4話・初めての墓作り
現実的な後始末のお話です。
どうやって離れまで戻ってきたのかは覚えてない。
ドアに取り付けられてた閂を外して部屋に入り、そのままベッドに身を投げ出す。
全部夢だったら良いのに。
そう願って目を閉じた。
残念ながら、昨夜の出来事は夢じゃなかった。
翌朝、明るくなってから村の中を見回ってみると、獣の死骸と村の住人の遺体がそのまま残っていた。
昨夜も確認したけど、やはり全員亡くなっている。
悲しいけど、これが現実だ。
昨日の今頃は、村長さんちで一緒に朝食を食べていたのに。まさかこんな未来が待っているなんて、一体誰が想像しただろう。
とりあえず、遺体を埋葬する事にした。
まず、各家からシーツを人数分掻き集めた。先に地面にシーツを敷いて、そこへ遺体を転がすようにして巻いてゆく。
顔が隠れると少し安心出来た。痛々しい体の傷も、全て白いシーツに包まれて見えなくなる。
ロフルスさんちの裏手にあった荷車を引いて、シーツで包んだ遺体を抱えて乗せた。お年寄りだからか、傷から大量に血が流れ出たからなのか、みんな見た目より軽かった。
ロフルスさんと村長さんだけは筋肉質で重く、荷台に乗せるのにかなり苦労した。
その日は遺体にシーツを巻き、荷車に乗せただけで終わった。
翌日から墓穴掘りを始めた。幸い農具はたくさんあったので、使いやすそうなスコップを選んで拝借した。
村の敷地内にある空き地をお墓の場所に決めた。長年踏み固められた地面には、なかなかスコップが挿さらない。慣れない作業に悪戦苦闘しつつ、なんとか掘り進めていく。
作業の合間に、村長さんちの台所に残っていたパンやチーズで腹を満たした。
鶏を飼育している小屋もあったが、生きてるのを絞めて羽根を毟るとか無理。解体も絶対無理。
そもそも火が熾せないから、生肉があっても食べられないんだけど。
ランタンの火をどこかに移しておけば良かったと、今更ながら後悔した。他の家のランプも油切れで全て消えてしまっている。
火がないという事は、つまり日が暮れたら完全に真っ暗になるという事だ。
作業は夕方で一旦切り上げ、井戸で水を汲んで体を洗い、暗くなる前に離れに戻って寝る。日中ずっと力仕事をしているせいか、横になればすぐに眠りに落ちた。
翌日以降もスコップを振るい、二日掛けて九人分の墓穴を掘った。
荷車を側に寄せ、一人ずつ抱えて穴の底に横たえる。シーツで包まれているから、上から土を被せる時も心理的な抵抗はあまりなかった。
ただ、自分だけが生き残ってしまった不甲斐なさがこみ上げてきて涙が溢れ、作業はあまり進まなかった。
枯れ枝を十字に組んで縛り、お墓の目印として立てておく。
そして、村長さんのお墓の上には斧を、ロフルスさんには愛用の鉈を置いた。
この世界の宗教は全く分からないから、両手を合わせ、ただただ冥福を祈る。
見ず知らずの僕に親切にしてくれてありがとう。
役に立てなくてごめんなさい。
感謝と謝罪の言葉を胸に、僕は手を合わせ続けた。
獣の死骸も放置してはおけない。何しろ村の中心部から外に至るまで点々と転がっているのだから、どこを歩いていても目についてしまう。
今は暑い季節ではないが、これ以上放っておけば腐敗が進む。獣に墓を作る気は無いが、せめて何処かにひとまとめにしておきたい。
そこで、村から出てすぐの所に少し開けた草地があったので、そこに移す事にした。
直接抱えるのは抵抗があるので、地面に敷いた布の上に転がして乗せ、端を引っ張って運んだ。
死骸は全部で六体あった。
しかし、この獣は一体なんなんだろう。狼に似てるけど、体毛は白く、体は大きい。額には小さな角らしき突起があった。この世界特有の動物なのかもしれない。
本当は埋めてしまいたいが、連日の穴掘りで腕が痛い。村外に出すだけにしておいた。
そういえば、後始末の際に村中を隈なく歩いたが、赤ちゃんの姿は何処にもなかった。人間ではなく、獣の子供の鳴き声だったかも知れない。
どちらにしても、声の主は見つからなかった。
村長さんの奥さんが亡くなる間際まで気に掛けていたから、出来ればなんとかしてあげたかった。
村中の人が赤ちゃんの声だと信じたのだから、単なる聞き間違えではない。僕も実際人間の赤ちゃんだと思った。
獣の襲撃後に聞こえなくなったのなら、泣き声の主も襲われてしまったのだと考えるのが自然だろう。
だから、探せばきっと遺体が見つかるはずなんだけど、不思議な事にそれらしいものは見つける事が出来なかった。
着ていた服を脱ぎ、井戸水で洗う。
死骸を運ぶ際に付いてしまった血のシミは、水洗いでは完全に落ちなかった。手で固く絞り、物干し竿に掛けておく。
ついでに、血溜まりがある場所に水を撒いた。
村に残る惨劇の跡を消して、少しでも悲しみを紛らわせたかった。
夜の間は離れに閉じこもり、念の為ドアの前に机と棚を置いてバリケード代わりにする。
村を襲った獣は全部ロフルスさん達が倒してくれたけど、血の匂いに誘われて別の獣が来るかもしれない。
今度は誰も守ってくれない。
食料も、火を使わずに食べられるものは残り少ない。
これ以上、この村に居続けるのは無理だ。早めにこの村を出て、どこか人が住んでいる所を見つけなければ。
ハイキングやキャンプに縁のない生活を送ってきたから、どうしたらいいのか見当もつかない。ましてや、ここは田舎の村で、懐中電灯やライターといった便利な道具は一つもない。
村を出てどれくらいで人里に辿り着けるのか、その目安すらない。
「もっといろんな話を聞いておくんだった」
僕は初めて人との交流を怠った事を反省した。