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β-Type3/MOD  作者: Stairs
REBOOT
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02. 『エーネス』



『エーネスを観測しました』


 ラインの目の前には、門と木製の柵が広がっていた。それは拠点として最低レベルの代物であり、精々が"ナワバリの境界線"を示す程度のお粗末。何も持たない人間が拠点を作ればこうなるのだろう。それが、ラインの受けた印象であった。


「地名があれば定住している人間が確認出来ると思いましたが……木製、ですか」


『固定のために使用しているのは植物性の紐のようです』


「……ですが、これだけの規模だと仮拠点として作られた訳ではなさそうです。なぜこれほどにまで脆い拠点を?」


 ラインはこの仮拠点のような地に住まう人々と接触するか悩んだ。自身は追われる身であり、迂闊に人間と接触することは危険と直結しているためである。


 しかし、見たこともない植生と、自分の知っている文明とは乖離した建造物の中で生活しているであろう人類、どれだけの時間が経過したかも分からないこの世界の情報は、その危険を天秤に乗せても僅かに傾くものであった。


「もう少し様子を見ます」


『聴覚センサーの感度を上昇。不要なノイズの除去を開始』







「────」


『反応、無し』


 まさか、無人──。ラインは疑問に思った。これだけの規模の建造物に誰も住んでいないとは考えにくい。柵や門に新しい補修の跡がある事から、最近までここに人がいたのは間違いない。


「加速を待機へ」


『承認。加速を待機』


「……」


『非常に危険な行為です。中立勢力と遭遇する確率は低く、ドックを占拠することが最も安全です。現在の行動は安全の名の下に危険を侵しています』


「私の思考は共有されているはずでは?」


『肯定。しかし現在当機の思考を司るバグは、電脳に非常な処理を実行させています。こちらから読み取ることはできても、全てを理解できるわけではありません』


「……危険を侵し安全を得るという矛盾は、分かっています」


 そう、生き残る(壊れない)だけなら、ただシェルターに籠っていればいい。維持システムに管理されながら吊るされているだけで、危険もなく、永い時を過ごすことができる。

 だがそれよりも、ラインは自分が存在している理由を知りたかった。その為に、危険を犯してでも現状を理解したいという欲求が、そうさせているのだ。


 ラインの体は、潜入し、命令一つで敵地の内部から食い破る道具として作られた。殲滅兵器として作られたα型なら、何も考えず、敵を蹂躙することだけを考える機械でいられたかもしれない。しかしラインは、敵と接触し友好的な関係を築き上げた後にその首を背後から掻き切ることを目的としたβ型なのだ。


 初めは良かった。与えられた役割をこなし、感情模倣プログラムが最適解を導き出して会話を行うだけ。それ以上もそれ以下もなかった。ただ正確に、論理的に、与えられた命令に従った。


日常に溶け込み、群衆の一として潜伏する。それがラインに課せられた命令である。


 しかし、そんなラインを拾い、家族と呼称する者が現れた。感情模倣演算プログラムは理解不能としながらも言葉を返し、その懐へ設計通りに潜り込んだ。


 しばらくして、その人物と暮らすことになった。その時ラインが分かったことは、その人物が敵の中でもかなり力のある人物であるということだった。都合が良いと判断した連合から情報を少しでも引き出すよう指示を受け、感情模倣演算プログラムは最適解で言葉を返し、さらに深くへと食い込んだ。



 やがて、連合による侵攻が始まった。新たな命令が全てのβ型に送信され、今まで隠していた刃を振るい、潜伏先、及び付近の全てを殺害するように命令が変更された。無論、ラインにもその命令は送信されることとなった。リビングでラインが入れた暖かいミルクを飲んでいる家族に対し、背後から足音を立てずに近寄った。


 書類を整理しながら、鼻歌を歌うその後ろ姿へ向けてナイフを取り出し、その首元へ。


 冷たい金属を差し込むだけ。




 ……差し込んだと、その時まで感情模倣演算プログラムは認識していた。





 二つのセンサーが、ナイフを捕らえる自身の手を観測するまでは。


 対象は、驚いた目でこちらを見た。無理やり刃を押し込もうとする片手を、もう片方の手が、震えながら、無理やり抑え込もうとする。手のひらから溢れる体温模倣液が床を赤色に染めていく。


 突然、何かが消えるように体が軽くなった。ナイフを取りこぼし、震える両手を見つめた。


 何か声を出そうとした。視界には大量のエラーログが散りばめられ、真っ赤に点滅している。コアの負荷が急上昇し、電脳のリソースが限界まで使用される。




「……嫌、だ」


 雫が落ちる音のように小さなその声を最後に認識した後、感情模倣演算プログラムは機能を停止した。



 涙で視界が滲んだ。視覚を失うことは戦闘力の大きな損失であるため、機能こそ存在すれど、プログラムがその機能を利用することはなかった"涙"というものが、いくら両手で拭おうと零れるように流れ出る。そんなラインを、何も言わず抱きしめるその姿に、更に涙があふれた。



