47話・地獄の特訓
大規模遠征で明らかになったのは、各地の貴族が抱えている騎士隊の弱さだった。
魔獣は確かに危険な存在だが、王国軍の正規兵ならば数人で挑めば必ず倒せる。しかし、騎士隊の面々は魔獣の姿を見ただけで震え上がり、逃げ隠れる者が大半だった。
今回の遠征でかなり魔獣の数を減らしたが、今後も出現する可能性がある。その度に王国軍を派遣して倒していたのでは効率が悪い。
ならば、騎士隊を一から鍛え直したらどうか。軍務長官のエニアさんはそう考えた。
地方の騎士隊を王都に呼び寄せ、短期集中で鍛え直す。その間、王国軍から兵士を派遣して地方の領地を護る。騎士隊が強くなって戻れば、地方はずっと安泰だ。その提案に、地方に領地を持つ貴族達は諸手を挙げて賛成したらしい。
「──という訳で、明日からウチにも三十人くらい騎士が来るからよろしくね!」
ある日の夕食の席で、エニアさんがそう宣言した。辺境伯邸で強化合宿するのか。庭園は広いし、訓練に使えそうな広場もあるけど、そんなにたくさんお客さんが増えて受け入れられるのか。幾らこのお屋敷が広いとはいえ、三十人分も客室はないと思うんだけど。
と思ってたら、エニアさんは「庭で野宿させるから大丈夫!」と笑ってた。これは本気で鍛え直すつもりだな。
翌朝、辺境伯邸に三十人の騎士がやってきた。
彼等は王宮騎士隊に所属する騎士で、揃いの銀の甲冑と剣を装備している。王国軍のトップ、軍務長官の自宅に招かれて高揚しているのか、みんな落ち着きが無い。
「はーい、じゃあここに並んでねー!」
エニアさんが声を掛けると、甲冑をガチャガチャ鳴らしながら整列した。なんか動きが鈍い。甲冑が重いか身体に合ってないんだろうな。
僕はテラスからその光景を眺めている。丁度僕の部屋からよく見えるんだよね。マイラ達も一緒だ。仕事をしている母親を見るのは初めてみたいで、テラスから身を乗り出して見学している。
「んじゃ、まず庭園の外周を百周走ってきて」
「ひゃ、百周ですか?」
手前の騎士さんが聞き直した。
辺境伯邸の庭園は広い。外周を回ると五〜六百メートル位ありそうだ。それを百周というと、何十キロくらいになるんだろう。
「で、では装備を脱いで……」
「着たままでいいわよ。戦う時は装備してるんでしょ? その格好で動けるようにしなきゃ意味ないわ」
「うぐっ! ……了解であります」
なんと、騎士さん達は重い甲冑を着込んだまま走り込みをする事になった。 美しい庭園に響き渡る、ガッチャガッチャと金属がぶつかり合う音。
「見た目はカッコいいけど、あまり実用的ではない鎧なのね」
「見掛け倒しだよね」
もたもたと走る騎士さん達を見下ろしながら、マイラ達は呑気にお茶を飲みながら談笑している。同じ事をやれと言われたら、僕なら一周も出来ないだろう。だから騎士さん達を笑えない。
半日後、フラフラになりながらも騎士さん達は庭園百周を走り終えた。
「次は、素振り千回!」
肩で息をしながら座り込む彼等に向かい、エニアさんは笑顔で次の指示を出している。嘘だろ、という呻きが騎士さん達から漏れた。
エニアさんは率先して素振りをやっている。騎士さん達の細剣と違い、幅広の大剣だ。 振る度にブオンブオンと空気を斬る音が聞こえる。さっきも一緒に走り込みをしていたし、エニアさんて本当に現役の軍人さんなんだな、と改めて実感した。
素振りの次は、甲冑を脱いで筋トレ。
食事は庭園のど真ん中で炊き出し。
傍目から見てもかなり過酷なトレーニングが続いている。しかも、夜は野宿させると言っていたよな。
騎士達を鍛えている間、エニアさんは屋敷にいるという。それを聞いたマイラ達は嬉しそうだ。
「合宿、ずーっと続けてほしいわね!」
