃が叩きつけられた。
驚愕に目を見開いたステラは追撃を行わずに距離を取る。しかし、それ以上の速度でステラとの距離を詰めたラインは、慌てて防御姿勢を取るステラに対しブレードを振り下ろした。
「《炎》」
辺りを照らす大量の火花がステラに向けて散る。
──片方のブレードだけが削られている。
ステラは、ラインのブレードが自身の持つブレードを赤熱させながら切り裂いていくのを見た。
「《炎》」
ラインの胸元の何かが僅かに、淡い赤い光を放っている。
ステラはラインの後ろに、誰かが居るのを見た。否、ステラの視覚センサーには何も写っていない。
しかし、ステラは、確かにその存在を視たのだ。
「《炎》ッ!!」
ブレードが両断される。飛んでいくブレードの破片を視界の端に追いやりながら、ステラは歯を食いしばる。
「……ま、だっ!」
片方の手でブレードを引き抜いたステラは、姿勢を低くしながらラインの軌跡を滑らすようにブレードを構える。それは、先程ラインがステラに見せた足掻きと同じ動きだった。
しかし、ステラの二本目のブレードは完全にはラインのブレードを受け流すことは出来なかった。僅かにのみ逸れたラインのブレードは、ステラの左肩から先を完全に両断した。
ラインはステラの首を足の裏で捉えると、そのまま地面に押し付ける。頭部を破壊するため、ラインはブレードを振り上げる。
ステラは笑った。
「……残念」
「ラインッ!!!!」
ラインの動きが止まった。しかし、視線は動かさない。
「……メア」