17. 『地下空間』
兵士二人に連れられて、ライン達は食物保管庫へ向かっていた。
「遺跡発掘の権威なのに階級は低いんですね」
ラインは、先ほど眼鏡の男が言っていた"レトが遺跡発掘の権威"、ということについて、レトに質問していた。
「国からの要求を結構突っぱねてきましたからね……。成果と命令無視で相殺してるんですよ」
聞くところによると、C6αを国が運用するから差し出せという要求もあったらしい。発掘された機械人形の修理が行えるのは王国ではレトただ一人であり、レトが王国からいなくなれば、王国は無傷の機械人形を発掘して運用する他なくなってしまう。レトが多大な成果を挙げていることもあり、要求の仕方もかなり弱いものになっているようだ。
「あの人が機械人形の重要性を王に進言し続けていなければ、僕もどうなっていたやら……」
「あぁ、先ほどの?」
「そうです。機械人形が実用化されるまでは、軍内部の半数が『いつ壊れるかも分からん機械如きが常に万全の準備をしている俺達に勝てる訳がない』と考えていたみたいですから。実際に調整した機械人形と模擬戦をしたことで、大分数は減りましたけど」
量産型の機体とはいえ、生身の人間が振るう刃物では骨格フレームに簡単に阻まれるだろう。首の下に刃を差し込んでコア接続回路を切断すれば刃物でも機械人形を止められるが、当然ながら接続回路を守るように装甲が内部にも存在する。
余程の力でもないと、接近戦で勝つのは難しいと言えるだろう。
「今では保有する機械人形と魔術師の数がその国の強さとも言われています。階級が低かろうと、王国がレトを強制的に従わせることは難しいのです」
話を聞いていたラダーがそう補足した。
そうやって話しているうちに、案内の兵士が扉の前で立ち止まった。
「この先が食物保管庫です。扉を開くことができた場合、彼女を同行させます」
もう一人の兵士がライン達の方を向いて、軽く頭を下げた。その兵士は、ラインと同じぐらいの背丈で、ほんのり赤みのかかった黒髪が肩まで伸びている少女であった。
「戦闘課二番隊副隊長のメアだ。よろしく頼む」
その肩書にレトとラダーは驚いた。
「戦闘課!?」
「戦闘課?」
ラインにその肩書がどのような重さを持つのか、何も知らないが故に判断のしようがなかった。
「近接戦のプロです。表に出てこない一番隊を除けば、二番隊が最も強いと言われています。機械人形との模擬戦も互角どころか優勢だったとか……」
レトはラインにそう耳打ちする。改めてメアを見るが、こんな少女が戦闘課に所属しているということに、レトは驚きを隠せないでいた。
「なに、そんな大したものでもないよ。今日はたまたま手が空いていてね、例の開かずの扉が開くかもしれないと聞き、私から同行を願い出たんだ」
「これは心強いですね」
ラダーが握手を求め、メアはそれに応じる。すると、メアは何かに気が付いたようにラダーの顔を見つめた。
「……もしや、戦闘課三番隊隊長のラダー殿では?」
「やめてください、昔の話です」
ラダーは恥ずかしそうに言った。レトは初耳とばかりに驚いている。
「え? 戦闘課……隊長だったんですか?」
「昔の話ですよ、随分前です。魔術を勉強するために、軍からは長い間離れていますし」
不意打ちでラインはラダーに勝利したが、直接戦っていれば結果は分からない。近接戦のプロフェッショナルである戦闘課の隊長を、魔術無しで務めていたというのだ。現在身体を強化する魔術を専門にしているラダーは、かなりの戦闘力を誇っていることは間違いなかった。
「いやぁ、二番隊隊長が口癖のように話していまして。『お前らなんぞ、奴の足元にも及ばん』と言われ続けたものです」
メアが楽しげに話す。それを聞いてラダーは恥ずかしそうにしている。そんな時だった。ふとラインは、もう一人の兵士に落ち着きがないことに気が付く。
「大丈夫ですか?」
「はっ、あ、いえ! 大丈夫です。ありがとうございます!」
「あぁ、そうだった。彼はラダー殿に憧れて戦闘課への異動を目指しているのですよ」
さらにラダーは照れたように頬を指で掻いた。
「本当に医者なんですかあの人」
