11. 『遭遇』
道中。レトはラインとレヴェルが持つブレードについて質問していた。
「その……ブレード、でしたっけ。剣にしては特殊な形状をしてますよね」
ラインらが持つブレードは、刀身の中央から先を飛び出しナイフのように収納できる構造であり、そのブレードを納める鞘は刀身の半分以下の長さとなっている。こういった構造ならば、中が空洞になっている筈だが、どうにも壊れる様子がない。
「特殊な液体が中に入っていて、刃の展開と同時に空洞を満たすことで補強と修復を常時行っているんです」
「ナノマシン、ですね。これで機体の修復も行えると。シルファにも搭載したいところですが……」
レトのこぼした悩みの一言に、レヴェルは口を開いた。
「ドックにあるナノマシンを持ってくればいい。ナノマシンはβ型量産モデルの基本機能ではないが、搭載できないわけではない。必要ならナノマシン操作用のプログラムを渡そう」
レトは、ラインやレヴェルの性能の高さを改めて実感していた。情報を高速で伝達し、時には演算すら請け負うこともある。もっとも、C6αにも代理演算の機能があったようで、ただ知らないだけという可能性もある。
ラインの話によれば、連合、という組織がラインのような機械人形を作っていたようだ。ラインが諜報用の機体であるのなら、恐らく連合も人間の組織で、よく都市伝説のように語られる古代の未知の生命体がどうこうという話でもない筈である。
「……我々では到底追いつけない技術力ですね。人が歴史の記録をつけ始めたのは1240年ほど前だそうですが、それ以前は空白のままで、これらの高度な技術力は何だったのか、何故滅んだのかを知るためには出土する遺物を集める必要がありました」
それは今回発掘に行った理由の一つでもある。ラインが機能停止から目覚めたときには1200年以上が経過していたために把握できておらず、稼働し続けていたレヴェルは、突如反応が消えたという事実しか把握できていない。結局の所、滅ぶに至った過程を知ることはできないのだ。
しかし、レトにはもう一つ聞きたいことがあった。
「何故滅んだのかはわかりませんが、何と戦っていたのかは知っているのではないですか?」
レトの問いかけに、ラインは頷いた。
「…? そうですね」
「なんというか、ちょっと踏み込む勇気みたいなものを出してみたんですけど……そう簡単に頷かれると、拍子抜けしてしまいますね」
恥ずかしそうにレトは笑った。ラインはレトの問いに答えるため、記録を引き出す。
「連合……正式には人類連合というのですが、その人類連合は人類全てを一つの国家として統一し、"人間の開放"を目的に戦っていました」
国家同士の戦争が起こる現代よりもはるか昔、全てが統一された一つの国家が存在していたことにレトは驚いた。しかし、同時に不思議な点がある。
世界を統一した国が戦う目的として"人間の開放"を掲げているということだ。
「あぁ、その前にしておかなければならない話がありました。……これは世界が統一される2年前の話ですが、一番大きな国の王の前に、言葉を話す狼が突如玉座に現れ、警告したのです」
「警告?」
「その狼は、『この世界は地上界と呼ばれ、生命を実験体として扱うための世界である。創造神はやがてこの世界を破棄し、完璧な世界を構築するつもりだ。お前たちが開放されるには唯一の方法、"天上界に住まう神々"を殺し、滅ぼし、世界を奪還する他にない』、と言いました」
背中にかかる荷物の重みを感じながら、レトは誰も知り得なかった空白の歴史が、いとも簡単に開示されていることを自覚して体が震えた。
「初めは誰も信じませんでした。しかし、狼が自身を"賢座"を担う神の一柱であると明かし、地上界を救う為にきたのだと、剣と弓を振るうしかなかった当時の人間に、膨大な知識を見せました。そして、『眷属になればより膨大な知識と平和を与える』と言ったところで、平和のために世界を統一しようとした大国の王は、その言葉を信じ、人類全てを"賢神"の眷属とすることに同意しました……と、大丈夫ですか?」
表情が固まったレトを、ラインは歩きながら覗き込んだ。突然ラインの顔が現れたことで、レトは自分が固まっていたことにようやく気がつく。
「え、あ、話の規模が大きすぎて、少し、混乱していました」
「ではもっと簡潔に。膨大な知識を手に入れた人類は地上界を統一、天上界に大量の兵器を送り込み戦争を開始、天上界で潜伏していた私は潜伏先で任務を放棄し連合を裏切って逃亡した、ということです」
空白の歴史を聞いたレトはなんとか情報を頭の中でまとめることができた。それでも、研究所に帰って紙に書き起こし、整理しなければいけないだろう。
「まぁ、大体は理解しました。つまり、文明が滅んだのは人が神に敗北したから、ということですかね」
「戦況は連合が優勢でしたし、そこまでは……。レヴェルは何か知っていますか」
ラインの問いかけにレヴェルは答える。
「33層からなる天上界を、連合は15層制圧した。それ以降の交信が途絶えるまでは優勢であったというのは事実だ」
レヴェルの持つ情報はラインよりも新しいものであったが、それでも戦況は変わらず優勢であったことが分かる。
「終点へ行けば何か分かるかもしれません。レヴェルの修理の他にも、天上界がどうなったか調べるつもりです」
「……僕は考古学者としても活動しています。元々ここへやってきたのは人類の空白の歴史を調べるためだったんですが……このことを本当に歴史書に残すべきかどうか……。この国には宗教だってあります。神を崇める人も多い中、過去に神と人間は殺し合いをしていたなんて書けますか? 僕には到底受け入れられると思えません……」
