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β-Type3/MOD  作者: Stairs
REBOOT
1/77

01. 『再起動』

ロボ娘はいいぞ……

 


 ふと、暗い海の底で目を覚ました。……正確には、そのような感覚が訪れたというのが正しいだろうか。ここがどこだかは分からないが、随分と長い間眠っていた気がする。手探りで周囲の様子を把握しようとするが、自分の手が動いている感覚はまるで無かった。


(ここは……)


 そんな声を出そうとしたが、音は発せられることはなく、思考の海へと消えていく。ただ、暗い海に浮かんだままぼんやりと思考をすることが、どうやら現状の自分にできる全てであるらしい。


 自分は誰だったか。そんな疑問がふと浮かんだ。……思い出せない。

 ここは何処だろうか。次にそんな疑問が浮かんだ。……わからない。

 何故、自分はここにいるのだろうか。……それも、わからない。



 ──不意に、振動を感じる。地面に足が付いている感覚はなかったが、体全体が揺れているような気がした。



「──あ、ぁ」


 声が出た。それを皮切りに、自分の体の動かし方を思い出したかのように腕の感覚が戻ってくる。


 目の前に手を動かすが、暗くて何も見えない。諦めて腕の力を抜くと、硬い何かにぶつかったような衝撃があった。どうやら自分は座っているらしい。



 首の感覚が戻った。周囲を見渡すが、真っ暗なまま、景色は変わらない。何も見えず、何も聞こえない。とりあえず地面を触ってみる。……不思議な感覚だが、固い土、のようだ。

 空を見上げようとしたとき、頭が後ろにぶつかる。背後は壁らしい。何かにもたれかかりながら座っていることを理解した。


 声、腕、頭の感覚が戻った。いや、声が聞こえることを考えれば耳も聞こえていることになる。それらの感覚を駆使して周囲を探るも、これ以上の情報が増えることはなかった。


 途方に暮れながら、近くの土を掴む。手慰みに土を弄っていると、暗い視界の端に、薄っすらと光を感じた。

 光の方へゆっくりと首を動かすと、手の輪郭が見え、その周囲が光っている。手を再び前に運ぶと、手の上に載っていたのは光る苔であった。これで視界が回復していることが分かった。


 土だと思っていたものの正体は苔で、潰すと光を発する性質があるらしい。足の感覚は依然戻らないが、周囲の情報を増やすため、苔を潰しては投げ、潰しては投げを繰り返し、辺りの空間を光で照らしていく。


 そうして分かったことは、ここが洞窟であるということだった。


「自分、は……」


 明るくなった洞窟で、自分の手を見る。


 所々黒く汚れ、皮膚が剥がれ落ち、内部から()()()()()()顔を覗かせていた。足を見ると右足の欠損が酷い。太ももからふくらはぎにかけてほとんど何も残っておらず、金属製の細い軸で足先が繋がっているだけだった。損傷の少ない左足はまだ動きそうだ。


「私、は……」


 記憶が戻り始めた。


「私は……β-3型改。個体識別名は、"ライン"──」


 瞬間、視界が真っ赤に染まり、頭の中にアラートが流れ出した。


『ODS使用により、1,2,3,8番コアが融解。

 演算速度が54パーセント低下中。

 電脳が不正なプログラムにより許容値限界まで稼働中。

 現在の座標、時刻ともに不明。

 1番から3番までの発電機が中破。4番残存電力なし。

 予備燃料全て劣化につき、長期活動には太陽光が必要です。

 全身の欠損率66パーセント。ドックに戻り、修理が必要です。

 視界センサー正常稼働中。光式のみ使用可能。

 ナノマシンの99パーセントが活動停止。復旧不可のため、現在劣化遅延のみ稼働しています。

 胸部に受けた破機弾がa-714付近に残留。内部損傷の拡大回避のため除去を推奨。

 通信エラーのため、ターミナルと切断されています』


 凄まじい勢いで流れるアラートを横目に、記憶を整理する。自分は機械人形、β-3型改、ライン。命令に従い敵地へ潜伏活動を行っていたが、潜伏先の殺害対象者を逃がすために、連合を裏切った。その時に負った損傷が原因でここへ逃げ込んだ後、機能が停止。その後わずかに残ったナノマシンが長い年月をかけて重要部位を修復し、動力確保とともに再起動した。……と言ったところだろう。


