37. 『宣告』
γ-5型はゆっくりと膝を付き、腹部から大量の赤い液体を流しながら沈黙した。レヴェルの背後にいるメアからは、その表情が伺えない。
「……大丈夫、なのか?」
レヴェルは肩に刺さったままのブレードを引き抜き、地面に落とす。
「問題ない。現存する機械兵も僅かだ。増援が無いということは戦力の逐次投入を行う気もないのだろう」
「そうか……」
メアが周囲を見れば、機械兵は数の差によって押されつつあった。王都中から集まった機械人形により翻弄され、一機、また一機と鉄くずへ変わっていく。
レヴェルへとメアが視線を戻したとき、レヴェルはγ-5型の前にしゃがみ込んでいた。
「……機械人形と言う存在は、何なんだ? どうして人に従う? これだけの力があれば、人なんて簡単に制圧できてしまうんじゃないのか」
「そう作られたからだ」
「……神に?」
そう問いかけられたレヴェルは、再び立ち上がると、メアの方を振り向いた。
「貴君らに」
メアは息を呑んだ。
「私達、が?」
「肯定する。貴君らによって、貴君らが"神"と呼ぶ存在を殺すために作られたのが機械人形だ」
「…………」
黙り込んだメアを他所に、レヴェルはγ-5型の方を向き直る。そして、γ-5型の脇腹に開いた穴に手を差し込むと、青色の石のような物を取り出した。
暫くそれを眺めていたかと思うと、徐にその青い石をレヴェルが飲み込んだ。そして足元の黒いブレードを拾い、腰の鞘に格納する。レヴェルの肩の傷はもう殆ど修復されていた。
「目的は果たした」
そう言ってレヴェルは戦場から去っていく。取り残されたメアは、何も言えずに地面を見ていた。
*
「……ラ……、…イン、ライン!」
己を呼ぶ声を聞き、ラインは目を開けた。レヴェルの戦闘が終了したため、代理演算の負荷が落ちたのだ。
「何でしょうか」
「え、あ……ごめん。どこか壊れたのかと思って……」
そういって申し訳なさそうにしているのは、ラダーによって治療を施されていたイーシェだった。
「戦闘を補助するため、代理演算に大半の機能を割いています。故障ではありません」
十全にレヴェルが動けるようにと、ラインは視覚センサーすら停止させていたのだ。現在でも目は開けているが、ラインには何も見えていない。
「代理演算……あぁ、レヴェルのか。いや、そうじゃない、えーっと……状況がまだ掴めていないんだ」
どうやら目覚めたばかりであるらしい。ラインはイーシェに状況を簡潔に説明した。
「帝国の方向からアシストカノンによる王都への砲撃と、大量の機械兵による侵略が起こっています」
「アシストカノンを撃ち込んだのか!?」
前のめりになるイーシェ。どうやら彼はアシストカノンの存在を知っているらしい。その驚き方から、その威力も理解しているようだ。
「加えてγ-5型の投入。……先ほどレヴェルが交戦中でしたが、撃破を確認しました」
「あぁえっと、ちょっと待ってくれ、整理ができない。何だって? γ-5型が投入されて、それを撃破?」
「? そうです」
「……レヴェルも機械人形なのは分かってたけど、そんな強いのか? γ-5型って帝国の機密兵器だぞ……? 兵士が何人束になっても絶対に勝てない最終兵器扱いなんだけど……」
「レヴェルもγ型の機械人形です。私が代理演算していないとまともに活動できないほど弱体化していますが」
もっとも、それすら現在は解消している。破壊されたγ-5型のコアの一部はレヴェルに接続され、電脳の圧迫を解消したのだ。本来ならもう少しコアが増えれば余裕も生じるのだが、破機弾を6発も内部に撃ち込んだ所為もあり、内部が滅茶苦茶だった中で唯一無事だったコアをなんとか取り込んだのだった。
「……多分だけど、帝国の目的は土地を手に入れることだと思う。だから単純な命令で済む機械人形を大量に投入したんだ。γ-5型を破壊されるなんてあっちも思ってないだろうし、どう動くか俺にも予想が……」
「以前から疑問に思っていたんですが」
「ん?」
「帝国……という国はかなり私達のような兵器に対する知識が深いですね。アシストカノンの名前やγ-5型の管理番号を正確に把握していたり、まるで当時の技術者が帝国にいるような……」
「そこら辺は俺も分からないな……最初からそういうものだって認知されてたし。管理番号だって彼らに直接聞けば答えてくれる。帝国の技術者にでも聞く機会があれば分かるかもしれないけど」
その様子から、イーシェの言っていることは本当らしい。
