29話・魔獣の活性化
夕方、マイラ達がピクニックから帰ってきた。
道中ゴロツキ数人に絡まれたけど、エニアさんが一人でボッコボコにしたらしい。ゴロツキは縄で縛り上げ、そのままその辺に放置しておいたという。そのうち巡回の兵士が回収してくれるそうだ。
一緒に食堂で夕食を食べながら、嬉しそうにマイラとラトスが報告してくれた。
久しぶりの家族揃ってのお出掛けが楽しかったようで、二人はずっとテンション高めだ。
護衛が付いてない貴族の馬車を見て、絶好のカモだと思っちゃったんだろうな〜ゴロツキの人達。まさか貴族の奥様が一番強い人だとは思うまい。
あれ?武器持っていかなかったよな、エニアさん。
同じテーブルについているオルニスさんとエニアさんは、ニコニコしながら子供達を見守っている。
「それでね、お父さまもお母さまも明日からまたお仕事なんですって」
「そうなんだ。忙しいんですね」
今日は休みだったけど、その前は少なくとも一週間は屋敷に帰ってなかった。またそれくらい留守にするとしたら、マイラ達が寂しがりそう。
「最近は魔獣が国の至る所に出没していてね、その対応に追われているんだ」
「未知の魔獣に対処出来ない地域も多くて、王国軍から兵を派遣したりさぁ、最近応援要請が多くて全然手が回らないのよ。だから王領内の治安も少し悪くなってるのよね」
前にもナディールの近くで盗賊が出たな。あの時は、間者さんが半分以上倒してくれたから助かったけど。
二人が多忙な理由は魔獣のせいだったとは。
「ノルトンの近くにも灰獅子が出たのよ。あんな大きな魔獣、今まで見た事なかったのに」
マイラが不安を訴えると、エニアはニッと笑った。
「だいじょーぶ!ノルトンにはラキオス率いる駐屯兵団がいるし、どんな魔獣でも倒せるわ!」
エニアさんは団長さんを引き合いに出し、マイラを安心させようとした。しかし、マイラの表情は暗いままだ。
「──でも、村がひとつ全滅してしまったわ」
ちらりと僕の方を見てから、マイラは続けた。
キサン村の惨劇はこちらにも報告が届いているようで、エニアさんの表情が引き締まった。
「キサン村の事は聞いてるわ。ヤモリ君を最初に保護してくれた村よね。その少し前から魔獣の目撃情報はあったけど、襲われて壊滅したのはキサン村が初めてだったの」
「恐らくは、それが魔獣の活性化の始まりだったのだろう。キサン村の事件を受け、クワドラッド州では小規模な村に兵士を派遣し、警備を強化していると報告を受けている。幸い、今のところ魔獣の襲撃はあっても領民の死亡報告は届いていない」
「問題は他の州なのよねー」
他の州と聞いて、僕は以前見た地図を思い出した。
サウロ王国は、大きく五つに分かれている。
中央に、王都のある王領シルクラッテ州。
南は辺境伯のおじさんが治めるクワドラッド州。
北の山岳地帯はラジャード州。
東の平原はファレナン州。
西の平原はエズラヒル州。
王領はエニアさん率いる王国軍が守っている。
クワドラッド州ノルトンの駐屯兵団は規模も大きく、辺境伯直々に鍛え上げた兵士が二千人もいる。
しかし、他の三つの州に関しては、戦力がかなり不足しているらしい。
南のクワドラッド州だけ飛び抜けて強いのは、二十年前の戦争の影響だ。他の州はユスタフ帝国と国境を接していない。戦時中もあまり戦闘に関わることがなく、危機感がなかったという。
「領地持ちの貴族がそれぞれ騎士隊を抱えてはいるんだけど、ぶっちゃけお飾りなのよねー」
メインディッシュにフォークを突き立てながら愚痴るエニアさん。
僕達は、ナディール騎士隊を思い出していた。
ナディールの街を治めるラジェーニ子爵が作った私設の騎士達だが、ハッキリ言って強くはなかった。子爵家三男クラデスさんによる騎士ごっこと言えるだろう。
ナディールは王領シルクラッテ州とクワドラッド州に挟まれた境界の街だから、周辺の治安維持は王国軍と駐屯兵団が担っている。だから、私設のナディール騎士隊が弱くても然程問題にはならない。
だが、他の州の騎士隊もあんなレベルだとしたら、とても魔獣の脅威に立ち向かえないだろう。
「そんな訳だから、兵の派遣や遠征予算の組み直しで私達はまたしばらく屋敷に帰れない。済まないね。マイラ、ラトス」
