12. 『ONESELF』
「イーシェさんじゃないですか!」
ラインが握手を交わしていると、レトが駆け寄ってきた。イーシェは軽く手を挙げる。
「師匠から荷物を預かっているんだ。また解析を頼みたいらしい……が、どうやらこの場所で解析を頼むのは避けたほうがよさそうだ」
イーシェは背負っていた荷物を見せて言った。
「……僕に用があったみたいですけど、穏やかな内容ではなさそうでしたね」
彼らは要件を訪ねただけのラインに対し、対話よりも殺害を優先したのだ。もしかしたらレトがC6αを護衛として連れていることを知られていたのかもしれない。そうであったならば、ラインとC6αを勘違いしたとはいえ、レトの保有する戦力を排除する方が交渉よりも有益であると判断したことになる。
「ひとまず王都に退避するべきだな。部屋には空きがあるし、研究所として利用しても構わない」
「命あっての研究ですからね。……最低限の荷物と、研究成果をまとめた資料だけ持ち出しましょう」
レトは門の鍵を開ける。また帝国兵が引き返してくるかもしれないという可能性から、すぐにでも出発することとなった。研究所に入ったレトは、重そうな機械を持ち上げ、外へ運び出していく。
「手伝いますよ」
ラインはレトに両手を差し出した。
「あぁ、ありがとうございます。僕達はこのまま王都へ向かうことになりますから、ここでお別れですね」
レトはラインに機械を手渡す。あれだけの重量を持つ機械を涼しい顔で抱えるラインの姿は、レトにはC6αで慣れている光景であるとはいえ違和感を覚えずにはいられなかった。
「元々私達も王都の周辺へ向かおうとしていたんです。終点へ行くには王都を経由する方が早いですから」
目的地が図らずも同じであったことにレトは驚いた。
「そうだったんですか!」
レトが嬉しそうに笑っていると、膝の裏を何者かに軽く蹴られ、がくりと姿勢を少し崩した。レトが振り返ると、紙の束を抱えたC6αが不機嫌そうな顔で立っていた。
「おい、これどうするんだ」
「あー……全部持っていきますか。それも荷車へ載せましょう」
「分かった」
ラインはこちらを一瞬だけ睨みつけて荷車へ歩いて行くC6αに首を傾げた。ラインも追うように荷車へ向かう。
門の前に止められた荷車の前には周囲を警戒しているレヴェルと、研究資料の紙の束をC6αから受け取っているイーシェが立っていた。
イーシェは受け取った紙束を積み込んだところで、ラインに気が付く。
「結構大きいな。俺が載せるよ」
「では、よろしくお願いします」
ラインは手を伸ばすイーシェに機械を手渡した。
「うし、それじゃあこれ――――をぉぉッ!?」
軽々と機械を抱えていたラインの姿から、大体の重量を推測していたイーシェは、手に加わる想定を遥かに越えた重量に機械を落としそうになった。
「な…んで、こんな重たいもん涼しい顔で持てるんだ……!」
腕を震わせながらも、イーシェはなんとか機械を落とさずに荷車に載せる。
「……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ!」
何度か往復して荷物をすべて運び出した頃には、荷車には山のような荷物が乗っていた。腕から煙を上げながらへたっている少年イーシェは使い物にならないため、C6αが荷車を引き、後ろからレトが押すことになった。4輪であるためか、比較的安定している荷車を、レトは満足そうに眺める。
「お陰で助かりました。イーシェさんもありがとうございます」
「ぅぃ……」
「何度か交代を提案したのですが……」
荷車の上で文字通り荷物になっているイーシェを、ラインは心配そうに見つめる。
「……まぁ、イーシェさんにもイーシェさんなりの意地というのがあるんですよ」
「意地、ですか」
そう言ってレトは門に鍵をかける。次に帰ってくる頃には荒らされている可能性が高いが、仕方ないことだと目を伏せた。
「しかし、この荷物を押すとなると2日3日かかることは覚悟したほうが良さそうですね」
馬は維持の大変さを考え所有していない。かなり時間がかかるということは明白であった。これから始まる長旅について考えていると、イーシェがむくりと頭をあげた。
懐から最初に持っていた木の枝のような物を取り出すと、地面の方へ先端を軽く向ける。
「《生命、太陽、自由、繁栄、基盤》」
