不穏な足音
今日の朝食はマーガリンと砂糖を焼いた食パンにたっぷりつけた極上品だ。お手軽で食べやすい。今日も父親はせっせと支度をして家を出る。もうすぐ市内の陸上競技大会があるらしい。市内の小学校6年生が一堂に集まる大イベントだ。役員に抜擢にされた父は毎日忙しそうだ。母は授業の準備に熱心で、家であまり仕事をしない分、朝出るのが早い。7時になったら俺1人になる。しかし、俺は1人も満喫できるタイプなので特に気にしない。
5年2組の教室につくとなんだか教室が騒がしい。
「仁!おはよう!」
「おはよう、寛太。なんだよこの騒がしさは?」
「どうやら、永治が昨日遊びに出かけてから未だに家に帰ってないらしいんだ。」
「それは大変だな。警察は動いているのか?」
「警察も、先生たちも総出で探しているんだけど、一緒に遊んでいた康平は午後5時ごろに分かれたと言っていてその情報以外は手掛かりはなし。午前中の捜索は警察に任せて、午後は先生たちも捜索の手伝いに行くってことで今日は特別日課4時間になったってさっき和銅先生が言ってたんだよ。」
…いつもと全く違う一日が始まる。
学校が終わって一人で商店街を通って家に向かっている途中、なんだか寒気がしてきた。たぶんあれだ。
神亀文房具店だろう。だんだんと慣れてきた。前回の給食費がなくなった事件からちょくちょく遊びに来ている。少しずつ店長の玲子さんのこともわかってきた。玲子さんは、弘仁大学の歴史民俗学部を首席で卒業、卒業論文はどこかの学会で高い評価を受けたらしく、学芸員として博物館でも働いていたことがあるそうだ。年齢は未だに謎だが、要はかなり頭が良い美人店長ということが確実となった。それとかなりのお金持ちらしい。昔からの地主で、土地をかなり持っていてアパート管理や駐車場を貸すビジネスやらで働かなくてもいいぐらいの収入はあるとのことだ。だからといっていいのか分からないが、お店の商品の値段はお金ではなく、時間だ。時は金なりというが、たぶんそれは嘘で、ただの金持ちの道楽で遊んでいるだけだと思う。
何か事件解決に役に立つ商品でもないかなと探していると、玲子さんが声をかけてきた。
「仁君の学校でなにかあったのかしら?」
「うん。1人、昨日の晩から家に帰っていない子がいてさ、警察も巻き込んでの大騒ぎなんだよ。なにか玲子さん知らない?」
「そうだったのね。もちろん、初耳だから特に知っていることはないけど、最近は何か嫌な感じがするのよねぇ。何って言えないし、漠然とした感じなんだけどさ。」
「俺からしたら、このお店自体がかなり怪しすぎるけどね。今日は何か役に立つ商品がないかなと思って寄ってみたんだ。」
「お望みの商品はあるかわからないけれど、最近は昔の伝手でいろいろな商品を仕入れることができたのよ。ぜひ見て行ってね。」
そういうと、玲子さんは店の掃除を始めた。いつも玲子さんは掃除をしている。店内もいつも異常にきれいだ。店内をうろうろしていると、おもしろいものを見つけた。
「あなたの願い叶えます。宝くじペンケース。 ※ハズレる場合もあります。」
なんだこれは。おもしろすぎる。退屈な日常を打破するかのような一品。いつもはクールな仁だが、たまにはいたずら心も湧くものだ。
「玲子さん。これはいくら?」
「ああ、それね。あまりおススメはしないけど、2Yってところね。」
「え? 値段ってあらかじめ決まっているものではないんですか?」
「あらかじめ決まっているものもあるけど、たいていは時価ね。いろいろな運気とかも影響してくるのよ。あとは、私が仕入れるのにどれぐらい苦労したかにもよるわ。」
「そうだったんですね。2Yかぁ。前回は1Y3Mもしたもんな。合わせて2年3か月も寿命が縮まったってことでしょ。若いから、いまいち実感は湧かないけど。」
「嫌なら別にいいけど。」
「まぁ、いいか。そしたらこれをもらいます。」
「そしたら、そこのつぼに手を入れなさい。」
前回と同様、奇妙なツボが目の前に差し出された。暗すぎて底が見えない。不気味な顔が描かれている。これは何の顔だろうか。おぞましい感じしかしない。災いが降りかかるが、それには決して抗えないと分かっている諦めにも似た表情。おや、前回と表情が少し違う?