「ううん、お仕事頑張って」
「…………」
マイラは気丈に振る舞っているが、オルニスさん達から見えないテーブルの下でクロスを握り締めている。ラトスは返事も出来ず、ただ俯いていた。
二人とも両親が大好きだから、離れたくないんだ。
「あっ、ホラ! 今日は久しぶりに四人で寝ましょ! ねっ、マイラちゃん、ラトスくん!」
「「ほんと!?」」
沈む子供達を元気づける為、慌ててエニアさんが提案すると、マイラ達は一気に笑顔に変わった。
食事を終えて食堂から出る頃には、二人はすっかりご機嫌になっていた。エニアさんがマイラ達を抱き上げ、自分の部屋まで連れて行く。
「アケオ、おやすみー!」
「うん、おやすみ。また明日ね」
三人を見送り、僕も部屋に戻ろうとした時、オルニスさんに呼び止められた。
「済まないが、私達の留守中あの子達を頼む。二人とも君をとても気に入っている。時々遊んで元気付けてやってくれないか」
「あ、はい。僕に出来ることなら」
「助かるよ。ありがとう」
オルニスさんと別れて部屋に戻ると、間者さんがカウチソファーで寝転んでいた。もうこれはルームシェアなのでは? というくらい僕の部屋にいるよね、この人。
「あ、寝てていいから」
「はぁ」
僕は寝室に入り、そのままベッドに横になった。
マイラ達親子を見て、僕は家族を思い出していた。
お父さん、お母さん、兄さん。
僕が異世界にいるなんて、想像もしてないよな。帰れないとしても、せめて元気でいる事だけでも伝えたいけど、多分無理だろう。
世界の接点が見つかったら、手紙位は出せるかな。
もう会えないのかな。
こっちの世界での生活が安定してきたから、元の世界を思い出す余裕が出来たのかもしれない。
美久ちゃんの書いた言葉や、マイラ達親子を見ていたら、最近になって急に家族が恋しくなってきた。
マイラとラトスも、同じ王都にいるとはいえ両親と離ればなれになってしまっている。まだ幼い二人には辛いはずだ。
僕がまだこっちの世界に慣れていない時、マイラ達は出来る限りそばに居て支えてくれた。
今度は僕が二人を支えなくちゃ。
一番良い方法は、魔獣が居なくなる事だけど。そしたら、オルニスさん達の仕事も減って毎日屋敷に帰ってこれる。
そもそも、魔獣は何故急に現れ始めたんだろう。
翌朝、僕が起きた頃にはオルニスさんとエニアさんはもう仕事に出掛けていた。残されたマイラとラトスは、庭園内の東屋で項垂れていて、見るからに元気がない。
せっかく貴族学院が休みだというのに、一日中沈んだまま過ごしたら勿体ない。
何とかいつもの元気な二人に戻ってほしい。
さてどうしよう。
そういえば、以前街に行こうと誘われてたな。その時は断っちゃったけど。
「あのさ、前に王都の街を案内してくれるって言ってたよね。今日予定ないし、これから行く?」
「……アケオ、外に行くの嫌がってたじゃないの」
僕から外出を提案されるとは思ってもみなかったのか、マイラが目を丸くした。
人がたくさんいる場所には行きたくないけど、これも二人の為だ。お気に入りの店で買い物でもしたら、良い気分転換になるだろう。
「そっ、それがさぁ、ちょーっと買いたい物が出来たんだよねー。えっと、どこに何の店があるか知らないし、案内してもらえたら助かるんだけど……」
「…………」
マイラとラトスが訝しげな目で僕を見ている。
必要なものならメイドさんに頼めば何でも用意してもらえるのに、自分から買いに行くなんてどういう風の吹き回しだ?とか思われてそう。
「……一緒に行ってもらえない、かな?」
徐々に語尾を小さくしながらも、駄目押しでお願いしてみる。これで断られたら他の手を考えよう。
「……分かったわ。案内してあげる」
クスっと笑って、マイラが了承してくれた。
僕の必死さが伝わったのかも。
「しかたない。ボクもついてってやる」
ラトスも来てくれる事になった。僕の思惑を知った上でノってくれるのだろう。
「で、何が買いたいの?」
「えっ? あー、えっと、なんだったかな」
誘うのに集中し過ぎて、外出理由である買物内容を考えるのを忘れていた。誤魔化しつつ、支度をして再度庭園に集合する事を約束して、僕は部屋に戻った。
支度が終わるまでに考えておかなきゃ。




