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β-Type3/MOD  作者: Stairs
SIGNAL
36/77

36. 『そうしたいから』

 ラインは、去っていくメアを追うことができなかった。


「いいのか?」


 そう問いかけるレヴェル。ラインは確かにメアを助けたいと思った。しかし、それ以上にメアが"死にたがっている"ような気がしたのだ。


 死の概念を最近になって認識したばかりのラインは、それを言語化することができなかった。


「良くは、ないです」


「γ-5型の接近を検知した。貴機も気付いている筈だが、β量産型の機械人形をどれだけ集めても勝率は0だ。あの人間も死ぬことになる」


 γ型。レヴェルの他に、やはり現存するγ型が存在していた。ラインがメアの代わりに戦ったとしても、負けるだろう。そもそも、大量の機械兵を相手にすることすらラインにとっては難しい。


 かつて、ラインがレヴェルに相打ちに近い形で勝利したのは奇跡に近い。あの時、レヴェルはラインの捕獲も視野に入れて行動していた。それが無ければ、ラインは容易く斬り捨てられていただろう。


「分かってはいるんです。ただ……そうなることをメアが望んでいるような気がして……」


「理解できない」


「私にもよく分かりません。何というか、表現が難しくて」


 ラインは片手で顔を覆った。それを見たレヴェルは、僅かに納得したような表情を浮かべた。


「あれも、"そうしたい"の形か」


 メアの行動はレヴェルの原点である。だからこそ、一度目的もなく彷徨ったラインには言語化が難しかったが、レヴェルには理解することができた。

 

「……そうかもしれません」


「当機は連合の命令よりも当機の命令を優先()()()と考え、今に至る。あの人間も何かを()()()と考えてあの場へ向かった。貴機には"そうしたい"と考える何かがあるのか?」


「私の……」


 メアはラインを機械兵から怪我をしているにもかかわらず助けた。


 メアはラインが機械人形であると知ってなお、何も聞かずにそれを受け入れた。それどころか、手の傷の心配までしていた。


 メアはラインの行動に、初めて感謝を述べた人間だった。初めてラインを友と呼んだ人間だった。仲良くなろうと、してくれた。




――――思い返せば、己が自我を獲得した瞬間も、"そうしたい"があったからではなかったか。




「……レヴェル」


レヴェルは何も言わず、ただじっとラインを見ている。




「私の友人を、助けてもらえませんか」



 *



「……レヴェル、レヴェル。当機の記録にそのような名は存在しない」


「だめだ、こいつは他の機械人形とは……!」


 メアはレヴェルを引き留める。速度、攻撃力、あらゆるものが既存の認識を置き去りにするほどの格の違い。レヴェルがどれだけ戦えるのかは分からないが、メアにはγ-5型と名乗る存在に敵うとは到底思えなかった。


 しかし、続けられるγ-5型の言葉に、メアは言葉を発することができなくなる。


()()()()()()()()()


「……は」


 管理番号とは、機械人形の個体を識別するための記号である。詳しいことをメアは知らないが、少なくとも機械人形の名前のような物であることは理解していた。


 目の前のがγ-5型がレヴェルに管理番号を求めたということは、レヴェルは機械人形であるということを意味する。


「だとしても……」


 メアはレヴェルをラインと同じ存在だと推測した。確かに機械兵に囲まれた際、ラインの動きはγ-5型に匹敵する程ではあったが、あの動きをするために制約が色々とあるということは目で見て知っている。


