04. 『電波塔』
ラインはエーネスの囲いの中央に置かれた発電機の前に立っていた。その傍らには巨大な金属片の山が築かれ、C6αが待機するように立っている。
「これが発電機です。あと、頼まれていたパーツなんですが……神経接続LTとやらはありませんでした。この箱にあるもので代用はできませんか?」
神経接続LTは他機器を身体の一部として使用するために必要な線である。箱の中に入っているパーツの山を掻き分けるが、やはり見つかることはなかった。
『右奥にある神経接続LSは互換性があります。旧式のため反応速度は大幅に低下するものの、十分代用可能です』
ラインはパーツの山から古びた太い線を引き抜いた。電波塔の建設には予定よりも時間がかかりそうだが、これなら使えないこともない。
「これを代用します。発電機には接続できますか?」
レトはラインから線を受け取ると、発電機の端子と見比べる。
「使えそうです。一度検証しないと確証はありませんが」
それを聞いたラインは後ろを向き、レトに背中を見せる。上半身では胸部を覆うだけの布面積しかないラインの服は、腹部の真っ白で傷一つない肌を天日の下にさらけ出していた。
「ではここに、それを接続してください」
ラインが指を差した箇所を見ると、腰部の一部が切り取られたように中に格納され、接続端子が顔を覗かせた。
「え、僕が差し込むんですか?」
レトは戸惑ったように言った。C6αとは異なり、人間のように考えて行動するラインの腰に手を触れても良いのかと悩んだのだ。圧倒的に女性慣れしていない証拠である。
「……? 何か問題が?」
当然ラインに羞恥心はない。人間としての常識など備わっていないのだ。今、レトがここで「ちょっと差しにくいから服を全部脱いでほしいですねぇ」と言ってしまえば、ラインは首を傾げてそれに従うだろう。
「いや、はい、あなたが良いのなら別に構いませんが……」
レトは恐る恐る背中の接続端子に神経接続LSを差し込んだ。線から手を離したとき、レトの手は震えていたかもしれない。
『接続開始。
速度評価2/10
安定評価8/10
……
接続完了。コード7796。
太陽光発電機を同期しました』
「接続完了。パネル展開します」
発電機の上部が開き、二対の翼のような傘が飛び出した。埃を落としながら開くそれは、レトやラインをすっぽりと覆ってしまうほどの大きさである。その光景に、レトは声も出せぬまま眺めることしかできなかった。
ラインが発電機に背を向けていることで、傘が開いていく様子は、まるで大きな翼を広げる動物を幻視させる。
『物質掌握開始。
1..2...50...100。
掌握完了。コード7797。
電波塔建造のための素材を掌握しました』
「電波塔の建造を開始します」
用意されていた金属片の大きな山から糸のようなものが形成され、ラインの足元へ延びる。生き物のようにうねるそれは、次第に金属の板を形成しつつあった。
「金属片でどうやって建設するのか見当も付きませんでしたが……これは凄い」
「この速度だと、日が暮れる前には完成できます」
金属を操作しながらラインはレトに告げた。
「完成まで、ここで見ていても?」
「構いません」
レトは空箱を椅子の代わりにし、目の前の光景を見逃すまいと真剣な表情で宙を移動する糸を観察する。
「シルファ、君もこれを目に焼き付けておきなさい。これが僕たちがたどり着こうとしている領域。魔術ではない、誰にでも扱える科学技術の結晶です。僕はこれを目指さなくてはならない」
「……」
「シルファ?」
C6αはラインを見たまま動かない。レトの声が聞こえていないようだったが、すぐにレトの視線に気が付く。
「……あ、見ていればいいんだな。先程記録に空白箇所が発生した。故障の可能性がある」
「動力切れではなさそうですね……。後で見てみます」
目の前には、極細の金属糸で編まれた電波塔の原型が出来上がっていた。この糸を太くして完成させるのだろう。金属の山はほとんど減っていないものの、着実に電波塔の資材として使用されていくのが分かる。
誰も言葉を発さず、誰も微動だにしない。太陽が沈み始め、電波塔が完成するまでその空間は続いたのだった。
*
「これで電波塔の建造は完了です。あとはβ型の中にあるホログラム再生機を流用して受信機を作ります」
研究所に戻ったライン達は、大破したβ型の前にいた。機体の中に手を入れ、必要な部品を取り出していく。虚空を見つめる視覚センサーに、レトは自然と目が行ってしまった。まるで、死体を漁っているようだと錯覚してしまう。自分がC6αを制作するときは何も思わなかったのに、である。自我を持つラインを見てから、大破した機械人形すら人の遺体のように見えてしまうのだ。
「ひとまず簡易的なものですが、受信機は完成しました。使用方法をまとめたデータをC6αに転送するので、あとはよろしくお願いします」
ラインは疲れたような表情でそう言った。
「どこか調子でも?」
「いえ……電力の生成と消費のバランスが取れなくて……。大規模なナノマシンの操作は電力消費が激しいんです。10分ほど機能を完全停止させれば、復旧できますが……」
『出力低下。シャットダウンまであと30秒』
ふらつき、倒れそうになるラインをレトは慌てて支える。
「シルファ、そこのベッドの上の物を退かしてください」
「分かった」
紙の束や機械に埋もれたベッドが、C6αの手でその姿を露わにする。レトはラインをベッドへ誘導しようとするが、同時にラインに限界が訪れてしまう。
『エラー。電力が不足しています。緊急シャットダウンを実行します』
「こちらへ──ってちょ、あっ、と重ッ!?」
