閑話・アドミラ王女のひとりごと
ここはサウロ王国の王宮。
王都の中央に聳え立つ白亜の城。
その王宮の中庭に面した部屋で、お茶と会話を楽しむのが私達の休日の午後の過ごし方。
「本日のお茶菓子はクルミ入りの焼き菓子と果物の砂糖漬け、季節の果物の盛り合わせにございます。まずはどれをお取り致しましょうか、アドミラ様?」
「そうね、砂糖漬けを頂くわ」
テーブル中央に並べられたお菓子の中から、指定したものを侍女が取り分けてくれた。シェーラは焼き菓子を選び、お兄様は果物の盛り合わせを選んでいる。
「ありがとう。下がっていいわよ」
「はい。御用の際はお呼び下さいませ」
さて、侍女は控えの間に下がらせたし、ちょっとだけ楽な姿勢を取りましょう。使用人が側に居ると、どうしても肩に力が入ってしまうのよね。生まれた時からそうだったから慣れてはいるけど、決して疲れない訳ではない。
尤も、お兄様は完全に自然体で『王子様』を演じているのだけど。
「お兄様、最近ご機嫌ですわね」
私が声を掛ければ、お兄様はすぐに手元から視線を上げ、にこやかに微笑み返してくれた。
ふわりとした金髪と淡い翠の瞳。同じ配色なのに、何故だか私より気品に満ち溢れている気がする。
そんなお兄様は、近頃とても機嫌がいい。元々笑顔を絶やさない人ではあるけれど、愛想笑いや作り笑い等ではない、心からの笑みを浮かべている。
あの日、三人で一緒にエーデルハイト家に行って以来ずっとだもの。
原因は分かっているわ。あの異世界人よ。
「こんなに心が躍るのは久々だよ」
私の言葉に頷き、お兄様は微笑んだ。
その手には紙束がある。書き記されているのは異世界の『物語』。昔噺と呼ばれる摩訶不思議な話を始め、異世界にはありとあらゆる様々な『作られた物語』が存在する。
お兄様が異世界人ヤモリ・アケオに頼み、覚えている限り書き出して貰ったとか。
少し見せて貰ったのだけど、荒唐無稽で意味が分からない話ばかりでびっくり。でも、物語の中には教訓が必ず含まれているらしくて、無意味なお話はひとつも無いんですって。
異世界人の発想の豊かさに、お兄様は深く感銘を受けている様子。
「やはり異世界は素晴らしい。父上が執着なさる気持ちが分かった気がするよ」
「コレ、お父様にも見せてあげたら?」
「駄目。これは私がアケオ君から貰ったのだから」
「……お父様が聞いたら泣くわよ」
お父様は、二十年前に保護した異世界人の少女の影響で、異世界に深く興味を持っている。私が生まれる前に亡くなってしまったから面識はないのだけど、肖像画は見たことがある。
長い黒髪を左右に結った、痩せた少女。
多分、今の私と同じ年頃に描かれた絵よね。その絵を時々眺めては、お父様は哀しそうな目をしているの。助けられなかった事を後悔しているみたい。
だから『異世界人保護法』なんていう法律を作ったのよね。少しでも異世界人の助けになるようにって。
異世界の研究を進めさせているのもお父様。
ちなみに、お父様は謁見以来、異世界人には会えていない。大規模遠征後の復興事業で、たくさん会議をしたり、書類に目を通して判を押したり、国王を始め、長官達もみな忙しい。
隙を見て逃げようとしても、オルニス文政官に捕まって、何日も執務室から出られてないとか。
お兄様は、お父様の影響で異世界に興味を持ったのだけど、直接会ってから更に心惹かれたようね。
彼の為に陰で動いてるのも知ってるわ。
私から見るとパッとしない方だと思うのだけど。マイラも何故かあの人に懐いていたし、直接お話したら、何か違うのかしら。
「ねぇ、シェーラ。あなた異世界人のヤモリさんと何かお話した?」
妹のシェーラに話を振る。
私と違って真っ直ぐ伸びたサラサラな髪。大人しくて、お人形さんみたいに可愛らしい。
「いえ、ラトス様と課題をしておりましたので」
「あ、そうだったわね」
あの時も、二人で黙々と課題に取り組んでいた。
マイラの弟のラトス君と一緒に。
「ラトス様との貴重な時間、一秒たりとも他の事に使いたくありませんもの」
うふふ、と可愛らしく笑うシェーラ。
そう、妹はエーデルハイト辺境伯家の跡継ぎ、ラトス君が好きなのよね。王族相手に媚びへつらう貴族の子女が多い中、彼だけは他者と分け隔てなく接してくれたのが嬉しかったみたい。
ラトス君は単にマイラにしか興味がないだけなんだけど、それが良いんだとか。私には全く理解出来ないわ。
お兄様にもシェーラにも夢中になれるものがあって少し羨ましい。
普段、貴族学院と王宮の往復だけで、滅多に遠出出来ないのもつまらない。近頃は特に魔獣や暗殺者騒ぎで護衛も増えたから、前にも増して自由な時間は減っている。
シェーラのように、恋でもしたら変わるかしら?
