18. 『手綱』
先頭に立つ機械兵はまず、武器を持っていないラダーを攻撃目標に定めた。数を減らせばそれだけ優位に立つことができると判断したのだ。
こちらに向かって機械兵がブレードを向けているのを見たラダーは、一切動じることなく正面を見据える。
「《剣、炎》」
ラインは、ラダーから圧力のようなものを感じた。これはラダーと一度手合わせという名の奇襲を行った際に感じたものと同じであった。
ラダーは振り下ろされるブレードを手の甲で受け流すと、そのまま機械兵の、人間でいうところの心臓部を殴りつけた。人が拳で金属を殴ったとは思えないような音が響き、機械兵の骨格フレームがひしゃげる。
そのまま胸部の装甲を無理矢理剥がし、露出した内部の回路を手当たり次第にまとめて掴み、いとも容易く引きちぎった。
「……」
物言わぬ金属塊と化した機械兵を見たラインは、少し恐ろしいものをラダーに感じた。
ラインは機械兵の攻撃を受け流すと同時に、反対側から襲い掛かる別の機械兵を切り裂いた。機能を停止した機械兵を乗り越え、新たな機械兵がブレードをラインに振り下ろす。
「加速」
『加速。制限時間まで1秒』
視界が暗くなり、機械兵の速度が著しく低下。そのままブレードを弾き飛ばすと同時に加速を解除する。1秒以上使用できない加速では、この連続的な戦闘において瞬間瞬間を抑える為にしか使用できない。ラインにとって困難を極める戦闘であった。
かつて連合から逃亡した際、ラインがあれ程にまで損傷したのは、やはり数の差が大きかったのだ。
ブレードを弾かれ、大きく姿勢を崩した機械兵の首元にブレードを差し込み、回路を切断する。ブレードを引き抜くために突き刺さっている機械兵を蹴り飛ばすと、さらにその向こうから二機の機械兵が現れ、ラインへブレードを振るう。
「加速ッ!」
『加速。制限時間まで0.8秒』
姿勢を低くし、片方の懐へ潜り込む。ラインの急激な速度変化に機械兵は対応できず、視界センサーを下に向けた時には刃が真下から突き上げられ、回路が切断されていた。
沈黙した機械兵をもう片方へ投げ飛ばし、視界を奪う。重なった機体をブレードで貫き、機械兵を破壊した。
ラインはブレードを引き抜こうとするが、何かに引っかかり動かない。見ると、機能を停止したはずの機械兵がラインのブレードを掴んでいた。完全には回路を切断できなかったのだ。
その決定的な隙を他の機械兵は見逃さない。最初に攻撃を受け流され、姿勢を崩していた機械兵が立ち直り、ラインに向かってブレードを振るう。
『背後、接近』
「なっ……!」
慌ててブレードを手放し振り返るが、この距離では加速の起動も間に合わない。片腕を犠牲にすることを選択したラインは、左腕を構えた。
「はッ!」
しかし、その刃はラインに届くことなく、逆に機械兵の腕が切り飛ばされていく。ラインは機械兵の腕を斬り飛ばした主を見る。
そこには、額から汗を大量に流したメアが息を切らせて立っていた。
「大丈夫か!?」
「助かりました」
ブレードを掴んで離さない機械兵の首を足でへし折り、ラインはようやくブレードを引き抜いた。周囲を見ると、ラダーも善戦しているようで、受け流しからのカウンターを主軸とした戦いを行っていた。
「よかっ……ぐっ……!」
メアが唐突に苦しみ、膝を付いた。よく見ると、メアの腹部から血が滲んでいる。
「まさか……」
「不覚を取った。こいつら、とんでもない化け物だな……」
傷は深そうだった。そして、ブレードは引き裂くことを想定した兵装であり、生身の人間が斬られれば、出血が止まりにくい傷が付く。
傷の様子を確認したいが、周囲の機械兵がそれを許さない。絶え間なく襲い掛かる機械兵を受け流し、破壊しながら、ラインはメアを庇うように立つ。
「いや、いい……まだ、戦える」
「動かないでください! 傷が……!」
「……私は戦闘課だ。死ぬことは覚悟してる」
血の滲みを大きくしながら、メアは剣を杖に立ち上がる。
「…………っ」
