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β-Type3/MOD  作者: Stairs
UTTER
15/77

15. 『腐敗する病』



「イーシェ! すぐにベッドの用意を!」


 意識を失っている子供の様子を見て、ラダーはすぐにイーシェに指示を出した。


「もうできてる!」


 イーシェが叫ぶように答えると、ラダーは女性から子供を受け取り、用意されたベッドの上に乗せる。


「助かるんでしょうか!?」


 額の汗を拭うこともせずに、女性はラダーへ詰め寄る。ラダーは静かに首を振った。


「まだ分かりません。これからそれを診ます」


 ラダーは子供の首元に指を当てた。まだ脈はある。口元に耳を近付ける。……呼吸は止まっている。トン、とラダーは指を子供の胸に当て、すぐに離した。再び別の個所に指を当て、また離す。その作業を繰り返す度、ラダーの表情は暗くなっていく。


 やがてその手を止めたラダーは、首を振りながらため息を吐き、女性の方へ向き直る。


「……肺や他の臓器にエーテルがほとんど通りません。心臓は多少生きていますが、じきに停止するでしょう」


「助からないって、そういうことですか……?」


 縋るような顔で涙を流す女性の痛々しい様子に、ラダーは苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「意識もありません。これ以上苦しむことはないでしょうが、私には救うこともできません」


「そん、な……。なんとか、なんとかならないんでしょうか!?」


「……私の、力不足です。申し訳ありません」


 医者であるラダーは、人を救うことを仕事としている。当然、助かる術があるのならラダーは喜んでそれを実行するだろう。


 だが、王都でも名の知れた医者であるラダーであっても、ここまで症状が進んでいては手の施しようがなかった。目の前の子供の状態は、生きているというよりは死んでいるといった方が近い。心臓が辛うじて動いているため血液は循環しているものの、死んだ臓器に血を通しても何の意味もない。


「お願いします……どうか……どうか……!」


「ッ……!」


 床に崩れ落ち、女性は涙を流す。その姿を見ていたイーシェは、悲痛な顔で目を反らす。嗚咽が静寂に響く中、ラダーはぽつりぽつりと話し始めた。


「…………心臓を強化して無理やり血液を高速循環させ、血管を引き裂きながら脳に血液を流し込み、魔術で脳全体を補強。そうすることで、数分(・・)意識は戻せます。数分だけ、話すこともできます。……内臓が腐り落ちる苦しみと痛みに耐えながら、幼い子供が何を話せるのか私には分かりませんが。仮に痛みもなく、苦しみもなかったとしても、数分後には必ず限界が来ます。"なんとかする"はもう一度死なせるということなんですよ。


――それでも、処置を行いますか?」




 女性は、静かに首を振った。



 *



 ラインは、先ほどの女性が抱えてきた子供の病気について、ラダーから聞いていた。


「腐敗病……ですか」


「……数十年前から王都で流行している原因不明の病で、徐々に内蔵が腐り落ちるという症状が出ます。ただ、症状自体は数日で収まるので、体が耐えきるか、初期の段階から魔術で回復を促し続けることで生還可能です。ですが、先ほどのように幼い子供や老人など、体力の無い者が罹ると、その殆どが死に至ってしまう病でもあります」


「その、魔術……というものを初期から使用しても子供は助からない、と?」


「あくまで回復を促せるだけです。エーテルを他者に与えると、一定の抵抗が起こります。傷を塞ぐほどの魔術は、かえって人を傷つけてしまうんです」


 ラダーの話によると、エーテルとは、魂が一定量ずつ生成するエネルギー体であり、魔術の触媒になるらしい。しかし、

他の魂から生成されたエーテルは、他の魂にとってあまり良いものではなく、薄く与える分には悪影響がないものの、多量となると毒となってしまう、とのことであった。


「私は人体を操作する魔術を得手としています。研究の過程で、私の体は多少の傷をまばたきの内に勝手に治しますし、大きな傷も魔術で修復できます。ですが、修復魔術は超高度な魔術であり、誰でも容易に習得できるものではないのです」


「だけど、解決策はある」


 ベッドを片付けたイーシェがラダーに続いて言葉を発した。


「筋肉は傷つくと、前よりも少しだけ強くなって再生する。その原理を利用してゆっくりと再生力を高めればいいって師匠は考えたんだ。しかも、理論さえ完成すれば簡単に覚えられる程度の魔術。俺も、完成のために協力してる」


「……完成すると、いいですね」


 課題に向かって何かを研究する姿をラインは知っている。ラインの記憶にある過去の人間もそうだった。知識を積み重ね、不可能を可能にし、神々にとってはほんの僅かな時間で急成長を遂げる人間という生命体は、確かに賢神の眷属として適していたに違いない。


「あぁ、客人にする話ではありませんでしたね。大変失礼しました」


「いえ、気にしないでください」


 イーシェもその言葉を聞いて気まずそうにしている。

 

「俺も、研究のことになると熱くなっちまって……せっかく王都に来てもらったのに……って、あ」


 何かを思い出したかのような声を、イーシェは上げた。


「?」


 ラインは首を傾げる。


「なぁ師匠。城に帝国兵の情報を報告しなくていいのか?」


 レト達が王都にやってきたのは、帝国兵が辺境へ現れたことで、研究所付近が危険な地帯になってしまったことが理由だった。国境を帝国が越えてきたということは、侵略行為に等しい。特に、王城の人間とつながりの強いラダーはそれを報告しなければならないのであった。


「あー……状況が状況ですし、報告した方がいいですね……。レトと一緒に、ラインさんにも来てもらいたいのですが」


「分かりました。日時は?」


「昼食の後にしましょう。もうこんな時間ですし、簡単なものを用意しますよ」


 そう言って、準備のために動き出そうとするラダーを、ラインは申し訳なさそうに引き留めた。


「あの、私は食事をしなくても大丈夫なのですが……」


「消化機能がない、という事でしょうか?」


「あるにはありますが……エネルギーに変換できないので」


 水分を吸収することで活用も可能ではあるが、水を飲んだ方が圧倒的に効率がいい。吸収した後の食物は圧縮されてキューブ状に加工される。勿論それを食べようと思えば食べられるし、水分が無いので腐りにくく、人間にとっての非常食とすることもできる。ただし味の保証は無い。


「では、食べられる、ということですね? でしたら、ご一緒にいかがでしょう。簡単なものですから、手間もかかりませんし」


 ラインが返答に悩んでいると、視界の端に声が流れた。


『食事行為はエネルギーの廃棄に等しい行為です。影響はありませんが、非推奨です』


「……では、いただきます」


 ラインは声を聞いたことで、食べることを選択した。食事は人にとって感情を動かすものである。機械の体を持つラインにとっては不要の代物でも、自我を持つ現在では全くもって役に立たない、ということはないと考えたのだ。


『意図が不明です』


「確かに、消化にはエネルギーを使用するという観点では無駄な行為です。でも、私が私を自覚したことで、感情について深く知ることができるかもしれません。無駄では、ないと思います」


 ラインは声にそう返した。……同時にラインは気が付く。



 声は自分自身である。考え方、優先するものは多少異なれど、どちらも同じラインの側面である筈。


 しかし、声は『意図が不明』と、そう言ったのだ。研究所に向かう前は自問自答という部分が強かった会話が、今は意見を交わすための会話になっていたのである。


 理由は分からないが、"声"と"ライン"に分裂しつつあるのかもしれない、とラインは思った。

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