7話・初めての事情聴取
投獄から丸二日、見張りの兵士が牢の鍵を開けた。
やっと取り調べが始まるのかと思ったら、何故か兵舎の一階にある風呂場に通された。
体を洗うように指示され、脱衣所に着替えが用意されていた。今まで着ていたような生成りのシャツではなく、真っ白な質の良いシャツと紺色のズボン。
こっちの世界の死装束じゃないよね?
死刑を前に身を清めろって事かと怯えつつ、お湯を被って体を洗う。
キサン村で最後に水浴びしてから今まで、四日か五日くらい洗ってない。借りたタオルを湯に浸して体を擦ると、びっくりするくらい垢が出た。肌に付いてた砂や汚れが落ちる。
それに加え、地下牢で陽に当たらない生活をしたおかげで日焼けの赤みが治り、元の色白な肌に戻った。
ボサボサの髪も備え付けの石鹸で何度も洗い流した。櫛で丁寧に梳かして乾かせば、肩まで伸びた黒髪が綺麗にまとまった。
着替えて風呂場から出た僕を見て、見張りの兵士が驚いてる。そんなに見た目が変わったのだろうか。
「に、二階へどうぞ。ご案内します」
何故敬語!?
さっきまで牢屋にブチ込まれてた容疑者に対する態度とは思えない。僕が投獄されてる間に何かあったのだろうか。
困惑しつつ、兵士の後について歩く。
階段を上がり、長い廊下の突き当たりにある扉の前に来た。他の扉より大きくて造りが立派だ。
兵士がノックすると、扉が内側から開けられた。
「お連れしました」
「ご苦労」
案内の兵士が告げると、奥に座っていた体格の良いおじさんが手招きしたので部屋に入る。
広い部屋の床には隙間なく絨毯が敷かれ、机や椅子、書類棚、ソファーに至るまでどれも高そうに見えた。
おじさんは四十代前半くらいで、短い茶髪を後ろに撫で付け、詰襟の制服らしき衣装を身に付けている。この場で一番偉い人だと一目で理解した。
そして、室内には兵士の他に数名の人がいた。
壁に沿って整列しているのは一般の人だと服装で分かった。彼らの視線が僕に集中したので、怖くてそちらを見ることは出来なかった。
「こちらへ」と促されるままに応接セットのソファーに座ると、おじさんが向かいに腰を掛けた。
「私はラキオス・グラディア。ノルトン駐屯兵団の団長だ」
駐屯兵団というのがどういうものかは分からないけど、とにかく偉い立場の人だという事は間違いない。
正面に座る団長さんは、自己紹介の後黙ってこちらを伺っている。僕が喋るのを待っているようだ。
「……や、家守明緒、です」
「ヤモリ? ……変わった名だ」
軽く首を傾げた後、団長さんは姿勢を正した。
「君を牢に入れている間、キサン村に調査団を派遣した。その結果、商人ロイス君の証言通り、キサン村の住民九名の遺体を確認した」
壁際に立つ人の中に、そのロイス少年が居た。彼は神妙な表情でこの報告を聞いている。
「遺体の傷や現場の状況から、死因は全て村内に侵入した魔獣『白狼』に因るものと調査団は判断した」
団長さんの言葉に部屋の中がざわついた。「あれは白狼だったのか」「なんでそんな魔獣が」等の囁きが聞こえる。
「白狼は全て倒され、死骸は村の外に全て積まれていた。……これは君が?」
「いえ、倒したのはロフルスさんと村長さんで、僕は後で死骸を外に運んだだけです」
「君が倒したのではない、と?」
「はい」
それを聞いて、団長さんはソファーの脇に立っていた白衣の老人に目配せをした。
「アトロスさん、検死結果を」
「それでは、私からご報告を。白狼の傷はいずれも斧と鉈によって付けられたものです。そして、村人九名の死因も白狼の爪と牙による傷が原因の失血死です」
「ふむ、ヤモリ君の証言と一致するな」
白衣の老人、アトロスさんはこの街のお医者さんらしい。
報告に満足したように、団長さんは何度も頷く。そして僕に向き直り、深く頭を下げた。
「すまない。君を容疑者扱いし、牢に入れたのは私の指示だ。調査隊からの報告では、村人達の遺体は丁重に埋葬されていたという……君がやってくれたんだろう?」
「は、はい」
僕が肯定した直後、壁際に控えていた人達が一斉に駆け寄ってきた。そして全員が僕に頭を下げる。異様な光景に思わず後ずさる。
「あんたが犯人だと誤解していた!」
「綺麗に埋葬してくれて、本当にありがとう!」
「疑ってすまなかった!」
謝罪と感謝の言葉に、僕は首を振った。
「でも、誰も助けられなかったし、何にも出来なくて……」
あの夜の事を思い出すと後悔しかない。
もっと早く離れから出ていれば、獣は倒せなくても一人くらい助けられたんじゃないかと何度も考えた。
自然と涙が出てきてしまう。
アトロスさんが僕の側に膝をついた。
「ここに居る者達は、ノルトンに住むキサン村出身者です。調査団に同行して実際に現場を見てきました。貴方が一人一人に布を巻き、地中に埋葬してくれたおかげで、遺体は他の獣に荒らされる事なく綺麗な状態でした。検死もしやすくて助かりました」
