38. 『対象』
「汚い入口ですねぇ」
嘲るような声に、メアは目を開けた。
「…………」
穴から、男が覗き込んでいる。その服装からして、帝国兵であるのは間違いなかった。
それに加え、何体もの機械兵が背後に控えているのが見える。
「相当な戦力をつぎ込んだつもりだったのですが……どういう手品を使ったんです? 小国の兵力などたかが知れて……おっと」
小馬鹿にした様子の男の背後から手が伸び、その肩を掴んだ。
「やめておけ」
「これは失礼」
男が肩を竦めて下がると、代わりに現れたのは無表情で不気味な男だった。メアはゆっくりと立ち上がる。
「何の……用だ」
メアがその男を睨み付けると、男は穴の上から飛び降りた。
余力のある兵士や機械人形が一斉に武器を構える。大量の武器を突きつけられていても、男は意に介さない様子で立っていた。
「この土地は帝国が支配することにした。つまり、邪魔な貴様らにこの場所から立ち退くよう要求しに来た」
「……巫山戯たことを。国家の境界線は公園の砂場ではないのだぞ」
「いつだって決定するのは力ある者だ。境界線の定めも強い者がそうあれと決めたこと。ならば、また境界線を変えるのも強い者の自由だ。もっとも、我々が来たのは人探しの為なのだがな」
「人、探しだと?」
「名をイーシェという。生きていれば連れて来いということになっているが、心当たりはあるか?」
「知らんな」
メアは即答した。恐らく、男はラダーの診療所にいるあの少年のことを言っているのだ。聞くところによれば彼は帝国の名のある家庭の出身で、追い出されるような形で王国へやってきたとのこと。生きていれば、ということは、少なくとも穏やかな扱いではないらしい。
「嘘は良くないな。再び機械兵を流し込んでも構わないのだが」
「……貴様らが出てきたということは帝国にとっても……痛い損失だったのだろう? その人探しも本当は機械にでもやらせて置くはずが、肝心の入り口でこちらが全滅させてしまったからな」
口角を吊り上げ、メアは口元の血を拭った。
「その通りだ。帝国の中でもγ型機械人形は単騎での最高戦力だった。すぐに帝国へ帰って反省会でも開きたいところだが、そうもいかん」
「こちらにはそのγ型を破壊するほどの戦力を保持している。簡単に王国を堕とせると思うなよ」
しかし、レヴェルは王国の戦力ではない。何故救援に訪れたのかは不明だが、期待はできないだろうということはメアも分かっていた。
「確かに帝国にとってそれは脅威となるが……まぁ、土地ごと吹き飛ばせば問題あるまい」
メアは耳を疑った。
「……は?」
「この土地を一旦更地にすると言ったのだ。よく知っているだろう、この壁に穴を空けた衝撃を」
「……あの砲撃をもう一度行うには時間がかかると聞いたが」
「知っているのか、その通りだ。だが数だけはあるのでな。指示を出せばあと数十発は一度に落ちてくるぞ」
「数十……」
「まぁ、そういうことだ。立ち退きとかなんとか言ったが、この地にいる人間は1人も残すなという命令だ。……おい、探してこい。1時間でここを吹き飛ばすぞ」
男のその言葉に、何人かの帝国兵が穴から飛び降り、王国の内部に入っていった。数十発の砲撃が王国へ降り注ぐという言葉を聞き、絶句していた兵士達はその場から動くことができなかった。
「あ、隊長。こいつらどうするんすか」
帝国兵の1人が、男に問いかけた。
「まぁ、今殺しても構わんだろう」
男が剣を引き抜いた。メアは、地面に転がっているブレードを掴むと、切っ先を男に向ける。
「……言ってくれるな」
機械人形達が広がるように展開する。同時に、複数の機械兵が穴から飛び降りた。一拍遅れて王国兵も動き出す。
「突撃」
*
「38機……」
