44. 『痛み』
その光は、空を見上げていた者にも届いた。
極光の交差した空を呆然としながら、メアは未だ空を見ている。
「……今のは」
「最初の光はアシストカノンの砲撃だ。王国側から放たれた光については判断できない」
「落ちた割には、衝撃は無かったな……」
「現在当機による観測では確認できない事象が多発しているため、状況を確認している」
「都合のいい事も起こるものだな。これが物語として世に出回ればさぞ鼻で笑われることだろう」
メアはレヴェルの方へ顔を動かす。全身を血塗れにしながらも、メアは生きていた。だが、その身は死の境界線に近付きつつある。視界が徐々に暗くなっているであろうことを、レヴェルも理解している。
「開いた傷からの出血が多い。意識の喪失後、当機が貴君にすべきことはあるか」
「そうだな……取り敢えず、怪我人集めて手当でもしておいてくれないか。その礼は必ず」
メアは手のひらを僅かに動かすことで方向を示す。レヴェルがその先を見ると、動ける何人かの兵士が立ち上がり始めていた。
「承認した」
「あぁ、頼む……」
安心したようにそう言うと、メアは意識を失う。レヴェルはメアを抱きかかえると、近くの兵士に話しかけた。
「怪我人の治療を行う。集めて欲しい」
兵士がレヴェルの抱える人物に目をやると、それは己のよく知る人物であることが分かる。ぐったりとしている様子のメアを見て、それまで座っていた兵士は慌てて立ち上がった。
「副隊長……! 分かりました、直ぐに場所を作ります」
そう言って兵士は周囲の機械人形もまとめながら、怪我人を集めていく。レヴェルは用意された布の上にメアを寝かせると、傷口を手で触れた。焼いて塞いだ傷が開いたものであることを理解したレヴェルは、その中に指を突き刺す。
意識は失っているものの、大量に送り込まれる刺激にメアの体が跳ねる。
「ナノマシン配置。設定を代理演算へ変更。再構築」
レヴェルが指を引き抜くと、メアの傷口を塞ぐように金属が形成されていく。ナノマシン一つ一つをレヴェルによる演算で操作し、機械人形用の修復過程を人間に適用しているのだ。
材料となる金属はメアの体から大量に溢れている。薄い金属膜を作ることは容易い。時間が立てば強度も向上するだろう。レヴェルはメアに配置したナノマシンに状態維持のための専用の動作プログラムを組み込み、最適化を行う。
「完了」
ラインからの任務を終え、レヴェルはメアから受けた頼みを果たすために周囲の負傷者の治療へ移行する。医療品は少なく、包帯で止血を行うことが限界だったが、生き残った者は傷が浅く、死んでいる者は極端に傷が深かったためか、その過程で死者が発生することは無かった。
唯一、一人だけ傷が深い兵士が居たが、致命傷を避けるように傷を負っていたため、一命は取り留めた。治療中、僅かな時間意識を取り戻したようだったが、隣で寝かされているメアを見て再び意識を失ったのだった。
一通りの治療を終えたレヴェルは、立ち上がる。
そして、風に服をなびかせながら極光が放たれた場所を見ていた。
*
ラインは、診療所へ向かって走っていた。α-2型のコアを取り込んだが、該当するコアはラインと接続を行うために初期化され、中継機として切り離されていた。そのため、記憶の混線が起こるリスクは無く、容易に内部へ組み込み直すことが出来たのだった。
脱落した機体からコアを取り出したが、全て破損。修復する術は無く、破棄せざるを得なかった。
新たに10番目のコアを手に入れたラインは、これまで電脳の容量不足により停止していた機能を全て復旧することが可能となった。純正コアが8つにα型のコアが2つ。本来想定されない構成だが、上手く動作している。
それよりも、ラインには気になる点があった。
────王都をまるごと覆い尽くすほどの魔術の行使。イーシェがラインに対して同様の魔術を使用した際は、寿命を縮める程の影響をもたらしていたことをラインは思い返す。