少しぽっちゃりとした、垂れ目がちな顔立ち。この顔には見覚えがあった。
「村長の奥さんに似てる……」
僕の呟きに、アトロスさんは目を細め「私は弟です」と笑った。明るくて元気だった奥さんの姿を思い出し、僕はまた泣いてしまった。
団長さんが手を叩くと、僕の側から全員離れて元いた場所に戻った。
「確認したいのだが、君がキサン村に居た経緯は?」
「えっと、森の中で迷ってる所をたまたまロフルスさんに保護されて、村長さんのお宅でお世話になりました」
「ふむ。それはいつ頃か覚えているか?」
「日にちはちょっと……あ、村に来た次の日に、一昨日行商が来たからと、果物を出して貰いました」
その言葉に、ロイス少年が頷いた。
「前回キサン村に行った際、ブリエンド王国から仕入れた果物を村長の奥さんが買ってくれました。多分それだと思います」
裏付けが取れ、団長さんは納得したようだった。
「では、白狼が村を襲った時の状況を。覚えている限りで構わない」
「は、はい」
記憶を辿りながら、僕はあの日の出来事を語った。
まず、夜に赤ちゃんの泣き声が聞こえた事。
赤ちゃんを探しに、村の人達が全員家から出た事。
その後、獣の吠える声と悲鳴が聞こえた事。
村長さんが僕を守る為、離れの扉に鍵をかけた事。
遅れて窓から外に出たら人が倒れていた事。
たどたどしい僕の説明を聞きながら、キサン村出身の人達や、ロイス少年、団長さんも辛そうにしていた。
村長の奥さんの最期の言葉の下りで、弟であるアトロスさんが泣き崩れた。襲撃の翌日から数日掛けて遺体を埋葬した話では、団長さん以外全員涙ぐんでいた。
「しかし、白狼は群れで行動しない筈だが、実際六匹の死骸が残されていた。それに、あの辺りに魔獣など生息していただろうか」
団長さんの呟きに、
「村に居た頃は魔獣なんか見た事なかったですよ」
「猪や兎はよく狩りましたが、狼はいませんでした」
と、キサン村出身の人達が口々に証言する。
ただ、最近国境付近で見慣れない獣の目撃情報が相次いでいる為、近隣の村に柵の強化をするよう指導はしていたという。
本来この辺りにいないはずの魔獣が出没してるって事か。
僕、そんな中を歩いて移動してきたの? 野宿までしちゃったよ。運が悪ければ、襲われてたかもしれなかったんだ。今更ながら、自分の無謀さに震えが来た。
「君が着ていた服に、魔獣の血が付いていた。白狼より弱い魔獣は、その匂いを恐れて近付かなかったのではないかな」
なるほど、魔獣の死骸の片付けをしたから助かったのか。
キサン村の件もあり、他の村には兵士を派遣して柵の増設や警備をしているらしい。
僕の証言も、今後の警備の参考になると言われた。
「さて。容疑は晴れ、その功績も明らかになった以上、君は自由の身となるが……門番から通行証がないと聞いたが」
「は、はい」
「紛失ではなく、最初から持っていなかった、と?」
「そうです……」
そもそも通行証がどんな物かも分からない。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、団長さんは懐から一枚のカードを取り出してテーブルに置いた。
「通行証というのはこういう物だ」
名刺サイズの硬質なカードは綺麗な銀色で、名前の下に細かな文字が刻まれていた。おそらく出身地や生年月日、職業などが記載されているのだろう。
「見た事は?」
「……ないです」
それを聞いて、周りの人達も首を傾げた。
「通行証は、この国だけでなくこの大陸の全ての国で運用されている制度だ。子供でも十歳を越えれば発行される。つまり、所持していないのは幼い子供、もしくはこの大陸以外の者という事になるのだが……」
じっと見つめられ、気不味い空気が流れた。
容疑は晴れても、僕が何処の誰だか分からない問題が残っている。
「ヤモリ君は、行く宛てはあるのか?」
その問いに対し、首を横に振って答えた。
こちらの世界の事は何も分からない。知り合いも居ないし目的地もない。釈放され、自由の身になったとしても、寝る場所と食べる物に困るだけだ。
「では、暫く私の屋敷に滞在すると良い」
「へっ!?」
団長さんの言葉に、思わず変な声が出た。
有り難い申し出だが、素性も知れない僕を家に入れて大丈夫なのか。
「い、いいんですか……?」
「まだ幾つか確認したい事もある。数日ほど君の人となりを見て、問題が無ければ私の権限で通行証を発行しよう。キサン村の礼と、不当な投獄の詫びをさせてくれ」
こうして僕は、ノルトン駐屯兵団団長のお宅に行く事になった。
イケオジ団長さん宅を
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