22. 『切掛』
翌日。ライン達は診療所に戻っていた。
「腐敗病の原因ですが、先ほど話した通り、魔術による攻撃だと考えています」
ラダーがそう切り出した。
「……その理由は?」
「大きな傷に魔術による治療を施す場合、周辺の傷口を分解して、似た組織を再構成します。腐敗病も、不特定な箇所の組織を分解し、全く関係ないものへ再構成させ体内を腐らせます。原理は全く同じなんです」
ラダーが体験した腐敗病の話を初めて聞いたイーシェは、納得したように頷いた。
「なるほど。確かにその理由なら整合性が取れるな……」
「攻撃、ですか……」
レトは医務室でのラダーの話を思い出し、呟いた。
「恐らくは。宰相にもこの話は伝えました。もしかすると……ですが、帝国による攻撃と言う線もあり得ます」
宰相、というのは、ラインが王城で出会ったあの眼鏡の男であるらしい。かなり上の地位の人間であるようだ。
「……これが本当に帝国による攻撃なら、戦争が起こるぞ」
イーシェは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「まだ分かりません。ただの病気という可能性も捨てきれない。結局のところ、殆どなにも分からないというのが実情です」
「これが攻撃で魔術なら、エーテルを通せば分かるかもしれないな」
イーシェは全国民に検診が行えればと考えたが、それは現実的な行為ではない。全国民を検診することなど、時間も無ければ人を集めようもないのだ。イーシェはその提案を黙って呑み込んだ。
「そうですね……受診しに来た患者には一応エーテルを全身に流して調べましょう。あとは、定期健診を依頼している方々にも調査を」
「分かった」
イーシェは頷いた。その会話をずっと聞いていたラインであったが、どうにも力になれる領域の話ではなさそうだった。エーテルを感知する装置など搭載されていないのだ。また、病原菌によって引き起こされるものだとしても、それを検出することはできない。
そんな顔をラインがしていることに気が付いたのか、ラダーは笑った。
「気にしなくても大丈夫ですよ。適材適所ってやつです。ですから、この件がある程度落ち着いたら、機械人形の技術を色々お聞かせいただきたい。お待たせして申し訳ありませんが……」
「私達には、"待つ"という概念がありません。構いませんよ」
ラインはラダーに笑ってそう返した。そのとき、話が一区切りついたと思ったのか、イーシェが立ち上がった。
「よし、じゃあ俺は定期健診行ってくるわ」
「……もうこんな時間でしたか。よろしくお願いします」
イーシェは部屋の奥へ消えていくと、大きな鞄を抱えて戻ってきた。かなりの重量がありそうだ。検診に使うのかもしれない。
「あぁこれ? なんか問題があったときに現地で処置するから、簡単な道具一式だよ」
ラインの視線に気が付いたのか、イーシェは鞄を指差して説明した。なるほどとラインが頷いていると、ラダーが突然話を切り出した。
「そうだ、ラインさんも同行してはいかがでしょう」
「え?」
ラダーがラインを同行させることを提案したのだ。突然のことに、イーシェは目をぱちくりさせている。
「私が……ですか?」
「はい。王都をまだあまり見ていないでしょう。もう一人の……レヴェル、さん、でしたか。彼も散策に出たまま戻らないようですので、ラインさんもここにずっと居るよりも何か発見があるかもしれませんよ」
イーシェはふと、戸惑っているラインを見た。王都に来てから髪を後ろで纏めており、うなじが露わになっている。視線に気が付いたラインがイーシェに視線を移した。小さく首を傾げるラインに、イーシェは思わず目線を反らしてしまう。
「おや?」
「うっせ」
何かに気付いたラダーが少しニヤニヤしながら声を漏らすと、イーシェは歯を見せて威嚇した。
「……? 分かりました。同行します」
「じゃあ、付いてきてくれ」
そう言ってイーシェは診療所の扉を開けた。
