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β-Type3/MOD  作者: Stairs
REBOOT
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06. 『決めるもの』

 



「………」


 ついにγ-2型は膝をついた。破機弾によって食い荒らされた腹部から体温模倣液が垂れ流しになり、赤い水溜まりを足元に形成していく。


「……っはぁ……はぁ…」


『15秒』


「一つ聞く」


「自分は答えないくせに、都合のいいことを言う……」


「貴機は命令無しに、どうやって行動している?」


 無視ですか。ラインはそう思ったが、γ-2型がその無機質な目でじっとこちらに視線を合わせるため、声に出すのを止めた。その代わりにと、γ-2型の胸倉を掴み、体を起こす。





「その機械頭じゃ、一生分かりっこないですよバーカ」


  0秒。


 


 ***



 レトはラインに言われた通り、地下倉庫の奥へ隠れていた。C6αを傍に待機させ、息を(ひそ)めて時間が過ぎるのを待つ。


 頑丈な倉庫は外の音を遮断し、振動一つ伝えない。状況が分からないというもどかしさをレトは感じた。何時間経過したのか、現在時刻も分からない。


 そんなとき、扉が何かにぶつかった音を立てた。レトはラインが戻ってきたと一瞬思い顔を上げたが、C6αが戦闘態勢に移行するのを確認し目を見開く。思わず立ち上がり、後ずさった。足元のスプレー缶が倒れ、小さな物音を立てる。




 轟音と共に倉庫の分厚い金属製の扉が吹き飛ぶ。



 壊れた壁で土煙が舞う。その向こうに、人影が見えた。



「……ライン、さん」


「β-3型改はODSの使用により全壊した」


 現れたのは、全壊し、ボロ雑巾のようになって動かないラインを肩に担いだγ-2型だった。


「止まれ。それ以上の接近は敵対と見なすぞ」


 C6αがナイフを構えけん制する。γ-2型の歩みが止まる。


「β型の量産モデルか。……否、一部は初期ロットのβ型の……。貴機の未確認信号は鹵獲された機体であるためと推測。当機は敵性機体を全て排除するように命令を受けている」


 レトはγ-2型の一挙一動から目を離さない。C6αを簡単にいなしたラインが勝てない存在である。C6αが戦いを挑めばどうなるかなど考えるまでもない。再びγ-2型が歩みを始める。それをC6αは敵対行動とみなし、γ-2型へナイフを振るおうとする。


「止まりなさいシルファ」


「だが!」


「これ以上踏み込めば確実にあなたは死ぬ。それは絶対に避けねばなりません」


 冷静を装ってレトは言った。その頭は現状の打開について全力で回転し、いくつもの行動案を立て始める。


 どうする。入口は向こう、逃げられない。シルファではあれに勝てない。この手に持つ狙撃銃で勝てるとも思えない。僅かな可能性があるのは、自分の身を盾にすることか。あれは自分に対して攻撃する意思がない。人間を攻撃できないという可能性に賭けるか。レトは庇うようにC6αの前に立った。


「おい、何を……」


「C6αに対する敵対行動の停止を要求する」


 人間を傷付けないように設定されていれば時間が稼げるかもしれない。


「……連合に対する敵対行動と見なされる行為を行う者は、全て排除の対象にある」


 しかし、攻撃しない可能性というレトの賭けは決意も空しく失敗した。間違いなく目の前の機械人形は人間を殺傷できるとレトは理解する。


「早く指示を出せ、守れなくなる!」


「それはできません」

 

 C6αの声を背中に受けながら、レトは目を伏せた。どうやらここで終わりらしい。指示を出してC6αの破壊を見届け死を迎えるのなら、自分が先に死んだ方がマシだ。レトはそう思った。


 不意に、γ-2型は片手に持つ銃を見た。レトの視線も釣られてそこへ向かう。それはラインの持っていた銃だった。なるほど、撃たれて死ぬなら一瞬だろう。レトは目を閉じる。


「おい、やめろ、早く指示を……!」

 

 命令に縛られて動けないC6αがもう一度声を上げる。





「だが今は優先項目にない」


「は……?」


 拍子抜けしたようにレトが目を開けると、突きつけられた銃は、銃口ではなく、グリップの方がレトに向けられていた。


「β-3型改を修理するため、当機は貴君に助力を要請する」


 レトもC6αも、すぐにはその意味を理解できなかった。修理、というのは読んで字のごとく直すということを指すのだと分かる。ただ理由が全く分からない。


「……修理?」


「頭部の記録媒体や、コア自体に大きな損傷は無い。それ以外を全て取り換えればβ-3型改は再起動する」


「え、あ、いや、それについては構いませんが、一体なぜ?」


「現在当機は破機弾によって1番コアが損傷し、命令の優先順位決定が不可能となっている。そのため、当機は命令の全てを一時凍結し、β-3型改を復旧するという行動案を自己決定した」


 差し出されている銃をレトが受け取ると、γ-2型はラインを床に寝かせた。目を閉じて、眠っているようにラインは動かない。


「近くにドックがある。この状態のまま輸送できれば復旧は確実である」


「……ドックとやらに運ぶのはあなたの方が適していると思いますが」


「それは不可能だ。当機はこれより完全に機能を停止する」


「え……?」


 よく見ると、γ-2型の腹部は皮膚が吹き飛び、むき出しになった内部が滅茶苦茶になっているのが分かった。


「先程から電脳の使用率が原因不明のバグによって異常に高くなっている。コアが欠損している現状では損傷なしに起動状態を維持できな────」


 そう言ってγ-2型は糸が切れたように倒れた。突然訪れた静寂に、レトはしばらくの間何もできず立ち尽くしていた。



 ***



 γ-2型を研究所の台に寝かせ、ラインを背負ったC6αと共に、レトはドックへ向かっていた。この地帯は特に斑狼が多い。C6αの手が塞がっている今は、慎重に動く必要があった。


