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β-Type3/MOD  作者: Stairs
UTTER
30/77

30. 『UTTER』

 プログラムの起動と共に、ラインの知覚が一気に広がる。


「これが……」


 これまでに処理したことのない程のデータ量が、一気にラインになだれ込んだ。意識が揺らいでいる感覚に襲われるも、その感覚を噛み砕く余裕すら無い。


 コアの増設により、電脳の容量に余裕が生まれたとはいえ、それでもラインの許容量を限界まで使い切るプログラムである。何度か電脳の処理限界を超えてしまうためか、その都度意識にノイズも走っている。


『稼働率2%、動作不安定です』


 ナノマシンに接続するだけ。2%という数値は妥当ではあるものの、たった2%で電脳の容量を使い潰している。実際に使用された観測機は、ラインに内蔵された音や光、熱を検知するセンサーが取り付けられており、無数にあるそれらから送られる数値をα-4型は処理していたのだ。完全なまでに性能を発揮した状態など、ラインには想像もつかない。


 ノイズに耐えながらも、すぐさまラインはイーシェの治療に取り掛かる。


『接続可能ナノマシンを検索。

 完了。6機検出』


「6……活性状態なのはその半分ですか」


 全てのナノマシンが活性状態であれば、イーシェの命も危うかったかもしれない。ラインは治療を進める。



『対象のナノマシンに接続完了。

 初期化に失敗。

 修復用プログラムを上書き開始……成功。

 対象のナノマシン掌握完了』


 呆気ない、というほどにイーシェの治療は終わった。とはいえ、傷を塞いだわけではない。一刻も早く診療所に戻らなければ、このまま命を落とすだろう。

 しかしイーシェに意識が存在しない今、土の馬は動かせない。ラインはイーシェを背負うと、元来た道を走った。


 ラインは走る速度を徐々に上げていく。その速度は土の馬よりも速い。これなら、朝になる前に辿り着ける想定だった。


「……ぅぐ」


 イーシェがうめき声をあげる。その声を聞いたラインはさらに速度を上げようとするが、声がラインを静止した。


『移動の衝撃が大きな負荷になっています。これ以上の速度の維持・加速は危険です』


「なっ……」


 慌ててラインは速度を落とす。機械人形であるラインに、人を背負って走った経験などなかったのだ。そもそも、脚部の負荷を抑える制御プログラムはラインに書き込まれているものの、人を背負う想定で機械人形は設計されていない。


 現在の速度では到着が昼前になってしまう。しかし、速度を上げれば衝撃でイーシェにかかる負荷が大き過ぎる。どちらを選んでもイーシェの命が危うくなるということに、ラインは頭を悩ませていた。


「……速度を、あげてくれ」


「イーシェさん……意識が……」


 耳元でイーシェが囁いた。その後、背中でイーシェが動いている感覚。何をしようとしているのかは分からないが、姿勢を崩してラインから落ちそうになるたびに、イーシェの体を支える。


 暫くそんな状態が続いていたが、不意に、ラインの視界の端にイーシェの杖が映った。背中でイーシェが動いていたのは杖を取り出そうとしていたためであったのだとラインは理解する。


