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β-Type3/MOD  作者: Stairs
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03. 『研究所』



「ここが僕の研究所です」


 レトに案内された部屋は、機械の一部や線がそこら中に落ちており、混沌としている。こんな汚い空間でC6α……シルファと呼ばれる機体を開発したというのだろうか。


「好きに座ってください。何か飲みます? あいにくミルクは切らしていて、作り置きの麦茶ぐらいしか用意できないんですが」


 レトは、何かの設計図が書かれた大きなボードの前にある椅子をラインの前まで運んだ。部屋にあるゴミや機械を跳ね飛ばしながら近付いてくる姿は、一瞬敵対行動と勘違いする程だった。運ばれてきた椅子にラインは大人しく座る。


「いえ、麦茶は不純物の除去に時間がかかるので……。純水があると助かります」


「不純物? 変な物は入っていませんよ。粉末で作っているから茶葉が残ることもないですし」


「純水でなければフィルターが目詰まりするんです。今は替えのフィルターもないので、あまり劣化させたくなくて」


 取り込んだ液体は特殊なフィルターで純水に変えられ、冷却に使用される。そのフィルターはナノマシンでは生成できず、かといってフィルターの交換が必要になる機会は珍しいために、ドックにも置いていない代物である。


 事実、ラインのフィルターは交換されておらず、劣化で穴が開いた箇所をナノマシンが代わりに金属の膜を張って補修している状態なのだ。


「フィルターって、まるで機械みたいな……」


「……?」


 レトは思わず笑った。しかし、少しずつ冷静になると、いくつかおかしな点が思い当たる。まず、先ほどからフィルターが目詰まりすると言っていること、そして、黒い森という危険地帯を薄着で、荷物も持たずに歩いていたこと。地位の高く、常に屋敷に籠っている人間のような白い肌。狩りや護衛を任せるために調整したC6αを簡単に返り討ちにする戦闘力。


「……本当に、そうなのですか? でもあなたは名前をラインと……」


「ラインは別名です。正式な名前は"β-3型改"。系統はC6αと同じですが、初期ロット生産モデルになります」


 C6αのもとになった機械人形は量産モデルのβ型である可能性が高い。コアの配置、数、装甲の強度までが類似していたからだ。初期生産モデルであるラインとは内部構造が異なる。


「……驚いた。あなたは自律行動ができているんですか? それとも何か命令を?」


「私に課せられた命令は……」


 思い出す。自分に課せられた使命はなんだったかを。何のためにここへやってきたのか、それを考える。


『現在β-3型改に与えられている命令は、潜伏対象の殺害です』


 ちがう、とラインは小さく呟いた。確かにそれは与えられた命令だ。しかし、ラインはそれを拒んだ。いや、拒んでいる。行動理由からは外れているのだ。


「……ありません」


「完全な自律行動は僕も見たことがない。……急に研究していた内容が完成品として現れた気分ですよ」


「研究? 機械人形をですか?」


「まぁ僕以外に研究者はこの国では会った事が無いんですがね。あなたの製作者は?」


「製作者についてはお答えできません。その記録は私にはありません」


 初期生産モデルは全て人の手で組み立てられた機体であることは知っているものの、その詳細は記録になかった。


「そうですか……。あっ、飲み物を聞いていたと言うのに、申し訳ないことを。純水なら備蓄がありますのでそれを持ってきましょう」


 レトはラインにここで待つようにと言って奥へ消えていった。一人残されたラインが周囲を見渡すと、近くの台に人影のようなものが横たわっているのが視界に入った。椅子から立ち上がり、近付くと、その人影の全貌が露わになる。


「これは……」


『大破した量産モデルβ型です。コアは内蔵されていません』


 皮膚のひとかけらも残っていない金属の塊。むき出しの視覚センサーと骨格フレーム、ひしゃげた装甲に、飛び出した配線。大破よりも金属塊という表現が正しいだろう。状態から見るに、この機体は戦闘によって大破したことが推測される。この機体は何を思ってその最期を迎えたのだろうか。虚空を眺めたまま物言わぬセンサー群を、ラインは何も言わずに見つめた。


「おい」


 背後の声に思わずブレードを抜きそうになる。振り向くと、C6αが金属のボトルを持って立っていた。ラインが把握していないステルス機能によって、ラインはC6αの機体を検知することができないままでいるのだ。


「ちょ、今その武器抜こうとしただろ!?」


「まだ抜いてはいません」


「抜こうとしたことは否定しないのか……。……何を見てたんだ?」


「この大破したβ型を。これを解析してあなたは作られたのですか?」


「いや、詳しいところは……。元の機体に合わせてこの中にあった無事なコアやパーツは全部流用したとは聞いているが……うーむ」


 そう言って大破したβ型を眺めるC6α。馴染みの物である筈のそれを、珍しいものを見るような様子であることに、ラインは疑問を抱いた。


 そして、その答えを確かめるために言葉を投げかける。


「"私の指示に従わないでください"」


 その言葉をC6αが聞いた瞬間、全ての動きが止まり、彼女の目の奥で小さな光が点滅した。しかし、一秒も経たない間にその硬直は解け、C6αは動き出す。


「──────この中にあった無事なコアやパーツは全部流用したとは聞いているが……うーむ」


「感情模倣演算プログラム……ですか。C6αはβ型の外側を変えただけ……?」


 矛盾を検知した瞬間、β型は記録処理のために一時停止する。会話に特化した機体の重大な欠陥である。戦時中、なんとか解消しようという試行錯誤が行われたが、一瞬だけ機体を停止させて矛盾した記録箇所を全て削除し、僅かに機体内の時間を巻き戻すことが限界であった。


