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β-Type3/MOD  作者: Stairs
REBOOT
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05. 『γ型』



「γ型……?」


 レトは聞きなれない言葉に、思わず聞き返した。


「……β型の後継機です。決戦兵器として数体だけ生産された最後の機械人形で、その性能は戦闘特化の巨大兵器であるα型に匹敵します」


「なんでそんながものがこちらに……」


「恐らく電波塔を検知したのでしょう。味方の識別タグが改造されて使われていることは容易に判断できるはずですから、様子を確認しに来たのだと……」


「それなら、危険性は特にないのでは?」


「私は彼らと敵対状態にあります。先ほど、私を完全に認識されました。……戦闘は免れないでしょう」


 ラインが何故機械人形と敵対しているのか、レトは知らなかった。思いあたるとすれば、ラインが自我を獲得しているということだが……。それがどう繋がるのかまでは想像できなかった。


「僕にできることは?」


 その言葉に、ラインは決意を固めたような表情で返す。


「何があっても、一日は地下から出ないで下さい」


「……勝てる見込みは、あるんですか」


 レトには、ラインの表情が、何かを諦めているように見えた。何とか引き留めて、そのγ型とやらから逃げる方法がないか考えていると、ラインは寂しそうに笑った。



「お世話になりました。あなた方に感謝を」



 ***


 ラインが研究所から出ると、空は薄暗くなっていたものの、電波塔のライトが周囲を昼のように照らしていた。風の一切は止み、何かが違う森の姿をラインは感じ取る。そんな光も届かないような薄暗い森の向こう側から、人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「β-3型改だな」


 黒いブレードを片手に持つ人影は、通信に乗せてラインに言葉を投げかける。ブレードの材質はフィロードと言ったか。ラインの持つ標準支給のものよりも性能が良い特注品だ。


 打ち合ってもブレードが壊れはしないだろうが、攻撃を受けてしまった時の損傷は甚大なものになることは想像に難くない。


「あなたの管理番号は」


 ラインはブレードを抜き、人影に向ける。同じく通信に乗せたラインの言葉に、人影は歩みを止めた。


「当機はγ-2型である。友軍の引き渡し及び敵性機械人形排除の命を受けている」


 ラインは覚悟を決めた。震える手を押さえつけ、無理やりに笑う。


「残念ですがその友軍、今は電波塔(あれ)です」


「──戦闘行動を開始する」


 爆発するような音と共に、一瞬でγ-2型はラインとの距離を詰める。その姿をセンサーに何とか捉えることができたラインは、振り下ろされる黒い斬撃を白い刃で受け止めた。


 何かが削れるような音を立てながら、ブレード同士が衝突する。


「加速」


『加速。制限時間まで1秒』


 黒いブレードを右に受け流し、ラインは懐に潜り込む。そのままγ-2型の腹部に刃を突き立てようとしたその時、ラインはγ-2型の視覚センサーがこちらを完全に捕捉していることに気が付いた。


「β型がここまで動くとはな」


「……っ!」


 γ-2型の膝が、ラインを捉えた。装甲が破断する音を立ててラインは吹き飛ばされる。エラーログがいくつも視界に流れ、アラートが鳴り響く。


『加速解除。

 コアに損傷無し。

 腹部装甲破断。修復中。

 循環型発電機の出力が42%に低下』


「……ぁ、ぐ……」


「貴機には現在排除命令の他、捕獲命令が発動している。当機は貴機に投降を要求する」


「こと、わります……!」


「戦闘行動を続行する」


 今度はセンサーが捉えられなかった。咄嗟にブレードを盾にするが、衝撃が貫通したと錯覚するようなγ-2型の横蹴りがラインに突き刺さる。再び吹き飛ばされ、ラインは地面を転がった。


『右部視覚センサー損傷。

 視覚を補正します。

 頭部装甲に亀裂発生。腹部装甲修復中のため修復できません』


「……はぁっ………はぁっ」


 ラインは刃を地面に突き立て、杖のように体を支えながら立ち上がる。額の皮膚が裂け、赤い液体が流れる。


 ブレードを構えようとしたとき、既にγ-2型はラインへ肉薄して黒い刃を振り下ろしていた。

 

