57. 『来夜』
本年もよろしくお願いいたします。
月一以上の更新という自己ルールを早速守れませんでしたが頑張ります。
現在6章ですが、あと3章で終わります。終わってくれないと困ります。
「王都を出るぞ」
地面に突き刺すように構えていた盾から手を離し、レヴェルはそう言った。
銃声は既に止み、機械人形達は近接武器での戦闘へ移行しようとしている。
「一体何が……」
ラインがそう言うと、メアは分からないといった顔で首を振る。
「王都中の人間が何故かここに武器を持って集まろうとしてる。機械人形もだ。私もレヴェルも……影響は無いみたいだが……」
そこで、メアがラインの横に立っているラダーに気が付いた。
メアの言わんとしていることが理解できたラダーは両手を軽く上げる。
「……私も、何が起きているのか」
レヴェルは後ろを振り向かずに、黒いブレードを展開しながら会話を切る。
「少なくとも今は考える時間がない。正面から抜けるか」
「……その様ですね。診療所の裏口を使ってください。ここから回るにはかなり遠回りしなくてはならない筈です」
「ラダー殿は?」
メアがそう問いかけるとラダーは頷いた。
「ここで止めます。……簡単にこの場所を離れる訳にはいきませんから」
「…………分かりました。どうかご無事で」
「ありがとうございます。あぁ、ラインさん。これを」
ラダーがラインに紙を渡す。開いて中を確認する時間は残されていない。ラインがラダーの方を見ると、既にラダーはラインに背を向けていた。
レヴェルが突き刺した金属の板に手をかけながら、ラダーは背後に向けて言葉を投げる。
「ここに向かえば、私の師が助けになってくれる筈です。ここに来る前、何か目的があったのでしょう?」
そう言ってラダーは群衆に向かって飛び出して行き、同時にライン達は診療所に入る。途中、レトを拘束しているC-6αにラインは目を向けたが、C-6αは暴れるレトを押さえつけることに手一杯でラインを見る余裕はない様だった。
診療所を抜け、王都を駆け抜ける。ラダーの言った通り、追ってくる存在はいなかった。しかし、背後から断続的に聞こえる何かが衝突するような音がその激しさを物語っている。
「待て、門が……!」
メアが声を上げる。正面を見ると、門は確かに閉まっている。しかし、メアが声を上げたのはそれが理由ではなかった。
血が見える。夥しい量の血が、門に飛び散っている。
門の前には衛兵が何人も倒れ伏している。何人かはラインも見覚えがあった。
そして、門の中央には、イーシェと特に仲の良かったあの衛兵がもたれて俯いている。
ラインが警戒しながら近付くと、その足音に気が付いたのか衛兵が反応を示す。どうやら、辛うじて生きてはいるらしい。しかし、その鎧の隙間からは血が流れ続けており、いずれ死に至るであろうことは明白だった。
「……あぁ、君か。破壊しなければならないという存在は」
ラインは一歩後ずさる。
「最初から、そうだったかのように……何かが変わっていた。今も、それが当然だと思っている」
ラインは悲しそうにブレードを展開する。白い刃が目の前に現れても尚、衛兵は言葉を続ける。
「なぁ、前まで君の隣に……誰か、いなかったか?」
「っ……」
「俺は……それを近くにいた同僚に聞いた。それで……それから、この様さ。訳も分からず抗って、泥のような気持ち悪さが、ずっと残ってる」
門に背を押し付けながら、衛兵はゆっくりと立ち上がる。出血は増え、呼吸も荒くなっていく。ラインはさらに一歩、後ずさった。
「門は開けてやる」
衛兵は満身創痍の体でそうラインに告げた。
「……いいんですか?」
ラインがそう言うと、衛兵は重い足取りで門の開閉装置へ向かっていく。
「……誰かから受けた恩があった。思い出せないが、もう、返すことも出来ないだろう。でも……君に返すことが、その誰かに返すことになるような……気がする」
門が地響きと共に開く。同時に、その振動と音で目を覚ました他の兵士達がゆっくりと起き上がる。その表情は虚ろであり、焦点が定まっていない。しかし、その手には剣が堅く握られており、ライン達を害するために動いていることは明白だった。
「兵士達の生命反応が判断できない。……否、僅かに生きてはいるな」
レヴェルが兵士達を見てそう呟く。遅々とした足取りではあるが、確実にライン達との距離を縮める兵士達。それは脅威足り得ず、中央をそのまま真っすぐ走り抜けるだけで引き離すことができた。
開いた門を通る前に、ラインは衛兵と目が合った。血で片方の目が閉ざされ、息も絶え絶えな様子であったが、徐に足元の剣を拾い上げる。ラインが僅かに警戒を見せると、男は笑って歯を見せた。
「行け」
その言葉と同時に、門が再び閉じ始める。ラインはその様子に声を発することも叶わず、王都から出ることになった。
その背を追いかける兵士達。その一人が閉まる門よりも僅かに早く前に出た瞬間、衛兵はその兵士の背に剣を突き刺した。うめき声を上げながら兵士はもがくが、姿勢を崩して地面に倒れる。
ラインが振り返ったとき、完全に閉じきる前の門の向こう側に、衛兵の背中が見えた。そして、再び地面を僅かに揺らす低い音が響き、王都の門は閉ざされたのだった。
「貴機はこれからどうする」
門を見たままのラインにレヴェルは問いかけた。その背に体を預けているメアも、何かを言いたそうにしていたが、ただラインを見つめている。
ラインはラダーから受け取った紙を取り出すと、ゆっくりと開いた。
「……グレインヴァニア」
「グレインヴァニア!? あそこはエイカフと何年も戦争中で安全とは言えないような国だぞ!?」
ラインがメアに紙を差し出す。メアはそれを受け取ると、紙に穴が開くのではないかと言うほどに凝視する。そこに描かれていたのは特定の地点が示された地図であった。
「ここに印が付いているのですが……何か分かりますか?」
「……リドルラド……宗教都市、それもグレインヴァニアの王都にあたるような場所だ。壁に囲まれている訳では無いが、河川によって形成された島状の地形の上にあって二本の橋だけがここに通じていると聞いたことがある。しかし……ここに力になってくれるような人物がいるとは思えないのだが……」
メアが訝しげにそう話す。
「何か理由があるんですか?」
「グレインヴァニアは宗教国家なんだ。王国にも自然発生的な宗教はあるが、その中身は真逆と言ってもいい。機械人形を人間の失敗作とし、兵隊として使う王国と、完璧故に滅んだ人類の前身として信仰しているグレインヴァニア。これまで衝突こそないものの、あちら側は国民全てと言っていいほどに王国を毛嫌いしてるんだよ」
「……しかしここ以外に行く場所は……あ、いえ、大丈夫かもしれません」
「……?」
ふと何かを思いついた様子のラインに、メアは首を傾げた。グレインヴァニアと王国は不干渉の関係を極めており、物流すら殆ど無い。しかも戦時中の国である。そんな状態では入ることすらままならない筈であった。
訳が分からないというような顔をしているメアに、ラインは自身を指差した。
「私、機械人形なので……」
「確かに」