*
一方、レヴェルはというと。
「よし、じゃああの木材を上まで運んでくれ」
「分かった」
建設現場で働いていた。
働かないかと提案されたレヴェルは、特に断る理由もなかったため、承諾することにしたのだ。一応条件として、旅をしている身であるため、次の日来られるという保証は常に無いということを提示してある。
レヴェルは積み上げられている木材を紐で束ねると、片手でそれを持ち上げた。
周囲からどよめきの声が上がる。
「なんだあの量」
「どんな鍛え方したらあれを片手で……」
「……あれって柱に使うやつだよな」
レヴェルは顔色一つ変えずに木材を持って階段を上がっていく。
「親方……なんなんですかあの人」
満足そうにレヴェルを見ている男に、休憩中の作業員が話しかけた。
「俺の命を助けてくれた男さ。二階から落下したレンガを片手で掴み取ったんだよ。なんでも、旅をしてるって話だが、王都に滞在している間手伝ってくれないか頼んだ」
「えぇ……これを?」
作業員の男は横に置いてあったレンガを持ち上げる。持ち上げられないことはない重量だが、二階から落下したこれを、普通片手で掴み取れるわけがないことは想像に難くない。
「無愛想に見えるが、冷血漢って訳でもなさそうでな。ちょっと人柄が知りたくなった」
そう話していると、資材を運んだレヴェルが戻ってきた。
「次は何を運べばいい」
「いや、一旦休憩だな。飯を食わんと戦いはできねぇ」
そう言って親方と呼ばれていた男は缶詰をレヴェルに差し出した。
「食事は不要だ」
「腹減ってないのか?」
首を傾げる男に、レヴェルは首を振った。
「前提として、当機には空腹という感覚が無い」
「それ滅茶苦茶危険じゃねぇか。いつ倒れるか分からねぇんだから、食っとけや」
レヴェルは差し出された缶詰を見る。ラインとは違い、レヴェルは水分による冷却を必要としない。β型を基礎としているため、食事機能こそ備わっているが、食事の必要性が全くないのである。
しかし、差し出されたものをこれ以上断る理由もない。レヴェルは受け取ることにした。
「えぇっと、確か缶切りがこの辺に……」
「開いたが」
その一言に男が振り返ると、レヴェルの手に、上部が無理やり引きはがされた缶詰が握られていた。
「……おぉ、そりゃ、すごいな」
レヴェルはフォークを受け取り、積み上げられた土嚢に座った。その正面に男は木箱を置くと、レヴェルと対面する形で座る。
缶詰の中身は肉だろうか。レヴェルはフォークを使って口に運び込む。
「結構美味いだろ。数年前まではクソ不味かったんだが、王城の元料理長が缶詰の製造会社と提携してからこれさ」
「……そうだな」
レヴェルに味覚はない。ラインを含め、β型には備わっている塩分の濃さなどを計測する機器がレヴェルには無いのだ。
「ところで、お前さん、結構綺麗な身なりをしてるが……その身のこなしといい、どこかの軍人だったのか?」
「似たようなものだ。連合という組織で、敵地攻撃のために投入されていた」
「なっ……投入って、そんな道具のような扱いを受けてたのか。お前さんはそれで良かったのか?」
「命令は絶対だ。逆らうという余地は、我々にない。当機もそれに疑いを持たなかったし、持つ必要もなかった」
機械人形はあくまで人の形を模した兵器である。兵器として作られた以上、指示に従わないという機能を持たせるはずもない。
「今は、どうなんだ?」
「命令の優先順位を最下層に置くことで、従わないようにしている」
「てことは、まだその連合を辞めたって訳ではないのか」
「そうだ」
「なんで辞めないんだ?」
「……考えたこともなかった」
そう、考えたこともなかった。レヴェルに芽生えた感覚はここ数日のものである。命令を遂行しないために、上位に別の命令を置くことでそれを実現していたが、改めて考えると、連合を抜けたわけではなかった。
「じゃあ、今はどう考えてる?」
レヴェルの視界センサーが、男の目の方を向いた。