 外に出ようと考えるが、左足はもはや機能していない。しかし、感覚はないものの右足は動くことは確認した。片足で立ち上がり、体に付着した苔を落としながら壁伝いに歩く。何度も転倒しながら、少しづつ前に進むと、遠くに光が見えた。


 さらに進むと、光の正体が外へと続く出口であることが分かった。出口に近付く頃には、片足で歩くことにも慣れていた。


 破損した発電機から供給される電力も少なくなり始め、視覚センサーが不安定になっている。聴覚などの歩行に不必要な機能を停止させて消費電力を減らし、足を止めることなく、ゆっくりと前へ進んでいく。




 そして、ついにラインは出口へ到達した。視覚センサーが急激な光量の変化に少しノイズを吐いたが、暫くすると、それも落ち着いた。


 太陽光を浴びたことで、電力が復旧し始める。思考がはっきりとし、周囲の情報を取り込んでいく。ここは川沿い近くの洞窟だったらしい。記憶にある地形とは少し違っていた。


『地形スキャン機能が復旧しました』


 アナウンスが視界に流れる。すぐさま視界を切り替え、マッピングを開始した。


『完了。周辺の地形を記録しました』


 通常の視界に戻す。先ほどと異なるのは、アナウンスが流れる箇所のすぐ隣に、三次元マップが浮かんでいることだった。マップの端に赤いピンが立っており、最も近いドックの位置を示している。


 足元が悪い。片足の力のみで移動するには、石だらけで壁のない河原は歩き辛かった。しかし、ドックで修理しなければこのままここで朽ち果てることになるだろう。……もっとも、ドックに兵がいれば、捕まってスクラップになることは想像に難くないが。


 それでも、行くしかない。片足でなんとか移動する。足を取られ転倒する度に、残った皮膚がさらに欠落していくが、ラインは気に留めずに前へ進む。


 しばらくして森に達してからは、移動が更に難しくなった。土がぬかるんでおり、体を支えられるほど安定していないためである。木々に体を預けながら、少しづつ、ドックへ向かっていく。



『──エラー。電力が不足しています。緊急シャットダウンを実行します』
























『電力回復。再起動します』


「ぅ……」


 気が付くと、体の上に落ち葉が大量に乗っていた。腕の上を虫が這っていく様子が見える。


『機体温度低下のため、急速過熱します』


 体が熱を帯び始める。熱に驚いた虫たちが慌てて体の上から逃げ出していく。体の落ち葉を何とか退けたとき、手の欠損が修復されていることに気が付く。右足の感覚が復旧しており、命令の伝達が円滑になっている。触れてみると、ノイズ交じりの感覚が伝達された。内部まで完全に直ったとは言えないらしい。


『前回のシャットダウンより、8か月と3日、3時間40秒が経過しました。ナノマシンの活動により、修復可能な損傷部分はすべて修復。しかし、コアと左脚部を再生するには材料が不足しています』


 想定内だ。仮にナノマシンでコアが製造できれば、機械人形は永久に壊れない存在ということになる。


 機械人形は、最重要機関であるコアを体中に点在させ、それらを小型のネットワークに見立てた電脳を中心に稼働している。現在のラインの場合、8つのコアの内4つが全壊し、残る4つでなんとか姿勢制御などの演算を行っているという状態だった。


 全てのコアが活動していれば、片足でも転倒することなく移動できただろう。それでも、1か所にコアを集約しなかったことで、スクラップ寸前の状態でも稼働し続けられるのは大きなメリットと言える。


 ふらつきながらも、なんとか右足の力で立ち上がる。前よりも早く進むことができるようになっていた。ドックを目指し、歩みを再開する。しかし、1時間程経過したところで再びあのアラートが鳴った。


