16. 『王城へ』
「王城の前にもう一枚壁があるんですね」
ラインはラダーに連れられ、レトと共に王城へ向かっていた。イーシェは留守を預かり、レヴェルは王都を見ると言ってどこかへ行ってしまった。もっとも、ラインには代理演算のための通信により、常にレヴェルの現在地が分かるのだが。
ラダーは門の入り口を指差した。
「あの先は富裕層が多く暮らす場所ですから。王国に収めている税金が一定額以上か、医療、軍事などの従事者がここを通ることができます」
なるほど。ラダーは医者であり、レトは機械人形の、つまりは兵器の研究者ということになる。
「僕はあんまり国に貢献してるわけじゃないんですけどね。シルファの仕様だって誤魔化して提出してますし」
レトは肩をすくめて言った。辺境に暮らしていただけあって、王国に貢献する気は全くなさそうである。
「私は通っても良いのですか?」
ラインは王国にとって何の関係もない。ましてや人間ではなく、機械人形である。至極当然な疑問であった。
「二人同時に門を通過する場合、従者として外部の人間を入れることができます。勿論、どちらかの関係者である必要はありますが」
この場合、レトの護衛としてラインを同行させることで条件をクリアしようという事である。かなり緩いような気もするが、それもルールなのだろう。
「機体認証があればもっとセキュリティを高められるのでしょうけど」
「人間は機械ではないですからねぇ……」
門の前には、王都の外門にいた兵士よりも圧倒的に統率の取れた兵士たちが門の前を管理していた。練度が全くと言っていいほどに異なる。王都を巡回している機械人形では太刀打ちできそうにないと、ラインは兵士を見て思った。
「ラダーです。王城へ向かうために通ります」
「許可証を」
ラダーが懐から金属の小さな板を取り出し、兵士へ手渡す。兵士はそれを受け取ると、さらに背後の兵士にそれを渡した。
「認証まで暫くお待ちを」
そう告げて兵士は沈黙した。無駄話はしないようになっているらしい。外門の兵士は会話を通して怪しい人間をある程度判断するが、内門の兵士は基本的に門に人を通さないことが仕事であるため、会話をしないようだ。
暫く門の前で待っていると、門の向こうから先ほど金属の板を受け取った兵士が、紙を三枚片手に持ってこちらに向かってきた。
「一級医療魔術師ラダー殿、兵器課四等開発従事者レト殿、その護衛としてライン殿。以上三名を内門及び王城内に入ることを認める。これは王城への入場許可証だ」
そういって兵士は三枚の紙を一人ずつ手渡しで配ると、左右に移動し道を開ける。
「さぁ、行きましょうか」
ラダーに促され、三人は門を通った。王城へ向かうまでの道中、ラインは先ほどの兵士が読み上げたレトの肩書をふと思い出した。
「四等って高いんですか?」
「下から2番目です」
低かった。
*
王城の前にも門があり、内門と同じように兵士が立っていた。ラダー達は受け取っていた許可証を提示し、兵士同行の下王城の中へ案内される。
ここでお待ちを、と客間に案内されてしばらく。ドアがノックされ、眼鏡をかけた壮年の男が入ってきた。
「ラダー殿、突然どうされたのです。あなたが王城に来るということは、きっと良くないことなのでしょう?」
「よくご存じですね」
「内門には腕の良い医者が沢山いると言って出ていったあなたが、ふらりと戻ってくるときは決まってそうなのですよ」
そう言って男は椅子に座った。
「して、本日は一体どのような?」
「こちらのレトが研究所を構える辺境に帝国兵が現れました」
ラダーの言葉に、男は黙り込んだ。深く目を一度瞑ると、再び目を開く。男は鋭い眼に代わっていた。
「……それは、国境を越えてきた、ということですかな?」
「その通りです」
「それが真実ならば完全なる侵略行為です。確認は誰が?」
「私の弟子が。レトの研究所に向かったところ、研究所の前で帝国兵がそこの護衛と戦闘寸前になっていたそうです」
男がラインの方を見る。ラインは小さく頷いて肯定した。
「……これは王に伝えねばなりません。恐らく容易に国境を越えてきたということは戦争をいつ行っても問題ないほどに準備ができているということでしょう。時期は分かりませんが、帝国との関係は日に日に悪化する一方。近いうちに戦争が始まるやもしれませんな」
「帝国は機械人形の開発に力を入れていると聞きます。噂では人間の兵士並に動くものであれば量産も可能だと」
「現在帝国は内部に一切の来訪者を入れていません。それが真実かは分かりませんが……その想定でこちらも日々作戦を立てています」
想定よりも戦争が起こる可能性が高い。ラダーは男の話を聞いてそう思った。同時に、かつて魔術師見習いであった頃、立ち寄って滞在していた国が戦争を始め、ラダーも負傷者の治療にあたったことを思い出した。
「……治した人が再び死ぬ為に戦地へ向かっていくのを見るのは辛いものですね」
「お気持ちは分かります。我々としても何とか戦争を回避できないか、関係の改善に努めていますので……」
そう言って男は眼鏡を指で押し上げ、椅子から立ち上がった。
「本日はありがとうございました。私はこれから王へこのことを報告しに行きます。あなた方も自由にお帰り下さい」
男が入り口のドアへ歩きだしたとき、その足音に何か違和感のようなものをラインは感じ取った。
「地形スキャン起動」
『承認。スキャンを開始』
レトはラインの様子が変わったことに気が付いた。
「どうしたんですか?」
レトがそう話しかけると、男も歩みを止め、ラインの方へ振り返った。
「おや? 体調でも優れないので?」
『地下に巨大な空間を検知。内部構造を記録しました』
