31. 『侵攻』
超長距離精密電磁投射砲機構。
開発時、その兵器はそう呼ばれていた。
隣の大陸ですら射程圏内とする砲台は、戦争が始まって最初期に主力兵器となるべく製造された。特殊な金属製の砲弾を電磁気力で加速し、射出。
弾体を蒸発させながら目標を溶解させて打ち抜くように設計されていたものの、一部の神によっていとも簡単に防がれてしまうことが判明してからは、部隊を撤退させる際に使用されるようになっていった。
戦争中期ではまだ存在感があったが、神に直接損害を与えることのできる兵器が開発された後期では"アシストカノン"と名称を変え、使い捨ての目くらまし程度に使われていた。
それでも、この時代の人間にとっては脅威だろう。機械人形の場合、γ型でなければ跡形もなく消し飛ぶほどには、破壊力のある兵器である。
「今の音は!?」
レトが部屋から飛び出してきた。レヴェルは窓の向こうへ静かに指を向け、状況を光景で説明する。
「壁を砲撃が貫通した」
「砲撃……!? あれが……?」
未だ赤熱する壁にあいた孔。着弾箇所は診療所から離れているものの、怒号や悲鳴が窓ガラス越しからでも耳に入って来る。
「加えて多数の信号が接近している。識別番号は第二世代型戦闘機械兵と特定。あの穴から入って来るのだろう」
「……」
「どうしますか?」
「……軍は動いているはずです。僕が現場に関わるとかえって妨げになってしまう。となると……知り得る限りの情報を伝えることが優先です」
レトは改めて壁にあいた孔を見る。人が10人ほど縦に入るであろう大きさのそれと、着弾箇所を見比べた。
「かなり上の方を貫通して、殆ど落ちることなく上層に直撃している……。相当な速さがあったか、至近距離から放たれたものか……それに、あんなに綺麗に切り取ったように孔が……?」
「アシストカノンは高温の金属を高速で打ち出す兵器だ。着弾時に威力が高まるが、その間にある障害物は融解させながら進むよう設計されている」
「アシストカノン……それはラインさんと同じ時代の……?」
「はい。本来ならすぐに次射があるはずですが……」
「仮にこれがこの国を吹き飛ばすために放たれているものならば、手動での運用をしている可能性が高い。その場合の次弾装填にはどれだけ早くとも24時間程度必要だ」
「丸一日、ですか」
レトが状況を整理していると、診療所の扉が激しく叩かれた。
「ラダー殿はご在宅でしょうか!」
「私が出ます」
レトが扉を開けると、そこには体を支えるように杖を一本ついた、メアが立っていた。
「あぁ、あなたか。ラダー殿はいらっしゃるか? 上の地区の怪我人が多くて手が回らない。なんとか来てもらえないか頼みに来たのだが……」
「えぇっと、確か奥に……」
レトが通路の奥を覗くと同時に、道具箱のようなものを手にしたラダーが現れた。
「上ですね」
「はい。無数の焼けた石のようなものが大量に降ってきたようでして……」
「分かりました。すぐに行きましょう」
そう答えたラダーに、メアは手書きの地図のようなものを手渡した。
「助かります。これが臨時の病院がある箇所です」
その地図を受け取ったラダーは、メアが連れてきたのであろう兵士と共に、上の地区へ向かっていった。あまりの対応の早さに、レトは先程得た情報を伝えることができなかった。
「ところでライン、この攻撃の正体について何か情報は無いか。軍では帝国によって発掘された兵器ではないかという話になっているのだが」
メアがラインに話しかける。王都の機械人形は、再利用する過程で記憶を保持させることができず、かつて存在した兵器について何も情報を得られないのだと言う。
そこでメアは、自我を持つ機械人形であるラインが、何か知っているかもしれないと考えたのだ。そして、その予想は的中しており、ラインはその兵器について答える。