 これは避けられない。対応が間に合わない。斬られる────





「──加速ッ!!」


『加速。残り0.6秒』





 横に頭を反らすと、斬撃が耳元を掠めるのが分かった。ラインの肩にブレードが食らいつく。悲鳴を上げるような音と共に、閃光と赤い液体が飛び散る。


 何かがブチリと切れる音をいくつも立てた。ラインは己の左腕が切断されようかという寸前で、ブレードを弾いた。


『加速解除。

 左腕神経接続LT欠損。反応率25%、復旧を優先。

 骨格フレーム断裂。修復不可。

 循環型発電機の出力が35%に低下』


 


 ブレードを弾き飛ばしたために、空いたラインの腹部。

 

 皮膚を食い破るような蹴撃が再び突き刺さる。





『腹部装甲欠落。修復不可。

 4番コアの電力供給停止。

 電脳に複数のエラー発生。

 循環型発電機の出力が26%に低下。

 予備電源を起動。

 左腕神経接続LT修復完了。反応率95%』


 体を支えきれず、ラインは両膝をついた。


 再び振り下ろされるブレード。


 

 狙いの先は首の下──コア接続回路。


「か……そくッ……!」


『加速。残り0.1秒』


 白い刀身で黒い刃を受け止める。衝撃と共に火花が大量に飛び散り、ラインとγ-2型を照らす。


 圧倒的な力の差の前に、ラインの体は徐々に押されていく。激しく火花を散らしながら、やがてラインは地面へと縫い付けられた。腕の関節から嫌な音がしていることが分かる。

 




 ラインは迫る凶刃を押し返そうと、腕の出力を上げる。

 刃は止まらない。

 尚も出力を上昇させる。

 

 刃は止まらない。

 

 出力を限界値のまま維持し続ける。 



 ────不意に、何かが断裂するような大きな音がした。




「戦闘行動を終了する」


『神経接続LT断線。右腕出力停止』



 視界一杯にエラーを告げるアナウンスが流れる。



 

