第32話 豆腐小僧
最近私は「やっこ」を研究している。
わざわざ「やっこ」に「」を付けたのは、私はやっこを研究している、では、何だか「はやっこ」というよく分からない読み方になるのを危惧してのことである。
そう言えば昔「飛びっこ」という性玩具があったが、今でもナイトライフで活躍しているのだろうか。
何を書いているのか、と自分でも思うが、「やっこ」とは冷たい豆腐の「冷奴」のことである。
「冷奴」は以前、酒のあてにはなりづらい、というような趣旨のことを書いたが、ここで私は己の不明を恥じ、読者の方に謝らなければならない。
どうも済みませんでした。
それで改めて、「冷奴」は酒のあてにじつに良い、と記す。
私がどのように「やっこ」を食べているかご紹介しよう。
酒のあてにする「やっこ」に必要不可欠なのは薬味と醤油である。
「その前に、やっこの素材は何なのだ?」という疑問が聞こえたような気がするのでお答えしよう。
やっこは(面倒くさくなってきたので「」は外す)安物でも高級品でも何でも良い。
しかし、酒のあてにするのであれば、爽やかさが肝要になるので、味の濃い豆腐は避けたほうが無難ではある。
あまりに濃厚な豆腐はおかずとして召し上がったほうが宜しいのではないか。
私が愛食しているのは、業務スーパーや近所のスーパーで販売されている19円〜50円くらいの豆腐である。
で、この19円のものと50円くらいのものに味の差異があるかと言うと、無いのではないか。
ひとえにそのお店の企業努力が値段に反映されていると感じる。
従って、19円の倍の価格の38円の豆腐を購入したからといって、さぞかし旨いのだろうな、といった期待は呆気なく破られると覚悟していたほうがよろしかろう。
そして、酒のあてにするのならば絹ごしがよい。
木綿の歯ざわりを愉しむのも通だと思うが、やはりやっこの王道は絹だ。
絹ごし豆腐をゲットしたならば、それに合わせる薬味が必要になる。
豆腐や納豆などの大豆食品になんとも合うのは長ネギである。
一般にネギや大根などは土に植わっている肌の白い部分が辛味が少ないので、長ネギもその伝に従って、白い部分を薄切りにして使うとよい。
次に、やっこに合うのは生姜である。
これはチューブに入ったものを使ってもよいのだが、いかんせん風情がない。
できればおろし金で根生姜をすりおろして豆腐にかけて頂きたい。
その生姜だがやはり中国産のものが安価である。
まぁ安価といっても目を瞠るほどの値段の違いはないので、カネに余裕があるときは国産を使うくらいの気持ちでよいのではないか。
問題の味は、国産も中国産も大きな変わりはないと感じる。
ただ、安全面を考慮するならばどうしても国産になるのだろうか。
さて、やっこを皿に安置しその上から根生姜をすりおろしてかけ、薄切りにした長ネギを乗せる。
醤油を多目にかけ、油を少し垂らせば完成である。
完成なのだが、にわか食通となった私は醤油にもこだわりたい。
といっても所詮貧乏人なので高価な醤油には手が出ないが、安価で旨い醤油もあるのである。
それは「正田の醤油」で、これを製造しているのはなんと上皇后美智子様のご実家であるそうな。
そんなにありがたい醤油が安い時には1リットル100円くらいで買える。
この醤油はクセがなくさっぱりとしており、やっこには最適である。
もう少しカネに余裕がある、または、味に妥協したくないと強く願う方は、だし醤油を使うのも一興だ。
醤油の後に油をかける、というのに疑問を感じた方もいらっしゃるだろうが、油をかけるとコクが出る。
油はサラダ油でもよいし、ゴマ油でもよい。
私は米油をかけることが多い。
こうして出来上がったやっこはじつに酒に合う。
しかし、長ネギというのは値段の変動が激しい野菜なので、あまりに高騰している時は手が出せない。
つまり、豆腐に生姜をすりおろして醤油・油をかける簡易バージョンにすることもある。
私はしばらくの間、この簡易バージョンが完成形なのではないかと思っていたが、最近かつお節を乗せることもやり始めた。
素豆腐では味気ない、と薬味や醤油に凝ってみたが、まだ奥がありそうで愉しい。
豆腐といえば、豆腐小僧という妖怪がいる。
妖怪といっても害のない妖怪で、竹の笠をかぶった小僧が、盆に乗せた豆腐を勧めてくるのだそうである。
その豆腐を賞味すると体中にカビが生えてしまう、というような創作が後世付け加えられた。
ただ豆腐を勧めてくる小僧が妖怪だとは何ともユーモラスで、しかし私なんかはどこらへんが妖怪なんだろうとも思う。
しかし、梅雨の時期におっさんが盆に乗せた豆腐を勧めてくる、となると、これは豆腐屋の営業か、もしくは通報案件になるのではないだろうか。
世知辛い世の中である。
それはともかく、やっこはこれからの時期にぴったりな酒の共なので、皆さんも色々工夫して召し上がってみてはいかがだろうか。
お読み頂きありがとうございました。