 常にそれ以上動きをし、あまつさえ損傷すら瞬時に直してしまう存在に、やはりレヴェルが勝てるとメアには思えなかった。


 レヴェルはγ-5型の要求を聞き、何やら考え込んでいる。その表情は無に近いが、メアにはどこか()()()に見えた。


 そんなレヴェルの背後から、機械兵が接近する。メアはレヴェルに警告しようとするが、機械兵のブレードが届く方が速い。


「うしろッ……!」




 レヴェルは初めから見えていたかのように、黒いブレードを背後に叩き込んだ。




 機械兵は頭から縦に両断され、がしゃりと地面に落ちる。先ほど身をもって体感したばかりのその速度に、メアは目を見開いていく。


 その背後に目を向けると、通り道が分かるほど直線状に機械兵が破壊され、周囲に転がっていた。






 そして、レヴェルが口を開く。




「……γ-2型、以前はそう呼ばれていた」




 同じ、γ。メアを対峙するレヴェルとγ-5型を交互に見た。レヴェルも、このγ-5型と名乗る存在と同じものだというのか。


「γ-2型? しかしその番号は最近……」


「こちらからも要求しよう」


 レヴェルがγ-5型の声を遮った。


「受諾。貴機の管理番号の整合性は先ほど確認完了した」


「当機は貴機の即時撤退を求める」


 レヴェルの要求に、γ-5型は無表情のまま首を傾げた。


「拒否する。γ-2型にはその権限が無い」


「……」


 その答えを分かっていたのか、レヴェルはそれ以上反応することなく黒いブレードを構える。それを見たγ-5型も、合わせて白いブレードを構えた。


「鹵獲された機体と仮定、戦闘行動を開始する」


 メアには目もくれず、γ-5型はレヴェルに接近しブレードを振るう。それはメアが見切れず、辛うじて反応できた隊長が為す術もなく弾き飛ばされる程の威力を持つ一撃。


 レヴェルはそれをブレードを盾にし、容易く受け止める。あれほどの威力があったというのに、その立ち位置は全くというほど変わっていない。


「……? 反応が僅かに遅れている」


 何かに気が付いた様子のγ-5型だが、レヴェルは上方へ白い刃を受け流し、そのまま自身のブレードを振り下ろした。防御態勢が取れないγ-5型は後方へ動く。


 振り下ろしたブレードは空を切る。レヴェルはその姿勢のままγ-5型に踏み込み、突き刺すようにブレードを動かした。


 ブレードはγ-5型の腹部を僅かに穿つが、装甲の一部を削り取る程度でしかない。


 一方レヴェルは、反撃に出たγ-5型のブレードを回避するために自身のブレードを手放す。


 それを隙と判断したγ-5型は攻勢に出る。目にも止まらぬ速さで繰り出される右方向からの剣撃。



 レヴェルはそれを片腕で受け止めた。衝撃と金属音。腕の人工皮膚は抉られ、腕の半ばまで刃が食い込んでいる。


 火花を散らしながらも、足元のナイフを蹴り上げる。


 それを取ったレヴェルはγ-5型の首元を狙った。


 ブレードから片手を離し、γ-5型はナイフを振るうレヴェルの手首を受け止める。


「やはり、反応速度が僅かに遅い。演算を別の機械人形に()()()()させているな」


「肯定する。当機は現在、単機での活動が困難な状況にある」


 僅かにγ-5型が認識できるほどの差。それは戦闘行動を行うためにラインがレヴェルの電脳圧迫を代理演算によって解消していることが原因だった。


 ほぼ互角な存在が衝突したとき、僅かでも劣る方が敗北するのは当然の結果である。レヴェルが腕部を損傷していることも、ナイフを受け止められていることも、代理演算による遅延なのだ。


 さらに、修復速度よりも、ブレードがレヴェルの骨格フレームを食い破る速度の方が速い。


 僅かではあるが、目視で分かる程の速度でレヴェルの腕は切断されつつあった。


 レヴェルはγ-5型の腹部を蹴り上げる。しかし、γ-5型が僅かに速い。それも回避され、姿勢を少し崩したレヴェルの肩を白いブレードが貫いた。


 神経接続LTが切断され、右腕の機能が停止する。


 ナイフを手から落としたレヴェルは、足元でそれを蹴り飛ばした。




 足元からγ-5型の首筋へ跳ね上がるナイフ。




 γ-5型はレヴェルを掴んでいた手を離し、難なく受け止める。


 その行動を予期していたレヴェルは前へと足を動かした。貫かれている肩から、大量の体温模倣液と火花が散っていく。


 ブレードを引き抜けない。そう判断したγ-5型はブレードを手放す。




 接近したレヴェルの片手には、小型の銃。それを視認したγ-5型は腕を払って銃口を逸らそうとした。






「命令を聞くな」








「な――――」


 硬直。システムが一瞬落とされる瞬間、γ-5型は見た。


 銃口が、γ-5型の穿たれた装甲の隙間に差し込まれていく光景。



 銃声。




 ――γ-5型が復旧したとき、既に大量のエラー表示が視界に表示されていた。


 銃声。


 ――視界にノイズが走った。


 銃声。


 ――溢れるようなエラー表示が停止した。


 銃声。

 銃声。

 銃声。




 システムが落ちる。



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― 新着の感想 ―
[一言] 「命令を聞くな」からの文章がめちゃくちゃ好きです。銃声が本当に聞こえるようでした。
[一言] やられた事から学んで自分のために使いこなした このバグがまだ残ってるって事はレヴェル達の主たる敵はこれに気づかなかったか問いかけをしてくる存在じゃ無かったか 考えない、が出来る人間は柔軟だ…
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