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β-Type3/MOD  作者: Stairs
UTTER
21/77

21. 『温度』



「……あ、ラインさん」


 地下から登ってきたラインを見て、座り込んでいたレトは立ち上がった。


「遅れてすみません」


「無事でしたか。戦闘課の人間が大怪我を負うほどの戦闘だったようですが……」


「40を超える数の機械兵に襲撃されたんです。王都で稼働しているβ型量産モデルとは違い、兵士として調整された機械人形で……私も、危ない所をメアさんに助けられました」


「……その腕も?」


 レトが指摘したのは、ほぼ再生している両腕のことだった。とはいえ、手の甲や指先からは未だに金属のフレームが覗いており、感覚器も再生成できていない。


 あぁ、とラインはゆっくり塞がり続けている手の傷を見せる。


「ODSの反動です。排熱のために腕の皮膚は一度溶け落ちてしまうので……」


「ODS?」


 思い返せば、レトにはODSの存在を話したことが無かった。γ-2型としてのレヴェルと戦闘した後、ラインの意識が無い間にレヴェルから聞いていたかもしれないが、どうやら知らないらしい。


「加速は見たことがあると思いますが……あれはODSというシステムを短時間だけ低出力で起動させているんです」


「つまり、常時あの速度と力以上で動く機能ということですか……」


 本来なら機体が全壊するまで停止させないODSだが、"途中で停止させる"という行動が可能なラインは、今回の戦闘で致命傷を負わない限界値まで使用するという使い方を考案した。使用後はしばらく動けなくなるが、大きな進歩と言えるだろう。


「ところで、彼女はどこへ? 重傷を負っていましたが……」


「ラダーが運んでいきました。僕にはあなたが後から戻ってくるから待っていてほしいと」


「そう、ですか。……無事ならいいのですが」


 ラインが手の傷を再び確認すると、皮膚は完全に再生されており、見た目は元通りになっていた。何度か手を握ったり開いたりしながら動作を確認する。これなら上に戻っても、機械人形という事は気付かれないだろう。


「いつまでもここに居られませんし、ひとまず上に戻りましょう」


 そう言ってレトは上を指差した。ラインはそれに同意し、頷く。


 二人が食物保管庫から出ると、鍵を閉められないことにレトが気が付いた。


「あ……そういえば鍵を持っていませんね……」


「仕方ありません、上に戻ったらすぐに伝えましょう」


 ラインはそう提案するが、レトは悩んだ様子を見せたまま頷かない。


「何か問題が?」


「嫌な予感がするんです。何と言ったらいいのか……説明はできないのですが……」


 レトはα型の存在を感知しているのだろうかとラインは考えたが、人間にそんな機能はないとその考えを捨てた。


「私はここで待機しても構いませんよ」


「……いえ、戻りましょう。僕としてもあまりここに居たくはありません」




 レトとラインが一階へ戻る階段を上っていると、反対側から複数の人間が降りてくるのが分かった。

 

 がちゃがちゃと鎧の音を立てていることから、どうやら王城の兵士らしい。ラインはともかく、レトは暗くてよく見えないが、気配からあちらも足音に気が付いたという事は分かった。


