54話・ひきこもりと司法長官
学者貴族さんやバリさんと一緒に司法部へとやってきた。
王宮の敷地を囲む壁の内側を馬車で進む。広い庭園を挟んだ向こう側に、司法部の研究塔が聳え立っているのが見えてきた。石造りの頑丈そうな建物だ。
外壁に蔦が絡み、窓には全て鉄格子が嵌められている。荒れた監獄にしか見えないが、一応国の施設だという。
屋根付きの通路が王宮と研究塔を繋いではいるが、実際かなりの距離があった。隣接というには結構離れてる。
「たまに爆発したりするからな、これ以上王宮の近くには建てれなかったそうだ」
「え、ちょっと、爆発ってなに?」
「魔法の研究で魔力の限界を調べたりするんだよ〜。ワザと暴走させたりとかしてさ」
以前マイラが魔力の制御を失って暴走させた事がある。あれを人為的に起こすのか。怖いな。
「魔法に限らず通常の教育も担っている。異世界研究は新たな分野だ」
司法部って日本だと法律や裁判とかを連想するけど、この国では『魔法を司る』の意味なんだって。
揉め事の裁定や懲罰は各領主の裁量で行い、大きな案件の場合は王様が判断する決まりだそうだ。
貴族学院は司法部の管轄で、職員が教師も兼任している。魔法は古参貴族の血筋でないと使えない。だから魔法学の教師は必然的に古参貴族でなければ務まらない。基本的には教育機関であり、一部の職員が研究に専念しているらしい。
その一部の職員というのが学者貴族さんだ。異世界研究を王様から直々に依頼をされ、本人も異世界マニアなので趣味と実益って感じ。
雑談をしている内に研究塔の前に着いた。
間近で見てもやっぱり監獄っぽい。外壁の石が所々焦げてるし、窓ガラスにはひびが入っている。研究塔の周りは空き地になっていて、芝生が一部枯れていたり地面が抉れたりしている。
本当に爆発が起きてるんだな。僕が居る間だけでも実験しないでほしい。
建物内は外観の悲惨さを感じさせない綺麗な内装だった。床に隙間なく敷かれた青い絨毯に、等間隔で並ぶ魔法の明かりが灯るランプ。天井は高く解放感がある。しかし破損を恐れてか、美術品などの類は一切置いていない。
学者貴族さんの後に付いて通路を歩く。時々職員と思われる人と擦れ違うけど、部外者の僕が居てもあんまり気にしてないみたい。
ちょっと聞いてみたら、
「ここには平民出身の研究者もいるからな。ヤモリのような地味な形の者が居ても誰も気にも止めん」
……だって。
バリさんは学者貴族さんが個人的に雇った助手だけど、現在は司法部の所属となっているので研究塔へは普通に出入り出来るそうだ。
「着いたぞ」
研究塔の最上階。大きな黒い一枚板の扉の前で、学者貴族さんは立ち止まった。ノックすると、内側から扉が開かれた。
「ようこそ、司法部へ」
部屋の中で待っていたのは、五十代後半くらいの女性だった。左右に部下らしき若い男性が控えている。
「異世界人のヤモリだね。話はそこの眼鏡から聞いてるよ。アタシゃ司法長官のアーニャ・ゲラ・ブラゴノード。よろしく頼むよ」
そう言いながら、司法長官のアーニャさんが手を差し出してきた。
挨拶の握手を求められている!
慌ててその手を握り、頭を下げる。
「は、はじめまして。家守明緒です」
「一応、謁見の時にも居たんだけどねェ」
「えっ、あっ、すいません! あの時は緊張してて」
「んっふっふ、そんなに怯えなくても怒りゃしないよ。アンタは久方振りの異世界人なんだからね」
謁見の間に各長官が居たとは聞いたけど、周りを見る余裕なんか無かったし全く覚えてない。
アーニャさんは、喋り方も相まって魔女っぽい印象だ。白髪混じりの長い茶髪は後ろで一つに纏めている。ここの制服なのか、細い体を白くて長いコートで包んでいて女性ながらカッコいい。目付きは鋭く、見られているだけで体が竦む。
「長官、あまりヤモリを虐めないで頂きたい」
「虐めてなんかないよ。フツーにお話してるだけじゃないか、ねーえ?」
「はっ、はい!」
やっぱり怖い。
「今日来てもらったのは顔合わせと、例の『スリッパ』の実験について説明しておきたくてね。まあ、立ったまんまじゃアレだから、そこに座んな」
促されて、僕達はソファーに腰掛けた。向かいの一人掛けソファーにはアーニャさん。部下の人が慣れた手付きでお茶を用意してくれた。飾り気のない無地のティーカップだ。ひと息ついてからチラッと室内を見回すと、やはり余計な装飾などは無かった。
「まずは、異世界人であるアンタが協力してくれて嬉しいよ。幾ら魔法が使えても、異世界に関しちゃどうしようもないからね。当事者がいるのは助かる」
「はあ、どうも……」