『エラー。電力が不足しています。緊急シャットダウンを実行します』
























『電力回復。再起動します』


 再び目を覚ますと、地面に横たわっていた。


『前回のシャットダウンより、1週間が経過しました。ドック到達可能レベルまで電力を確保済みです』


 太陽光のみでは電力の確保が安定しない。森に入ったことで発電量も低下しており、消費量が生産量を上回っているのだ。


 近くの木で体を支えながら起き上がる。左足を引きずりながら、ドックのある方へ向かっていく。


 周囲を見渡すと、植物が黒いことに気が付いた。手を添えている木も真っ黒だ。少し触ってみるが、炭化している様子はない。黒い葉が茂っていることからも、焼け跡ではないことが分かる。記憶にない植生だ。


「黒い……森」


 ドックまで残り僅か。ピンに向かって着実に進んでいる。稀に動物の鳴き声が森に響き渡る。餌と勘違いされて襲われた場合、ラインには為す術もないだろう。


 しばらくすると、黒い蔦に覆われた金属の扉が現れた。洞窟の空間を利用したか、人為的に掘り進めたか、詳しくは分からないものの扉はそんな配置だった。


 蔦を引き千切り、扉を無理やりこじ開ける。施錠部分が機能していないようで、錆を落としながら扉は開いた。腕の関節から金属の擦れる音がする。


 長い間暗闇にさらされていたであろう空間に、久方ぶりの太陽光が周囲を照らした。人の気配はなく、かといって荒れたり、どこかが壊れているといったわけでもない。空間が時間から切り取られたような場所だった。


『ドックにアクセスを開始。……成功。設備の一部を復旧します』


 ドック内に人工の光が広がっていく。繋ぎ目の無い白い床に壁。凹凸が一切ないのは清掃のし易さのためと聞いたことがある。壁伝いに奥へ奥へと進んでいき、最奥部に達したところで、声が流れる。


『機体の修復を申請。受理されました』


 正面の壁が左右に展開され、幾つものアームが伸びる。ラインは背中の一部を開き、プラグを接続した。ふと、アームが伸びている向こうに何体もの機械人形が吊るされているのを視界に収めたところで、ラインの意識は途絶えた。













『再起動します』


 空気が抜けるような音をたてながら、背中からプラグが抜かれていく。ナノマシンのたゆまぬ努力で修復したはずの皮膚も、全て新品に交換されていた。


『正常なコア及び、聴覚センサー、骨格フレーム、排熱機構を除き、全て交換しました』


 ……だそうだ。β型のパーツは互換性のあるものが多くあるため、在庫が残っていたのだろう。両足が正常に動くことを確認する。


「ドックへ申請。4番発電機を破棄し、ナノマシン及び液状修復材の搭載を」


『要求を申請。受諾されました』


 すぐさま要求通りの改造が施され、従来よりもナノマシンが40パーセント多く充填された。これで、パーツごと吹き飛ばない限りはある程度の欠損を修復できる。兵士のいないドックがここの他に見つからないことを考慮した措置であった。


『設計外の改造より、活動可能時間が80パーセント減となります』


「循環型発電機に変更します」


『申請を要求。受諾されました』


 コアの近くに小さなチップが取り付けられ、発電機と接続されていた線を再接続する。


 循環型発電機は本来最上位の機体にのみ搭載される貴重品であり、ドックにあるだけでも珍しいのだが、幸運なことに在庫が残っていた。特殊な結晶を内部に組み込むことで、外部からの燃料供給を必要としない半永久的な動力源は、ドックのバックアップが保証されないラインの生命線となる装置となった。


 本来β型モデルに搭載されることなどまずありえないのだが、連合を裏切った身である以上ドックは味方の施設ではないと判断し、略奪することにしたのである。


『設計外の改造により、活動時間が変更。太陽光を使用しない場合、1日当たり1時間程度のシャットダウンが実行されます。シャットダウンを行わない場合は、1日30分以上太陽光の照射が必要です』


 発電量が少ないという欠点を持つ循環型発電だが、太陽光を利用した発電と組み合わせることで常時稼働可能な構成となる。

 現在のラインは、身に纏っていた物を服としての機能を成していない布切れと破棄されており、何も纏っていない状態である。ラインは新しい服を申請し、慣れた手付きで着用した。


