42. 『辿って』
「それで、ここからどうやって外に出るんです?」
『ここには機体を投射するための機構があってね。そこから外に出られるようになってる』
出口は土壁で偽装されているものの、起動には問題ないらしい。
「なんで機体を……?」
『ここは元々α-3型の待機施設なんだ。唯一飛行できるあの機体を最も速く出撃させるにはカタパルトで打ち出すのが手っ取り早い訳だね』
「飛行型の……。制空権を連合は取れなかった筈ですが」
大きな物体を飛行させるには相応の技術が必要である。そして、飛行している物体は簡単に墜ちる。連合の技術力では、攻撃に耐えながら飛行する機体を製造することが出来なかった。
『うん、だからα-3型は木っ端微塵。飛ぶために機体は軽いし、格好の的さ。もう機体は何にも残っちゃいない。設計思想自体は僕の機体の発展系だったから、まぁ役割に大きな欠損が出た訳じゃないけど』
α-3型は、α型における唯一の失敗作と言えるだろう。れっきとした兵器ではあるため、攻撃力は既存の機体と引けは劣らないだろうが、そもそも物量戦で勝てなかった時点でα型は有効ではなかったとも言える。
「……そうですか。それで、着地は出来るんです?」
『それは勿論────……?』
テスの言葉が不自然に止まった。何か思う所でもあったのだろうか。
「何ですか、やはり問題でも」
『違う、今空間が嫌な揺れ方をした』
「空間……?」
『僕は狙撃系の機体だ。広範囲の大気状態や空間の歪みを観測する機能がある。その空間が一瞬波打った痕跡があった』
「帝国がアシストカノンを動かし始めた可能性は?」
『……高い。そうか……予定より早く動かされた訳だ』
「では直ぐにここを──」
『高エネルギー飛翔体接近、30』
同時に、王国に終わりをもたらす砲撃の検知が知らされる。一発で着弾点を蒸発させた砲撃が、30発も飛来するというのだ。
「なっ、時間はまだ先の筈じゃ……!」
『……今のは発射時の揺れかな』
『予測着弾時刻まで40秒』
「迎撃は!?」
『こちらの準備に300秒は必要だ。君と接続してから準備を進めてたけど……それでもあと60秒は』
「そんな……」
『……少なくとも、あの砲撃でこの施設を貫通することは出来ない。表層は削られるだろうけど、ここにさえいれば安全だ』
不意に、"ライン"が反応を示した。
『低出力での射撃による砲撃の相殺を提案』
『……威力が足りない。今撃っても半分落とせるかどうか……』
『十分です。当機の指定する砲撃を迎撃して下さい』
"ライン"は尚も要求を続ける。
『1箇所空けても余波で大部分は……』
『兵装への権限取得を開始』
ついに"ライン"が内部の異物に対して侵入を試み始める。人で言えば、「痺れを切らした」と思われる行動である。明らかな攻撃にも関わらず、テスは落ち着いた様子でそれを見ているのがラインにも分かった。
『……随分必死だね。ラインがこの国を守りたいと思うのに対して、君は……誰か1人を救いたいのかな?』
『────それは』
攻撃の手が制止したことを、ラインは認識した。
「争っている場合ではありません。とにかく時間が無い。1発でも落として被害を小さくします」
『仕方ないか。……はぁ、久々の戦闘が迎撃なんて優雅じゃないなぁ。──電磁軌条展開』
出口へ向かって電光が走る。ラインは静かに発射台へ両足を乗せた。
やがてその光はバチバチという音を幾重にも発しながら、1本の線に収束していく。視線の先で出口が開き、土埃が落ちていくのが見えた。
『射出』
感じたこともない強烈な加速。姿勢制御を補助されているとはいえ、ラインには相当な負荷がかかっている。
直ぐ様に両足の損傷をナノマシンが埋め直していくが、僅かに破壊の進行が上回る。だが、それ以上に出口へ到達する方がさらに何倍も速かった。
地上、そして上空へ飛び出したラインはやがて重力に従い、落下を始める。
『補助装置点火』
旧式のエンジンが動く音と共に、ラインの落下速度が目に見えて落ちる。随分とローカルな技術だが、今はそれを気にする余裕もなかった。
ラインは両脇の照準器を片手で一つずつ引き抜き、遥か遠くの標的に向けて構える。照準器からはむき出しのまま複数のケーブルが本体へと伸びており、無理やり小型軽量化を行っていることによる取り回しの悪さが表れていた。