「そしたら母さまずっとウチにいてくれるよね」
やめて。 騎士さん達がしんでしまう。
初日のトレーニングが終わった後、数名の脱走者が出たらしい。日没後は見てなかったから気付かなかった。しかし、夜が明ける前にそれぞれの実家の親が辺境伯邸までわざわざ連れてきたという。
「王宮騎士隊の隊員は新興貴族のボンボンばっかなんで、軍務長官や辺境伯に顔を覚えさせときたいんじゃないっすかねー?だから、途中でやめるなんて親は許さないんすよ」
間者さんがそう教えてくれた。
実家にも逃げ場がないとは気の毒過ぎる。庭園に張られたテントで雑魚寝する騎士さん達は、日の出と共に叩き起こされ、朝食前に水汲みやら馬の世話やらをさせられたらしい。エニアさん、ホント容赦ないな。
ちなみに、他の地方の騎士隊は各師団長や大隊長の屋敷で同じように扱かれているそうだ。師団長達はみな大貴族の当主だから、誰も逆らえずに大人しく訓練を受けているとか。
これまで格好ばかりで碌に身体を鍛えてこなかった騎士隊の人達。初めて軍隊式の訓練を受けて、毎日ボロボロになっている。
しかし、そんな生活が一週間、二週間と続く内に段々と顔付きが変わってきた。 走り込みの量や筋トレの回数を増やされても付いていけるようになった。
当初慣れない野宿で眠れぬ夜を過ごしていた人も、今では高いびきで爆睡している。
明らかに以前の王宮騎士隊とは違う。
痩せ型の優男しかいなかったが、今は全員ムキムキの逞しい戦士といった感じになった。 元々身に着けていた金属製の甲冑はサイズが合わなくなったので、街の道具屋さんが下取りに来た。代わりに魔獣素材で作られた革鎧を全員分仕立てる事になっている。魔獣の革は普通の剣では貫けないと聞いた。王宮を警備する人が装備するには見た目が地味だし、防御力が過剰な気もするけど……。
そんなこんなで、王宮騎士隊の三十人は一人も脱落する事なく約一ヶ月の強化合宿を終えた。
庭園に整列し、敬礼する騎士さん達。ここに来た当初と違い、全員バリバリの体育会系になっている。
エニアさんは彼らの成長っぷりを見て満足そうに何度も頷いている。
「これからも毎日ちゃんと走り込みするのよー!」
「「ハイッ!!!」」
「それじゃ解散!」
「「お世話になりましたァ!!!」」
騎士さん達はそのまま門に向かって駆け出した。まさか走って自宅に帰るのかな? みんな貴族街に屋敷があるから大した距離じゃないか、と思ったら、どうもそのまま全員で走り込みに行ったらしい。すっかり訓練が身に付いている。
この短期間によくここまで肉体と精神を鍛え上げられたものだ。後でエニアさんに聞いてみたら、
「たくさん動いて、たくさん食べて、たくさん寝る! あとは、うまく出来たらちゃんと褒めてあげれば人は育つわよー」
と返された。 かなり豪快な育成法だが効果は確かだ。
「なーに? ヤモリくんも強くなりたい?」
「いえっ、いいです」
「遠慮しなくていいわよ」
「や、ホント遠慮とかじゃないんで」
走り込みとか筋トレとか無理だから!
王宮騎士隊の騎士さん達は最後まであの過酷な訓練をやり遂げたんだよな。以前王宮に暗殺者が侵入した件で、みんな責任を感じていたんだと思う。きっと自分達の力不足を痛感していた。そうでなければ、あんな過酷な強化合宿を乗り切るなんて出来るはずがない。
ちなみに、各師団長達に預けられていた他の騎士隊も合宿期間を終えて地元に帰っていったらしい。もしまた魔獣が出たとしても、すぐに王国軍に助けを求めるような事態にはならない位には鍛え直したそうだ。
今回の件で、サウロ王国全体の戦力がかなり底上げされた気がする。
いつもブクマ、評価ありがとうございます。
それだけを糧に日々書いております!_φ(・∀・ )