 ラインから漏れ出している体温模倣液が、C6αの腕を伝う。


 足音を消しながら、ゆっくり歩みを進める。突然の襲撃があればこの狙撃銃で応戦する必要がある。機械人形用であるラインの銃は使うことができなかった。


 極力会話をせずに森の奥へ向かう。足音を完全に消すことは難しく、細い枝を踏む度にぺきりと音を立ててしまう。そんな中、C6αの歩みが止まった。


「熱源の接近を検知した。数は3、完全に私達の存在に気付いている」


「迎え撃ちましょう。ラインさんはこちらで見ます」


 意識のないラインを木の幹に寝かせる。C6αはナイフを抜いて構えた。


「……接敵まで、3…2...1」


 レトも狙撃銃を構える。


「0!正面2、右1!」


 正面をC6αに預け、レトは右の一匹に照準を合わせた。斑狼は足音を一切立てず接近するが、獲物を狩る瞬間に飛び跳ねて空中から襲撃する習性を利用すれば撃退は可能である。


 空中にいるところを攻撃されれば、回避できないのだ。襲撃の方向さえ予め知っていれば、照準は簡単に合う。


 引き金を引くと、空気が抜けるような軽い音と共に痛めそうになるほどの衝撃が肩に伝わる。


 薬莢が地面に落ちると同時に、斑狼はその体を地に落とした。口内に入った銃弾は内部を衝撃波でかき回し、斑狼を即死に至らしめる。


「ぐぅっ……!」


 C6αが苦し気な声を上げる。レトがそちらを向くと、脳天をナイフで貫かれ死んだ斑狼が地に落ちると同時に、別の斑狼が、C6αの右腕に噛みつくところが視界に飛び込んできた。


「まずい、噛み切られる……!」


 量産モデル特有の薄い装甲が、徐々に変形していくのが見えた。レトは咄嗟に銃を構える。


「体を左に!」


 レトの指示を受け、C6αは上体を逸らした。C6αの腕に噛みついて離れない斑狼の胴体に、照準を合わせ引き金を引く。軽い音と共に飛び出した銃弾は斑狼の胴体を貫いた。痛みで斑狼の力が弱まった瞬間、左の拳によるC6αの一撃が斑狼に突き刺さる。斑狼は血を吐いて暫く地面をのたうち回った後、そのまま動かなくなった。


「危なかった」


 そう言ってC6αは斑狼からナイフを抜き取り、血を払う。レトは安全装置を引き上げ、銃を肩に掛けなおした。


「急ぎましょう。哨戒が群れに帰らないことを気付かれる前に行かないと」


「今は付近に反応はない。一応は大丈夫だ」


 C6αはラインを背負い、ドックを目指して歩き出す。植物が全て黒いこの森は、昼であっても非常に暗い。足元を取られないように気を付けながら歩く。


 地図は電波塔が記録した地図データがC6αの頭に入っている。立ち止まって地図を確認しなくてもドックへ向かうことが可能であるのは時間の大きな短縮に繋がった。


「あれだ」 

 

 暫くして、C6αが立ち止まって指をさした。その先には固く閉ざされた金属の扉が少しだけ木々の隙間から顔をのぞかせていた。極力音を立てないように扉へ接近する。ドアノブもノッカーもない金属の板をどうやって開けばいいのか考えていたが、何故か前に立った時点で扉が開いた。


「……開いた理由は分かりませんが、中に入るしかなさそうですね」


 C6αを先頭に、レトはドックの中に入る。真っ白な床に真っ白な壁。汚れ一つない純白の要塞の中を、警戒しながら進んでいく。そしてドックの最奥に達したとき、突然左右の壁が開いていくつものアームが展開され、C6αの背中にいるラインを優しく掴むと、壊れ物を扱うように持ち上げた。


「これが、ドックですか」


 普段扱うような、地面から発掘される壊れかけの遺産とは異なり、あるがままの形を維持し続ける過去の文明がそこにはあった。


 アームはラインの背中を開き、プラグを突き刺す。脱力したままだったラインの体が、少し跳ねた。空中にラインを縫い付けたアームは、壊れた部位を正常な部位に交換していく。新たなパーツに交換されていくラインを見ていると、レトはアームの伸びる奥にいくつもの機械人形が吊るされている様子が見えた。


 そして、いくつもの機体が並ぶその中に、唯一ラインと顔が同じ機体をレトは発見した。しかし、その機体の状態が周囲の真新しい機体とは真逆の状態であることに気が付く。骨格だけが残り模型のようになっている足や、配線が飛び出した腹部、薄汚れてボロボロな皮膚。まるで今の状態と同じではないか。


 レトは、ラインの壊れた部品がアームの奥に運ばれていくのを目で追う。ラインに似た機体の隣で組み合わせられ、吊るされたラインの古いパーツ群の姿は、やはり真横のボロボロになった機体と同じ見た目をしていた。


 ラインは過去に、現在と同じように機能停止状態になり、今のように修理されたのではないかとレトは考えた。


 その考えは概ね当たっている。唯一違うのは、過去を何百年の話として考えてしまっていることである。実際にラインが修理を行ったのは昨日のことなのだから。ドックに意思があったのなら、またこいつかと思うだろう。


 傷一つない状態になったラインを、アームがそっと床に下ろす。背中のプラグが抜かれると同時にラインは目を覚ます。目をゆっくりと開き、どこかピントの合っていない様子で周囲を見渡す。そして、ラインは自身に向けられる視線にようやく気が付いた。


「……時間が戻ったのかと思いました」


 レトは安堵のせいか、笑みをこぼす。



「元気そうでよかった」


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