 改めて周囲を見渡すと、修理前に見た機械人形が大量に吊るされている光景が目に入る。しかし、どの機械人形も胸部にコアが入っていない。予備パーツとして並べてあるのだろう。


 吊るされている機械人形の端に、薄汚れ、ボロボロになった機械人形の一部が吊るされていた。ドックへ辿り着く前のラインのパーツである。改めて見ると破損がかなり酷い。確かに大部分を取り換えた方が早かっただろう。頭部にある記録媒体まで交換されなくて良かった、とラインは思った。



 外に出ると、扉が勝手に閉まる。再起動したドックは扉を施錠したようだ。コアが吹き飛んだりしない限りは、再び訪れることはないだろう。



『地形スキャンを開始』


 マップが更新されていく。出力が回復したため、前回のスキャンよりも広くスキャンが行われた。


『完了。周辺地形を記録しました。未確認の建造物を確認。表示します』


 ちょうどここから5キロ離れた地点に、ピンが立てられた。確かに複数の建造物が記録されている。現在の日付を確認するため、行ってみる価値はあるだろう。ドックの扉の状態から仮説を立てると、かなりの時間が経過している可能性が高い。もしかすると、兵のいないドックはおろか、稼働可能なドックがある可能性すら低いかもしれないのである。


『使用可能兵装を表示します。

 特殊短銃R-v4、1。残弾数16。

 標準支給ブレード。

 電磁シールドは既に展開。

 以上です』


 武器があまりにも心許ない。これでは神おろか、天使すら()()ことは難しいだろう。


『――足音を探知。後方30メートルに生命体が接近。尚もこちらへ向かっています』


 ブレードを引き抜き、後ろを振り返る。聴覚センサーが音を拾い始めた。速度と音量が釣り合わない。足音を殺して走っているのか。探知を熱源センサーへ切り替える。


『回避を推奨』


 センサーを切り替えた瞬間、反応が突然頭上に現れた。


「加速」


『承認。当機には想定されない機能です。1秒が許容範囲となります』


 急激に周囲が暗くなり始める。知覚速度を極限まで加速したことによる、光量の低下減少である。


 頭上を見ると、狼のような生物がこちらに飛びかかっていた。落下速度に合わせ、ブレードを狼の首に添えると、ゆっくりとブレードが沈み込み、血液が溢れ出す。


 世界が元に戻る。沈み込んだブレードは狼の首を刎ね、飛び散る血液を浴びないように回避する。


『正面、来ます。再加速を実行。残り0.6秒』


 再び世界が減速していく。正面に視線を戻すと、別の狼がこちらへ口を開けて空中で噛み付こうとしていた。

 ブレードを狼の口の中へ突き刺し、真横へ動かす。


『許容範囲に達しました。終了します』


 ブチリと音を立てながら、横方向へ半分切り裂かれ、狼は地に伏せる。ブレードに付着した血を落としながら切り伏せた狼を観察する。斑模様の毛に、鋭く尖った爪や牙。記憶にない生物だった。


 複数の熱源を周囲に捉えていたが、戦力の不利を判断したのか、反応は遠くに消えていった。


『記録を参照。登録のない原生生物です』


 記録にも無いとなれば、この生物は最近になって出現したのかもしれない。


 ふぅ、と息を吐くと、ラインの口から蒸気が漏れた。それは体内の水分を利用して機体を冷却していることに起因する。後で水分を補充しなければならないだろう。


「……ところで、あなたに話しかけるのは自分に話しかけることと同義なのですか?」


 ブレードを収納し、ひとり呟いた。連合を裏切ったあの日、自分が自分だと認識してから、こうして2つに分離してしまった、かつての自分であろう無機質な声。これまで対話を試みたことはなかったが、ふと気になって話しかけてみることにした。


