60. 『根源』
結晶の中に閉じ込められたままの機械人形は全て故障しているのは間違いない。全てがコアのある箇所の一部を損傷していることをラインは視認した。
「コア全ての機体がコアの過半数を欠損させている。修理は可能だが、そのまま起動することはないだろう」
レヴェルが結晶を一瞥してそう言った。
「……目的が分からないな。信仰心故か? 破壊して閉じ込めたのか、最初から壊れていたのかは分からないが」
「最初からですね。損傷部分から見える内部の劣化が激しいですし、かなりの年月自然に晒されていた様です」
ラインが言うように、機体の内部はかなり腐食が激しい。ナノマシンも全く機能しないまま破壊されたのだろう。
「それでもこの状態から修理可能なのか?」
「全ての機体が同じ箇所を損傷している訳ではない。残っている部分を繋ぎ合わせれば何体かは完全な機体には戻せる」
「……なるほどな」
ライン達は教会の中へ向かう。メアは引き返して他の場所に向かうべきか考えていたが、ラインとレヴェルが気にもせず歩き出したため、釣られるように後ろを付いていく。結晶の中の機体は確かに損傷こそしているが、晒し者のような扱いというよりは美しく安置されている、という印象をメアは受けた。
教会の入り口は人の入りはあれど、出ていく人が少ない。どうも教会の中で何かが行われているらしい。
「中にかなり人がいるな……どうする、ライン」
メアがラインに問いかける。
「……」
ラインは何も答えなかった。
「ライン?」
「……え? あっはい、呼びましたか?」
メアが二度目の問いかけを行って、漸くラインはメアが呼んだことに気が付いた。
「あぁ、中に人がかなりいるようだが、そのまま入って構わないものかと……いやそれより、どうしたんだ?」
メアはラインが自我を持っていることは理解しているが、それでも機械人形であるということは忘れていない。それ故に、聞き逃す、という現象に対して訝しんだ。
「……いえ、大丈夫です。入っても、問題無いでしょう。特に身分証などの提示を求めている訳では無さそうですし……」
「なら良いが、しかしだな、そっちではなくて……今、聞き逃したんじゃないのか?」
「……そうですね」
「何かあったなら言って欲しい。王都でもあんなことがあったんだ。もしかしたらってこともあるだろう」
「……」
ラインは何かを考えている。そんなラインにメアは言葉を更に投げかけた。
「それに……ここへ入る時、あまりにも知らない人間を信用した上で動いていた気がする。信仰があるから機械人形であることが露呈しても問題ない、そんな前提があったんじゃないか? いや、前提の内容はこの際どうでもいいんだ。私が気になっているのは、何故その前提を確信しているように持っているのか、ということだ」
メアがラインを見つめると、ラインは僅かな時間メアに目を合わせた後、反らした。
「……頭から、言葉が離れないんです。しかもその言葉が教会に近付くにつれ、大きくなっていって……恐らく、最初の行動からそれに引っ張られているような……」
「王都で起こったものと同じか?」
「いえ……ただ、"救わなくては"と。前にも一度、同じことがあったんです。記憶の混線かと思いましたが、あの時はコアを追加する前でしたし……」
ラインが思い出すのはイーシェとα-4型の所へ向かった際の出来事だった。帝国兵がα-4型の残骸を荒らしているのを目撃したラインは電脳を支配されたかのような現象を引き起こした。
「前も同じことが、か。言葉も同じだったのか?」
「その時は"奪わせない"、でした。そうなるとどうにも電脳の負荷が大きくなるようで、外部情報を処理する領域が圧迫されてしまうのです」
メアは考えるが、専門家でもないメアには何も分からない。ただ、王都で起こった現象とはどこか違うような気はした。
「私が機械人形に詳しければ良かったんだろうが……生憎そういうことには明るくなくてな。せめて、何かいつもと違うことがあったらすぐに教えてほしい。力になれることがあるかもしれん」
「……ありがとうございます。すみません」
「気にするな。友人ならそう思うのは当然のことだ」
メアはそう言って笑った。ラインの頭の中には依然として言葉が鳴り響いている。気を抜けば走り出してしまいそうな程の焦燥感がラインを焼いていた。ラインがこうして踏みとどまっていられるのはこの現象が二度目であるからだろう。
