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β-Type3/MOD  作者: Stairs
ENTRANCE
48/77

48. 『行程』

計算したところ、4章はあと10話くらい必要みたいです。

 

 帝国へ向かう前にラインはレヴェルに連絡を取った。戦力の増加は利点が多い。しかし、レヴェルは王都に残ると言った。


 メアの傷を塞ぐため、レヴェルはナノマシンを投与してメアを治療した。しかし、腐敗病を引き起こした様に、本来ナノマシンは人体に適合しない。加えて、人工的な皮膚組織ではなく金属を用いた修復を行っているため、常に修復を行わなければ簡単に金属膜は脱落する状態にあった。


 最適化は行っているとはいえ、その演算を行っているのはレヴェル自身。メアから一定以上離れれば、メアは死ぬ。金属膜で塞いでいるのは表面の傷だけではなく、内臓も含まれているからだ。


 ラダーであれば治療は可能だろう。しかし、そのままであれば命を落とすことはないメアに手を割くことはできなかった。それ以上に、ラダーが助けなければならない者が多すぎたのだ。


 故に、帝国へはラインとイーシェの二人で向かうこととなったのである。


 帝国への道は複雑であるため、イーシェの魔術で作り出した馬も速度が出せない。イーシェの見立てでは二日はかかるだろうとのことだった。



 そして現在、王都を出た二人は、夜を明かすために野営を行っていた。本来なら休み無しで動かせる土の馬だったが、イーシェのベースエーテルの総量が著しく減ったがために、魔術に使用できるエーテルの量にも影響が出ているのだ。

 半日も動かせば、限界が来てしまう。エーテルが尽きたイーシェは、回復のために足を止めざるを得なかった。


 焚き火を起こし、イーシェは持ってきた干し肉を食べている。ラインは周辺の警戒を行いながら、イーシェに話しかけた。


「帝国を堕とす……そんな方法があるのですか?」


「あぁ、ラインには話しておかなきゃいけないか。前に追い出されたって言ったけどさ、俺が帝国を出られたのは自力じゃないんだ」


 干し肉を食べ終わると、イーシェは思い出す様に話す。薪の爆ぜる音が、イーシェが言葉を選ぶまでの時間を埋める。


「第四皇子の肩書があるってことは、上に三人の兄がいることになるんだが、その中でも第二皇子の手助けで俺は王都まで行くことができたんだ。皇帝のやり方に疑問を持っていた俺に共感してくれたのはあの人だけだった」


 一番幼かったイーシェには動かせる兵士の数が余りにも少なかった。身内であろうと容赦することはない皇帝に逆らう思想を持つということは、いつ殺されてもおかしくはなかったのだ。

 しかし、第二皇子だけはイーシェが皇帝に疑問を持っていることを見抜き、イーシェを守るために帝国の外へ逃がす手助けをしたのだった。


「第一皇子は完全に皇帝の言いなりで独りじゃ何もできない。第三皇子は派閥争いに嫌気が指して他国へ留学して逃げ出した。国に戻り、第二皇子を皇帝にすることができれば、帝国は変わると俺は思ってる」


「皇帝の排除、ですか」


「あぁ。帝国内は今万全な状態じゃない。ラインがアシストカノンを攻撃したことで、大きな混乱が生じ、内部で兵力が分散している筈だ。それに乗じて国内に侵入できる。第二皇子と連絡さえ取れれば確実性は上がるが、確実に接触できる保証もないからな。今は城内の脱出路を使用して内部に入ろうと思ってる」


