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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第6章 ひきこもり、帝国へ行く

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閑話・団長さんのひとりごと

ノルトン駐屯兵団団長ラキオス・グラディア


序盤でヤモリ君を投獄し、後に自宅に保護。

そして辺境伯に紹介してくれた人です。

第6章後半で少しだけ出番がありましたが、

その辺りの裏話というかなんというか。

「あら、いらっしゃいませラキオス様」


「閣下は居られるかな。報告したい事があるのだが」


「間も無く戻られると思います。どうぞ中でお待ちください」



 昼下がりのノルトン辺境伯邸。


 先触れもなしに訪れた私を快く招き入れてくれたのは、この屋敷の使用人頭、エレナだ。


 庭園に面した応接室に通され、すぐにお茶が出される。急な来客にも関わらず手際の良い応対だ。


 お茶と菓子を運んできた他の使用人を退室させ、エレナは応接室に残った。先程までの淑やかな仕草と笑顔はどこへやら、仁王立ちに腕組みの体勢で私を睥睨している。



()()()()。まーた連絡せずに来たわね? 何遍言ったら覚えるのよ」


「そう言うな、エレナ。事前に約束したところで、閣下がじっとしている訳ないだろう」


「私達の仕事に関わるの! 大旦那様は……まあ、自由なお方だから」



 フン、と鼻を鳴らして口を尖らせるエレナ。


 私とエレナは、ノルトン生まれノルトン育ちの幼馴染で、所謂腐れ縁である。三十年を越える付き合いなので、二人きりの時はいつも砕けた口調となる。



「で、閣下は何処へ?」


「エニアが帰ってくるから北門まで出迎えに」


「ああ、例の件か」



 魔獣大発生がユスタフ帝国の仕業であると判明し、今度こそ帝国を倒す事が決まった。閣下……グナトゥス様はわざわざ王都に出向き、国王陛下に攻め込む許可を貰い、軍に応援要請をしてきた。その応援の軍勢がやってきたのだ。予定より少し早い。


 現在の王国軍軍務長官はグナトゥス様の一人娘、エニアだ。私とエレナの幼馴染である。故に普段ならば付ける敬称も、私達だけの時は省かれる。


 エニアがノルトンに帰ってくるなど、何年振りだろう。軍務長官に任命されてからの帰省は初めてかもしれない。それ程に、エニアは日々忙しく働いているのだ。



「……戦争がまた始まるのね」



 扉に背を預けて、エレナがふと呟いた。


 私達は二十年前の戦争を経験している。当時はまだ未成年だったので、私は一介の見習い兵士、エレナは避難所で炊き出しの手伝い等をしていた。


 クワドラッド州の南半分は戦場となり、ノルトンは最終防衛拠点として要塞化された。怪我人や死者も多く、前線に出ていなくとも、その悲惨さは肌で感じられた。


 私も戦争後半から正規兵となり、駐屯兵団で鍛え上げられてきた。数年前、前団長の引退に伴い、繰り上げで新たに団長となった。



「こちら側には被害が出ないようにする」


「そうは言うけどねぇ、戦えば怪我もするし、最悪死んじゃうかもしれないのよ。もう嫌よ、あんなのは」



 エレナの父親は駐屯兵団の兵士だった。戦争で負った怪我が原因で亡くなっている。家計を助ける為に、辺境伯邸に奉公に出たのが始まりだ。以来ずっと働き続け、数年前にエレナは使用人頭となった。



「昔のようにならんように、閣下は王都に応援を要請しに行ったんだ。昔とは違うさ」


「……ええ、そうよね」



 話しているうちに、表が騒がしくなった。



「あ、戻られたわ。出迎えに行かなきゃ」


「私も行こう」



 ひとたび応接室を出れば、エレナはもう使用人頭の顔に戻る。裏に控えている他の使用人達に声を掛け、出迎えの準備を始める。もう気安く話したりは出来ない。


 庭先に出ると、グナトゥス様とエニアが馬首を並べて庭園を進んできた。王都からノルトンまで、ロクに休まずに来たのだろう。エニアの顔や服は砂埃などで汚れていた。



「お帰りなさいませ、エニア様」


「「「お帰りなさいませ!」」」



 使用人達の声が続く。恭しく頭を下げていた頭を上げると、エレナはすぐにエニアの側に歩み寄った。



「湯浴みの用意が出来ております。どうぞこちらへ」


「ええ〜、お腹空いてるんだけど」


「先に・湯浴みを・致しましょうね?」


「……はぁい」



 言葉遣いは丁寧だが、圧が凄い。


 あのエニアにすんなり言う事を聞かせられる人物が、この国に何人いるだろうか。


 エニアを逃さぬようガッチリと肩を掴み、その傍で他の使用人に指示を出している。非常に優秀な上司だ。



「なんじゃラキオス。来とったんか」


「は。報告したい事が幾つかありまして」


「よし聞こう」



 執務室で報告を済ませ、帰ろうとしたらそのまま晩餐に呼ばれた。久し振りに顔を合わせたのだからと、エニアが誘ってくれたのだ。


 グナトゥス様は王都から来た第四師団長・ブラゴノード卿や司法長官・アーニャ殿と街で飲んでくるという。あちらも旧友同士、積もる話もあるのだろう。



「魔獣の大量発生、大変だったんじゃないの? ラキオス」


「なにしろ数が多かったからな」



 食堂に居るのは、エニア、私、給仕のエレナの三人のみ。従って、自然と敬語抜きでの会話となる。



「ま、ラキオスの心配は全っ然してなかったけど」


「実際、ケガひとつしてないものね」



 笑い合うエニアとエレナ。


 この二人は昔から仲が良い。古参貴族と平民ではあるが、エニアはこの通り貴族らしさは微塵もない。エレナが奉公に上がる前から、街で一緒に遊んでいた仲である。もっとも、その頃はエニアが貴族の令嬢だと誰も知らなかったのだが。



