5話・人里を求めて
村を出る決意を固めた僕は、早速荷造りを始めた。
村長さんちにあった革製の肩掛けカバンを拝借して、スウェット上下、トランクス、井戸水を入れた皮袋を詰める。ロフルスさんちの台所で燻製肉を見つけたので、これも頂いていく。多分猪の燻製だろう。
スウェットを着ていかないのは、この世界ではかなり珍しい服だから。目立つのは困る。
護身用として、料理用のナイフも持っていく。食料と水も必要だけど、大量には持てない。荷物が重いと、それだけで疲れてしまうからだ。体力がないって、やっぱ死活問題だなと改めて思う。
翌朝、夜明けと共に目覚めた僕は、準備しておいた荷物を持って離れを出た。
まずは村長さんちの台所で腹ごしらえをする。顔を洗い、普段より一枚多く服を着込んだ。靴下の上から革ブーツを履く。
台所で見つけた麦を鶏小屋に多めに撒いておいた。本当は逃してあげた方が良いんだろうけど、この鶏達は僕のじゃないから勝手な真似は出来ない。
そして、村の片隅に作ったお墓に立ち寄り、手を合わせる。九つのお墓には、村のお年寄り達が眠っている。心の中で別れを告げ、僕はキサン村を後にした。
どれくらい歩いただろうか。舗装されていない道を歩くのは、想像してたより何倍もツラかった。特に、ブーツのサイズが合ってないからか、足が痛い。
道の左右には木が生い茂っていて、直射日光を遮ってくれる。強い陽射しはそれだけで疲れるから、日陰があるだけですごく助かった。
時々木陰で休憩を取る。町までの距離が全く分からないので、予定が立てられなくて不安になった。食料は節約して食べるとして、水は我慢し過ぎては駄目だ。どこかに井戸か川があるといいけど。
時折、森の茂みの向こう側に動物の気配を感じた。幸い狼や猪ではなかったらしい。襲われる事はなかったけど、木の葉がカサカサと音を立てる度に震え上がった。
しばらく進むと、森を抜け、開けた平原に出た。一気に視界が広がったが、まだ人里らしきものは見当たらない。
平原の真ん中で、街道の分岐点を見つけた。
木の立て看板がT字路の真ん中に突き立っていて、
『← ユスタフ帝国 ノルトン →』
と表示されている。
確か、今いる国がサウロ王国だったっけ? 村長さんからノルトンという地名を聞いた気がする。キサン村はサウロ王国の南の端にあるって言ってたから、ユスタフ帝国とかいう国との国境が近いんだろう。
国境には検問や警備があるはずだ。身分を証明出来る物は何も持ってないし、国が違えば言葉も違うかもしれない。
それなら、行き先はノルトンしかない。僕はノルトンに向けて歩き出した。
平原までの道は狭かったけど、今歩いている街道は道幅が広い。手押しの荷車くらいなら楽に擦れ違えそう。他国にも通じているようだし、きっとメインの街道なんだろうな。
しかし、何故か歩いてるのは僕だけだ。
国同士の交流とか流通とか、そういうのはあまり活発じゃないんだろうか。ノルトンへ向かって進んでしばらく経っても、誰にもすれ違わない。
早朝に村を出発して、分岐点に着いたのが昼頃。そこから休憩を挟みつつ歩き続けてきたが、ついに日が暮れてきた。完全に真っ暗になる前に野宿する場所を探す。
人通りが全くないとはいえ、道のど真ん中に寝転がるのは危険だ。万が一車が来たら轢かれてしまう。
街道のそばに岩場を見つけ、人ひとり横になれるくらいの岩陰の窪みを今晩の寝床に決めた。
カバンから燻製肉を取り出す。そのままでは大きいので、ナイフで小さく切り落としてから口に入れた。ちょっと臭みがあるけど、お腹が空いてるから美味しく食べられた。
時間をかけて一切れ食べ、皮袋の水を一口飲む。休憩の度に一口ずつ飲んでいたから、水はもう半分しか残ってない。
明日中にはノルトンに着けるといいな。というか、着かないと色んな意味で死ぬ。朝から歩き通しで足も痛い。
疲れ過ぎた僕は、周囲を警戒する事すら忘れ、岩に凭れて寝落ちた。
眠ってる間に夢を見た。
家族が僕を探してる夢。
父と母が必死になって走り回っている。
離れて暮らす兄もいた。
ここだよ、と声を上げても届かない。
今頃、元の世界ではどうなっているんだろう。
幸い、寝てる最中に獣に襲われる事はなかった。明け方はやや空気が冷たかったが、風邪を引くほど寒くはない。
日の出と共に起き、朝靄が晴れぬ内から歩き始める。何の装備もなく野宿したから、体のあちこちが痛い。虫に刺されたのか、腕や脚が少し痒い。
あの襲撃以来、何日も朝から晩まで動いてる。これまでのひきこもり生活が嘘みたいだ。
色白だった僕の手足も逞ましい小麦色に……全然なってなかった。白い肌が赤くなってるだけで、全く日焼けしてない。
僕が色白なのは、ひきこもりのせいじゃなく生まれつきの体質だ。
村を出て二日目の昼頃、街道の向こうから砂煙を上げて近付いてくる馬車が見えた。荷台に幌が付いてる。
ようやく通り掛かる人がいた!
水も食料も心許ないし、出来たら譲ってもらおう。ノルトンまでの距離も聞けたらラッキーだ。
そう考えていたのに──
「ボーっと突っ立ってんじゃねーぞ坊主!!」
邪魔にならないよう道の端に居たのに、罵声を浴びせられた上に、速度を緩めることなく馬車は走り去っていった。
巻き上げられた砂が全身に掛かる。咳き込んでいる内に、馬車は平原の向こうへと姿を消していた。
なんの反応も出来ず見送ってしまった。
交渉する余地もなかった。
馬車に乗っていたのは、どう見ても自分と同じくらいの年齢の少年なのに『坊主』呼ばわりされた。
しかも、口が悪い。
「ひどい……」
僕はやや凹みながら、街道を歩き続けた。
「水も食料も無くしたひきこもりが
やっとの思いで辿り着いた町、
そこで待ち受けているものとは──?」
次回、ひきこもり異世界転移
第6話 「はじめての投獄」