59. 『リドルラド』
「……リドルラド。来るのは初めてだが、これ程とはな……」
「これは王都より大きいですね……」
王都とは異なり壁に囲まれていない。だからこそ都市の多くが見渡せるようになっている。河川に囲まれた巨大な島に築き上げられた街並みは、その歴史の重みを感じられる。
「王国は随一の小ささの領土を持つ国だからな。王都以外に大きな都市は王国には無いがグレインヴァニアにはいくつもあるらしい」
「これだけ大きな都市だと、目的の人物を探すのは難しいかもしれません。この地図で位置を判断できるような人間がいればいいのですが……」
そう言ってラインは懐から地図を取り出して開く。大まかに描かれた都市のある一点に黒い丸が乗っている。しかし、これほどの広さの都市の地図を片手に収まる程に縮小しているためか、黒い丸の範囲だけでも相当な広さになってしまうだろう。
「聞き込みしかないだろうな。こういう時は現地の人間に聞くのが早い」
「そうですね……まずは何事もなく都市に入ることができるか、ですが……」
「その時はまた考えるしかない。頼もしい護衛も付いているからな」
メアはレヴェルの胸を手の甲で軽く叩いてそう笑った。レヴェルは何を考えているのか、言葉を発さずに軽く頷いた。
リドルラドには大きな門も無い。しかし、河川に囲まれている都合上、橋を通らなければ都市に辿り着けないため、橋を落としてしまうだけで防衛面では無類の強さを誇るだろう。
長い橋は石造りであり、幅もかなり広い。渡り切るまでにかなりの時間がかかった。衛兵と思わしき人物は二人立っているが、兵士のような服装ではなく、まるで牧師のような姿であった。
「ようこそ。何か身分証はありますか?」
物腰も柔らかく、その顔には笑顔が浮かべられている。戦時中の国とは思えない対応である。
「……これは、どうでしょうか」
メアは何処からか取り出した金属の小さな板を見せる。
「拝見致します。……ふむ、王国の方ですか。それも兵士の身分証ですね。残念ですが、現在の国内の情勢では友好国以外の入国は認められていません。申し訳ございませんが、ここはお引取り願えないでしょうか」
そう言って衛兵と思わしき男は残念そうな表情を見せる。メアが身分証を男から返却されると、ラインがメアと入れ替わるように前へ出る。
「通れませんか」
ラインはそう言ってブレードを抜き、展開する。それを見たメアは慌ててラインの肩を掴む。
「お、おいライン! 別にここで武力行使をするつもりは……」
「これは、貴女がそう望んだことですか? 機械人形の御方」
「……ラインが機械人形って、なんで」
メアが驚きのあまりラインから手を離すと、ラインはさらに前へ出る。さらに、ブレードを衛兵の首に添えた。男は表情を変えずにラインをじっと見つめ返す。
「はい」
ラインは短くそう答える。メアは突然のことに動けず、ラインと男を交互に見る。
「……そうですか。そうなのですね」
何かに納得したように男は身を引くと、ライン達が通れるように道を開けた。ラインもブレードを収納し、男から離れる。
「通って良いそうです」
「え? ……え??」
混乱しているメアを促しながら、ラインは都市へ入る。ラインが通り過ぎる際、男はラインに軽く頭を下げる。
「ようこそ。私達のリドルラドへ」
「……」
ラインは何も答えずに都市の中に進んでいく。その後を追いかけるメア。一歩遅れてレヴェルが付いていく。メアはラインへ追いつくと、その隣に並んで歩みの速度を戻した。
「どういうことなんだ? 急に通すなんて……」
メアの疑問に答えるようにラインは腰のブレードに手を添える。
「このブレード、機械人形にしか起動できないんです。こっちの銃も同様に。機械人形の装備は機械人形にしか扱えません。……宗教になるほど機械人形を崇拝しているなら、ブレードが起動できる時点で機械人形であるという証明になります」
「なるほど……しかし驚いた。突然その剣を向けだした時には戦闘になるかと思ったぞ」