ラインは考える。このままでは確実にメアは死ぬ。だが、人ひとり守りながら戦う程の力がラインには無いこともまた事実である。
加速は残り0.6秒。機械兵はまだ20以上残っている。ラインは何かを決めた様子で呟いた。
「加速、を……最大出力で使うと……どれだけ保ちますか」
『ODSを起動するということですか?』
確認するような声。ラインは頷いた。
「……コアと発電機さえ生きていれば構いません」
『算出。――16秒』
ラインは息を吐いた。加速の冷却のため、口から水蒸気が排出される。
「ODS、起動」
5番コアが、熱くなるのを感じた。
『承認。
――ナノマシン稼働率101%へ上昇。
――循環型発電機構出力200%へ上昇。
――ナノマシンの活動全てをコア及び発電機構の保護へ』
まだ自分にはやらなければならないことが残っている。ここで壊れるわけにはいかないが、今のままではメアを守れない。ラインは、手放しで暴走させることが目的であるODSの手綱を取ることを選択した。
『――排熱機構展開』
排熱のため集中した熱に、腕部の皮膚が溶け落ちる。目の前の機械兵と同じ、銀色の骨格フレームが露わになり、前腕の装甲が上腕部へスライドする。
メアはラインのその腕を見て、何かを考えているのか、険しい表情になっていた。
『――全行程完了。
――ODS、限定起動』
轟音と共にラインは前方の機械兵に駆け出した。
回路を切断されまいと目の前の機械兵はブレードを構えるも、ラインは骨格フレームを縫うようにブレードを突き入れるのではなく、肩から肩を両断する形で回路を切断した。腕に大きな負荷がかかったことを知らせるアラートが視界の端に表示される。
「1、2、3、4、5……」
防戦を繰り広げていた敵が突然攻勢に出たことで、機械兵も戦闘方法を変えざるを得なかった。しかし、その僅か2秒の間に5機が破壊されたことで混乱が生じ、対応が全く追い付いていない。
「なんという……」
王都で最強とされる戦闘課二番隊、その副隊長である自分が苦戦を強いられる相手を、まるで虫を落とすように次々と破壊していくライン。傷口から流れる血を抑えながら、メアはその様子を眺めていた。
ラダーもラインが攻勢に出たことに気が付くと、それに加わるように前へ出た。殴打、殴打、殴打……生身の兵士なら木端微塵になっているような一撃が、ラダーによって機械兵に叩き込まれていく。
「私も、まだまだ…………」
そう呟き、メアは意識を手放した。
『残り、2機』
残った2機の機械兵は呆気ない終わりだった。片方はラインにブレードで貫かれ、もう片方はラダーによって首をねじ切られ、胸部を引き裂かれて機能停止した。
『信号無し。ODS、停止』
「……はぁ…………はぁ……」
排熱が腕部からのみでは追い付かず、口から連続で水蒸気を吐き出すことで何とか冷却を行う。ラインは膝から崩れ落ち、そのままブレードを取り落とした。
『左腕神経接続LTが断線。
右腕神経接続LTが断線。修復中。
視覚センサー加熱状態。冷却中。
循環型発電機及びコアに損傷無し』
「完璧、です……」
『ありがとうございます』
冷却と修復で動けないでいるラインに、声がかけられる。
「大丈夫ですか」
ラダーである。失血で気を失ったメアを抱えながら、心配そうにしていた。ラダーには、皮膚が溶け落ちた腕部がひどく痛々しく見えるのだ。
「復旧に少し時間がかかります。先に、地上へ戻ってください」
「分かりました。……扉はどうすれば?」
ラダーが指さす先には、依然として閉まったままの扉。
「そこに転がっている機械兵を使います」
そう言ってラインは機能停止した機械兵のコアを取り出し、接続。機械兵のコアを介して施設へ繋ぎ、ラインの機体番号を偽装することで扉を開いた。
「では、先に。上の兵士に状況を伝えておきます」
ラダーが戻っていく姿を見届けてから、ラインは立ち上がった。
「これは……誘われているのでしょうか」
『意図が不明』
さらに大きな地下空間へ繋がっているであろう扉が、先ほどまでとは異なり、完全に開いた状態となっていたのだった。