『その照準器は補正器でもある。使い方は……予測計算に合わせてくれればそれで問題ないよ』
『出力27%、飛翔体捕捉完了』
30のうち12。それが現状で落とすことのできる数の限界だった。着弾地点を逆算して被害を最小限に抑える時間もない。
ラインは照準器に取り付けられたトリガーに指の力を込める。王都はどれだけ残るだろうか。ラインはちらと視線を向ける。あと僅かでも指を引けば発射されようというその時────
ラインはトリガーから指を離した。
「……待って下さい」
『どうしたんだい? 今撃たなければ……』
困惑した様子のテスに、ラインは王都へ指を向けた。
「街が、重なってる」
『────何だって?』
*
「あんたなら撃つと思ってた」
膨大なエーテルを大気に迸らせながら、イーシェは口角を上げる。
「《釘、風、結目、偶像、基盤、自由、繁栄》」
ぱき、という音が部屋に響いた。
*
『王都の座標を別座標に複製して……否定、これは……確率の変動……!?』
それは以前観測したイーシェの魔術。ラインが森の中を直線上に走るために使用されたものと同じ現象が、王都の全てで起こっている。
以前は小規模であったため、異なる座標軸に位置を分散し、衝突時にそれらを選択していると推測していた。
しかし、これだけ大きな規模で発現すれば、その魔術によって引き起こされる事象の詳細をさらに深くまで観測できる。加えて、現在のラインにはα-2型と接続したことによって空間の状態を認識する機能が拡張されているのだ。
そして。
その観測により導き出された答えは、確率の操作。
『確率変動……? ……しかしそれは連合ですら……』
「まさか、帝国がアシストカノンを早く発射したのは……このための誘導?」
遥か彼方、低空に見える光の点群。一瞬にして王国に迫ったそれらは、呆然とするラインの横を通り抜け────王国すらも通り抜けた。
一瞬の静寂。
王国の向こう側、少し離れた地形が、浮き上がるように吹き飛んだ。
『信じられない……空間系、じゃないな。本当に……』
「私も最初は亜空間の生成による連続的な転移現象を引き起こしているのだと思っていました。……ですが……」
『データは同じ場所に空間が重なっていることを示していません。重なっているのは、確率。本来起こりえない現象の確率を無理矢理に引き上げたことでそう見えたのだと推測します』
『……だけど好都合だ。これで向こうのアシストカノンを叩くことができる』
王国へ向けて放たれた数は30。残り8機が待機している筈であり、この攻撃が王国に届かなかったことも既に伝わっているだろう。
次の攻撃が届く前に、アシストカノンを破壊しなければならない。
『こんな面白いものを見せて貰ったんだ。見劣りしないようにしないと』
ラインの背後に待機していた銃身が、ラインの右側一点に集約する。さらに、リング状になったパイプのようなものが、ラインを取り囲むように展開された。
その姿を傍から見れば、まるで固定砲台に乗り込んでいるようだと形容されるだろう。
『空間錨、射出』
金属音と共に、ワイヤーが四方へ放たれる。先端が杭のようになったそれは、何も無い空中に突き刺さった。
「それは……天界へ通路を繋ぐための……」
『の、簡易版。空間に穴を開けるだけで貫くことはできないけど、こうして機体を支えるのには適しているって訳だね。────さて、久しぶりの全力を見せてやろうじゃないか。人間相手だけど。まぁ折角だから起動コードは君に譲ろう、"ライン"』
二人が実体を持っていたとしたのなら、彼女はきっと、テスのことを不満げに睨んでいただろう。
『……承認。装填:code-α2』
リング状のパイプが僅かに熱を帯びる。このパイプを、連合では加速器と呼称していた。
アシストカノンは金属製の砲弾を電磁加速で射出するレールガンであるのに大し、α-2型の砲撃は金属粒子を光の速度に近付けてから射出する荷電粒子砲である。
『──SAgittarius』
放たれたそれは、音を置き去りにする。
周囲への影響を極限まで抑えているとはいえ、その光を見たものは肌に強い熱を感じただろう。
砲撃による点ではなく、放射による線。
神を殺す為の光が、人間に向けられた瞬間だった。