診療所の床で冷たくなっているイーシェを想像し、ラインの足は更に速くなる。道中、レヴェルから帰還する旨の連絡を受けた。
『早急に目的地へ向かうことを強く推奨』
「……分かってます!」
瓦礫を踏み越えながら診療所に辿り着いたラインは、中へと駆け込んだ。イーシェの姿は無い。すぐに他の部屋を探すべく、近くの扉に手をかけたとき、その扉が勝手に開いた。
「あ、おかえり。ライン」
現れたのはイーシェだった。少し疲れた顔をしていたが、目立った外傷はない。
「先程の魔術は、あなたが?」
「あー……黙ってたのは謝る。そうだ」
「砲撃の瞬間を早めたのも……」
「うん。俺がやった」
ばつが悪そうにイーシェは頭を掻いた。
「何故危険な行為を?」
「王国を対等にするために。どれだけ先制して攻撃しても、それを防御された上、更に大きな力で返されたという事実を作る必要があった」
一度王国はアシストカノンによる攻撃を許している。強力な力で王国が反撃したとしても、そうされる前に王都を落とせば問題ないと帝国が判断する可能性をイーシェは危惧していた。
故に、同じことを繰り返さないためにも、帝国の攻撃を一度防がなければならなかったのだ。
「体は、何とも無いんですか」
心配そうに言ったラインに、イーシェは目を逸らした。
「……今回でまた少しベースエーテルを削ったかもしれない」
瞬間、イーシェの肩が強い力で掴まれた。イーシェが慌てて目を向けると、そこには表情を何も浮かべていないラインがいた。無表情のまま、ぎり、とイーシェの肩にかかる力が強くなる。イーシェは冷たい汗が背中に流れるのを感じた。
「──非推奨の行動です」
「……"ライン"。……黙ってたのは悪かった。こういうことは前もって──」
更に力が強まった。とはいえ、その力はイーシェを傷つける程の強さでもない。
「──非推奨の行動です」
「わ、分かった。出来るだけ──うっ」
イーシェは、自分の言葉でラインの顔が僅かに歪んだのを見た。よく見なければ分からないが、確かに、"ライン"は悲しそうな顔をしたのだ。
「しないで、ください」
「は、はい」
イーシェのその言葉を聞いて、"ライン"はイーシェの肩から手を離した。
「……いいです」
イーシェが、"ライン"の感情らしい感情を目に見える形で見たのは初めてだった。胸が酷く痛むのを感じる。イーシェは、己の服の胸のあたりを握りしめた。
その時、診療所の扉が開いた。中に入ってきたのは、患者の血と思われる物で白い服を真っ赤に染めたラダーだった。
「……城からの医薬品の供給が追いついていません。この診療所にある物を持っていこうと思いまして」
「あ、あぁ。手伝う。じゃあ俺は包帯とかその辺りを集めるぞ」
「すみません。必要な物はここに書いてあるのでお願いします。……おや」
ラダーが紙を懐から取り出すと、掴み損ねたのか何枚かの紙が地面に落ちた。
「えーっと、手当に必要な物がこっちの紙か。ほい」
イーシェは一枚だけ紙を取ると、残りの紙をラダーに返した。
「すみません。疲れているみたいですね」
「全部終わったら休めよ。じゃあ俺は病室の方探すから」
*
イーシェは病室へ入ると、備え付けてある包帯をかき集める。
「これと、これと……これは……一応入れておくか。っと……」
それらを一つずつ袋に詰め込んでいると、背後から足音が聞こえた。ラインかと思い振り返ると、そこにはラダーが立っている。薬を取りに別の部屋へ向かった筈だったため、イーシェは首を傾げた。
「……」
見たところ、ラダーは何も持っていない。すぐに荷物をまとめたという訳でも無いらしい。とすれば、病室にある薬が必要になったのだろうか。しかし、病室に置かれているものといえば軽い傷に塗るような薬しか無い。重症の患者に必要な物はここには無い筈だった。
「あれ、こっちに必要な薬は……」
「イーシェ」
ラダーがイーシェの言葉を遮った。
「え?」
「その体、殆どベースエーテルが残っていないでしょう」
イーシェは、自分の手が震えるのを感じた。