ラインはレトに耳打ちした。レトは肩をすくめるだけであった。
「まぁまぁ、ここでずっと話している訳にもいきませんし、扉を確認しましょう」
ラダーはそう提案した。ラダーに促され、兵士は食物保管庫の鍵を開け、扉を押した。
真っ暗な部屋に薄く光が差し込み、紙の袋が山積みになっている様子が露わになる。
「この先です」
兵士が指す方には、ドアノブのような掴む箇所が一切無い、ドックの内部などで見かけるような扉があった。間違いなく、ラインがいた時代のものであろう。なぜこの扉が王城の中に存在するのかは、城の設計者が誰かという記録が残っていないらしく、誰にもそれは分からないとのことであった。
「……開けられますか?」
レトがラインにそう問いかける。
「やってみます」
ラインは扉の前まで接近した。
「解錠を申請」
『解錠を申請。機体番号を送信中……受諾。解錠します』
施設はまだ生きているようだった。解錠申請を受け、施設はそれをすぐさま受諾。空気が抜けるような音と共にロックが解除された。しかし、施設が再起動したというよりは、ずっと稼働し続けているような反応速度だった。レトの研究所の近くに存在するドックのように完全な状態で残っている施設かもしれない。
『記録では、この座標に施設は存在しません。β型に関係の無い施設の可能性が非常に高いです』
「入ってみないと分からない、ということですね」
ロックが解除された扉をラインは容易く開く。長年誰にも開けることのできなかった開かずの扉が、空気の抜ける音と共に簡単に開いてしまったことに、メアや兵士は驚いた。
「これが開かずの扉の先ですか……」
「なんと明るい……」
施設内は明かりが点いており、薄暗い食物保管庫を照らしていく。
「進みますか? 念のため、戦闘のできない者はここに残った方が良いかもしれません」
「じゃあ僕は残ります。入るのは安全が確保されてからにしますよ。何かあった際に足を引っ張りたくはないですから」
レトは笑ってそう言った。本当は入りたくて仕方ない筈である。しかし、稼働中の施設に踏み込むことの危険性を考え、なんとか"行きたい"という言葉を飲み込んだのだった。
「では……私と、ラダー殿、そして……」
そう言ってメアはラインを見る。
「ラインです。戦闘は得意ではありませんが、戦えないわけではありませんし、私も進みます」
「ラインさんについては、私が保証しますよ」
ラダーがラインの実力を保証したことに、メアは驚いた。今でも名の残るような人間が認めているという事実に、メアは少し嫉妬した。
「ラダー殿が保証するなら、問題はないでしょう。ライン殿……と言ったか、宜しく頼む」
こうして、レトと兵士一人を残し、ラダー、ライン、メアの三人で進むこととなった。ラインを先頭に、三人は施設へ踏み込む。ドックと同じ、真っ白な床に真っ白な壁、見慣れぬ材質の建物に、メアとラダーは少し戸惑った。
『構造解析完了。正確なマップに置き換えます』
地上で取得した立体マップが、より鮮明なものに置き換わる。少し進んだ先に大きな空間があり、そこから複数の細かい部屋に枝分かれしている。さらに下へ降りた先には、最も大きな空間があり、そこが最深部であろうと推測できた。
全員が中に入ると、ラインは扉を閉める。自動でロックがかけられ、扉は再び沈黙した。
「これで、中で何があっても外には影響はないでしょう」
周囲を警戒しつつ、前へ進む。道中、幾つかの扉をラインは開き、何事もなく大きな空間まで到達した。
「これが過去の遺産とは……私は初めて見るが、なんというか……夢のようだな」
円柱状のその空間に、幾つもの扉が並んでいる。この施設が何であるのかを確かめるには、最深部に繋がる扉へ向かうべきである。ラインは迷うことなく一つの扉の前へ向かった。物言わぬ扉に、そっと手を触れる。
「解錠」
『解錠を申請。機体番号を送信中……』
この扉の向こうへ行けば、この施設が何なのかが分かるだろう。王都が存在する円錐状の地形こそが、恐らく施設を隠すための物であり、城は蓋をするように建てられていたのだ。
