13. 『王都』
遠くに見え始めていた王都の城壁も、数十分経つ頃には巨大な壁となっていた。
国の中心に位置するこの都市は、緩やかな円錐状になった地形の上に位置しており、中央には王城、なだらかな坂の上には住宅街や商店街が存在する。王城の近くにある建物ほど規模が大きくなり、富裕層が多く住む地区となっているようだった。
そんな円錐状の土地をぐるりと高い城壁が取り囲み、王都に出入りする者を全て管理している。
門に近づくと、王国の兵士と思しき男が、入都を取り締まっていた。ラインは帝国兵と呼ばれる兵士を見たことはあったが、王国の兵士を見るのはこれが初めてである。鎧の形も全く異なることから、友軍の識別に利用しているのかもしれない。
ライン達を乗せた荷車が門の前へ近づくと、兵士の男は手を上げて荷車を静止する。
「よし、一旦止まれ。凄い量の荷物だが、王都に一体どんな要件で来たんだ? これだけの量を通す場合、他国からの入都は許可証が必要になる。……まぁ、この馬が荷車を引いてきた時点で予想は付くのだが」
寝ていたイーシェは、この時点でようやく目を覚ましたようで、むくりと起き上がった。周囲を見渡し、すぐさま現状を理解したようだった。
「あー……俺だ。訳あって辺境に住んでる知人を連れてきた」
「朝早くにここを出たと思ったら、辺境まで向かったうえにもう帰ってきたのだな。その馬、我々にも譲ってもらいたい程だ」
「こいつほとんど全力で直進しかできないから役に立たないと思うけどなぁ。何に使うんだ? 敵陣にでも突撃すんのか?」
どうやらこの兵士とイーシェは知り合いであったらしい。少し言葉を交わした後、通行の許可が出た。そんな様子を眺めていたラインと、兵士の目が合う。
「む、これは可愛らしい。イーシェ殿の嫁候補かな?」
その言葉にイーシェは顔を赤らめた。
「なっ!? ばっ、ちげーよ! はぁ!?!?」
「いやぁそこまで狼狽えるとはまさかまさか……」
からかうように兵士の男は笑う。
「彼女とはまだ出会って数時間だぞ!」
「いやいや、一目惚れというものも……」
「あるか!」
牙をむいて威嚇するイーシェをレトが宥めつつ、一行はようやく王都の中へ入ることができた。石材と木材を組み合わせてできた建物が王城まで一直線に並び、露店がちらほらと開かれている。レトの研究所ですら文明が後退しているという感想を持ったというのに、これでは大きな古代の石造り集落である。
「窓ガラスの厚みが均一ではない。手作業による生産方法をとっているのだろう」
街並みを観察していたレヴェルがそう言った。これほどまで文明が後退した理由とはなんだったのだろうか。ラインはそう思わずにはいられなかった。
ふと、レヴェルが何かに気付いたように、ある方向へ目を向けた。
「……機械人形か」
ラインもレヴェルが向いている方へ視線を向けると、そこには制服のようなものを着た量産モデルのβ型が、機械人形用の小銃を抱えて歩いていた。
「警備用の……機械人形ですね。数は少ないですが、治安維持を目的として使用しています。状態の良い機械人形は少なく、富裕層では機械人形の保有数がステータスになっている程ですから」
ラインが警備の機械人形を見ていることに気が付いたレトは、丁寧に解説をした。
「俺は苦手だけどな。あいつら、感情がなさすぎて……返事をするだけの壁と話してるみたいだ」
イーシェはふん、と鼻を鳴らした。
「私のこともそう思うのか?」
C6αがずい、と顔をイーシェに近づけて言った。イーシェは思わず目を逸らす。
「……シルファは、ちげーよ。感情あるし」
ラインはC6αの行動が、感情模倣プログラムによるものであることを知っている。警備に使われている機械人形が感情を見せないというのは、記録領域内に感情模倣プログラムのコードが残っていないせいだろう。所詮、この行動も偽物なのだ。機械人形は何も感じないし思わない。もっとも、自分自身、自我があると思いこんでいるだけのプログラムかもしれない。そして、それを証明する方法も無いだろう。
しばらくして、土塊はとある家の前で停止した。どうやら何かの店らしい。
「着いたぞ」
「荷物を運び入れる前に、一旦中へ入りますか。挨拶もしておきたいですし」
レトが店の中に入っている間、ラインとレヴェルは外で荷物を見ていることになった。事実、ラインは王都に滞在するつもりがない。レトがここへ戻って来たときが別れになるだろうと考えていた。
「銃や機械、今の人類が使用しているそれらは殆どが発掘によって得られたものだ。状態の悪いものは直せず、新品同然で残っているものを使い回している」
「何も知らない状態からこの領域にたどり着くには知識が足りないでしょう」
賢神の眷属として膨大な知識を手に入れた人類であるからこそ、機械人形を製造することができたのだ。その知識を失っていると思われる今の人類には到底扱えない技術だろう。
「問題は、何故ここまで文明が後退したか。物珍しいロストテクノロジーとして扱われるまでに、人類は科学技術から完全に切り離された時期があったということだ」