「《(Clavus)……(Ventus)結目(Nodus)……偶像(Idola)……》ごほッけほッ……」


 ラインの肩にイーシェが血を吐き出した。イーシェが何らかの魔術を行使しようとしていることは間違いない。


「何を……?」


「《基盤(Matrix)自由(Libertas)…………繁栄(Prosperi)……》」


 視界の端にあったイーシェの杖が下がる。同時に、ラインの視界にエラーが表示された。


『地形から生成した姿勢制御データが有効に働いていません』


「……道を、作って、位置を……分散させた」


 声に続けるように、イーシェが小さく言葉を漏らした。


「位置を分散……?」


「とにかく、()()()()……きにせず……」


 そう言ってイーシェは再び意識を失った。


 直進しろとイーシェは言うが、現在ラインは王都に向かって直進している。元来た道を引き返しているのだ。イーシェがそれを理解していないとは考えにくい。


『再取得したデータより、姿勢制御データを再生成完了』


 ラインの感覚のズレが修正された。姿勢が安定したため、イーシェの要求通りにラインは再び速度を上げる。


『しかし、生成されたデータに不可解な点が見られます』


 声がラインの視界にデータを展開して表示した。ラインはそのデータに軽く目を通すと、声が"不可解"と称した理由を理解する。


「完全に舗装された道……?」


 姿勢制御データには、現在の足元の状態が完全な平面であるということが示されていた。小石などが散乱するこの道で、この数値が取得されることはあり得ない。




 ラインは足元を思わず見る。そして、目に飛び込んだ光景に、ラインは驚愕した。




「これは……」



 小石などの障害物が、ラインの足を()()()()()()()のだ。


『原理は不明。現在当機は"別の道"を走行していると思われます』


「別の道……」


 そこでラインは気が付く。イーシェが言っていた"まっすぐ"とは、王都と現在地を完全な直線で結んだ道のことを言っているのかもしれない。



 つまり、小石などの障害物を無視できるなら、木々も……障害物として扱われるのではないだろうか。



「……走行ルートを指定」


『走行ルートの指定。方角を表示』



 指示された方角は当然道から外れている。ラインは構わずに、森の中へ方向を変えた。



 *




 ラインが考えた通り、木々はラインの体にぶつかること無くすり抜けていく。空は明るくなっており、足元の視認性が向上しているものの、視覚情報が一切役に立たないため、ラインは不思議な感覚に襲われていた。


 ラインはふと、帝国兵にイーシェが斬られたときのことを思い出した。確実に斬ったと言っていた帝国兵だったが、イーシェが無事だったのはこの魔術を行使していたためだったのかもしれない。


 イーシェは、位置をずらしたのではなく、分散させたとも言っていた。仮に座標を曖昧にしているのなら、座標を線ではなく点で移動できることになる。足で移動する必要など無いはずである。



『現在の軸と、異なるもう一つの軸の二つに座標を分散し、障害物と衝突している場合とそうではない場合に使用する座標軸を選択していると推測』


「やってることが滅茶苦茶ですね……!」


 異なる座標軸というのは、言い換えると"亜空間"に近い。ラインの時代でも、空間に干渉する技術は膨大なコストが必要であり、完全な実用化には至っていなかった。


 魔術は、個人の力で空間にすら干渉し得るということなのだろう。



 そう考えながら走っていると、ラインは森を抜ける。眼前には王都の壁が見えた。門の前には、いつのもの兵士はおらず、代わりに複数の兵士が険しい表情で立っていた。


 門に急いで駆け寄ると、ラインの存在に気付いた兵士がラインに剣を向ける。


「止まれ! 許可証は持っているか!」


「許可証……? 持っていませんが……」


 許可証という言葉にラインは聞き覚えが無かった。王都に入る際はイーシェが一緒に居たため、手続きを詳しく知らないのだ。


「王城からの許可証が無ければ王都に入れることはできん。ここから立ち去れ」


「腐敗病の患者がいるんです。すぐに治療しないと……」


「駄目だ。許可証が無いなら諦めて帰れ!」


 帰れと言うのなら王都に入れてくれとラインは思うも、兵士はこちらの事情など知らないのだろう。すぐにでも診療所へ運ばなければイーシェが危ないというのに、こんなところで問答している暇などない。目の前の兵士は、許可証とやらを提示しなければ、この門を通すことはないだろう。


『対象の排除を推奨』


「今ここで戦闘を行っても……」


 ラインが声の提案に悩んでいると、痺れを切らした兵士が剣をラインに近付けた。周囲の兵士も殺気立った表情で腰の剣に手を当てる。今ここで戦闘を行えば、イーシェを庇いながらの戦いになる。ラインは後ろへゆっくりと下がろうとした。