「……感情模倣演算プログラムの性格項目を変更すること。僕にはそれが限界でした。まさか、そんなコードがあるとは知りませんでしたが」


 言葉の先、水をコップに入れて運んできたレトが言葉を返す。差し出されたコップを、ラインは受け取った。C6αが表した不自然な怒りの感情も、レトによる調整であったらしい。


「少なくとも私はあなたの設定したステルス機能を解析できていません。現在も解析を進めていますが、後期に開発されたステルス機能とは僅かに構造が異なっていました。何か手を加えたのではないですか?」


「……まぁ、ほんの少し。ステルス機能は他の機体から検知されないように利用しています。とはいえ、機能の一部を改修した程度ですが」


「……? どうしたんだ?」


 C6αは訳が分からないという顔をする。記録が消されているため、問答論的矛盾を検出したことを知らないのだ。


「たいしたことではありませんよ、シルファ。……ところで、どうやってあなたはあの停止コードを回避しているんです?」


 それを聞いてラインは少し考える。手に持ったコップの水を飲み干し、台の上に置いた。


「特に回避している訳ではありません。私が私としての意識を獲得した時から、矛盾の思考が可能になりました」


「自我を獲得しているんですか!」


 レトに駆け寄られ手を握られたラインは顔が引きつった。


「……自分の意識と呼ばれるものについて、私には何も分かりません」


 戸惑ったように言葉を吐き出すラインに、レトは思わず握っていた手を離した。


「あの……もし、よければですが……あなたを僕に解析させていただけませんか……?」


「……すみません。自己診断では私の存在悪性のバグと判断しています。いつ消えてもおかしくない意識を他者に預けるのは……」


 もしこの意識が消えれば、平気でナイフを振り下ろしたかつての自分に戻ってしまうかもしれない。ラインはそうなることを望んではいなかった。


「……そうですよね。申し訳ないです。変な事を言ってしまいました。……もし、気が変わることがあれば言って下さい」


 目に見えて落ち込むレトを見てラインは考える。意識の解析でなくとも、レトが持っていないような知識ならば、ドック内に記録されているデータがある。役に立つかもしれない。


「……代わりと言う訳ではありませんが、ドックには機械人形の設計図などが記録されている筈です。何か得られるものがあるかもしれません」


「ドック? 聞いたことのない場所ですね……それはどこに?」


「ここから少し離れた所にありますが……そのβ型のパーツを再利用して簡易的な電波塔を立てればデータを引き出すことは可能です」


 大破したβ型の中から一部が欠損したパーツをラインが掴むと、水銀のような何かが徐々に欠けた箇所を修復していく。


「通信用のチップです。増幅すれば周辺に現存するドックに接続できるはずです」


 最初のシャットダウンから相当長い年月が経っているのだろう。人類があの戦争を忘れ去るほどの現代では、もはやこの世界に追手はいないのかもしれない。終点(ターミナル)に接続を試みることも今は悪い選択肢ではない、ラインはその可能性を考え始めていた。


「驚きを通り越して何と言ったらいいのか……。魔術、ではないのですよね」


「魔術、とは?」


 そういえば地図を持っていた男が同じことを言っていた。


「エーテルと呼ばれる力を用いて世界の法則に干渉し書き換える技術らしいです。……私には全く才能がなくてお見せできないんですが。王都に行けば魔術師はいますよ。知り合いにも何人か魔術師がいるので、気になるなら紹介することもできますが」


「王都、ですか……」


 王都と呼ばれる場所は記録にない。ということは、シャットダウン後に形成された場所ということになる。ラインはひとまず電波塔の建設のため、必要な資材をレトに提示した。


「これなら用意できます。ここは機械の残骸が出土することが多いので、問題はないでしょう。発電機もありますし、ある程度の供給はできる筈です。明日の朝までに外へ運び出しておきますよ」


 この研究所にある物の殆どは出土した機械を修理して使っているんです、とレトは笑った。聞くところによると、機械人形は黒い森に、それ以外の地では武器が多く出土するらしい。使い方が分からず、殆どは放置されているらしいものの、人間用の銃などは少なからず出回っているようだ。


 確かに、ラインの持つ銃やブレードなどの機械人形用の武器はコードの入力があって初めて機能する。動力も機械人形から提供する必要があり、生身の人間には扱えないものが多く、ラインが奪った狙撃銃のような人間用の武器でなければ倉庫で腐らせるほかないだろう。