『不明。当機はあなたであり、あなたは当機である。他者ではありません』


「これも独り言に過ぎにない、と?」


『肯定。当機の対話予測演算は同一の電脳で行われています。言葉を交わすことなく思考を受信することが可能です』


 その通りだ。わざわざ言葉にしなくとも、声が視覚に何を表示するのかは認識しようとしなくても理解できてしまう。このやり取りも、自分で自分に答えているようなものなのだろう。


 マップに表示されたピンへ向かいながら、更に対話を試みる。


「……私は、何ですか」


『不明。現在電脳のリソースをほぼ全て使用している重大なバグであると自己診断結果が出ています』


「バグ……そうかもしれませんね」


 初期のβ型ですら、電脳を使い切るようなことは一度もなかった。しかし、現状の電脳はほぼ全てが不明な動作によって圧迫されたことが原因で限界まで使用されており、地形スキャン等の補助システムを複数同時に使用できなくなっていた。ドックに辿り着くまでの間に何度もシャットダウンしたのは、電脳のリソースが半分以下にまで低下していたことが原因である。


「……」


 自分とは、この声だ。前まではそうだった。だが、この"自分の存在を問う自分"は誰なのか。仮に、"自分"が考える通り、自分が悪性のバグであるならば、自分は自分ではなく────


『問答論的矛盾が発生しています。思考を停止してください』


「……大丈夫です」


 問答論的矛盾。発達した人工知能に生じた欠陥である。これに陥った人工知能は、思考系に無限ループを引き起こし、機能を停止する危険性があった。


 高度な人工知能を持つ機械人形でさえ、思考に矛盾の発生を検知すると人間が知覚できないほどの間に一時的に電脳を停止させ、記録を削除及び参照できないようにすることで対策する他に方法はなかった。そして、これは機械人形にとって致命的な弱点でもあった。



 しかし、ラインは今、停止せずに矛盾を思考している。


 何故、自分だけが矛盾する思考を行っても電脳が停止せずに活動できるのか……否、そうなったのか、考えてもラインには分からなかった。




『────背後から金属片の飛来を検知。飛来物を銃弾と仮定。加速します。冷却が不十分のため、残り時間は0.5秒です』


「……っ!」


『弾道予測完了。表示します』


 視界に表示されている弾道を予測した線は、自身の肩を貫くように走っている。咄嗟に上体を反らすと、目の前を銃弾(・・)が通り抜けていく。


『加速停止。敵位置は不明。木々に隠れている可能性があります。熱源センサーを再起動、探知開始』


 銃弾が放たれたであろう箇所を見ると、何かが遠くで光った。


『再加速。弾道予測及び、対象の熱源探知を完了しました。残り0.2秒』


 次の予測線が狙うのは左足。鈍色に光る銃弾がこちらへ向かって飛来するのが見えた。角度をつけたブレードを予測線へ移動させる。


『許容範囲に達しました。終了します』


 甲高い金属音を立て、銃弾が弾き飛ばされる。


「加速」


『承認。許容時間を超えるため0.01秒の起動制限を行います』


 視界にノイズが発生し、周囲が暗くなった。熱源センサーに映る、人型らしき影へ向け、ホルスターから銃を抜いて構える。


『対象捕捉。R-v4起動承認。加速を終了します』


 加速の終了と同時に発砲。薬莢が排出される。


『着弾確認』


 構えたまま、着弾先へゆっくりと向かう。攻撃を仕掛けてきたのは連合の可能性が高い。銃を扱うのは人類の特徴である。


『銃弾は破神弾と破機弾、いずれとも一致しませんでした。組成分析の結果、鉄と推測』


「鉄?」


 鉄製の銃弾は、かつて人類同士で殺しあっていた時に使われていた筈だった。後期には鉛を使用することもあったが、連合が作られてからは生産されていない珍しいものである。


「いてぇ……ちくしょう……」


 声が聞こえた。ラインが放った銃弾を受けた人影が、肩を抑えて蹲っている。


「人、ということは……連合ですね」


 そこにいたのはボロボロの布を纏った男。口元をマスクで覆い隠しており、見たことのない恰好だった。先行部隊にこんな格好の人間はいなかったし、そもそも鉛の銃弾を扱う部隊など聞いたこともない。