「あーあ。私も恋がしてみたいわ」
私の言葉に、お兄様とシェーラが目を丸くした。
「お姉様からそんな言葉が出るなんて」
「父上が聞いたら卒倒しそうだね」
確かに、お父様に聞かれたら泣かれそう。
晩餐会で貴族の子息から声を掛けられた私を見て、離れた場所から走って妨害しにきた事があった。友好国から婚約の打診があっても、私に確認すらせず即断ったり。国王の娘でありながら、未だに婚約者も決まっていないのよね。
あら?
私が恋愛出来ないのはお父様のせいでは?
「アドミラの相手がアケオ君なら父上も反対しないかもしれないね」
「は?」
いけない。思わず素で聞き返してしまったわ。
「何故そこでヤモリさんが出てくるのよ」
「普通の貴族と結婚したら、アドミラが降嫁して王宮から出てってしまうだろう? 父上はそれが嫌なんだよ」
確かに、降嫁したら王宮から出る事になる。相手が大貴族なら王都に屋敷があるから遠くはないのだけど、もし地方貴族や他国に嫁ぐとなったら、里帰り自体が難しい。
「その点、異世界人相手なら彼を王宮に住まわせれば良いだけだし、私も父上も異世界の話が聞けて楽しいし」
「……結局、お兄様達の都合じゃないの」
そんな事で結婚相手が決まるなんて御免だわ。私はもっとこう、ときめきが欲しいの。お父様とお母様みたいな仲睦まじい夫婦になるのが夢なんだから。
「でも、まだアドミラには早いかな」
ふ、と微笑むお兄様。
──これよ。
美貌の兄に見慣れたせいで、同級生や護衛の騎士を見ても、何とも思わなくなってしまったのよ。お兄様を超えるような殿方なんていないし。
異世界人のヤモリさんなんか、地味過ぎて顔もうろ覚えだから論外ね。
恋の相手は、お兄様を超える方とでなきゃ!
「話は変わるが、卒業後は外交等の公務を引き受けてもらいたい。アドミラもそろそろ講義を受けようか」
「えっ、外交? 公務?」
「そう。外務部から講師を招いて学ぶ事になる」
確か、お兄様もお父様の名代で何度か隣国に行った事がある。それを、私もやるの?
学院の勉強とは別に、外交関係の勉強もしないといけないなんて。これではますます恋愛どころではないわ。
「一人で講義を受けてもつまらないだろう? 誰か信頼のおける友人も呼ぶといい。外遊時も一緒に行けば寂しくないよ」
「だ、誰でもいいの?」
「勿論。貴族学院の生徒ならね」
「それなら私、マイラと一緒が良いわ!」
学院で一番仲が良いのはマイラだもの。他の子では駄目だわ。
私の言葉に、お兄様は目を細めて微笑んだ。
「では、マイラ嬢で決まりだね」
……なんだか、策にハマったような気がする。
早まったかしら。でも、一人で講義を受けるのも、一人で外交に行くのも嫌なんだもの。
「マイラ嬢が王宮に出入りするようになれば、弟のラトス君もついてきそうだね」
「その話、詳しく聞きたいですわね!!」
この発言にシェーラが食い付いた。さっきまで眠そうにしていたのに、ラトス君の名前が出た途端、立ち上がって身を乗り出している。
恋する乙女の反応早い。
「では、エーデルハイト家にその旨伝えておこう」
お兄様、楽しそう。こういう時は絶対何か企んでいるのよね。見た目は完璧な王子様なのに、腹黒さはオルニス文政官並みなんだから。
実の兄ながら、お兄様の考えている事は想像もつかないわ。
次の計画は一体何なのかしら。
更新遅れちゃった(´・ω・`)
四章の登場人物紹介を挟んでから
五章に移ります。
が。
まだ全然書けていないので、
五章からは、これまでのような毎日更新から
数日おきの更新に変わります。
よろしくお願いいたします。