「機械人形は、人間に嘘をつけないように作られています。人間が嘘を付くよう命令していても、です。だから……私の意思でここを通りたいということを伝える必要があったんです」
「信仰の対象である機械人形が、自分の意思で通りたいと言ってきたら彼らは通すしか無いということだな……。でも意思を持つ機械人形なんてラインとレヴェルくらいじゃ……」
「……あまりいい手だったとは思いません。感情模倣演算プログラムが機能している個体が都市の中に現存していれば何とかなるかもしれませんが、そうでなければ彼らは信仰の対象が初めて人に対して何かを伝えたということになりますから」
その話を聞いていたレヴェルが、都市に入ってから初めて口を開く。
「現時点で機械人形の姿を発見できていない。しかし、位置情報を秘匿するため、他の機械人形との接続は現在を行っていないが故に、この都市に存在しないというということが確定する情報ではない」
「……少なくとも、グレインヴァニアは機械人形を兵士に使うことは無い。巡回という行動は取っていないだろうな」
「広まる可能性もあります。早く目的の人物を探さないと……」
ラインが地図に記された地点へ向かおうとすると、メアがそれを引き止める。ラインが不思議そう首を傾げると、メアはラインの地図を指差した。
「恐らく、ここに教会がある。建物の配置による予測でしかないが、間違い無いと思う。この大きさなら何か知っている人間がいるかもしれないし、その人物があの方が師事するほどの魔術師なら、力のある場所が知ってておかしくはないからな」
「行ってみる価値は高いですね」
ラインはメアの提案に頷くと、方向を少し変えて教会がある可能性のある方へ向かった。道中、何人もの通行人とすれ違うも、その中に機械人形はいない。最初に話した衛兵と同じ服を着た人間は見られたため、少なくとも治安維持を行う人間が着ている服なのだろう。
建物の造り自体は王都とあまり変わらない。平地であるため、都市の中心に聳える巨大な山や城は見られないが、全体的に王都よりも建物に高さがあるようだった。せいぜいが二階建ての建物が多かった王都に対し、リドルラドの建物は三階建て以上の建物が多い。人口も王都の何倍もあるだろう。
こんな国と戦争をしている国があるというのだから、王国が如何に弱小国家であったかが分かる。ラインがそんな事を考えながら道を進んでいくと、やがて一際大きな建物に突き当たった。
「やはりな。ここがこの都市で一番大きな教会だろう」
メアはそれが教会であると確信したらしい。実際に宗教的な建造物を見たことがないラインには、それが教会と呼ばれる建物であることを判別することができなかった。
「これが教会ですか。王都と帝国以外の建物を見るのは初めてです」
ラインは教会に出入りしている住民を眺めた。
「あぁ、王都では宗教らしい象徴は無いからな。思想はあるが、教会がある訳じゃない。強いて言えば城が象徴ということになるか。……今となってはどうでもいい情報だがな」
王国で起こったことは今でも分からない。バールデアの意思、とレトを操っていた何かはラインのことをそう呼んでいた。α-1型が人類を滅ぼそうとしていた、という点についてもラインはその情報を持っていなかった。少なくとも、人型の機体を手に入れたであろうα-1型は人を嫌っていた様子だったため、それは事実なのだろう。
何であれ、ラインを破壊しようとしている存在である以上は、いずれ再び遭遇することになるだろう。
「……それにしても、他の機械人形は見かけませんでしたね」
ラインが思考を切り上げそう言った。それに応えるように、レヴェルが口を開く。
「どうやら、そういうことらしい」
ラインが訝しげにレヴェルを見ると、レヴェルは何かを見上げている。ラインとメアはその視線を追うように辿る。
「これは……」
そこには、何体もの機械人形が透明な結晶に機体の半分以上が大破した状態で浮かぶように閉じ込められ、掲げられている光景が広がっていた。




