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β-Type3/MOD  作者: Stairs
UTTER
28/77

28. 『第二』

 


「……分が、悪いな」


 剣が切断されたことで、男はようやく剣を鞘に戻した。


「何のつもりだ」


「お前が言う通り、ここは撤退しよう。回収した機体も置いていく」


 動こうとする男の首元に、ラインはブレードを向ける。そのまま食い込ませるだけで、男の首は簡単に落ちるだろう。


「あなたの逃走は認められません」


「……」


 イーシェはラインの言葉に何も返すことができなかった。殺すことに躊躇する反面、ここで始末しなければ後々自分たちに悪影響を及ぼす可能性は否定できないからだ。


「俺をここで殺せば、戦争は免れない。だが、本国に戻ることができれば、これ以上の国境越えはするべきでないという判断を皇帝に進言しよう」


「……保証は」


「無い。それが呑めないならばここで斬り捨てるのも良いだろう。戦争が確実に起こることについては保証するが」


 男は自ら首を更にブレードに近付ける。思わずイーシェはラインを見るが、当然その表情の一切に変化はない。


 暫くの睨み合いが続いた後、イーシェは降参するように手を挙げた。


「あぁ分かったよ……分かった。皇帝に進言できるのはあんたぐらいなのは知ってる。それは別に、ここであんたを見逃せば、戦争が起こる確率は下がることは事実だ。……ラインも、いいか?」


「承認します」


 ラインはブレードを収納こそしなかったが、刀身を男の首元からは離した。


「感謝する。……おい、撤退するぞ」


 既に息絶えた帝国兵に布を被せ、担ぎ上げると、男は周囲の兵に指示を出した。回収した装甲がある程度は元の位置に戻され、すぐに撤退の準備が始まる。


 準備の様子を見ていた男は、不意にイーシェの方を振り返った。


「あなたの事は黙っておきましょう」


「……あぁ」


 イーシェは目を逸らしながら返答する。


 帝国兵が撤退の準備完了を男に報告すると、男はいくつか指示を出し、そのまま帝国のある方へと歩いて行った。



 静寂が訪れると、ラインは何も言わずにブレードを格納し、腰の鞘に納める。


「えーっと……ライン、でいいのか?」


 一切の感情を含まない二つの目が、イーシェを捉える。他でもないラインに、そのような目を向けられたことで、イーシェは僅かに動揺した。


「肯定します。当機はβ-3型改、或いはあなた達がラインと呼称する存在です」


「でもなんか、様子が違うっていうか」


「あなたと接していた当機は現在隔離状態にあります。戦闘を継続するために、主人格の交代を行いました」


「俺と接していた、ライン?」


「はい。本来のβ-3型改は、当機の権限によって管理される機体でした。しかし、今から1251年と12日前に、現在あなたと接している当機が出現、同等の権限を所有することとなっています」


