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第3話 大学進学

 大検が思ったよりラクに合格できたのはマークシート方式だったのが大きい。


 分からない問題は鉛筆をころがして回答した。


 当時の私には友人がいた。


 ほとんどが、中学時代からの友人だ。もしくは、中学時代の友人の紹介で知り合った友人だ。


 友人はいないより、いたほうが良い。ネットだけで繋がっていても、友人だ。

 

 とにかく誰かとコミニュケーションをしたほうが良いと思う。


 指摘はされなかったが、私が対人恐怖症だということは、皆なんとなくわかってたんじゃないかと思う。


 対人恐怖症から、基本、家にこもりきりの私が、なぜ友人たちと遊ぶことが出来たのかというと、私の部屋がいわゆる溜まり場になっていたからだ。


 溜まり場というと、不良とかが寄り集まってシンナーを吸っていたりするイメージがある人もいると思うが、私の部屋はもっとユルイ感じの溜まり場だった。


 タバコは吸っている奴のほうが多かったが。

 

 今考えると不思議なメンバーが集まっていたと思う。


 マイルドヤンキー系、結構頭いい奴が行く学校のマジメ系、など、陽キャも陰キャもいたが、当時にそんな言葉はなく、放課後の時間を私の部屋で過ごしていた。


 テレビゲームをやることもあったが、4人いる時はだいたい麻雀になった。

 

 皆カネを持ってなかったので、賭けなかったが。


 カネを賭けないかわりに、ランキングみたいなものを作り、ゲームに趣向を凝らした。


 盤面を広げてモノポリーをすることもあった。ボード版の人生ゲームをすることもあった。


 なにかゲームをしていれば、それについての話題も生まれるし、悪い選択じゃなかったと思う。


 友人たちと遊ぶことで、私にも社会性が身についたと思うし、学校に行っていない劣等感も少しは緩和された。


 有形無形の恩恵を受けたことは確かだ。


 もう皆としばらく会っていないが、あの時はありがとう、と言いたい。

 

 私の友人たちは皆高校生だったが、進学・就職どちらにしても地元を離れる奴が圧倒的に多かった。


 こうして、ユルイ溜まり場の日々が終わった。


 私も大検を取ったあとから、大学進学を目指していたが、熱心に勉強していたわけではなかった。


 大検の勉強も、友人たちが帰ったあとに1時間くらいしただけだった。


 しかし、日本には(外国のことは知らないが)驚くほど簡単に入学出来る大学があるのだ。

 

 私が受験した大学の入試は論文だけだった。


 論文といっても800字くらいなもので、内容も自由。めちゃくちゃ甘かった。ちなみに私は麻雀のことを書いた覚えがある。


 これで合格したのだから、当時の私は世間をナメていた。


 大学といっても、通信制大学だったが。


 社会のどの団体にも属していない状態は、本人の自尊心を低下させると思う。


 誰かに自分のことを紹介する時、通信制とはいえ、大学生ですと言えるのはとても大きい。


 大学に合格した私は、合格祝いに買って貰った車であちこちに出かけ始めた。

 はっきり言っておくが、うちの親は甘かった。


 日々の生活で贅沢をしていたわけではないが、父親はサラリーマンながら結構貰っていたみたいだった。

 母親もただ家にいるのはイヤだと言って、勤めに出ていた。


 日中両親がいなかったから、私の部屋が溜まり場になれたのであろう。


 大学は通信制で、毎日通う必要はない。


 対人恐怖症だが、肉体的には健康なので若い血が騒ぎだす。


 友人たちは進学・就職で地元にはほとんどいなくなった。


 移動手段として車が手に入った。


 上記のような条件から私はパチンコにはまってしまった。


 パチンコをするにしても、どこからそのカネを捻出するのか、というと、親からせびった。


 大学の勉強をするのに必要だからとか、なんだかんだ理由をつけて親からカネを引っ張った。


 対人恐怖症の自分が外の世界に慣れるため、とか無理やり自分を正当化してパチンコに励んでいた。


 もちろん、パチンコ屋でも緊張していた。


 緊張していたが、パチンコは台に向かってハンドルを握っていれば事足りる。


 デパスやレキソタンを飲んでいれば何とかなった。


 パチンコは勝ったり負けたりだった。


 トータルすれば確実に負けている。


 雑誌を読んで釘の読み方を勉強したり、ボーダーの計算をしたりしたが、立ち回りかたが下手だったのか、店が悪かったのか。


 緊張というと精神的なほうばかりに目がいくが、実は肉体的にもダメージがある。


 緊張すると体がこわばることからもわかると思うが、肩こりだ。


 薬を飲んで緩和させているとはいえ、長時間緊張し続けていると、ものすごく肩がこる。


 しかも、パチンコ自体、これまた肩がこるような姿勢を取り続ける。


 しかし、パチンコは面白かった。


 トータルでは負けていると書いたが、当然勝つこともあった。


 ハタチやそこらの自分には不相応な金額が手に入ることもあった。


 当時はまだ1円パチンコなどなかったし、客もまだいた。朝の並びにも行列が出来ていた時代だった。


 客がいれば店の出玉にも反映されたはずだった。


 私はパチンコばっかり打っていたが、スロットのギャンブル性がグングン上がっていたのもこの頃だったように思う。

 読んでいただき、ありがとうございます!

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