34. 『望んだから』
「戦闘課二番隊副隊長、メア。戻りました」
仮設基地に入ったメアは、姿勢を正して隊長の前に立った。王都の地図に何やら書き込んでいる隊長は、メアを見るために振り向くことすらしなかった。
「帰れ。貴様の戦線復帰は許可していない」
冷たく言葉を言い放つ隊長だが、メアが動じた様子はない。
「はい。ですが、有事の際は如何なる理由があっても戦闘課は前線に居なければなりません。戦闘課規則の第一条です」
事実、戦闘課は常に前線に居なければならないという規則が第一にある。それを隊長が知らないとは思えなかった。
「二射目があればここも吹き飛ぶぞ。戦闘課が全滅する事態は避けるべきだ」
「どこに居ても同じです。この威力では城内すら安全ではありませんから」
安全、といえば地下室ぐらいのものだろう。ただし、あの場所はあの場所で大量の機械兵が潜伏している。もっとも帝国が管理している機体ではないため、地下から湧き出すことはないだろう。あれから、機械兵を無力化したとの報告がラインを経由して宰相からあったのだ。
ようやく振り返った隊長は、メアを見る。それから、その腹部に視線を移した。赤く染まっていることから、傷口が開いているのだろうということは分かる。しかし、既に出血は止まっているようだった。制服の裾が少し焦げていることを、隊長は見逃さなかった。
「その傷、焼いたのか」
「はい。失血死の恐れがあったので」
隊長はその言葉を聞き、暫く視線を腹部に固定していた。そして、意を決したように目線を上げてメアと目を合わせる。
「……貴様の報告は受けている。こちらの基地に待機させている機械人形からの報告も。機械兵だったか、その性能は把握しているのか?」
「王都の機械人形より優れた戦闘能力を持つ機械人形で、2機以上を同時に対応するのは私でも不可能です」
「なるほど。現在王都に存在する機械人形の数は242機、対する機械兵は200機。恐らく帝国はそれ以上に所持しているだろう。貴様は勝てると思うか」
メアは首を振った。
「いいえ。……民間人の避難と、帝国に対して降伏することが被害を最小限に抑える唯一の方法かと」
王国は、大陸内でも小国で、軍事力も経済力も弱い。円錐形の独特の地形と、その周辺の平野が奇襲を防ぎ、これまで生き残ってきたに過ぎない。今回、視認できる範囲外からの攻撃と、圧倒的な戦力の投入で王国の行く末は決まったと言えるだろう。
大国なら、かなりの力を持っていたと思われる国民性や上層部の判断力の速さ。しかし、王国は弱い。侵略行為をせず、ゆっくりと国を動かし続けてきた弊害だった。
「だろうな。報告を受けた上層部もその方針を検討した。が、それはできないとのことだ」
「何故ですか」
「奴ら、ここの土地が欲しいだけで俺達は要らんらしい。降伏抵抗どちらにせよ、ここを更地にしたい様だ」
「…………そうですか」
帝国らしいといえば帝国らしい。奴らはそうやって領土を増やしてきたのだ。支配をより盤石にするため、他国の人間を吸収する気はさらさら無いのである。
「もう一度言う。……メア」
隊長は威圧するようにメアの前に立った。並みの人間なら、震えて言葉も発せないような気迫である。しかし、メアは動じない。それどころか、いつもと変わらない表情で隊長を見ている。
「……? はい」
「この場を離れ、療養に専念しろ」
「――――」
メアの表情が変わった。目を見開き、驚きのあまり今度こそメアは言葉を発することができなかった。それを理解していないと捉えた隊長は、再び口を開く。
「分からないか? 逃げろ、と言っているのだ」
メアは薄々感じていた。目の前の男が、何かにつけてメアを前線から外そうと動いていることを。
最初はメアを整備課に移そうとしたとき、次はメアが初めて怪我を負ったとき、戦闘課としての仕事の負担が少なくなり始めたとき、先日地下でメアが致命傷を負ったとき、そして、今。