ふと、解錠の申請に時間がかかっていることに、ラインは疑問を覚えた。本来ならもう開いているか、何かしらの応答がある筈であった。施設は沈黙を続け、申請が届いているのかすら分からない。
ラインが施設の故障を考えたとき、ようやく応答があった。
『要求、拒絶』
「……っ!」
思わず、触れていた扉から手を離す。権限が無かったり、足りなかったりする場合、"拒絶"ではなく"不可"という返答がある。
「……」
"拒絶"が意味すること、それは即ち────
『──敵性信号検知。マークします』
瞬時に立体マップが赤色に染まった。
「……戻りましょう」
施設が敵対している。立体マップが赤色になったことをラインはそう結論付けた。
「何かあったのですか?」
ラダーはラインが動揺したのを感じ取った。
「……現在この施設と私達は敵対しています。ここに居続ければ排除される可能性が高いです」
「排除? それはどういう……」
メアがラインに問いかけようとしたとき、何かの気配を感じ、勢いよく背後を振り返った。
────目の前の一つを除き、全ての扉が開いていた。
『敵性信号接近。数……42』
「入口まで走ってください!!」
ラインが声をあげると、メアとラダーはもと来た通路へ走り出した。しかし、施設はライン達をここから出す気がないとでも言うように、入り口へ繋がる通路を無情にも閉鎖する。
解錠を申請するが、当然"拒絶"が答えであった。
「一体これは……」
「……閉じ込められました。無理やりこの扉を開けるには時間が……戦闘を避けられません」
項垂れてラインは呟いた。
「ふむ、では私達の出番という事だな?」
メアは腰の剣を引き抜き、構える。ラダーは上着を脱ぎ捨て、袖を捲った。
「……凄い数の足音ですね」
「なに。ラダー殿がいれば、機械人形相手など容易いものです」
『接近する信号の解析完了。──第四世代機械兵です』
扉の向こうから、複数の人影が現れる。その姿が露わになったとき、その異様な姿にメアとラダーは思わず構えることを一瞬忘れてしまった。
剥き出しの骨格フレームに装甲が展開されているその姿は、王都を巡回する機械人形とは全く異なっていた。見慣れぬ剣を持ち、王都で見かける機械人形よりもさらに冷たい……まるでコミュニケーションを取ることを一切考えられていないようであった。
「……機械兵。戦闘用に作られた機体で、王都にいるどの機械人形よりも強いです」
「化け物退治というわけか」
「人工物ですけどね」
メアの呟きにラダーは機械兵を見据えたまま答えた。
「来ます」
ラインはそう言って腰からブレードを抜き、刀身を展開した。メアは、機械兵が持っている剣が、ラインのブレードと全く同じものであることに気が付く。
メアは遺跡から発掘される武器の殆どが、人には扱えないことを知っている。機械人形が武器自体に命令して初めて、その武器は稼働するからだ。当然、人間には命令を電波で出す機構はない。
そして、目の前の機械兵と呼ばれる存在が持つ武器と同じものをラインが持ち、扱えているということは……。
「いや、些細なことだな」
メアは浮かんだ言葉を切り捨てた。今は目の前の機械兵を何とかすることが先決である。これまで戦ったことのない存在であり、メア自身、どう攻めるか掴めずにいた。
突然、眼前に整列している機械兵の一体が、ラインに向かって駆け出した。
「はや……!?」
メアは咄嗟にラインを守ろうと前へ踏み出すが、間に合わない。ラインは動かない。メアはラインが反応できずに動けないのだろうと思い、思わず手を伸ばした。
ラダーは何も言わない。
機械兵の持つブレードがラインに振り下ろされる。メアにはその瞬間が、とてつもなく長い時間に見えていた。
「──加速」
「……え?」
メアが気付いた時には、既に機械兵は首の下を切り裂かれ、不快な電子音を撒き散らしながら停止していた。
仲間が一瞬で機能停止に追い込まれた機械兵は、頭部のカメラにあるランプを明滅させる。
「機械人形は首の下の回路を切断すれば動けなくなります。そこを狙ってください」
ラインのその言葉を皮切りに、目の前の機械兵全てが一斉に動き出した。