受け入れられないだけならば、まだ良い方かもしれない。この真実が対立を生み、人を間接的に傷つけることになってしまうかもしれないのだ。レトにはその責任を負う力も立場もなかった。
「歴史が残っていないのは理由があるはずです。……もしかすると、書かないほうがいい理由、があるのかもしれません」
誰も空白の歴史を目撃していない、ということは無い筈である。歴史を残すことが禁止されていた時代ということもなく、文字と言う道具が存在しなかった訳でもない。
それでも歴史が残っていないのは、何かそうさせる力が働いたのかもしれない。当時を知るレヴェルやラインでさえ完全な情報を持っていないのだ。
「……?」
ラインがレトのこぼした一言に言葉を返そうとしたそのとき、聴覚センサーが僅かな音を捉えた。
『研究所周辺から声を感知』
ラインがレヴェルの方を見ると、レヴェルも同時にこちらを見ていた。互いが言わんとしていることは同じらしい。
「声か」
「はい。距離が離れすぎて解析できませんが」
声ということは分かるが、遠すぎて内容が解析できない。
「どうする」
レヴェルに視線を向けられたレトは、顎に手を当てて考える。
「人身売買業者は村を模した研究所に近寄ることは無いはず……。一度近付いて様子を見ましょう」
レトの提案に従い、一行は研究所を目視できる距離まで接近した。門の前には鎧を来た集団が立っており、なにやら門に向かって話しかけている。
「あれは……帝国兵? 辺境とはいえ、国境を兵が越えてくるなんて……」
レトいわく、あの鎧の形は隣国である帝国のものであるらしい。兵士が国境を越えるという行為は、相手国の許可が無ければ侵略行為である。王国と険悪な関係である帝国が、許可を取れるとも思えなかった。
「排除するか」
レヴェルらなら可能だろう。兵士の中に魔術師がいた場合の予測がつかないが、人間よりも遥かに強靭である機械人形が、剣で傷つけられるとは思えなかった。
「……。攻撃された場合、自己防衛としてなら、なんとか……」
実際のところ、反撃を先制攻撃として報告される可能性が高いが、どちらにせよ会って話すしか道はない。仮に研究所の中にある物を奪われたりした場合、王国の損失にもなり得るからだ。
「私が行きましょう。この容姿は相手を油断させるためにあるものですから」
ラインが提案する。確かにラインは諜報用の機体である。レヴェルやC6αよりも穏便に済ませられる可能性が高いだろう。小柄な少女を兵士の前に送るという行為に気が引けたものの、レトは断腸の思いで頷いた。
ラインはゆっくりと兵士に近付いていく。兵士もラインの存在に気が付き、視線を向ける。
先に口を開いたのはラインだった。
「何か御用でしょうか」
ラインの問いかけに、装飾の豪華な兵士が返答した。
「む。我々はレトという名の学者を探し、やってきたのだ。そちらは関係者の一人であると捉えて構わないか」
「はい。レト様の使用人として雇われています」
穏やかな口調で兵士は話す。
「成程。主人に会わせてもらうことはできないだろうか」
「申し訳ありませんが、レト様は多忙につき、現在お客様をご案内することができません。要件なら私がお伝えいたしますよ」
「いいや、直接会わねばならないのだ」
「……わかりました。確認いたしますので、内容の方をお聞きしても?」
ラインの一言で、兵士は少し考えるような動きをした。
「ふむ」
……こん、こん。兵士は指先でプレートで覆われた頬を叩いた。
『――背後から対象が接近。角度220』
「ロック解除」
『ロック解除。承認』
ブレードのロックが外れ、鞘から抜き出したブレードが展開される。ラインが背後の存在に向けて、ブレードを振るう。
ラインが視線をゆっくり後ろに向けると、剣を半ばまで抜いていた兵士が、脇の下にある鎧の関節部にブレードを当てられたことで動きを止めていた。
「これ以上の接近は敵対行動と見なします」
機械的な口調で、ラインは先程まで話していた兵士に警告する。
「速いな。使用人と言うよりは用心棒と言ったところか」
「何故このような行動を?」
「そういう命令、ということだ」
どうやら兵士は既に対話する気がないらしい。その言葉を皮切りに、周囲の兵士全員が剣を構えた。
『対象の数は8』
「……戦闘開始。加速を待機へ」
『加速、待機状態へ移行』
ラインがブレードを背後の兵士の関節部に突き立てようとしたとき、背後から声がかけられた。
「――大丈夫ですか?」
ラインと兵士達が声の方を見ると、見慣れぬ少年が立っていた。その手には木で作られた細長い棒の様な物を持っており、その先端を兵士に向けている。
「その杖…………世界樹か」
そう兵士が呟き、右手を下ろすような仕草をする。それを見た周囲の兵士達は剣を収納し、戦闘態勢を解いた。
「何かお困りならお聞きしますよ」
少年は兵士に鋭い目を向けながら言った。兵士は首を振る。
「いやなに、手違いがあったようだ。……撤収するぞ」
兵士達の態度が急に変わったことに拍子抜けしているラインに視線を向けることもなく、兵士達は去っていった。そんな固まっているラインに少年は声をかける。
「大丈夫か」
「……あ、はい。ありがとうございます」
はっとしたラインはブレードを収納し、少年に向き直った。
「あれは帝国兵だな。何を企んでいるのか知らないけど碌なことじゃなさそうだ」
遠くに見える兵士の背中を睨みながら少年は言った。黒いローブに身を包み、木の棒を持ったその姿は、まるで遊んでいるだけの子供に見える。
「えっと……」
「あぁ、俺はイーシェ、イーシェ・インペリタ。あんたは?」
「ライン、です」
「ラインか。いい名前だな。よろしく」
空いている手をイーシェは差し出す。ラインはその手を握り返した。