想定以上の重量にレトはラインを離しかける。全力で筋肉を使い支えようとするものの、急激ににラインと地面の距離が縮まっていく。発掘をするために、レトにはそれなりの筋肉が備わっているのだが、それでも支えきれないのだ。
「シルファ、手伝ってください……!」
「あぁ。む、かなり重いな。推定160といったところか」
「ひ、160……。古い木造家屋なら穴が開きますよ……」
ラインが起動している間は重量を大幅に減少させるための装置が働いているが、完全に機能が停止している状態では本来の重量が地面に負荷をかけてしまうのだった。
量産型ではこれほど重いということは無いのだが、それは初期生産モデルである所以か、骨格フレームの密度などの構造の違いからこれほどの重さになっている。
当然ながらレトはこの事を知る由もない。
ベッドにラインを寝かせると、ベッドは想定外の重さだと言わんばかりにギシィッと悲鳴を上げた。床も少し沈んだ気がする。酷い言われようだが、事実であるため仕方がない。
「先ほどラインから受信機の説明書をデータとして受け取った。今確認するか?」
「こんな細い体の一体どこにそんな重量が……っと、そうですね。折角ですから、実際に使ってみますか」
レトはC6αに紙の束を手渡した。C6αはその紙に、受け取ったデータを忠実に書き出していく。寸分の狂いもなく正確に書き出されるそれを読みながら、レトは受信機の操作を確かめる。
ホログラム再生機を流用した操作パネルは、空中に映像を投影していく。
「空中に光を置く原理が分かりませんね……。彼女と出会ってから僕は目が回りそうですよ」
説明書に従ってドックと呼ばれる施設を検索する。ラインが言うにはこの電波塔で5つほどは見つかるとのことであったが、検索結果として表示されたのは1件のみであった。
「1つだけ、ですか。まだ調整が完璧ではない……?」
出力を限界まで引き上げるが、結果は変わらない。レトは諦めて見つかったドックに接続する。見慣れない単語の羅列が多いが、説明書にはそれが何であるのかまで書いてあった。
「これが兵装の設計図、で、こっちが機械人形の設計図ですかね? 研究所にある機械人形と同じものですか」
レトはそう言いながら笑みを浮かべていた。この資料を見るだけで、ライバルの研究者達よりもなんとなく一歩勝っているような気がするのである。
「あとはドックの入退室ログや残存するパーツの管理データぐらい、のようですね。……シルファ、このデータを記録できますか」
「可能だ。全て記録するのか?」
「いえ、兵装と機械人形の設計図のみで構いません」
「記録が完了した。データは書き出すか?」
「お願いします」
レトは電波塔の電源を落とすことにした。発電機は太陽無しに電力を生産できないため、バッテリーも残りわずかとなっていたのだ。空中に大量に表示されていた画面を閉じ、最後に残った検索結果画面を消そうと手を触れたとき、レトはあることに気が付いた。
「――表示が増えてる?」
新たに増えたそれを開くと、大量の文字の羅列と、地図のようなものが表示された。文字の方は全く理解できない。高速で流れ続けており、目で追う事すらできなかった。レトは地図に目を向ける。中央に光る赤い点が置かれ、地形のようなものが流れていく。地図に触れると、表示が広がり、より広域な地図へと変化した。しばらくそれを見ていると、地図の端に青い点が表示されたことに気が付く。
赤い点と青い点は徐々に接近しているが、それよりもレトには気になることがあった。
「この青い点の周囲の地形……」
C6αによって記録された研究所の周辺地図を、レトは手に取って一通り眺める。そのあと、ホログラムの地図に目を戻した。
「この青い点は電波塔の位置ですね。…………? ということは……」
赤い点は青い点に接近しているのだ。青い点が電波塔を示すというのなら――何かがここへ接近しているという事ではないのか?
「何が近付いている……?」
レトが考えられる可能性を列挙していると、背後でベッドが軋む音がした。
『電力回復。再起動します』
「……再起動しました。ベッドまで運んでいただきありがとうございます」
礼を言うラインに、レトはそれどころではないといった様子でホログラムの地図を見せる。ラインの視覚センサーが高速で流れる文字列と地図を捕らえた。
「今電波塔を利用してドック内のデータを収集していたんですが、電波塔の電源を落とそうとしたときにこれが表示されまして……」
「送受信を高速で繰り返しているようですね。それと、こっちは地形データです……か…………」
ラインの動きが固まる。レトはふと、ラインの指が震えていることに気が付いた。
「何かまずいことが?」
「これは…………いや……そんな」
何かを呟きながら、ラインは地図にゆっくりと手を伸ばす。やはりその指先は震えたままで、レトにはラインが幻覚に手を伸ばしているように見えた。
「……ラインさん?」
「逃げる、のは……分かってます。確実に追い付かれる。勿論その可能性も高いです。ですが、私は、こんな……」
誰かと話しているような独り言が続く。そのあまりにも奇妙な光景にレトは声をかけることを迷った。だが、尋常ではない様子にレトは改めてラインに呼びかける。
「どうしたんです?」
その呼びかけに、ラインの方がびくりと跳ね上がった。恐る恐るといった様子でラインがレトの方を向く。
「……研究所の地下へ。物音を立てず、これを持って倉庫の端で隠れてください。今から電波塔の出力を落としてライトを点灯させます」
ラインは立ち上がり、狙撃銃をレトに預ける。ホルスターにある銃とブレードの状態を確認して、ラインは研究所の出口へ向かう。そんなラインのただならぬ様子に、レトは問いかけた。
「一体何が、起こっているんですか……?」
ラインは震える声で言った。
「γ型が来ます」