『非推奨の行動』


「ッ!?」


 動かそうとした足が強制的に止まり、腕が徐々に腰のブレードに伸びていく。


「待っ」


『加速、起────』


「──どうしたんだ!?」


 門に響く大声。声は上から聞こえたようで、ラインが咄嗟に上を向くと、そこにはいつもイーシェとやりとりをしていたあの兵士が梯子を降りてきていた。


「は、この者達が許可証を所持していないとのことでしたので」


「それは──む? なんだ君か。もう帰ってきて……ってイーシェお前ッ、どうしたんだ!」


 兵士はラインを見ると表情を和らげるが、背負われているイーシェを見て、慌てて駆け寄った。


「腐敗病を発症して……」


「腐敗病……血も吐いてるな。クソッ……こんな大変な時期に……とにかく、急いで診療所に運んでやれ」


「しかし……」


「馬鹿かてめぇ! こいつらは診療所の人間だぞ! お前が怪我したら誰が治療すると思ってんだッ!! おい門を開けろ!!」


「はっ、はい!」


 兵士の指示で門が開く。


「急げ、イーシェの顔色が悪い。ほんとに死んじまうぞ」


「ありがとうございます」


 ラインが王都に踏み込んだ瞬間、ラインの足取りが不安定になる。脚部に不調は無い。


『道の消失を確認』


 魔術の効果時間が切れてしまったらしい。ラインはイーシェの様子を伺うが、イーシェは意識を失ったままである。姿勢を補正し、ラインは診療所へ急いだ。




 診療所の扉を開けると、ラダーが顔を出した。ラインに背負われているイーシェを見ると、


「どうしたんですか!?」


「腐敗病を発症してしまって……ナノマシンは停止させたので症状の進行は止まっていますが……」


「急いでベッドへ運んでください。すぐに治療します」


 ラインがイーシェをベッドの上に乗せると、ラダーはすぐさまイーシェの体の状態を調べる。


「……大丈夫でしょうか」


「恐らくは。ただエーテルの消費が激しいんです。ここまで枯渇している様子を見ると、魂まで削っていますね……。一体何があったんです?」


「……私に、障害物を透過する魔術をかけたことが原因かもしれません。王都まで直進するために、途中意識を取り戻したイーシェさんが、再び意識を失う前に──」


「あれを移動のために使ったんですか!?」


 ラインが零した言葉を遮るようにラダーは声を上げた。


「は、はい。恐らくは……」


「……あれは、攻撃を動くことなく避けるための魔術です。連続的にかけられるほどエーテルの消費は軽くないはずですが……。少なくとも、移動のために使えるようなものではありません」


 魔術の効果が切れたのは効果時間切れのためではなかった。イーシェに限界が来てしまったために、エーテルが供給されなくなり、魔術が止まったのだ。


「とりあえず、イーシェは安静にしていれば助かります。どれだけエーテルの代わりに魂を使用したかは分かりませんが、生きている以上は使い切っていないでしょう」


「……分かりました」


 イーシェはラダーに任せた。ラインの本来の目的は、王都のナノマシンを停止させるためである。最大限の効率を発揮するには全身の動作を停止させた方が安定する。体を預けるため、ラインは待合室のソファに寝そべった。




 ラインは目を閉じる。


「始めます」


『装填:code-α4』


 今回は不要なシステムを全て停止させていた。操作プログラムが安定していることを確認し、ラインは王都全域のナノマシンに接続を行う。


 再び広がった知覚と流れ込む大量の情報。二度目は電脳に余裕を持たせたためか、意識が揺らぐことはなかった。




『接続開始……完了。

 故障を確認したナノマシンへ修正プログラム上書き開始……成功。

 ――全ナノマシンの掌握完了』








 その間僅か数秒のことだった。


 たったそれだけで、人々を苦しめていた腐敗病は、終息した。










 ――――もう、いいよ。








 プログラムを停止させ、目を開けたライン。目を開けると同時に、ラインを覗き込む顔と目が合う。



「何してるんですか」


「α型の反応を検知したため確認していた」


 その影の正体はレヴェルであった。


「……これで王都のナノマシンは全て停止させました。腐敗病は起こらないはずです」


「そうか」


「そういえば、門の警備が厳重になっていたんですが。何か知ってます?」


「門か。貴機がここから出てから数時間後に、帝国が王国へ宣戦布告をしたことが理由だろう」


「宣戦布告……ということは――――ッ!?」


 突如王都に響く轟音。その衝撃に、診療所の窓にヒビが入る。レヴェルは窓の方を振り返り、音のした方向を見ている。


「……一体何が」


「砲撃だ」


 レヴェルが指す方向をラインも見ると、城壁に赤熱した大穴が開いているのが分かった。


「あれは……」


「そのまま突き抜けて、上層の住宅街に直撃した。着弾付近にいた人間は確実に死んでいる」


 王城に近い住宅街は富裕層専用の地区だったはず。しかし、そこにあるのは真っ赤なクレーターと、立ち昇る煙のみであった。


 たった一度の砲撃で、王都がここまで被害を受けるのは、あまりにも攻撃力と防御力が釣り合っていない。現在の人類の技術力ではこれほどの威力を持つ兵器は作り出せない。



「……私達の時代の兵器ですか」


「あぁ」




 王都に突如響いた轟音は、人と人との殺し合いが、始まった音だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 凄いな、魔術 砲撃はレールガンっぽい何かか荷電粒子砲の類か 神秘の魔術vs科学の産物となるのか
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