「科学技術の代わりに、一部の人間しか扱えないとはいえ、魔術と呼ばれるものが入り込んでいることについても気になりますね。終点へ行けばこの謎も解明されるでしょうか……」
「その可能性は限りなく低いと推測している」
その時、店のドアが開いてレトが顔を覗かせた。
「ラインさん、レヴェルさん、荷物を中に運んで頂いてもよろしいでしょうか」
その言葉にラインは頷く。適当な荷物を一つ抱え、店へ向かう。中へ入ると、イーシェと長身の男が談笑していた。長身の男はラインに気がつくと、優しく微笑んだ。
「やぁどうも。レトと一緒に来たそうですね」
レトと雰囲気が似ているな、とラインは思った。
「ラインです。荷物はどこに置けば?」
「あぁ、それならあの通路の角を曲がった先にドアが空いている部屋がありますから、そちらへどうぞ」
荷物を一つ部屋へ運び込み、元いた場所へ戻ると、男はラインの方へ向かってきた。
「私はラダーと言います。どうぞよろしく、……?」
そう言って差し出された右手をラインは握り返した。ラダーはラインの手が触れた瞬間、不可解な顔をする。ラインもラダーの雰囲気が変化したことには気が付いたものの、真意までは汲み取れなかった。
「それ、生身の腕ではありませんね?」
思わずラインは手を離した。隠すものではなかったが、明かしているものでもなかったのだ。ラインの骨格フレームは限りなく人間に近い。……というよりは、β型自体が人間と同じ見た目をしているのだ。肌の触感も、温度も、血の流れも、全て再現されている。だからこそ、ラインは言い知れぬなにかを感じたのだ。
「……そうですね」
「あ、申し訳ありません……エーテルが通り難かったものですから」
申し訳無さそうにラダーは目を伏せた。
「エーテル……?」
「魔術を使うための力の源です。人体を操作する魔術が専門でしてつい……。魔術を用いて治療も行っているので、仕事の癖でエーテルを通してしまいました」
「いえ、大丈夫ですよ。隠していることでもないので」
「……ありがとうございます。それにしても、それ程精巧な義手は私でもほとんど見たことがない。帝国には機械人形の仕組みを応用した義肢の開発が活発だと聞きますが、それも帝国製ということでしょうか」
「いえ、私は機械人形ですが……」
ラインが首を傾げてそう言うと、ラダーは納得が言ったように手を叩いた。
「あぁ、そうでしたか! ………………え?」
「え?」
ラインが機械人形であると知らなかったイーシェも固まっている。
次の瞬間、ラダーは談笑しているレトの襟を目にも留まらぬ速度で掴むと、ラインの前まで引きずるように連れ戻した。
「なんですか!?」
「彼女が機械人形というのは本当ですか」
「……本当です。実際に見ましたから」
レトはどこか自慢げに言った。
「レト、あなたのシルファだって歩き方や動作にある程度規則性がある。効率が凄くいいんですよ。人間に似せるために多少は崩れていますが、全体で見れば動きそのものは機械だ。人体を研究している人間なら誰でも分かります」
その言葉にラインは少し驚いた。C6αのような量産モデルは、数値化された歩行パターンに僅かなノイズを加え、姿勢制御プログラムで補正することによって人間の動作に近付けている。根底にある歩行パターンを見破れる観察眼を目の前の男が持っているというのだ。
「ですが、彼女にはそれがない。……手の震えも、眼球の動きも、姿勢の不安定さも、全てが人間そのものなんですよ。彼女を、一体どこで……」
「えっと……話しても?」
レトはラインに視線を向けて確認を取る。ラインは頷いた。
「過去に何があったのかは知りませんが、研究所の前で出会ったんです。シルファの元となった機体は量産型モデルで、ラインさんはその上位個体、β……えっと、なんでしたっけ」
「β-3型改、です」
『機体温度僅かに上昇』
ラインは自身の管理番号を口にしたとき、何故か言葉にできない苦しさのようなものを感じた。機体の温度が僅かに上がったということは何らかの激しい処理が行われた様だが、ラインに詳しいことは分からなかった。
「あぁ、そうでしたそうでした。僕が知っているのはこれぐらいです」
「出会ったということは、あなたが修復した訳ではない……ということですか」
「そうですよ。正真正銘、失われた歴史の中を歩いてきた生き証人です」
ラダーは息を深く吐き、近くの椅子に深く座った。
「……歴史の内容は聞きましたか」
「全てを知った訳ではありませんが。……正直、聞かなかったほうが良かったかもしれません」
「では私は聞かないでおきましょう」
そう言ってラダーは何かを考えるように俯いた。暫く何かを呟いていたラダーであったが、唐突に顔を上げると、ラインの方を向いた。
「……私は魔術を使った医療を研究しているのですが、機械人形の技術、思想を魔術に流用できる部分があると思うのです。直接中を調べなくとも、口頭で構いません。無理にとは言いませんが……少しだけ王都に滞在しませんか」
3章もよろしくお願いいたします。