「そういう奴だよお前らは。……しかし、ようやく落ち着いてきた所だったんだが」


「悪いわね。お父様がどうしてもケリを付けるって聞かなくて」



 エニアがノルトンに来たのは、グナトゥス様が帝国に攻め込む手伝いをする為だ。第四師団も来ているが、駐屯兵団も勿論駆り出される。平穏は長く続かない。


 翌日から、エニアは国境の下見や見回りなどで領内を走り回った。私も普段の仕事に加え、帝国攻めに向けて準備を進めていた。


 そんな時、信じられない報せが届いた。




 エニアの愛息子の誘拐。




 王都からの使者に掴みかかり、話を聞き出そうとするエニア。夜を徹して馬を走らせ知らせてくれた使者を、労うどころか締め上げている。あんなに取り乱したエニアの姿は初めて見た。



「落ち着けエニア! 使者殿に当たってどうする!」


「うるさいうるさいうるさい!! 嘘よそんなの! 嘘だって言いなさいよ!!」


「エニア!!」



 思わず人前で呼び捨てにしてしまったが、非常事態だったので誰からも咎められずに済んだ。


 なんとか使者から引き剥がしたが、その後屋敷の庭園で暴れていた。エレナが「坊っちゃまがこの庭園の有り様を見たら悲しむわよ!」と止めなければ、恐らく屋敷周辺も破壊されていただろう。


 我に返ったエニアは、エレナと抱き合ってわんわん泣いた。エニアの涙を見たのも初めてだった。



「ヤモリ君の身柄と引き替え、だと?」



 改めて使者から詳しく話を聞いてみると、犯人からの信じられない要求の数々が明らかとなった。



 ラトス様と異世界人の人質交換。


 期限は十日以内、場所はユスタフ帝国の帝都。


 兵士や騎士の同行禁止。



 身柄を要求しているという事は、帝国も異世界人の有用性に気付いているのだろう。ヤモリ君の齎した異世界の情報は素晴らしい。それを上手く活かせる事が出来れば、国を一層発展させる事も可能だ。


 期限は厳しいが、これは急げば何とかなる。


 問題は、兵士や騎士の同行禁止の方だ。帝国は魔獣の発生源と考えられている。そこに向かうのに、戦える者は行けないという。これでは私は勿論、グナトゥス様やエニアも救出に行けない。無理難題を突きつけて、ラトス様を返さないつもりだろうか。


 この国には他国と違って魔法使いが存在する。ちょうど司法長官が来ている事だし、戦力的にはなんとかなるかもしれない。


 ヤモリ君の事は、彼がノルトンに来た時から知っている。おっとりとしていて、人見知りで、外に出たがらない。地味で控え目な、ごく普通の青年だ。幾らラトス様を助ける為とはいえ、ヤモリ君を帝国に差し出して良いものだろうか。


 もし彼が嫌がるようであれば……。


 しかし、そんな考えは杞憂だった。


 ヤモリ君は、自ら進んで人質として帝都に向かう事を決めたという。決して打ち解けているとは言えなかったラトス様とヤモリ君だが、どうやら王都で仲良くなれたらしい。


 使者の報せの翌々日には、オルニス様とヤモリ君、そして何故か第ニ王女のシェーラ様がノルトンにやってきた。


 久し振りに会ったヤモリ君は、以前より人と話す事に慣れた様子だが、控え目な性格は変わっていなかった。


 現在は王宮にお世話になっているようで、身に着けている衣服は地味な意匠だが上等な布地が使われている。



「ヤモリ君、久し振りだな。こんな時で無ければ再会を祝えたのだが」


「そうですね。でも、また団長さんに会えて嬉しいです」


「私もだよ」



 彼の頭を撫でようと手を伸ばした所で我に返る。ヤモリ君は、もう私の保護下にいる訳ではない。国王陛下のお気に入りの彼に対し、気安く触れたり子供扱いするのもおかしいか。そう思い直し、肩を軽く叩くに留めた。





 国境から帝国領へと入る直前、ヤモリ君が振り返った。その時、私はどんな表情をしていただろうか。小さく頭を下げ、再び前を向いた彼の後ろ姿を見送るのは辛かった。何故私はついていけないのだろう、と。


 それはグナトゥス様やエニア、駐屯兵団(うち)の兵士達も同じ気持ちだったと思う。


 ヤモリ君達が帝国領へ入ってすぐに、魔獣の群れが国境の石壁を乗り越えて襲ってきた。


 第一陣は、約三百匹。これはすぐに倒した。


 第二陣も再び三百匹。鉄扉を破壊した場所以外からの襲撃で、兵を広く配置していなければ取り逃がすところだった。


 その後も数時間毎に魔獣の襲撃があった。兵を交替で休ませながらの対応が続く。幸い、白の魔獣が居なかったので、一般の兵士でも束になれば十分対応出来た。


 やはり帝国から魔獣が発生している。そんな場所に少数で大丈夫だろうか。


 その日の夜に、司法長官のアーニャ殿から魔法で定時報告が来た。あちらは順調に帝都に向けて進んでいるという。どうやら、魔獣の襲撃はサウロ王国側だけに向けられているようだ。これには、残った全員が安堵した。




 どうかラトス様を救い、ヤモリ君も無事に帰ってこれるように。



 そう神に祈りながら、私は魔獣に剣を振るい続ける。これが少しでも彼の助けなると信じて。

団長さんのひとりごとでした。


ヤモリ君達が帝都を目指している最中も、国境では度々魔獣が大量に襲ってくるので頑張って退治しているようです。


次回、5&6章の登場人物紹介です。

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