立体マップがラインの視界に表示される。
────それは、ラインにとって見慣れたものではないが、ラインがよく知っているものであった。
「これは、格納庫……?」
「格納庫、とは?」
ラインの呟きに男は反応した。
「地下に、巨大な格納庫があるんです。……何を格納していたのかは分かりませんが」
「なんと、王城の下に建造物が? 一体どうやってその存在を……」
ラインは機械人形としてこの場にいる訳ではない。地下空間を生身の人間が発見するにはいささか不自然に見えてしまうだろう。
「地下に特殊な音を打ち込んで空間の存在を感知できる機械があるんですよ」
だが、ラインはそれは問題とは思っていないようで、何でもないような顔で答えた。確かに、機械人形を研究しているレトに付いてきたのだから、そのような機械があっても不自然ではない。男は、浮かんだ疑問を簡単に頭の隅へやった。
「遺跡かもしれません」
レトは地下の格納庫をそう捉えた。地下に巨大な空間を作る技術は王国にはない。とすれば、これは過去の遺産かもしれないと考えたのだ。
「ふむ……もしかすると、あの扉の向こうが繋がっているのかもしれません」
「あぁ、あの開かずの扉ですか」
ラダーはその開かずの扉について知っている様だった。
「地下の食物保管庫に、開かない扉があるのです。何度か開けることを試みたそうですが、どうしても開かないということで長らく放置されているのですよ」
安全上、悩みの種であった事だろう。誰に聞いても昔からあったとしか答えないのだ。そんなに昔からあるのなら、脱出用の経路として設計されていたのかもしれないと放置こそされているが、最近では扉を塞いでしまおうという話も出ていたのだった。
「では、一度確認してみましょう」
そう言って、何故かレトが立ち上がった。なにやらその目はキラキラと輝いている。恐らく未知の遺跡と聞いて興奮しているようだ。ラインを修理したドックのように当時のそのままの姿を残しているのなら、新たな発見があるかもしれないと考えたのである。
「そういえば、あなたは遺跡発掘の権威だと聞きます。もし何か分かるかもしれないなら、ぜひともお願いしたい。城内の兵士に案内させましょう」
*
レヴェルは王都というものを見るため、街中を歩き回っていた。散歩である。
稀に銃を抱えた機械人形とすれ違うも、レヴェルが機械人形であることに気付いた様子はない。見たところ感情模倣プログラムも機能しておらず、指示を忠実に実行するという初期設定が働いているのみである。β型特有の高度な判断力は失われているようだった。
この機械人形も、かつては神への刃として動いていた時期があった筈なのだ。それが、何らかの理由で故障して機能を停止。長い時間の後、再び掘り起こされ、今では人間の兵士の代用として扱われている。
ふと、レヴェルは足を止めた。
視線の先には、建設途中の家。職人が金槌で釘を打ち、木を運び、少しづつ形となるように組み立てていく。電力さえあればナノマシンによって金属の形状を自由に加工できるレヴェルにとって、"手作業の建築"というものは初めて見る興味深いものであった。
レヴェルは微動だにせず、ただ立ったまま家が組みあがっていく様子を眺める。
目の前でレンガが大きな板にいくつも乗り、ロープで二階まで吊りがっていく。運ばれたレンガは、壁として積み上げられる。また、板の上に乗せられレンガが運ばれる。その動きを目で追っていたレヴェルは、あることに気が付いた。
負荷に耐えられなくなったロープが切れ始めているのだ。
ロープを引いている人間はそれに気付いている様子はない。真下には別の職人が壁を塗っている。
その時、緩やかな風が吹く。
いつもならば多少揺れるだけで、何の問題もない筈の板は、突如大きく傾いた。ロープが一気に切れたのである。下で壁を塗っていた職人の男は、自分にかかる影が大きくなったことに気が付き、上を向く。
「え? わ、わっ!?」
その視界に映るのは一つのレンガ。思わず男は目を塞いだ。咄嗟に避けられる距離ではなかった上に、死を意識したことで体が硬直してしまったのだ。
「…………?」
しかし、いくら構えても衝撃は一向に訪れない。恐る恐る目を開けると、ぶつかる筈だったレンガがなんと空中で静止しているではないか。
……いや、違う。浮いているのではなく、誰かがレンガを掴んでいるのだ。レンガを掴む手をゆっくり視線で辿ると、そこには無表情でこちらを見ている若い男────レヴェルの姿があった。
「死んでいたぞ」
そう言ってレヴェルはレンガを男に手渡した。思わず受け取ってしまった男は、改めてレンガの重さと自分が死の寸前にあったことを実感させられる。
「あんた、こいつを片手で……しかも落ちてきたヤツを掴み取ったのか……?」
「……? あぁ。そうだ」
レヴェルには男の質問の意図が分からなかった。
「そうだよな……そりゃそうだよな。この目で見たもんな……。普段は、何をしてるんだ?」
普段? 連合からの命令に従って行動していたが。……と返答する前に、今は連合から一方的に抜けた身であるため、普段の行動には該当しないのではないか、とレヴェルは思った。
「目的地がある。現在は王都には少しばかり滞在しているが、その目的地へ向かうための旅をしている」
「ははぁー……なるほど、外の人間か。……ん? あんた、ここに滞在してるって言ったか?」
「肯定する」
「もしよかったら……でいいんだが、俺達の仕事を手伝う気はないか? 勿論金は出す。あんたのその筋力、俺は並みのモンじゃないと見た。滞在するにも金はかかるだろう? 悪い話じゃねぇと思うんだが……」