「あぁ、レト様と……ライン様ですね? お戻りになられないのでお呼びしに参りました。すみません、明かりを忘れてしまったもので、足元が見辛いでしょう」


「いえ、大丈夫ですよ。遅れたのは少し内部の調査をしていたからなんです」


 レトがそう返すと、兵士は納得したような動きをした。


「そういうことでしたか。ラダー様が医務室でお待ちです。案内いたしますので付いてきてください」


 言われるまま兵士に同行し、一階へと戻る。途中、白い服を着た人々が血で染まった布を運んでいるのをラインは見た。


「あれは?」


 ラインはそれを指差した。あの血はメアのものかもしれない。あれ程の血が一人の人間から漏れたものであれば、メアの安否も危うくなる。


「……副隊長の治療で使用されたものです。なんとか命は助かったようで、我々も胸を撫で下ろしました」


 その口ぶりから、彼らは戦闘課に属している兵士であるようだ。


「助かったんですね。それは良かった」


「はい。……医務室はこちらになります。それでは」


 ラインとレトを医務室の前まで案内すると、兵士たちは頭を軽く下げて去っていった。


 レトは扉をノックする。


「レトです」


「あぁ、戻ってきたんですか。入ってください」


 扉を開けると、ラダーがベッドに腰かけていた。ひどく疲れた様子で、体重を後ろに預けている。近くにある別のベッドには、腹部に包帯を巻いたメアが眠っていた。


「その血は?」


 ラインはラダーの口元に血を拭った跡があることに気が付いた。指摘されたラダーは、やはり疲れた表情のまま笑った。


「腐敗病を発症しましてね。治療には成功しましたが、エーテルは空っぽです」


「腐敗病って……大丈夫なんですか?」


 レトは心配そうにラダーに問いかけた。


「大丈夫、ですよ。何とか。まだ症状は治まっていませんが、抑えることには成功しています。……それに、得られたものもありますから」


「得られたもの?」


「腐敗病は細胞を破壊した後に別の形に作り替え、拒絶反応を引き起こす病です。病、というよりかは魔術的側面がかなり強いと私は考えていますが」


「誰かの手によって、この病気が発生している……ということですか」


「そうですね……。自然にこれほど歪な症状が起こるとは考えにくいですから」


 ラダーは自身の魔術で腐敗病が再現できることに気が付いていた。こんな症状が起こり得る病気が出現するより、第三者が魔術によってこの症状を引き起こさせる方がよほど簡単なのだ。


「元凶である人物は一体何を理由にこんなことを……」


「私の推測ですが、恐らくは――……っと、喋りすぎたようです。この話は診療所に戻ってからということで」


 ふと、ラダーは隣のベッドに視線を向け、そう言った。ラインとレトが釣られる様にその方向を見ると、メアがうっすらと目を開けている。


「目を覚ましたんですね」


 ラインはメアのベッドの近くに移動した。ぼんやりと天井を眺めていたメアだったが、ラインの存在に気が付くと、小さく笑った。


「……もう駄目かと思っていたが、助かったらしい」


「治療費は……まぁいいでしょう。色々こちらも助けられました」


 無傷で生還したラダーとて、ラインがいなければどうなっていたか分からなかった。そんなラインを身を挺して守ったメアには、ある意味助けられていたのだ。


「……ラダー殿。そこに、いらっしゃったのですね。いやはや、助かります。王国は財政難ですから……」


 そう言って起き上がろうとするメア。ラインは肩に手を当て、静止する。


「まだ、動かない方が」


 自分の体の状態が分かっているのか、メアは大人しく頷いた。


「ん。そうだな……」


 メアが体の力を抜いたことで、ラインはメアの肩から手を放す。しかし、メアの方からラインの手が完全に離れる寸前、ラインのその手をメアが強く掴んだ。突然のことにラインは驚き、メアの顔を見る。メアのその視線は、ラインの腕に注がれていた。


「……そうだ、一つ思い出した」


 その言葉でラインは何の事であるのかを理解する。加速の冷却による水蒸気の排出や、ODS使用時の排熱機構展開をメアは見ているのだ。機械人形として王城へ入っていない以上、ラインが人間ではないとこの場で発覚するのは回避するべき事態であった。


「……」


 この状況をどうするかラインが考えていると、メアがラインの腕を優しく撫でた。


「ちゃんと直るのだな。……痛くは、無いのか? それとも、痛みを感じないのか?」


 その言い方から、メアはラインが人間ではないと完全に気が付いていることをラインは察した。ここで不自然に隠そうとする意味は、もうないだろう。ラインは聞かれたことを正直に話すことにした。


「メアさんが考えているような"痛み"という感覚はありません。損傷具合を示す数値は常に伝達されていますが、それだけです」


「そう、か。隠している理由は分からないが、あの時、それを露呈させてまで私を守ってくれたのだろう……?」


 メアはラインの腕から手を離すと、ラインの手のひらを両手で包み込んだ。


「……そのときは、隠すとか、そういうことは考えていませんでした。……ただ、私のせいであなたが死んでいくのを見たくなかったんです」


「は、ははっ。面白いな。うちの機械人形は考えていなかったなんてことは言わんぞ。なんせ奴ら、受けた命令以外のことは一切しな――――いや、あぁ……そうか。……それが理由か(・・・・・・)


 まっすぐこちらを見つめるメアから、ラインは目を反らした。何と返せばいいか分からず、電脳に負荷がかかっていることを告げる警告が視界に小さく表示される。


「あ、いえ、……えっと」


「ありがとう」


「っ――――」


 ラインの思考は固まった。



 感情模倣プログラムに縛られず、自分で考え、自分で行動したことで得た感謝の言葉。


 それはラインにとって初めての経験だったのだ。




 空いている方の手が、自分の胸元を握っていることにラインは気が付く。正確な座標は分からないが、何かが溢れているような()()があった。しかし、観測している数値に変動は一切ない。


「しかし、直るとはいえ、体は大切にしないといけないのだぞ。前線で体を張るのは我々戦闘課の仕事だからな」

 



 ……感覚器の再生成は完了していない。それにも関わらず、ラインは握られている方の手が、どこか"暖かい"と感じた。



「あと、もう一つ。先ほど私のことをメアさんと呼んでいたが、メアでいいぞ。私たちは共に戦った戦友なのだから」


「……メア」


 確かめるようにラインは呟いた。満足そうに、メアは頷く。


「あぁ」


「あまり、慣れないですね」


 ラインは苦笑いした。

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