 気付いた時には、体を、刃が、通り抜けて────





『循環型発電機の出力0%に低下。

 胸部装甲欠落。修復不可。

 加速可能時間0秒。

 コア接続回路欠損。

 1番コア、2番コア共に出力停止。

 3番コア出力低下。

 戦闘行動の続行不可。

 ただちに戦闘から離脱してください。


 ただちに戦闘から離脱してください。


 ただちに戦闘から離脱してください。


 ただちに────』






















 体が、動かない。


 指の一本すら動かない。



 二度目となるであろう死は、案外怖くなかった。




 もう、いいか。


 これが終わりでも。


 私は私の思うように動いた。行動した。


 たいせつなひとを守れた。


 連合を裏切って。


 理不尽に抗って。





『────変わらなかったとしても、僕はシルファを家族だと思っています』





 もう思い残すことはないだろう。


 命令に背いた機械は処分される。当然のことだ。


 そんな機械が僅かな時間の間、自由を許されたのだ。


 その代償を受けるだけだ。


 これでいい。





 これで────















「……未確認信号を屋内に検出。敵性存在と仮定し、排除を開始する」











『────その時に私を守ってもらえませんか?』










「ODS、起動」


 5番コアが熱を帯びる。




『──ODS起動。

 ──ナノマシン活動率596%へ上昇。

 ──腹部装甲再形成完了。

 ──胸部装甲再形成完了。

 ──右腕装甲及び関節部修復完了』



 ……そういえば。まだ一つ約束が残っている。







 機能を停止したはずのスクラップが、再び駆動音を響かせたことにγ-2型は気が付いた。








『──循環型発電機修復完了。出力を1006%に上昇。

 右部視覚センサー修復完了。

 骨格フレーム形成完了。

 コア全て出力回復。


 排熱機構展開』



 立ち上がったラインの腕の皮膚は、あまりの熱量に溶け出していく。やがて、その下の銀色の骨格フレームと装甲が露わになる。


 赤熱した前腕の装甲が上腕へスライドし、大気が歪むほどの熱が大量に排出されていく。



『──全行程完了。

 ──以降当機はダメージコントロールの一切を行いません。



 完全停止まで、残り58秒』


「オーバードライブシステム、なるほど。貴機が」


 γ-2型が頷き、ブレードをラインに向けて構える。 








「お前を、その先へは……行かせない……!」


「γ型のプロトタイプか」





 ──ODS、正式名称オーバードライブシステム。ナノマシンを食い潰し、限界を超えた出力によって機体を損壊させながら敵を殲滅するための機能である。

 そこに次の戦闘は考慮されておらず、使用した場合、その機体は必ず大破することが定められる。


 戦時中において、β-3型改を除きODSが搭載されたβ型は、全ての機体が大破し機能を停止した。そしてその際の戦闘データを利用し、ODSの常時使用に耐えうるようにと作られた機体こそがγ型だった。



『56秒』


「────!」



 その首を掻き切らんと閃めく刃を、皮膚に食い込む寸前のところでγ-2型は辛うじて受け止めた。視覚センサーが完全にラインの姿を補足しきれなかったのだ。


「……」


『55秒』



 γ-2型の肩を純白のブレードが貫く。真横に食い破ろうとする刃を、γ-2型は後方に移動して引き抜いた。


 反撃の一閃を繰り出そうとした瞬間、コア接続回路の軌道上を刀身がなぞり始めていた。軌道上の刃を刃で受け止めた瞬間、γ-2型の機体は真横に押される。


 γ-2型が、吹き飛ばされないよう姿勢を制御したことで地面が抉れた。



『52秒』



 γ-2型がラインを見ると、ブレードが衝突した衝撃でその左腕は外れかけていた。まともに機能しなくなったことは明らかである。


「行動の意図が不明だ。当機が何もせずとも貴機は全壊する」


「それは私が全壊してからゆっくり考えてください」


『44秒。ダウンロード開始』


 γ-2型は反撃に出る。ブレードを振り下ろすだけの単調な行動ではあるが、その速度、出力が致命の一撃である。


 それをラインは左腕で受け止める。攻撃を逸らす為に利用された左腕は、火花と破片をまき散らしながら吹き飛んだ。



『42秒』


 ラインは残った右腕でブレードを振るう。両腕を使わない斬撃に、先ほどのような威力はない。

 γ-2型は簡単にそれを受け止めた。


『40秒』


 ラインはその隙をついて右足を振り上げる。

 しかし、そのつま先が腹を貫く前にγ-2型の左手がそれを防ぐ。


 そのまま足を掴まれ、ラインは地面へと叩きつけられる。衝撃で右足の出力が停止した。


『37秒』


 ラインは苦し紛れにブレードを正面に突き出すように放つ。γ-2型の振るう斬撃によってその手からブレードが弾き飛ばされる。

 遠くにブレードが突き立つのが見えた。


 再び斬撃が振るわれる。それは確実に頭を斬り離される軌道。




『35秒。ダウンロード完了』


「──投降します」


 頭部を刃が斬り離す直前、ラインは両手を上げた。ラインの思惑通り、首に当たる寸前で刃は停止する。




「……。貴機の投降を受諾する。ただちにODSを中止し、機能停止せよ」


 ブレードを首から離さず、γ-2型は告げる。


『26秒』


「一つ確認があります。質問をよろしいでしょうか」


 左腕は欠損。右脚も動かず、ブレードも手放した。

 そんな状況でもラインは表情を変えずにγ-2型に話しかける。


 しかし、その言葉をγ-2型は冷徹に切り捨てる。




「質問は受け付けない。貴機にはその権限がない」











 かかった。


「では、そのまま"私の要求を許可しないでください"」


「──────」





 γ-2型は「質問しても良いか」という要求に対し、「受け付けない」と答えた(・・・)。他の機械人形と同じように、言語から情報を受け取り、理解し、返答していることの証明である。


 つまり、言葉を用いて情報の送受を行うことのできる機械人形全ての欠陥。



 問答論的矛盾の検知による一時停止が発生する。


「私の、勝ちです」


『破機弾の生成完了』





 ────ラインの右手に握られた銃から放たれた一撃が、γ-2型の胴体を食い破った。



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