『前方の地形に僅かな変化を確認』
ラインがアナウンスを確認した瞬間、足元の土が、ぼこりと持ち上がった。ラインが1歩下がると、溢れ出すように地面から土が盛り上がり、大きな塊となっていく。
「これは……」
徐々に定まった形をとり始めた土塊は、どうやら馬のような形をしているようだった。関節部を補強するように、蔦が幾重にも絡みつく。
「全員乗ってくれ。飛ばすから5時間ぐらいで着くぞ」
気だるそうにイーシェは荷車をぽんぽんと叩いた。
「こんな事もできるんですねぇ」
感心したように言うレト。その一方でラインは目を丸くしていた。そんなラインをイーシェは不思議そうに見る。
「魔術を見るのは初めてなのか? そんな強そうなのに意外だな」
イーシェの言葉に、ラインは答えなかった。
事実、ラインは魔術を見たことがない。かつての人類にそんな力は無かった。当時の人類にその力があれば、神々の首を狩らんとする刃として活用していたことだろう。無論、無かったからこそラインのような機械人形を製造して戦線に投入したのだが。
ラインは魔術を見たことがない。……見たことはない、が、
……神々が振るう権能に似ている、と思った。
「――大丈夫ですか?」
「えっ? あ、はい」
「すごい速いですよね。馬でもこの速度は出ないでしょう」
レトの問いかけにラインが気がついたときには、イーシェは再びの眠りについていた。全員が荷車に乗ったところで、馬を模した土塊がゆっくりと動き出し、加速していく。
土塊もそうではあるが、かなりの重量がある機械人形を3体載せても動じないこの荷車もなかなか不可思議な物体である。
土塊が動き出してから数分も経つ頃には、かなりの速度に達した。景色がすぐに後方へ消えていく様に、レトは心を躍らせている。この速度で道を曲がれば荷物ごと吹き飛ばされるだろうが、王都までは道を直進するだけで着くため、その心配もなかった。
心配があるとすれば、道に落ちている小石に車輪が乗り上げることだが、ラインが荷車から身を乗り出して地面を見ると、小石などの障害物は見えない何かに弾かれるように左右へ跳ね飛ばされているのが見えた。
「魔術が気になるか」
不意に、レヴェルがラインに話しかけた。ラインはレヴェルの方を向き直ると、小さく頷いた。
「魔術が言葉を介して現象を引き起こすものだとするならば、神々の使う言葉である"神代言語"に近いような気がします」
「……世界を創造するための"神代言語"は、口にするだけで神自身の存在すらもすり潰す。もっと自然な……無から有を作るというよりは、有を他の有へ変換している形に近い。言葉を重要視していることから、魔神の権能に近いものであると推測する」
魔神は、戦争が始まって3番目に人類が滅ぼした神である。ラインの記録にもそれは残っている。
「神を滅ぼすと、人はその力を手に入れられる……ということでしょうか」
火を司る神を殺せば火を操る力が、死を司る神を殺せば不死の力が備わるとでも言うのだろうか。
「……整合性に欠ける仮説ではないが、当機は結論を出せるほどの情報を所持していない」
「知らんってことですね」
「肯定する」
ラインは首元にかかった赤色のコアを手にとった。太陽の光を跳ね返すそれを指先で撫でながら、旅の目的を思い返す。
このα-4型のコアをα-1型の墓場まで連れて行く。レヴェルを修理して単独での活動を可能にする。自分に自我をくれた大切な人を探す……。今のラインにはやるべきことが多く残っていた。特に、どこにあるのかも分からないものを探すのは困難を極めるかもしれない。時間をどれだけかけて見つからないかもしれない。
加えて、誰に決められた訳でもない、自分自身で決めた旅。不安もある。だが、感情模倣プログラムが導き出した感情のない言葉を並べ続けるよりは、自分の言葉で自分の思いを伝えられる今のほうが、ずっと、ラインにとって心地よいものであった。
もし、もしも。この旅の先であの人にまた会えたら――――。
ラインは、手のひらの上で輝くコアを握りしめた。
短いものですが、2章終わりです。本来1章と2章のつなぎの予定でしたので、文量が……。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。次章もよろしくお願いいたします。