この男は、メアを死なせたくないのだろう。
「……申し訳ありません、隊長。……できません」
それを感じて尚、メアはその命令を断った。
「理由を聞こう」
隊長もそれを分かっていたように、変わらずいつもの言葉を返す。
「ステラが、そう望んだからです」
「奴はもういない。あれは人格破綻者で、それは貴様を理由もなく縛りつける呪いだぞ」
「それでも……私が今ここにいるのは、ステラが私を選んだからです」
隊長は目を伏せる。その表情が一瞬、悲しそうに歪んだのを、メアは見た気がした。
「……分かった。機械人形の指揮権を貴様に譲渡する。少しでも多く損害を奴らに与え、戦闘課としての務めを果たせ」
「はい」
*
メアが仮設基地から外に出ると、機械人形達が整列していた。一様にメアを無機質な目で見つめており、メアもそれらを眺めるように機械人形を見る。
「これより、機械兵からの攻撃に対して防衛を行う。各自所持している武器を報告せよ」
一機の機械人形が口を開く。
「鉄剣、標準支給ナイフ、六式単発銃、以上です」
鉄剣以外の武器を機械人形が所持していることを、軍の中でも知らない人間は多い。機械人形は命令に忠実だが、それ以上のことを絶対に行わないからだ。しかし、ある日メアが本来する必要のない命令をあえて出したところ、当然のように知らない兵装が列挙されたのだ。
機械人形しか扱えないブレードと呼ばれる特殊な武器も王国には存在するが、その数は僅か。他は全て損傷しており、まともに動かなかった。王国もそれらの性能はある程度把握しており、王城を警備している機械人形がこの特殊な武器を所持している。
「標準支給ナイフと六式単発銃を展開しろ」
その命令を聞いた機械人形は、大腿の装甲を開き、内部から小型ナイフと小さな銃を取り出した。ふむ、とメアは言葉を漏らした。武器が内臓されているという発想はこの国で一般的ではない。それどころか、内部構造をまともに理解している者すら少ないのだ。
王国の機械人形は、無傷で残っていた機体や目に見える損傷をなんとか直して動かしているに過ぎない。『人の失敗作だが、それでも神が作った物である。中を開いて我々が彼らを破壊することは神への冒涜となる』という宗教的な理由もあり、機械人形に関する技術は発展しなかった。
構造をある程度理解しているレトのような技術者があまり優遇されていないのも、これが理由である。
「機械兵との戦闘を想定した性能が聞きたい」
「状況下によりますが、強度の問題であれば標準支給ナイフで問題ありません。機械兵の装甲であれば切断可能です。第六式単発銃には破神弾が6発内蔵されていますが、構成を破機弾に変更し、コア付近に撃ち込めば機能停止させることができます。ただし、こちらは装甲を貫く程の威力を有していません」
「ナイフで装甲を剥がしてその破機弾とやらを中に撃ち込むことは可能か」
「はい。構成を変更しますか?」
「あぁ。そして各自2機ずつ行動し、機械兵を確実に各個撃破しろ」
「了解」
命令を受けて動き始める機械人形。それを見ていた兵士がメアに声をかけた。簡単な火の魔術が扱えると言っていた男である。
「えーっと……我々は……」
「少しでも時間を稼いで死ね、ということだ。得意の魔術で消し炭にしてやれ」
「あぁ……それは分かりやすい。というか、私の魔術では熱々の剣で戦うのが限界なんですが、肉でも焼いて食事会を開くんですか?」
それを聞いたメアは笑った。
「いいな、それ。今度やろう」
楽しげなメアを見た兵士の男は、悲しそうに笑った。
「……副隊長。ご武運を」
「お互い、な」
そこまで言ってから、メアは剣を抜いた。その視線は孔の向こう側。未だ煙を上げるその先に、赤い二点の光がいくつも見え始めた。
ラダー殿が居ればもう少しマシだったかな、とメアは呟いた。
「さぁ構えろ諸君。士気を高めるために一応言っておくが、前にこいつらと戦った時私は一機も倒せなかったぞ」