「……ちょっと覇気が足りない気がするが、こりゃ弱ってるんじゃないだろうね? えぇ? カルカロス」
「ヤモリは元から気弱で人見知りなだけだ」
「そうかい、ならいいけど」
学者貴族さんのフォローを聞いたバリさんは、僕の隣でケラケラ笑ってる。
そうです、ただの人見知りです。だってアーニャさん、ヤクザ映画の女親分みたいで怖いんだもん。
「じゃ、本題いくよ。『スリッパ』の引き合う力を魔法で増幅して異世界の座標を探る、これが実験の目的だ。その過程で、対となるスリッパがこちらに転移してくるか、こちらにあるスリッパが異世界に戻るか。どちらにせよ情報が得られる。それをうまく分析出来りゃ、異世界の座標が分かるかもしれないねェ」
スリッパというのは、僕がこちらの世界に来た時に所持していたものだ。片方しかなかったからキサン村近くの森に置いてきちゃったんだけど、異世界研究に使うという事で回収した。探しに行ってくれたのはアールカイト侯爵家の隠密さん達だ。
もう片方は元の世界にある。
「大規模遠征で使い切った魔力も回復したし、いつでも出来るっちゃ出来るんだけどね、引き合う力を増幅する魔法を使うには情報が足りない」
「情報?」
「そう。アタシゃ異世界がどんな所か知らない。ある程度あっちの情景が浮かばないと魔法が発動しないみたいでねェ」
「国内での実験は割と上手くいったよね、長官」
「まぁね」
バリさんは既に引き合う力の実験を見た事があるようだ。対となる物が必要とはいえ、すごい魔法だ。
これは空間魔法と呼んでもいいじゃないか?
法則を確立して発展させれば、任意の場所に一瞬で物を運んだり取り寄せたり出来るかもしれない。
「だから、アンタの頭の中を見せてもらうよ」
「へぁっ?」
アーニャさんが体を起こし、テーブルに片手を手をついた。もう片方の手を僕の方に伸ばす。
ギリギリ指先が額に触れるかどうかの距離。
鋭い目は僕の顔を真っ直ぐ見据えている。視線を逸らしたいけど顔が動かせない。
「そのまま大人しくしてな」
次の瞬間、視界が揺らいだ。目の前にあるはずのアーニャさんやテーブル、部屋の壁や窓枠もぐにゃりと歪み、次第に形を失っていく。
触れてないのに眉間がぎゅっと押されている感じがする。頭が痛い。耐えられなくなって目を閉じる。
すると、僕の脳裏に見慣れた光景が映った。
僕の部屋だ。
閉められたままのカーテン。
小学校入学時から使ってる勉強机。
通信制高校の教材。
デスクトップのパソコン。
ベッド脇に積まれた漫画や小説。
何ヶ月か前までは、ここに閉じこもっていた。
「んん……? 外の映像が出てこないねェ」
アーニャさんが呻く。もしかして、僕と同じ光景を見てる?
窓を開けたら外が見えるかな。ひきこもっていたけど、換気の為に窓を開ける事だってあるんだ。
その時の事を思い浮かべてみる。
「のわっ!?」
突然アーニャさんが奇声をあげた。
部屋の窓からは街の様子が一望出来る。高層マンションの上の階だから眺めがいい。住宅やアパートが建ち並び、視線を落とせば下の道路を走る車も見えた。天気の良い日は富士山だって見える。
懐かしい景色に、少し家が恋しくなる。
「……成る程ね」
手を戻し、ソファーに座り直すアーニャさん。同時に僕の視界が戻り、頭痛も治まった。
「今のは『共感魔法』。相手の記憶に残る映像を読み取る事が出来るの。使えるのはアタシだけだよ」
「ぼ、僕の部屋と、窓の外が見えました……」
「そう、アタシにも見えた。アンタが言ってたっていう『クルマ』、確かにフツーにその辺を走ってたわね。それと遠くの空に飛んでいた小さいのは……」
「飛行機です」
「アレが『ヒコーキ』……確かに、異世界の文明はこちらとは明らかに違う……」
難しい顔をして、アーニャさんは考え込んだ。
初めて異世界を見て驚く気持ちは分かる。僕もこっちの世界に来てから驚きの連続だった。
「なに、『クルマ』と『ヒコーキ』を見たのか! 小生も見たいぞ!」
「うるさいね、ちょっと余韻に浸らせとくれ!」
「長官の共感魔法、術者と対象者にしか見れないんだもんね〜。そこんとこ改良してほしいなー」
学者貴族さんやバリさんには、今の光景は見えてなかったんだ。まあ、薄暗くて狭い僕の部屋をみんなに見られるのは恥ずかしいから構わないんだけど。
「──うん、大体感じは掴めた。これなら実験も出来そうだ」
僕の記憶から異世界のイメージを掴む。それはスリッパを使った実験の為の下準備だった。
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