「あの砲撃はアシストカノンと呼ばれる兵器から発射された可能性が高いと思います。障害物は貫通、着弾時に融解した障害物と共に周囲を破壊する兵器です」
「やはり……あの破壊力では防衛なんてできたものではない。次射がすぐに無いのは多少の時間が必要か、降伏を待っているものと思うが」
「本来なら4秒で装填、発射可能です。ですがあれは手動制御によって放たれている可能性が高く、次弾まで24時間は……」
「それが事実なら1日以上は猶予がありそうだな。ありがとう、ライン。すぐにこの事を伝えなければ」
メアは杖を突きながら急いで王城に戻ろうとするが、何やら足元が覚束ない。数歩進んでは立ち止まり、数歩進んでは立ち止まりを繰り返している。ラインがメアの方へ向かおうとしたとき、レヴェルが先に前へ出た。
「腹部から出血している」
「いや……気にするな……これぐらっ……」
姿勢を崩したメアは、レヴェルにもたれ掛かった。慌てて立ち上がろうとするが、杖を落としてしまい、動けないらしい。
そんなメアを見たレヴェルは、ラインの方をちらと向いた。
「この状態での移動は命の危険性があると思います」
「王城まで移送しても構わないが」
レヴェルがそう提案すると、メアは遠慮して首を振った。そもそもメアはレヴェルとは面識が無く、レヴェルが機械人形であることを知らないのだ。
「いや……いい、いいんだ。杖さえ、拾えば……」
そう言って杖を拾おうとし、さらにバランスを崩したメアは地面に倒れる寸前でレヴェルに支えられる。
「これ以上動けば出血も悪化する」
そう言われたメアであったが、それでも何度か体を起こそうと身じろぎする。当然起き上がれる筈もなく、あきらめたように力を抜いた。
「いつ敵が攻めてくるかも分からないんだ。私が戻らなければ」
「――敵性機械兵は15分程度で壁に到達する。間に合うのか?」
レヴェルは検知している情報をメアに話した。その何でもないようなことを話しているような口調に、メアの思考は追いつかない。
「…………いま、なんと?」
目を見開いたメアは、レヴェルの服を掴み、顔を上げた。
「敵性機械兵はあと15分程度で壁に到達する。その状態では城へ戻る頃には200体の機械兵が王都内に入り込む」
「それをほかに……誰か……知っているのか?」
「王都内の機械人形は確実に接近を感知している。それを報告しているかは別だが。機械人形同士は命令によっては互いを攻撃するが、常に友軍として活動している。王都の機械人形も例外ではない」
「……いかなくては」
震えながらも、杖を拾い上げ、メアは立ち上がった。今メアの体に残っている傷は機械兵の攻撃によるものである。王都内の機械人形を全て壁に移動させたとしても、機械兵を所有していない王国が勝てる見込みは残されていないことをメアは理解していた。
「メア、その先は王城ではありませんが……」
「……壁の前に臨時の前線が構築されている。配備された機械人形を通せばこの情報をすぐに城へ届けられる。それに、こんな体でも戦闘課だ。肉壁にはなる」
「その傷、歩行すら危うい状態で人間が戦闘行動を行うことは不可能だ。生身の状態で機械兵を相手になど到底できない」
メアの傷の状態を見ているレヴェルには、メアの行動を不可解に感じていた。
「不可能とか、できないとか……私が一番分かってる。……でも、私に与えられたのはそういう役目なんだ」
そう語るメアの目をレヴェルは見た。かつて、ラインがレヴェルに立ち向かったとき、似た目をしていたのを思い出す。
数値では分析できない、感情と呼ばれるもの。その一端に触れているレヴェルもまた、"そうしたい"と思うことの非合理性は多少なりとも理解していた。
「……」
「すまない。これ以上話している時間はないようだ。心配、感謝する」
メアは再び杖をついて歩き出す。レヴェルは、その覚束ない足取りと背中を、じっと見つめていた。