「ラインは二人いる、ってことか……?」


「否定します。当機は当機であり、等しい存在です。この状況は思考プロセスが二重に行われていることが原因であるため、記憶、記録、思考の全ては共有されています」


 機械人形に対する専門知識を持たないイーシェは、頭上に"?"を浮かべながら首を捻った。


「あぁこれレトなら分かんのかな……ちょっと理解が追いつかなくなってきた……」


 なんとか理解しようと、自分なりに話をまとめていると、突然ラインが口を開いた。


「報告。記憶混線の解消が確認されました」


「え?」


「間もなく、主人格を移行します」


 ラインはゆっくりと目を閉じる。それに気が付いたイーシェは思考を一旦止め、ラインを引き留める声を上げた。


「あ、ちょっと」


「はい」


 ラインは閉じかけていた目を開き、イーシェを見つめる。相変わらず、そこに感情は無い。


「えぇと、ラインが危なかったから、出てきてくれたんだよな」


「肯定します」


 ラインは頷くが、イーシェが何を言いたいのか、分かっていない様子だった。


「ありがとう」


「――――」


 イーシェがそう告げると、ラインの動きが止まった。表情こそ変わってはいないものの、明らかに動きが止まったのだ。


「――ライン?」


「……いえ、はい。このような場合、どう返答すべきか当機には判断できませんでした。感情模倣演算プログラムが停止している現在、当機には」


「あぁいいよいいよそんな堅苦しくなくて。……どういたしまして、って言っときゃいいんだよ」


 これまで表情の一切を変えなかったラインが、何度かまばたきした。その間、目線の一切を逸らすことなく、ラインはイーシェを見続けている。


「…………どういたしまして」


 しばらくの沈黙を置き、イーシェにラインはそう返した。



 今度こそ目を閉じたライン。そのまま俯いたかと思うと、ラインはゆっくりと顔を上げた。


「あの……えと、すみませんでした」


 その顔は先ほどまでの無感情ではなく、非常にばつの悪い顔をしている。両手の指を合わせながら、ラインはイーシェから目を逸らした。


「いや、無事でよかったよ。それにしても、何があったんだ?」


「恐らくですが……α-4型との戦闘の際に、α-4型の記憶を見てしまった事があったんです。今回、それが誰の記憶なのか判断ができなくなったみたいで……」


 ライン自身、錯乱していた際の記憶が適切に保存されておらず、殆どがノイズ交じりのデータとなっていたため、確信を持てるような原因を特定することができていなかった。


「あんなに怒ってるライン初めて見たなぁ。それに、その後出てきた別の……同じだっけ? まぁラインが2人居るなんて思わなかったし」


 イーシェはしみじみとラインの様子を思い返す。


「普段はあちらに細かいシステムの管理を任せているんです。本来は機体も動かしていたはずですが……」


「今のラインは後から生まれた……? ってことだよな」


「どちらも私であることに変わりはありませんが……そう表現するのが適切かもしれません」


 そう言って何かを考えるラインに、イーシェは一つ疑問に思っていたことを問いかける。


「そういえば、記憶の混線って言ってたけど、あそこまで怒る記憶って……どんなのなんだ?」


 その問いにラインは首を弱々しく振った。


「あまり覚えていないんです。記録は保存できているんですが、音声と映像データだけでは……」


 記録データの参照のみでは、事実の認識は可能でも、それを自分の身に起きたことであるという実感が一切湧かないのである。


「そうか……じゃあこれ以上考えても結論は見えないって訳だな」


「……そうですね。取り敢えず、当初の目的を果たしましょうか。幸いですが、α-4型の機体は無事に残っているようですし」


 そう言ってラインはα-4型に近付いた。内部に接続し、必要な部品を選定しようとしたところで、ラインの手がピタリと止まった。


「部品が足りなかったのか?」


 心配そうにイーシェが問いかけると、ラインは重々しく首を振った。


「……中身が、殆どないんです」


 ラインが横に動き、イーシェに内部を見せる。コアが格納されている筈の個所には何も残っておらず、手あたり次第に持ち去られたような状態になっていた。


「はぁ!? あいつら回収した機体は置いていくって――――あぁそういうことかよッ!!」


 イーシェはそこで一つの可能性に気が付く。確かに、回収した機体は置いていったのだろう。嘘を吐いている様子はなかった。




 ……そう、"今回"で回収した分、は。



「重要なセンサー類が集中しているのは尾の部分ですし……何とか繋ぎ変えて必要な分は賄えるとは思います。ただ、規格外の機械になってしまうので、操作プログラムが最も重要だったのですが……」


「それが、本来ここにあるはずだった?」


 ラインは頷いた。α型のセンサー類を扱うためには、専用の操作プログラムが必要になる。β型で扱うことを一切想定していないため、そのままでは動かすことができないのだ。


「コアが一つでも残っていれば引き出せたんですけど……この通り、全て持ち去られています」


「何とかその操作プログラムを手に入れられないのか?」


「帝国に入ってコアを奪還できれば……いや……」


 ふと、ラインは自分の胸元にかかっている赤いコアに視線を移した。


『理論上は可能』


 意識を共有する声が、先んじて答える。


「分かってます。コアから無理にデータを抽出する行為は破損の恐れが大きいということも」


『元よりα-4型は大破しています。そのコアは大破した機体の一部分に過ぎません』


「……」


 それもラインは理解している。しかし、ラインはあの白い空間で少女と約束したのだ。彼女がずっと待っていたα-1型の下までこのコアを持っていくと。


 少なくとも、このコアはまだ傷一つついていない。これを破損させたくないと、ラインは思っていた。


「それは?」


 イーシェがラインの胸元のコアに気が付く。


「……α-4型の5番コアです」


「α-4型の!? それを使えば、操作プログラムを引き出せるんじゃないのか?」


「はい、ですが……これをとある場所へ持っていく約束をしているんです。引き出す行為はコアに損傷を与える可能性があるので……」


「損傷、そっか……それは難しいな……」


 ラインとイーシェは黙り込む。


『α-4型のコアを接続し、自身のネットワークに組み込むことで操作プログラムを必要としない方式で発信機を使用可能です』


 声がラインに提案する。確かに、そのコアを自身の電脳の一部として接続すれば、容易にデータにアクセスできるのは間違いない。


「ですがそれは……」


『再び記憶の混線が発生する可能性があります』


「……そうですね」


 記憶の混線という初めての現象に直面したばかりのラインは、再び記憶が混線することを恐れていた。


 記憶が曖昧になるだけで、自分の存在が消えかけてしまうのである。否、実際あの時のラインは自分が誰なのかを認識できていなかった。


 それほど不安定な存在である自分が、もう一度記憶の混線を起こした際、再び元に戻ることができるのか分からないのだ。


「俺達だけでなんとかするさ」


 イーシェの声に、ラインは顔を上げた。


「ですが」


『接続時の記憶混線が発生する確率は64%です』


「確かに今王都で人を殺しているのは機械人形の一部かもしれないけど……その機械人形を作ったのも俺達人間なんだろ?」


「それは……」


『操作プログラムの入手において最も確実な方法であると断定します』


「てことはこれは機械人形が悪いんじゃなくて、俺達が自分で自分を傷付けてるだけなんだよ」


「……」


 ラインは、真剣な顔でそう話すイーシェから目が離せなかった。




「だからそんな思い詰めなきゃいけないような方法は、しなくていい。……して欲しくない」

『接続を承認しますか?』





 ……イーシェと自分の声が、重なって聞こえた。

感想、評価、ブックマークでこの小説は書き続けられております。

ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前回、今回と帝国でのイーシェの立ち位置が気になる描写がチラホラと…
[一言] ラインが人間らしさを問うような判断を強いられてるねぇ
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