40. 『交錯』
「立てるか」
「……暫くは無理だ。すまない、また助けられた」
メアは仰向けになり、レヴェルを目で追った。体は動きそうにない。戦闘に次ぐ戦闘、失血。こうして声を発していなければ、すぐにでも意識は闇に落ちるだろうことはメアも自覚していた。
「1時間後の砲撃、対策はあるのか」
「ない。少なくとも私の知る限り、そのような能力を王国は持っていない。あれば最初の砲撃を防げている筈だ」
その言葉にレヴェルは迷った様子を見せる。
「当機は貴君の救助を依頼されている。ここで当機が現在地を離れることは」
レヴェルの言葉を、メアは手で制した。とはいえ、手のひらだけが僅かに動いた程度であるが。
「まぁ問題ないだろう。どうせ皆死ぬんだ。……そちらこそ、早く逃げた方がいいんじゃないか? この国に関係ない者が死ぬ……死ぬという表現が正しいかは分からないが、そうなるべきではない」
「当機にあの砲撃を防ぐことは出来ないが、機能停止に陥るほどの損害も受けない」
精々人工皮膚が全て吹き飛ぶ程度である。ナノマシンで十分再生可能な範疇であり、機能に影響を及ぼすことはないだろう。
「……そうか。頑丈だな」
「そうある為に作られた」
目を開ける気力も無くなったのか、メアは目を閉じつつもレヴェルに話しかける。
「そういえば、色々話したかったんだ。この国が無くなるまででいい。……付き合ってくれないだろうか」
「構わない」
「……神を殺す。そう言っていたな。昔、何があったんだ?」
メアは、レヴェルの言葉が頭に引っかかっていた。発掘した機械人形で稼働するのは、製造されたものの起動されなかった個体のみ。ドックのような修理施設があれば別だが、碌な知識もない人間には故障した個体を修復することが未だできていなかった。
そのため、空白の歴史と呼ばれる期間を人々は知らない。しかし自立稼働しており、その歴史を知る存在であろうレヴェルの言葉は、メアの頭に十分残るものであった。
「天界と呼ばれる場所に神々が存在し、全ての人類はそれらと敵対していた。当機を含め、機械人形は非力な人類の代わりに神と対峙する存在として作られた」
「全ての人類が、か。ある意味それは世界の統一……皮肉な理想だな」
こうして国同士が争う現代、人々がひとつになる光景など想像もつかないことである。しかし、遥か昔の人間はそれを為していたというのだ。過去に戻り、ひとつその方法でも聞いてみたいところであった。
「しかし人類は弱かった。座と呼ばれる概念管理機構を持つ神々に対し、高威力の砲撃など意味を為さなかったということだ」
「概念、管理……?」
「貴君らが火を起こすには様々な手段を取るだろう。だが"火"という概念を管理する者が存在した場合、ひとつ火を起こすにも管理者はその現象をなんの制約もなしに使用できるということだ」
「一つの神の下に、というわけではないのだな」
「あくまで神とは概念を管理している一生命体の呼称に過ぎない。寿命こそ存在しないが、素体となる存在は人間とあまり大差がないうえ、個体によっては物理攻撃も通る。さらにはその戦闘力にも個体差がある」
「……実際のところ、神を殺したのか?」
「肯定する。当機が観測している範囲では、複数の討伐に成功した。討伐された神から剥がれた座を捉え、こちらに落とすことでこの世界にその概念が開放される」
「……難しい話だな。なんだか、聞いてはいけないことを聞いた気分だ」
機械人形が人間の失敗作だとする考え方。地域によって違いはあれど、もっともそう信じている人の多いその仮説は、いつしか宗教へと昇華した。同じ神から作られた存在は尊重しなければならないとする国、優れた成功作である人間が機械人形を支配するべきとする国。
様々な派生があれど、その根幹は同質のものである。
しかし、真実は違った。機械人形はそもそも人間が作り、崇拝している筈の神を殺す先兵だというのだ。なんと滑稽なことであろうか。メアは受け入れがたい気持ちになるも、空白の歴史に存在していたレヴェルの言葉を、否定することはできなかった。
「その後どうなったかは分からない。γ型が直接神と交戦するよりも、β型を潜入させて暗殺する方が効果が見られたため、積極的なγ型の投入は行われなかった」
「βというと……確かラインは」
「管理番号はβ-3型改。任務により天界へ潜入していた記録がある」
「……そうか。ラインにも色々聞いてみたかったが、それは叶いそうにないな」
薄く目を開け、澄んだ空を見上げながら、メアはラインを思う。既にこの国から離れただろうか。それとも、レヴェルのように耐えられるのだろうか。
どちらにせよ、関係のないはずの友人を巻き込んでしまったことに代わりはない。後悔の念を抱えながらも、メアは終わりの時を待っていた。
*
「私が、兵装を?」
『うん。特に君はα型との互換性が高いみたいだし、ちょっと調整すれば使える筈だよ。まぁ……今から調整して大体……砲撃には間に合うかな』
「分かりました。直ぐに向かいます」
通信を切断したラインは、イーシェの方へ向き直った。
「あったのか」
「はい。帝国にあるアシストカノンを狙撃し、砲台間の連携を破壊します。今から調整すれば着弾予定時刻よりも僅かに早くこちらが動けるとのことです」
「確かにそうすれば、砲撃は止まるな。だけどそれは一時的な時間稼ぎじゃないのか?」
「……その間に王国から避難すれば」
「その後が難しい。王国は他国と交流が殆どないし、難民として受け入れられるだろうっていう安易な判断はできないな。……まぁそれでも、今はやれることをやるしかない、けど」
「何か考えが?」
「……まぁ、少しだけな」
イーシェは、悪戯っぽく笑った。
ラインはどこかに走り去っていった。イーシェは移動中の機械人形を呼び止め、診療所内に誘導する。
愛らしい少女の姿をしたその機械は、イーシェを見ている。
イーシェは考える。ラインの話では、準備には時間がかかるとのことであった。砲撃には間に合うようだが、そもそも砲撃が一時間後という情報が正しいのか、イーシェには判断が付かない。
そして、イーシェの考えはその時間を確定させることにある。
「――――よぉ」
イーシェは、機械人形の目の向こう側を見ている。王国の外側で、この国が更地になる姿を見届けるために待機しているであろう男に、イーシェは話しかける。
「聞こえてんだろ。俺は聞こえねぇけどな」
一方的な通信。機械人形同士は敵対していないことを利用した強制的な伝言である。もし、聞く必要もないと判断され、命令によって通信が遮断されればこの作戦は破綻するだろう。
「単刀直入に言う」
だから数少ない、己だけが持っているものを最大限に利用する。
「帝国第四皇子、イーシェ・インペリタは帝国に対し宣戦を布告する」
*
「時間稼ぎだな」
男は断定するように呟いた。
「そうですね」
隣の男も同意する。
「恐らく、王国側に砲撃を防ぐための設備が存在する」
「へぇ、あの王国にそんな設備が?」
「予想に過ぎない。……だが、合図の意味が漏れたな。いつ砲撃が飛んでくるかは把握しているだろう。恐らく、この宣戦布告の目的は発射の指定時刻を変動あるいは固定させることにある」
第四皇子という立場を利用しての宣戦布告。イーシェを警戒している帝国に、報告しなければならない重要事項である。
即ち考えられるのは――――時間稼ぎ。
「つまり、なんらかの準備に1時間はかかる、ということですかね」
「そういうことだ。国への報告は俺がする。お前は発射を早めるよう指示を出せ」