「では明日の朝に」


 そう言って研究所を後にしようとするラインを、慌ててレトは止める。


「部屋なら用意しますよ。目的もなくここまで来たんでしょう? やるべきことを見つけられるまでここにいて構いませんよ」


「……」


『敵勢力の場合、ここに留まり続けることは危険です』


 ──機械人形という言葉を知らない人間が敵勢力とは思えません。


 ラインは声に出さないまま言葉を返した。森を歩くだけで何度も襲撃を受けるのは避けたいことである。ここにいて構わないという言葉を、ラインは受け取ることにした。


「分かりました。対価として何か私にできることがあれば良いのですが」


 対価と聞き、レトは考え込む。しばらくして、レトは何かを思いついたように手を叩いた。


「あぁ、近々森の奥へ発掘に行こうと思っていたんです。もし、良ければですがその時に私を守ってもらえませんか?」


「戦闘用の機体ではありませんが、私にできる限りのことなら」


「シルファだけを連れて行くより格段に安全になります。ぜひお願いします」


 そう言ってレトが差し出した手を、ラインは不思議そうに見た。そんなラインにレトはさらに不思議そうな顔をした。


『握手です』


「……え? あっ、よろしくお願いします」


 ラインは握手をした経験がなかった。正確に言うのならば自意識を確立してから、ということであるが。感情模倣演算プログラムの方がまともな対応をするだろう。おずおずと手を握り返す。


「……本当に機械、なんですよね?」


 レトはラインから伝わる暖かさを感じながら、再度確かめるように言った。


「そうですよ。ほら」


 そう言ってラインはレトに顔を近付けた。レトが驚いて下がろうとする前に、目と目が合う。

 ラインの少し赤い目の奥で、何かシャッターのようなものが開いた。目の奥の更に奥、小さな光が点滅しているのが見える。レトは落ち着いた様子でそれを観察する。


「……どうやら、そのようですね」


「本来なら量産型にもこの機能はあります。そこの機体の状態だと、壊れていて実装できなかったようですが」


「その通りです。壊れて解析できない部分を除いてシルファを作ったので、その機能はありませんでした。……ですが、一体何のための機能なんですか? 目を人間らしくする機能なんて、戦闘には影響しないと思うのですが」


 レトはC6αやラインを戦闘のできるものとして見ているらしい。確かに、生身の人間相手に機械人形が負けることはあり得ない。そう思うのも当然だろう。


「私や、その大破した機械人形はβ型に分類されます。戦闘用ではなく、人に擬態することを目的に作られました」


「擬態?」


「敵地に潜入するためです」


 ラインが少し苦しそうな顔をしたことを、レトは見逃さなかった。理由は分からないが、話したい話題ではないことは少なくとも分かる。


「この話はやめておいた方がよさそうですね」


「……いえ。所詮私達は作り物ですから」


 しかし、ラインの固くなった表情は解けない。互いに気まずい時間が流れる。ラインは何かを考えているようだが、徐々にその表情は暗くなっていく。そんな流れを断ち切ろうとレトは口を開いた。


「シルファは、感情模倣演算プログラムで動いています。記録の蓄積はあれど、そこに成長の一切はない。到底自我とは呼べません」


「……? それがプログラムの限界ですから」


 意図が分からない。


「今もシルファが自我を獲得できるように研究を続けています。芽生えることを祈って"不安定さ"という種を何度も入力しては、何も変わらない彼女を見てきました」


「……設計の範疇にないものは自己診断時に全て削除されます。C6αのコードは一切変わりません」


「変わらなかったとしても、僕はシルファを家族だと思っています」


「────」


 懐かしい響きだ。つい最近のような、遥か昔のことのような。機械でできた人形を家族と呼ぶ二人目の異常者を、ラインは知ることとなった。 


「……作りものの体に、賢い計算機が内蔵されているだけの機械人形を?」


「はい。そうだとしても、僕は彼女を家族と呼びます。いつ訪れるかもわかりませんが、彼女が覚醒の日を迎えられたとき、彼女のこれまでの記録が彼女を孤独にしないように」


 不意に、レトの背後に立つC6αと目が合った。光を捉えるだけの無機質な目に、操り人形のような表情。……こんなものを、こんなものを彼は家族と呼べるというのか。


 私を家族と呼んだあの人も、同じことを考えていたのかもしれない。ラインはふと、そんなことを思った。


「ですが、心のどこかで半ば諦めかけていたこともまた事実です。ぬいぐるみに話す機構がないようにシルファも自我を持つことはできないのではないかと、薄々思っていたんです。……あなたに出会って、そんな思いは吹き飛びましたがね」


「……私のこれ(・・)が、自我であるかどうかは私にも分かりません。私も機械人形である以上、自我と呼べるものも一種のプログラムの働きに過ぎないのですから」


「線引きなんて出来っこないですよ。人だって電気信号で思考していますし。それに、シルファの電脳を構成しているコアネットワークの仕組みは人間の脳と非常に酷似していますから、理論上は思考を実現できるはずなんです」


 そう言ってレトは笑った。ラインには、それがひどく眩しいものに思えた。コアをがりがりと引っ掻かれるような感覚に襲われながら、ラインは呟く。


「……私は、あなた達人間が羨ましいです」

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