「……ところで、体は大丈夫なんですか? 魔術を使いすぎたとのことですが」
「え? あぁ、大丈夫大丈夫」
そう主張しながら手をひらひらと動かすイーシェ。長い袖が僅かに浮いたその瞬間、ラインは気付く。
……その腕に、小さく透明な結晶のような物が付着しているのだ。
「腕……」
ラインが指摘しようとしたそのときだった。診療所の扉が開き、レヴェルが帰ってきた。衣服は一部穴が開いていたりするが、修復不可能な欠損は無かったようだ。
「γ-5型の破壊は完了した。加えて、γ-5型の2番コアを回収、電脳拡張のために使用することで代理演算が不要となった」
「コアを取り込んでも特に問題はありませんでしたか?」
以前、記憶の混線を起こす可能性があると言われたコアの拡張。レヴェルにそれが起こらなかったかどうか、ラインは確認した。
「当機が観測可能な範囲では異常の発生を確認していない」
『記憶、という概念は通常の機械人形には存在しません。α型のように人間がベースとなった機械人形とは異なり、γ-5型のコアを取り込んだとしても混線の可能性は皆無です』
それを補足するように、"ライン"が説明を加える。
「α型……あぁ、そうでした――――"それより、あなたに確認したいことがあります"」
不意に、イーシェを無機質な二つの目が捉えた。見覚えのあるその目に、イーシェはその存在を察する。
「……"ライン"か。確認したいことって?」
「肯定します。当機が確認したいのは、その腕の結晶についてです」
「……これ?」
イーシェはそう言って袖を捲った。そこには、ラインが確かに小さな結晶がくっついている。
「以前のあなたにはそのような物質は存在していませんでした。魔術の行使が原因と推測します」
「まぁ、魔術のせい、って言えばそうなるのかな」
イーシェはラインの隣に座ると、腕に付いた結晶を爪で軽く突いた。かち、と石を弾くような音が鳴る。
それを見たレヴェルは、視線をイーシェに合わせながら結晶を指差した。
「γ-5型との戦闘前、似た結晶を全身に析出させている人間を確認している」
「全身に? じゃあ死んでるな」
当然のようにイーシェはその人物は死んでいると口にした。
「肯定する。該当する人間の生命活動は停止していた」
「これは魔術の使い過ぎによる副作用みたいなものでさ、普段はエーテルを変換して魔術を使ってるんだけど、それが枯渇すると魂……ベースエーテルっていう力の根源みたいなものを無理矢理変換することになる。ベースエーテルが内包してる力そのものは膨大だけど、魔術に変換するには効率が悪くて。余ったものがこうやって体表に析出するんだ」
「身体への影響は?」
"ライン"がイーシェに問いかける。
「無くはない、かな。これぐらいならエーテルの回復速度が少し遅くなる程度の影響しかないよ」
「今後使用しないことを推奨します」
そう言い残し、"ライン"は目を閉じた。再び目を開けたとき、その目は無機質なものではなく、複雑な感情を内包していた。その変化を何度か見ていたイーシェは、普段表に出ている存在が戻ったことに気付く。
「あ、ラインだ」
目を手で覆いながらラインは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「……最近、私が会話機能に割り込むんです。システム制御の殆どがあちらによって動作しているために権限を省略できるようで……」
「うん、なんかちょっと慣れてきた。……今のって、心配してくれたんだよな」
「心配、ですか。感情模倣プログラムが働いた形跡もありませんし、そのような機能は本来備わっていない筈ですが……」
「そうか……。そんな気がしたんだけどな」
王国の危機を当面回避したラインは、小さく息を吐いてソファに体を大きく預けた。
「取り敢えず一時的に危機を脱せて良かったです。あとはアシストカノンが装填される翌日までに王国がなんとかしてくれればいいのですが」
「翌日?」
イーシェが疑問の声を上げる。
「はい。アシストカノンは手動装填ならそれだけの時間が想定されるので……違いましたか?」
「いや、手動だ。本来管理しているはずの大本の何かと繋がらないらしくて、どうにもならなかったらしい……じゃなくて」
「……?」
何が問題なのだろうか。手動であれば装填までに24時間。
その間に交渉を行う余地がある筈だった。
「だって、」
その、はずだった。
「帝国所有のアシストカノンは38機だぞ」