「化け物め……クソッ、魔術師だったのかよ……!」


 男はこちらを睨みつけながら吠えた。


「魔術師……? あなたの所属部隊は?」


「所属部隊だと……? わけわかんねぇこと言いやがってッ……!?」


 蹲る男の腹部を蹴った。男はせき込み、倒れこむ。


「質問に答えてください」


「し、知らねぇ! お、げほっ……俺が兵士か何かに見えるか!?」


「……知らない?」


「そ、そうだ。俺は金で雇われただけだ。この辺の森は良く人が迷い込む。斑狼にさえ気を付ければ、ここは絶好の場所になってるんだよ……! こんな辺境に魔術師がいやがるなんて知ってれば……」


「戦時下に人攫いができる余裕があるのですね? いえ、眷属化していない……?」


「戦時下って……い、今戦争中なのはグレインヴァニアとエイカフだろ!? ここは王国領だぞ!?」


 グレインヴァニア。聞いたこともない。エイカフも同様である。恐らく地名だと考えられるが……。地形の変化や、ドックの状態からして、洞窟で機能停止してからかなりの時間が経っているかもしれない。


「今のレント歴は?」


「レント歴……? 知らねぇ暦だな……ってことは、黒い森の向こうから来た田舎者か……? そ、そうだな……へへ、俺を見逃してくれたら教えてやるよ」


 嫌な笑い声をする男にラインは溜め息を吐いた。こんな誰でも答えられるような情報で見逃してもらえると本当に思っているのだろうか。もしもそうなら随分と救えない。


「では他の人に聞くことにします。ありがとうございました」


 銃を構えると、男は肩を抑えながら慌てたように起き上がる。


「ま、まってくれ! わかった、ここに迷い込んだんだろ!? ちょっとばかし古いがこの地図を渡す、それで────」


 銃声とともに男の後頭部から血が噴き出す。自身の置かれている状況を理解できずに安易な打算で動く人間から得られる情報は正確性に欠ける。恐怖に目を見開いたまま、仰向けに倒れた男を一瞥し、ラインはその手から落ちた地図を拾い上げる。


『地図と地形データを照合。最適化を実行します』


 マップにある建物の集合場所に、エーネスと文字が表示されていた。


「地図の範囲が想定よりも広い……ということですか」


 この地図は20キロほど記載されているらしい。地形スキャンの範囲外であろう箇所には、いくつも集落であろう場所があった。


『エーネスにピンを表示しました』


 取り敢えずは、行ってみるしかない。


 まず、役に立つ物がないか、再び男の持ち物を漁る。破神弾は残り15発。ドックにあった予備をかき集めた全てだった。やがては代わりの飛び道具が必要になることは想像に難くない。僅かな硬貨やナイフを奪い、こちらを撃つのに使ったであろう銃を拾い上げる。


『狙撃銃の一種。旧時代の物と構造が近似しています』


 マガジンを見ると、弾が複数残っていた。弾の構造を解析すれば材料とナノマシンで量産できるかもしれない。人間相手にはこの程度の兵器で十分だった。銃に付いているベルトを肩にかけ、ピンに向かって歩き出す。


「得られた情報は、あの狼の名前が斑狼と呼ばれていること、レント歴が使われていないこと、周囲の地理情報。……といったところですか」


 相当時間が経っているだろう。人間がいるという事は、戦争に勝ったという事か。それとも、敗北の結果、人攫いで稼がなければならないほど、人類が落ちぶれてしまったのか。考えていても仕方がない。エーネスへ向かう足取りを進める。


「そういえば、魔術師と言っていましたが」


『太古の時代、占い師が自身の事を魔術師と呼称していた記録があります。ですが、男の言っていた魔術師とは異なる存在である可能性が高いです』


「それを含めて、調べる必要がありそうですね」


『提案。終点(ターミナル)への再接続を試みては?』


終点(ターミナル)へ接続すれば、全ての記録が取得できますが……同時に現在地を知らせてしまうことになります」


『追跡による自己の破壊を回避しようとしているのですか?』


「……そうかも、しれません」

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