「……上手く行くでしょうか」


 不安そうに言うラインを見て、イーシェは笑う。


「そん時はまた考えるさ」


 イーシェは馬車から毛布を取り出すと、地面に敷いた。睡眠の必要がないラインは、焚き火に木の枝を足しながら警戒を続ける。


「接近があれば起こします」


「助かるよ。でも、何か申し訳ない気持ちになるんだけど……ほんとに大丈夫なんだよな?」


「はい。この機体は日光を用いたエネルギーの生成が可能です。つまり、昼間に寝ている、という形に近いのです」


「便利でいいなぁそれ」


 そう言ってイーシェは毛布の上に寝転がった。焚き火から火の粉が暗い空へ吸い込まれていく。体を休めるために目を閉じたイーシェだったが、どうにも寝付きが悪い。

 そのまま動かずにじっとしていたが、暫くして、再び目を開いた。


「……ライン」


「はい」


「ラインをさ、家族だって言ってくれた人は……どんな人だった?」


「そうですね……」


 ラインは考えるように顎に指を置いた。その姿が妙に特別に見えたイーシェは、ラインから目が離せなかった。

 暫く何かを考えてから、ラインは口を開く。


「よく、わかりません」


「……わからない?」


「私を側に置いていたのは、神の一柱でもありました。もっとも、寿命が無いという点を除けばあまり人と変わりませんが……。私を含め、天界へ侵入したβ型は、住民として溶け込む形で潜伏していることが多かったのですが、彼女は一人でいる私を何故か家に住まわせ、世話までしたのです。イーシェさんはもし、見知らぬ人が一人で暮らしているとして、それを自分の家に招き入れようと思いますか?」


 イーシェは考える。身寄りの無い子供のように、一人で生きていけないような存在を見れば、助けようと思うかもしれない。交流のある孤児院に案内することもあるだろう。

 しかし、ラインのような一人で生きていくことも可能であろう存在を見かけたとしても、果たしてイーシェはその存在に声をかけるだろうか。


「……多分何もしない、だろうな」


「そうですね。その必要もありませんから。……しかし彼女は私を招き入れました。感情模倣演算プログラムは理解不能を抱えたまま、演算を続ける必要がありました。それは私が私という存在を自覚するまで、終ぞ理解することができないままだったのです」


「そう思うと、確かに変わった人……なのか」


「もしまた会えたのなら、私はその理由を聞きたいと思っています」


「……その人に、会えるといいな」


「はい。会えずとも、生きていて欲しいと私は思っています。そして、イーシェさんにも」


「俺にも……」


「"私"も同じくそれを望んでいる筈です。何故そう思うのかは……やはり分かりませんが、何かがそうしなければならないと、思う? ……のです。……すみません、言語化が難しく、適切な単語を選択することができません」


「……そっか」


 ラインは申し訳無さそうに俯いた。イーシェは自分の命の期限が少ないことを、ラインに話していない。自分が死ねば、ラインはどうするだろうか。

 悲しませたくはないな、とイーシェは思う。聞けば、ラインが自我を持ってから主観としての時間は殆ど経っていない。長くとも一ヶ月程度だろう。


 感情のことなど、分かる訳が無いのだ。だが、ラインは分からないまま、イーシェを案じている。ラインにとって、人間関係はイーシェ、レト、メア、ラダーといった片手で数えられる程の人数しかいない。

 その世界の狭さが、イーシェのことを己の存在より優先してしまう理由になっているのではないだろうか。きっと、ラインは不安なのだ。数少ない、"知っている"存在が失われることが。


 それをラインに伝えられないまま、自分は居なくなる。イーシェはそれが酷く悲しかった。


 そんなことを考えているうちに、意識はまどろみの中にゆっくりと落ちていく。






 そして、片腕に何かが当たる感触に目を覚ました時、イーシェはいつしか自分が眠ってしまっていたことに気が付いた。





 イーシェが薄目を開けると、ラインがイーシェを見下ろしている。


 はっきりとしない意識の中、イーシェは目の前に居るのが"ライン"であることに気が付いた。

 "ライン"はただ、何も言わず、イーシェの側に座ってイーシェを見ている。


 イーシェは静かに手を伸ばし、無機質な目で己を見る"ライン"の頬を撫でた。"ライン"は僅かに目を見開くと、ほんの少し目を細め、イーシェの手を両手で包むようにゆっくり握る。




 あぁ、そんな顔も出来るんだ。


 イーシェはそう思いながら、再び眠りに意識を落とした。

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