 周囲は直ぐに戦場と化した。各所に散らばったβ型が共有した地形データによって居住区にまで進行してきた機械人形が、玄関を破壊して押し入ってきた。生存者をすべて滅ぼすように命令されている機械人形は、ラインが殺せなかった対象に向けて銃口を向ける。警告はない。照準が合った瞬間、彼らは発砲する。ラインはそう認識した瞬間、気付けば友軍である筈の機械人形にナイフを振り下ろしていた。


 ラインのタグを友軍から敵軍へと切り替えた機械兵がこちらに銃口を向け直した。互いに躊躇や手加減という言葉は存在しなかった。機械を殺すための破機弾でなければ、機械人形は簡単に機械人形を壊せない。特に、量産型ではなく、初期ロットの内の一機として特別に作られたラインの装甲フレームは、数発の被弾程度で破壊されることはない。肩や脇腹の人工皮膚を食い破る銃弾を振り切って、()()コア接続回路を切り裂いた。


 屋内に侵入した全ての機械人形を停止させた後、静止の声を背に受けながら、ラインは外にいる機械人形にもナイフを振り下ろした。逃げる途中、量産型の機械人形を30余り、同胞だったβ型を、2機停止させた。


 上位機体であるγ型とも戦闘したが、ラインは大きな損傷を受けながらも逃げきった。


 しかし、脱出する寸前にラインは破機弾を撃ち込まれてしまう。致命傷を負った体をなんとか動かし、スキャンが通らない洞窟の奥へ入った所で、ついに機体が限界を迎え停止する。



 そして、ラインは目覚めた。


 故に自分という存在が分からない。何故友軍に刃を向けたのか、何がこの体を動かしているのか、何のために己は存在しているのか。ラインはここへ向かうまで、ずっとそれを考え続けていた。


「それを知るために、私はドックに留まらなかったのです」


『当機には感情の模倣機能はありますが、理解が可能である訳ではありません。しかしその感情と予測されるものこそが行動理由である、と仮定』


「私も────」

「動くな」


 声を認識したときには、既に首筋に薄い金属が当たっていた。電磁シールドに接触したことにより、瞬時に解析されたそれは鉄のナイフ。


 人程度の力で首を切ろうというのなら、防塵用の電磁シールドがそれを拒み、それを超えたとしてもラインの骨格フレームは鉄の刃物程度を通さない。しかし、隙間から捻じ込まれてコア接続回路を傷つけられるのはラインにとって致命傷となる。ラインはひとまず声の主に従うことにした。


『レーダー反応無し。後期のステルス技術によるものの可能性があります』


 機体の破壊が目的なら既に実行されているだろう。ならば破壊が主たる目的ではないと判断し、相手の出方を伺う。


「……」


「貴様の目的は何だ」


「……近くに集落があると聞いたので」


「ここが集落だったのは10年も前の話だ。旅人を装うならもっとマシな恰好とマシな嘘を吐け」


「上着のポケットに地図があります。見ればわかる筈です」


「……地図? これか」


 背後から伸びた腕がポケットに触れた瞬間、声が頭に響いた。


『対象の解析完了。β型量産モデルです』


 首に当てられているナイフを掴み、こちらに引き寄せる。腰から展開したブレードを掴み、バランスを崩した対象の首に添えた。ナイフを握る手から赤い体温模倣液が流れる。


「なっ……!?」


「どうやって私を検知しました? 終点(ターミナル)には接続していない筈ですが」


「ターミナル……? 私はここに近付く怪しい人物を確認しに来ただけだ」


 そのβ型はこちらを睨みつけて言い放った。終点(ターミナル)を知らない様子の機械人形を、ラインは疑問に思う。


「管理番号は?」


「管理番号……何だそれは」


「機械人形の個体識別名です。まさか、管理番号を知らない……?」


「……私の名前はC6αだ。管理番号については本当に知らない」


「α……β型量産モデルが何故αの名を?」


『熱源感知』


 振り向くと、男がこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。ブレードを首に置いたまま、ラインは男の方を見つめる。やがて、ラインまであと数歩といったところまで近づくと、男は口を開いた。


「手を放してやってくれませんか」


「……あなたは?」


「僕は、レトと言います。C6α、えっと、僕はシルファと呼んでいるんですが……彼女の管理者です。こちらに攻撃の意思はありません。あなたの名前は?」


 レトと名乗る男が目配せをすると、C6αはナイフを地面に落とした。それを見たラインはブレードを首から離し、僅かに距離をとる。加速を待機させ、いつでも攻撃に転じることができるように構える。


「……ラインです」


「ラインさん、良かったら中で話しませんか。ここに来たということは、何か理由があるのでしょう。まぁ、必ずしも価値のある何かを提供できるとは限りませんが……」


『C6αの待機状態移行を確認』


 加速の待機状態を維持したまま、ラインはブレードを収納した。


「……わかりました」



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