ラインは言葉を失った。
「同時に打ち込まれればこの国の跡は何も残らないだろう」
この時代にとってラインの時代の兵器はオーバーテクノロジーである。圧倒的な破壊力を防ぐ技術など存在しないことは明白であった。
「……気になるのは何で一発だけ撃ち込んだか、だ。γ型は単機の性能こそ高いけど、土地を吹き飛ばすにはアシストカノンの方が向いてる。王国の建造物をそのまま利用したいとは思わないだろうし、目的が……。土地がほしい、ってのは間違ってないと思うんだけど」
イーシェが顎に手を当てて考えている。腕の結晶が何度か光を反射した。ラインの指先がぴくりと跳ねる。
「────」
ラインの手がゆっくりと結晶に伸びようとしたその時、レヴェルが口を開いた。
「帝国兵が侵入した」
「帝国兵が? ……って、ライン?」
イーシェがその言葉に反応して視線を戻すと、腕をこちらに伸ばそうとしているラインに気が付いた。
「え? あっ! いえ、すみません」
ラインは無意識に動いていた己の手に気が付き、思わず腕を引っ込める。無意識に手が動いてしまう、という機械には致命的な行動だが、少し混乱したラインはそのことに気が付かなかった。
「帝国兵が侵入って、どこから……」
「砲撃で開けられた孔からだ。現在、メアが指揮を執り交戦している」
「……行かなくては」
「待て」
思わず立ち上がったラインを、レヴェルが止める。
「多数の機械兵も侵入している。貴機では損傷の危険性が大きい」
「……わかりました」
ラインが目を向けると、レヴェルは頷くと、再びメアの方へ向かっていった。
診療所にラインとイーシェだけが残される。
「大丈夫、なのか?」
「先程の戦闘でレヴェルはコアを増設しました。私の代理演算無しで戦闘は可能ですし、もう一度γ型が投入されても感情模倣演算プログラムを利用した攻撃を持っている以上、こちらが圧倒的優位です」
「いや、その、メア、って。ほら、最近ラインが仲良くなったっていうあの、そっちの方がまずいんじゃないか」
「……そうですね」
「多分、あいつが来てる。ラインと黒い森に行ったとき、遭遇した帝国兵だ。γ型を動かしている以上、あいつが後ろに待機してるはずなんだ。帝国兵が入ってきたってことは、多分"薔薇”の奴らなのは間違いない、と思う」
「……」
「……なんであいつが前に出てきた? 前線にわざわざあいつを配置する意図が分からない……」
イーシェは何かを考え込んでいる。ラインは一刻も早く駆けつけたいという気持ちを抑え、診療所でレヴェルの状態を観測し続けていた。
「帝国が欲しいのは土地だ。それは間違いない。じゃあなんでアシストカノンで全部吹き飛ばさなかった? 何が欲しかった? 技術も軍事力も劣っているこの国の何が欲しい……?」
「──間に合いました」
ラインが小さく呟いた。イーシェはラインの方を向く。絶え間なくレヴェルから送信される情報を只管に処理しながら、ラインは状況を読み取っていた。
王都の機械人形とラインは繋がっていない。しかし、最近まで連合のネットワークに組み込まれていたレヴェルは王都にいる機械人形に接続できる。
故に、王都中の機械人形が所持する情報もレヴェルを通してラインに渡されているのだ。当然、男が話した情報も余すことなくラインに渡される。
「……"イーシェの捜索"?」
「ッ!?」
受け取った情報をラインが呟いたとき、イーシェの肩が小さく跳ねた。ラインは顔を上げ、イーシェと目を合わせる。
「あなたは確か帝国の……」
「……そうか。あいつ、クソッ! 俺が王国にいるって話して……!」
イーシェが憎らしげに顔を歪ませたとき、診療所の扉が開かれる。
「──対象を発見しました」
数人の帝国兵が銃をこちらに構えながらなだれ込んできた。