そんなことを思いながら、ツボの中に手を突っ込んでみた。すると、あの寒気が突然襲ってきた。頭から氷水を浴びせられたような感じだ。その時、ツボの顔も少し笑ったように見えた。
「どうぞ、持って行って。」
この日も警察と先生たちで近くを捜索したが、未だに見つかっていない。
次の日の朝、学校について朝マラソンを済ませて、神亀文房具店で買ったペンケースを使ってみることにした。ペンケースの中には説明書が入っていた。和紙に筆できれいな文字が書かれている。
①困っていることを和紙に書きます。
②その和紙をペンケースに入れて、ケースの蓋を閉じて、44秒数えます。その後、結果が出ます。
「なんだ。今回はやけに簡単だな。とりあえず、永治を返してほしいって書いとくか。」
この前の余りの和紙を持ってきておいたのでそれに書いた。そしてペンケースに入れて蓋を閉じて、数え始める。
「1、2、3…。」
44秒数え終わったと思うと、急に椅子のねじが外れてバランスを崩して床に頭を打って閉まった。
「大丈夫か? 何だか面白そうなことやってんな。神亀文房具店で買ってきたのか?」
「いってぇ…。ああ、そうだよ。寛太、まずは俺の無事を確認してから質問しろよ。」
「ああ、悪かったな。お前の石頭はしっているからさ。大丈夫だよ。」
「お前が決めるなよ。寛太、永治の件で何か進展はあったかどうか知っているか?」
「いや、昨日と変わらずってとこらしいぜ。早く見つけないと永治の命が…。」
「なんだよ。このペンケースは嘘っぱちかよ。」
そういいながら、ペンケースの蓋を開けると、願いを書いた和紙は真ん中でびりびりに破られていた。これはハズレってことか。ならば、もう一回試そうと決めた。今度は寛太にお願いして書かせた。
「このペンケースはな、宝くじペンケースっていって、願い事を書いて中に入れて待っていると、当たりだったら願い事が叶うらしいんだ。」
「それはおもしろそうだな。さっそくやってみるか。永治を返してほしいっと・・・。」
再び44秒数えた。すると、寛太は急にめまいがしたようでふらついた。
「いってぇ!!!!!!!」
足元に画びょうが転がっていて足にささってしまったらしい。なんだか、ハズレだと痛い思いをするのだろうか。同じ願いではずれ続けると、もしかして最悪、命を・・・。何だか急に怖くなってきた。玲子さんがおススメしないと言っていた理由はこれだったのだろう。しかし、そうはいっても永治の命がかかっている。こっちだってあきらめることはできない。最後にもう一回、仁は冷や汗をかきながら同じ願い事を書いてみることにした。
44秒後、突然教室のドアが大きな音を立てて開いた。和銅先生が血相を変えて入ってきた。
「みんな!永治が見つかったんだ!!」
「先生!ほんとに!?」
「ああ。永治の家の裏で倒れていたらしいんだ。さっきお母さんから連絡があった。でも何か変なんだよな・・・。」
「先生、詳しく教えてくれよ。」
「それがな、永治は何も覚えていないらしいんだよ。夢の中で変なツボが笑ってたのしか覚えてないんだと。」
それを聞いた仁は宝くじが当たって嬉しかったが、それと同時に急に寒気も覚えた。
学校からの帰り道、仁はふと気になることが思い浮かんだ。最近、変な事件ばかり起こる。しかも気持ちが悪いのは、解決はするのだがいまいちすっきりとしない幕引きであるということだ。それも、神亀文房具店に関わってから・・・。神亀文房具店には何かあるはずだ。今度は寛太と一緒に、玲子さんのところへ探りに行ってみようとひそかに心に決めたのであった。