「先に進めば、理由の一つが分かるかもしれません」
「教会に近づくにつれて大きくなるんだったか。もし危なくなったらレヴェルに頼んで引っ張り出すのがいいかもしれんな」
メアがそう言ってレヴェルを見る。レヴェルは表情を変えずに小さく頷いた。
人の流れに従い、ライン達は進んでいく。奥には巨大な扉が開かれており、その先にある空間を人々は目指しているらしい。そして、その空間が視界に開けた瞬間、言葉を失うことになる。
荘厳な造りの内部は人が何千人も入ることができる程の広さを持っている。その前方には階段があり、その先には、三十一の玉座とも呼べるほどの豪華絢爛の椅子が半円を描くように配置されていた。
そして、その椅子は全て埋められている。
「──全て、機械人形です」
ラインは、ただそう呟いた。
機械人形達はじっとそこに集まる人々を見下ろしている。王都の地下にいた機械兵達とは違い、まるで神のような雰囲気を醸し出している。
「……これが、機械人形への信仰か。確かに理解できる。感情のない視線が全てこちらに向けられる異質さは、まさに信仰対象に相応しいだろうな」
メアは言葉に感嘆を込めた。
「いえ、信仰対象はあの機械人形じゃ……ない、と思います」
ラインは頭を抑えながらそう言った。声が大きくなっている。胸に仕舞ってある小さな結晶を服の上から握りしめた。
「大丈夫か? しかし、信仰対象が違うというのは……」
「あれ、です」
ラインは遂に顔を上げられなくなった。ただ、指先をそれに向ける。メアは指の先を目で辿る。それは中央に座っている機械人形のさらに向こう側。
こちらを見下ろす機械人形の背後。
大破した胴体。
伸びる八の肢。
そのいくつかは半ばで折れたり、あらぬ方向へ曲がっていた。
本来ならある筈のなかった9番目のコアが熱を帯びている。
ラインは絞り出すような声で言葉を地面に落としていく。
「α-1型、ネフィラの……機体、です」
「α-1型? 確かステラの……」
「識別信号がそうであっただけだ。ステラ・リストレイトの場合はコアを流用した機体である可能性が高い。あれはα-1型本来の機体である」
レヴェルがそう補足すると、メアは再びα-1型の機体を見る。初めて見るα型の機体。始まりの機械人形。ステラの中身があの機体にあったという事実をメアは受け止めきれずにいた。
階段の前には人々が跪いて何かを祈っている。集まっている人々は、これが目的なのだろう。
「あれが……α型。……ライン、もう出るぞ。これ以上は無理そうだ」
「……はい」
ラインは頷いた。メアはラインの背に手を置きながら引き返そうとする。ラインは殆ど前が見えていない様だった。導くように軽く手に力を入れながらゆっくり歩き出したその瞬間だった。ちょうど扉を抜けて入ってきた人物にラインとメアは衝突しかける。
「っと、すまない。連れが体調を崩していてな」
メアが目の前の人物に謝るも、その人物は動く気配がない。因縁でも付けられるのかとメアがその人物の顔を見る。
そこに居たのはイーシェより少し幼い程度の子供だった。子供が、ラインの方をじっと見ている。
「あー、すまない。そこを退いて貰えると──」
「──それ、人の魂だね。鉄屑の癖に大層な物を持ってるもんだ」
子供はラインの胸元を指してそう言った。
「え……?」
ラインは目を何とか開きながら子供の方を見る。
「ラダーの知り合いか? それ、ラダーの弟子の魂だろう。異質な程の魔術の才能があったから覚えていたが……そうか。死んだか。殺したって訳じゃ無さそうだ。自分の意思で留まっているのかな。ここに来たのはラダーがそう言ったか。弟子が死んだってのにその魂を持った鉄屑だけが来てラダーが来ていないのはそうしなければならない事情があったから……いや、それしかなかったからか。違うかな、鉄屑」
ラインのことを何度も鉄屑と呼ぶ子供。敵意は無く、ただこちらに話しかけている。メアは警戒を深め、腰の剣に手を伸ばす。
「あなたは……」
「ん? 僕のことが分からないのか。そうだな……世界中央機構第七座。いや、これはお前たちは知らなかったな。それなら……どっちに分かるように言うべきか……じゃあ、鉄屑。お前に一番わかり易いのはこの肩書きだろう」
子供はラインを見上げて不敵に笑う。
「──魔の"座"を預かる者」